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9 アンナの気持ち

 アンナは、慎重に階段を上っていた。

 盆には、ノアに飲んでもらうための特別な薬湯が湯気を上げている。

 こぼすわけにはいかないが疲れた足には力が入りにくい。


 なにせ、今日はとんでもなく目まぐるしかった。


 聖女ノアが大神殿から帰宅すると当時に体調不良だと言い、顔を見れずヤキモキしていたところに、いきなり神官兵がやってきてノアを拘束すると言い出し部屋に押し入ろうとした。神官兵に理由を問うても極秘任務の一点張りで言い争いが過熱しているところへ、外で不審者が出たと騒ぎがあり、ノアが可愛がっていた馬が盗まれ、午後はその事後処理の対応に追われた。


「ノア様に薬湯をお持ちするのがすっかり遅くなってしまったわ。ああ、マロンのことも合わせて謝らなくては」


 結局、盗まれたノアの愛馬は見つからなかった。盗賊と外ですれ違った神官兵の話では、盗賊が乘っていってしまったらしいから、もう見つからないだろう。


「がっかりなさるわよね……」


 自然と溜息が出た。アンナの疲労も限界だった。今すぐにベッドに倒れ込んで寝てしまいたかったが、この薬湯だけは絶対に届けたいと作ってきたものだ。

「ノア様は食欲がないと仰っていたけれど、これだけは飲んでいただかなくてはね」


 アンナは注意深く盆を片手に持つと、ドアをノックした。


「ノア様、御気分はいかがでしょうか? 遅くなりましたがお薬湯をお持ちしました」


 返事はない。


「ノア様?」

 ノアと会話をしたのは午前中だ。

 本人の希望とはいえ、これ以上放置することはできない。ノアは聖女なのだ。もしものことがあったら――。


 アンナは少し迷って、しかし結局、もしものために持ってきた部屋の合鍵を取り出した。


「ノア様、申しわけございません。入りますよ」


 盆をひっくり返さないように、ゆっくりと鍵を回し、扉を開ける。


 傾きかけた西日が広い部屋を茜色に染めていた。

「ノア様……?」

 チェストから衣類が飛び出し、テーブルの上の果物は転がり、開きっぱなしの東側の窓からはゆるやかな風がレースのカーテンを揺らしている。


 そして床には、まるで抜けがらのように聖女の衣が脱ぎ捨てられていた。


「も、もしかして」

 アンナは開きっぱなしの窓を振り返る。窓のすぐ外には大きなケヤキの木があった。動植物と会話できる魔法を使えるノアなら、二階からケヤキの木に外へ出してもらうことは可能だ。


 アンナは悟った。この部屋には誰もいないということを。


「な、なんてこと……!」

 アンナの手から盆がすべり落ちた。

 カップの割れる音が誰もいない部屋にむなしく響く。


「……と、とにかく、テオ大神官にお知らせしなくては!」

 アンナは倒れそうになる身体を叱咤しったし、階下へ駆け下り、ローブを羽織った。


 いろいろなことが頭の中でつながった。様子のおかしかったノア。押しかけてきた神官兵。二階から脱走したらしいノア。盗まれた馬。

「でも、なぜ」

 聖女たるノアが神官兵に追われて逃げる理由など、アンナにはまったく思いつかない。

 たとえノアが悪事を働いたとしても、ノアは奇跡の聖女だ。

 聖女が白と言えば黒いものも白くなるこの世界で、ノアが神官兵に追われるという事態はよほどのことだ。


「いったい何があったというの……?」


 陽の沈みかけた薄闇の道を、アンナは大神殿の館へ急いだ。



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