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我ら軍人部!

作者: のりまき

 男なら強くならなくてはな。


 父親の教えを胸に秘め、田中守たなかまもるは扉の前に立っていた。威厳たっぷりなその扉が、他のどの扉より大きく見えるのは気のせいではなかった。


 守がこの学園に編入してきて、まだ二日と経っていない。隣に座る男子生徒とは早速仲良く慣れたが、友達作りはそう容易くない。早く学園に馴染むためにも、と自ら歩を進めたのが部活だった。


 同学年はもちろん、上級生との関係も築けるという点では、学園に早く馴染む場としては最適だった。


 体力をつけるためにも、運動部に焦点を当てていたのだが、学園案内の冊子を父が覗き込むと、迷いもなく一つの部活を指差したのだった。


 嫌だといえば、確かに嫌だった。その部名からして嫌だった。どうせなら、球技でのびのびと体力をつけたかった。


 震える手に耐え、守はその手を取っ手に絡ませた。


 目の前に広がる白い壁。その部屋は部室にしてはあまりにも広かった。暗幕のカーテンが窓を覆い、外の風景を遮断している。部屋の隅には、パネルが立てられており、仕切り代わりにされているようだったが、中は見えなかった。何より目立つのは、会議室のように部屋のど真ん中に置かれた広いテーブルだ。いくつかの椅子がその周りを囲い、すでに、その内の二つは占領されている。


 とても高校生とは思えないほどのオヤジ顔と、見るからにチャラチャラとしていそうな男子生徒が、入ってくる守を一目見るなり、再び深刻そうな面持ちを続けている。


「やっぱりなあ――」


 金髪メッシュのチャラチャラとした男子生徒が、組んでいた腕を解き襟足をつまみ出した。


 その真剣な眼差しに、守は足元を振るわせた。


「どう考えても、ボンキュッボン、が理想的っスよ」


 未だに動くこともできない守に、オヤジ顔の生徒が目を見開いた。


「美脚こそが、命だ!」


 一体何の話をしているのだろうか。席に着くでもなく、その場で立ち尽くし声すらも出せないまま、唖然と二人の討論を聞くことしかできない。


「一体どこを見てるんスか? ボンキュッボンがすべてじゃないスか」

「だから貴様はまだまだ若いのだ。自転車に乗ったときのあの曲線美をなんだと思っているんだ?」

「綺麗なんじゃないスか?」

「なんだ、その適当な返答は! 貴様は、一体どこを見ているんだ?」

「もちろん、パンチラ狙いからの、二人乗りの妄想スよ。後ろは俺がキープっス」

「このエロ小童め。貴様はあれだろ、階段を上るとき絶対に女子の後ろを上るのだろう」

「何言ってるんスか。当たり前じゃないスか」

「ぬるい、ぬるすぎてエロ過ぎるぞ! そう言うときこそ脚を見るのだ。あれほど近くで、更にまじまじと見れるときはないのだぞ!」


 片足を下げつつ、守は確信した。


 入部は見送るべきだ、と。


 尚も激しさを増していく二人の弁論を背に、再びその手を取っ手に絡ませる。


「二人とも何を言って……おや、どうしたんだい、君は」


 仕切り代わりのパネルから、布巾を持った一人の男子生徒が出てきた。長身で、眼鏡の奥に見える瞳の綺麗な男子。どこか大人びたオーラを纏い、男である守でさえもうっとりしてしまう。


「見たことのない顔だが、まさか、一学年に来たと聞いていた転入生というのは、君かい?」


 声触りもなだらかだ。そんなことを思いつつ、ふと目を先ほどの二人に向けると、席を立ち、その男子生徒に敬礼をしていた。この部名からしても、それだけで、この生徒こそがこの部の部長なのだということがわかる。


「あ、もしかして入部かい?」

「は、はい」


 さっきまでの逃避願望はどこかへ行ってしまったらしい。


 その眼鏡越しに見える綺麗な瞳が守を捕らえて離さず、歩み寄る男子生徒。差し出された手に守も手を重ね、ひしと握り締めた。


「ようこそ、“軍人部”へ!」


 ぬるりとした感触。部長の手はどこか湿っぽくて、なにか使い古したようで――


「いやいやいや、布巾っ!」

「あ、ごめんよ」


 いくらその綺麗な瞳であっても、とてもじゃないが我慢なんてできなかった。


 勢い良く手を離した守に、部長はきらりと笑顔を見せる。あ、綺麗。不覚にもうっとりしてしまう。


 守に背を向けた部長は、精一杯の敬礼を見せ続ける二人に、一言を告げ席に座らせた。


「いいか? そもそもだな、貴様は、脚に対する愛が足らんのだ。あの曲線美を知らないなんて勿体無さ過ぎるぞ!」

「“美脚”のは夢がないんスよ。ボンキュッボンの女子に偶然を装ったスキンシップこそが、男の美っス!」


 席に着くなりくだらない弁論を続ける二人に、守はどうすることもできなかった。


 席ならいくらでも空いてはいるが、一体どこに座ればいいのかもわからず、更には、二人に絡まれたくないこともあり、なかなか一歩を踏み出せない守は、すがるような目を部長に向けた。


 オヤジ顔の生徒とチャラい生徒を止めるでもなく、一生懸命にテーブルを布巾で拭いている。ときどき、汚れが取れないのか、息を吹きかけ何度もこする。手先でつまびき、キュッと鳴らした。完璧だ。


「いやいやいや、部長! 僕がやりますって」

「新入部員がでしゃばるな!」


 怒りのこもったその瞳にうっとり、とかやっている場合ではない。しかし、結局、守は代わることができず、適当な席に腰を下ろした。


「やっぱり、お前たちの言っていることはおかしいな」


 止むことの知らない二人の討論に、ようやく口を出したのは、守にまでもお茶を差し出す部長だった。


「総合的に考えて、●●●●ちゃんだろ。ボンキュッボンだし、美脚だぞ」


 輝かしくAV女優の名を口にする部長に、守の清楚な印象が崩れていく。眼鏡の映える綺麗な瞳に、なだからな声。進んで雑事に勤しむその長身の姿が、黒ずんだ炭へと変わり、桃色の何かへと変わっていく。この人こそ“本物”だった。


 尚も展開し続ける弁論についていくこともできず、バレないように帰ろう、と守が密かに席を立ち上がろうとしたときだった。突然開け放たれた扉から、煌びやかな一陣の風が吹きつけられた。


 さらりとなびく黄金の頭髪に同調するかのような白銀の肌。引き締まったその体は、一瞬で守を虜にする。去年から導入されたという、学園指定のスマートな女子用の長ズボンがより一層彼女の脚の長さを際立てている。ただ扉を開け放っただけだというのに、すでに彼女は光に包まれていて、どこか神々しかった。


「大佐、ただいま戻りました」


 敬礼の仕草もどことなく美しい。うっとりとしつつ、守はチャラい男に倣い彼女に向かって敬礼した。きっと、彼女が副部長に違いない。いや、もしかしたら部長かも。しかし、ふと横目でオヤジ顔を見てみると、彼は腕を組み堂々と彼女を見定めていた。


「“美脚”も、ご機嫌麗しゅう」

「うむ」


 ――何が“うむ”だ。


 言いかけた言葉を飲み込み、守は再びチャラい男に倣い腰を下ろした。


「全員揃ったな――」


 先ほどのくだらない弁論とは一転して、部長の面持ちに凄みが増す。金髪の女子生徒が席に着くと、すくと立ち上がり、彼女のお茶を入れるためにパネルの向こうへと入っていく。


「これより、軍人部の活動を開始する!」


 そのタイミングで――なんて言うこともできず、守は他の三人に倣い敬礼をした。


 かくして、彼は軍人部へ誘われることとなる。



 新入部員が入ったということで、改めて自己紹介をしていくこととなった。人数の割りに部屋が広すぎるためか、自己紹介を終えても守は緊張の色を隠せないでいた。


 チャラい男は、木村栄治きむらえいじといい、守と同学年らしかった。しかし、殆どを女子トイレか一階の吹き抜け廊下で過ごしているらしく、今日まで出会わなかったのにも守自身納得できた。


「因みに、クラスは“一等兵”。呼称は“エロジ”だ」


 自己紹介を終えた彼が腰を下ろすと、部長はさらりと補足説明を加えた。


 次に自己紹介を始めたのは、この部活の紅一点。彼女の名前は梅崎南雲うめざきなぐも。ハーフではなく、歴とした日本人なのだそうだった。守の予想通り、学年は一つ上の二年生で、自慢げに成績を公表していた。これまた予想通り、二学年の内でもトップクラスの成績を誇っていた。


「因みに、クラスは“中尉”。呼称は“御嬢”だ。御嬢、令嬢、気分上――」

「見ての通りお堅い人だ。スキンシップもできねえぜ」

「隠された脚は美脚に違いないがな」


 部長の妙なテンションを掻き消すように、エロジとオヤジ顔が補足説明をしてきた。


 御嬢が静かに座り、引き続き自己紹介が行われた。次に立ち上がったのは、ある意味一番気になるオヤジ顔の男子生徒だった。彼の名前は竹内凛也たけうちりんや。学年は部長と同じ三学年だったが、信じられないことに年齢も部長と一緒で、今年で十八になるのだという。言うまでもなく、脚という名の脚をこよなく愛し、他の誰よりも美脚を追い求めている。エロジが言うには、彼自身も美脚らしかった。永久脱毛をしたのだそうだ。


「因みに、クラスは“少佐”。呼称は“美脚”だ」

「やーい、“美脚”ぅ。オヤジ顔の“美脚”ぅ」


 悪口を吐いているようだが、なぜか守には悪口に聞こえなかった。


 悪口を言い続けるエロジとそれを受けてなぜか得意げになる“美脚”に、御嬢が咳払いをしてみせる。


「お次は大佐よ。少し黙りなさい」


 その一言に守も思わず背筋を伸ばした。副部長である“美脚”さえも押し黙らせる御嬢の風格に一同は圧倒されてしまった。


 どうぞ、と手先を向ける御嬢に会釈し、最後に部長の紹介があった。中指で眼鏡の位置を直し、すくと立ち上がる。名前は松原英俊まつばらひでとし。掃除、洗濯、お茶淹れなどの雑務を担当する、この部活のトップだ。格別好きなものは、先ほど口にしていたAV女優だそうだ。


「因みに、クラスは“大佐”。呼称も“大佐”よ。間違っても“ガチメガネヤロー”なんて言わないようにね」


 大佐の変わりに補足説明をしてくれたのは御嬢だった。微妙に腹の内を垣間見れたような気もしたが、守は何も言わずに会議の進行を待った。


「これで全員だ。どうやら、君のおかげで廃部は免れることになりそうだ」


 大佐の言葉に、そういえば、とエロジが守に囁いた。


 部室を借用できるのは、もちろんのように“部”だけである。しかし、その“部”であると認められるには、一つの条件があった。それが人数だ。最低でも五人。人数が五人に満たさずに来年度を迎えた場合、その“部”は廃部になるとのことだった。


 微妙に迷っている部分もあるが、自分が入部することにより廃部を免れるのだと思うと、守は居心地がいいように感じた。


 しかし、席を離れ右往左往する大佐は、慎重な面持ちを保っている。


「失った仲間は数知れない。決して甘い道ではないぞ。それでも、入部するというのか?」

「……ちょ、ちょっとだけ考えさせ」

「すると言え!」

「し、します!」

「そうか。だがしかし、そう易々と入部させるわけにはいかない。今のところは“仮入部”ということで、お前にはここで一つ、試験を受けてもらう。入部試験だ」


 一体何がしたいのでありますか、大佐――無駄に怖かったためか、守は勢い良く立ち上がり敬礼をしていた。思えば、そこまでして入りたいわけでもないのに。



 ◇ ◇ ◇




 大体、百日以内に彼女を作るとか、明らかに何かのゲームに影響を受けているでしょ――結局、守は入部試験を受けることになってしまった。


 断ろうとしても、大佐の怒りを買うだけに終わり、守にはどうすることもできなかった。とはいえ、自分が転校生ということもあり、他の人の関心が自分に向いているおかげで、思ったよりもクラスメイトと仲良くなるのに時間はかからなかった。


 しかし、試験が始まってから数日経つが、守もそれなりに女子と話すものの、未だにこれだという女子生徒は見つからなかった。試験に受かるなら誰でもいいだなんて、相手にも悪いし、初めての彼女なら尚更だ。


 休み時間になり、様々な談笑を繰り広げる園内を、今日も守は練り歩いた。しかし、今日は女子が避けている。その原因がわからないほど馬鹿ではない。


「いいか、守。まずはスキンシップだ」


 隣にエロジとかいう、どうしようもないやつがいるからだ。


 軍人部に決まった活動はない。大抵が会議室、もとい部室での談笑である。しかし、そのときどきに上からの命令が下り任務を遂行することとなる。また、大佐の判断で独自の任務を遂行することもある。そして、今回は後者だった。守を入部させることが任務となっている。


「そのために、まずは俺がお前に合った女子を見つけてやるからな」


 そういい残し、廊下を駆けていくエロジを守はじっと見ていた。見事に女子の避けていく姿が窺える。


 どこまでも走っていくのかと思っていたら、廊下の一番端にあるA組の教室へと入り込んでいった。突然の悲鳴。そして笑い声。それに混ざるように歓声が廊下に響き渡り、守の耳にまで届く。


 また廊下へ出てきたかと思うと、腕で守にいないことを合図し、今度はB組へと入っていった。そして再び響く悲鳴、笑声、歓声。


 今度は先ほどよりも早く出てきて、エロジは守を呼んだ。


「いたぞ、守!」


 いや、逆に行きたくないよ。エロジの声が自分に向けているのだと気づかれる前にその場を去りたかったのだが、はっきりと名前まで口にするもんだから、守も無視するわけにはいかなかった。


 一歩一歩、エロジの方へと歩を進めるごとに感じる、痛々しい視線。何が、いたぞ、だ。


「へへへっ。実を言うと、軍人部の部員はみんな特別な能力を備えているんだ。あ、だからって、別に必ずしも何か能力がなくちゃいけないわけじゃないからな。一朝一夕で、そんな能力が身につくわけないしな」


 やっと傍までやってきた守に、エロジは自慢げに話し、教室の奥の方を指差す。


「俺の能力は異性判定。今回みたいなときには持って来いの能力だ。俺のこの能力でお前に似合う女の子を捜した結果、あの子になったぞ!」


 エロジの指先を追い、守の目に留まったのは、なんとも可愛らしい女子だった。ショートヘアーが陽光で煌き、そのキメ細かな髪の毛が遠くからでも窺える。大きく見開いた瞳がこちらの視線と重なり、自然と体が火照ってしまう。小さく結ばれた唇の艶やかさにも、思わず見とれてしまった。背丈も可愛らしい童顔に似合うが、体つきはそれと似合わず大人っぽかった。


「いいだろ。出るところは出て、童顔で。パンチラなんかも期待できるしな。俺の嫁にしたいくらいだ」

「単に、エロジのタイプじゃないか!」


 隣にいるどうしようもないやつを突き飛ばしつつ、守は確信した――エロジに頼った自分が馬鹿だった。



 それからというものの、一向にこの人だと思えるような女子とは出会えなかった。エロジの件があっても、守がエロジに巻き込まれただけであって、守自身がエロジと同類なわけじゃないと周りの人たちもわかっていた。そのおかげで、女子から避けられる自体は免れることができた。


 しかし、くだらない話を交えることは合っても、友達以上の感情は芽生えなかった。


「守くん、出会いはハプニングからよ」


 くだらない一件から数日経った今日は、御嬢が守の隣にいた。まるで、我が城のように堂々と守のいる教室に入ってきては、そこが自分の席であるかように、守の隣の席に座ったのだ。


 今回も人に避けられているような気がしたが、以前のように痛い視線ではなく、どこか一目置かれたような視線を感じていた。


「ハプニングって言っても、そうそう起こりませんよ。あ、御嬢さんも、なにかハプニングを起こすような能力があるんですか?」

「残念ね、そんな能力はないわ。それと、“御嬢”はあだ名みたいなものなんだから、“さん”はつけないくていいのよ。“大佐”さん、なんておかしいでしょ」


 言いながら微笑む彼女に、守の視線は囚われる。


 御嬢はしばしば髪形を変えるらしく、今日はショートボブだった。ロングの金髪も大人な女性を思わせて美しかったが、これはこれで綺麗だ。


 彼女もこの学園の女子生徒であるのだから、恋人候補に入れてもいいのではないかと思っていたのだが、彼女だけは例外だそうだった。原因はエロジと“美脚”だ。理不尽ではあるが、二人にとって彼女が永遠の憧れであるべきだ、という理由から恋人候補に入れることはできなくなった。


 それ以前に、彼女が付き合ってくれるかというと、そう簡単には行かないことを守も十分に承知していた。


「ハプニングって何なんですかね」

「些細なことでもいいのよ。そう、それは切っ掛け。さっ、あそこにいる女子の集団に突っ込みなさい」


 不思議そうにずっと見ている女子の集団に、御嬢が突然指差すものだから、彼女らは思わず体が跳ねてしまった。


 些細なこと。切っ掛けか――考えながら立ち上がる守。


 その一歩一歩を集中させ、女子の集団へと向けていく。


「いや、おかしいですよ! これじゃあ、ハプニングでもなんでもなく、偶然を装ったアレですよ! てか、寧ろ、エロジですよ!」

「仕方ない。あたしの能力で見抜いてあげるわ」


 再び席に着く守の隣で、御嬢はポケットから赤縁の眼鏡を取り出した。ゆっくりとそれをかけ、まじまじと女子の集団を見つめる。


 女子の集団は、怖いのか、身を寄せ合っていた。


「あたしの能力はね、感情バロメーター。今度はただ単に話しかけてきなさい。彼女たちに恋心があればサインを出すわ」


 眼鏡も良く似合う、なんてことも考えずに、守は再びその歩を彼女たちの方へと向けた。


 果たして、この中に恋人候補がいるのだろうか。怪訝そうな顔や怯えた表情を見せる彼女たちの心中はいかに。


 妙に早打っていく鼓動に守の足が速まる。


「ひっ!」


 女子生徒の一人が短い悲鳴を上げた瞬間だった。守との距離が一気に遠のく。


 ハッとした守が後ろを振り返り御嬢を見つめると、御嬢は静かに腕を前に出した。


 ――グッド。


「どこがですかあ! 完全に引いたじゃないですか!」

「ごめんね。この能力はまだ完全じゃないのよ。確率は、数打てば当たる矢の如し」

「当てずっぽうじゃないですか! というか、それ以下でしたよ!」


 勢い良く戻ってきた守の言葉にショックを受けたのか、御嬢はそのまま何も言わずに教室を出て行ってしまった。


 結局、この日も周りの視線が痛い日となってしまった。しかし、このままでは居心地が悪いし、何よりエロジ以上にばつが悪い。


 守自身もよくわからないが、女子の集団に一言謝ると、御嬢の後を追うように教室を出て行った。


 すでに姿は見えないが、殆どの生徒が守の行く先に顔を向けているため、御嬢がそっちの方を通っていったのがわかる。


 恐らく、自分の教室に戻ったに違いない。


 迷いもなく、守は階段を一段飛ばしで駆け上がっていった。


 御嬢が去り際に見せた表情が思い浮かぶ。


 そんなつもりじゃなかったんだ。


 ただ、つい言葉が口をついちゃって。


「ご、ごめんね」


 階段を折り返そうかというところで、不意に御嬢の声が響いた。


 それに続くように、守の足元に多くのノートが舞い落ちてくる。


 上を向くと、逆行に煌く、隣のクラスの女子生徒が数冊のノートを抱いて、守の方を見ていた。その隣にいた御嬢は、守に気づくと勢い良く上を目指す。


 追いかけようとも思ったが、守は溜息を一つ吐き身を屈めた。


「あ、ありがとう」

「ん、いいよ、別に。元はといえば、僕が原因だし」


 駆け下りてきた彼女は微笑みながらも顔を傾けた。


 特に気にしていたわけではない。何気なく目で追っていたというわけでもない。ただ、休み時間に、廊下でよく見かけるな、という程度のものだった。


 それが今、こんなにもドキドキしてるんだ。


 最後の一冊を手に取ろうとしたとき、彼女と手を重ねてしまった守の感情。


 些細なハプニング。


 ありきたりではあるけれど、これだけで十分だった。


 軍人部の皆さん、ようやく見つかりました。


 優しい光の差し込む、階段上の窓に視線を向けると、視界の端に御嬢を捕らえてしまった。


 守が焦点を合わせると、赤縁眼鏡をかけた御嬢が、守の方に腕を伸ばした。


 ――グッド。


「ベタでベッタベタね」


 いらないことまで言うもんだから、守はノートを半分持ち、御嬢を無視してその女子生徒と共にその場を去った。



 ◇ ◇ ◇



「ちょっと待て。まだ出会って五十日も経っていないんだぞ。魅力の値もまだ半分に満たしていないではないか」


 守が告白の決意を表明すると、大佐は激しくテーブルを叩いた。


「いや、それ何のゲームですか」


「ゲームではない現実だ。体力と知力もまだ満タンじゃないし、感性なんててんでダメじゃないか。だいたい、こっちから告白するパターンなんて聞いていないぞ!」


 切っ掛けは確かに、御嬢の一件だった。あれから二週間しか経ってはいないが、守自身、あそこで出会った彼女、新崎雛子にいざきひなことは格別仲が良いと自負している。


 決して静かなわけではない。それでも、確かに大人しかった。落ち着いているとでも言うべきだろうか。傍目では可愛らしい女子高生なのに、妙に大人っぽかった。少し天然なところもあるのか、友達からは変だと言われることがあるそうだった。


 それでも、守からしてみれば、軍人部を知る守からしてみれば、ごく普通の少女である。話をしても違和感なし。突然狂い出すなんてこともなし。意味不明な能力ももちろんなし。


 本当に可愛らしい女の子だった。 


「大佐、俺も見たんスけど、なかなか似合っていたっスよ。まあ、体つきは惜しいけどな」

「だから、貴様はぬるいのだと言っておろう。何よりも脚を見るのだ。このエロ視点め」

「そんなに脚が気になるなら、見に行けばよかったじゃないスか」

「ば、馬鹿なことを言うな! あの初々しい脚たちに囲まれたら、私は出血多量で倒れてしまうぞ!」

「パンチラも見ずに出血しちゃダメスよ」


 いや、そもそもそのエロ視点をやめてくれ。


「とにかく、作戦会議を始めるわよ!」


 守が声をあげる前に口を開いたのは、なぜか御嬢だった。



 思えば、人生初の経験だった。今までにも確かに好きな人の一人や二人くらいできた。それでも、それに対して本気で立ち向かおうだなんてこれっぽっちも思わなかった。


 計画は綿密に。遂行は確実に。


 御嬢が言うには、呼び出すにはタイミングが必要だった。何気なく彼女の教室に行き、それとなく約束をする。周囲にチヤホヤされては折角の告白に水を差してしまうかもしれない。


 そして、守はタイミングを窺う。新崎雛子の教室をのぞき、彼女とそれとなく接することのできる空間を探す、軍人部と共に。


「全然、それとなくないじゃないですか!」

「何を言うか、お前を心配してきてやったんだぞ」

「見抜いたわ。確実に、彼女は恋をしている」

「勿体無いが、俺の好みとしてはもう少し胸の辺りが」

「一体誰なのかわからんが、やはり初々しい脚たちだ。よし、この脚たちに免じて、私が、一つ見本を見せてやろう」


 この顔面凶器を止めることもできないまま、守は“美脚”の行く先を見据えた。


 不意に入り込んできた、初老顔のおっさん男子。美脚を好む彼を、誰もが当然のように避けていった。


 そして、その一歩一歩を一人の女子生徒の方へと進めていった。


「ちょ、その子が新崎雛子ちゃんなのに!」

「大丈夫だろ。あのオヤジ顔なら、幾ら言葉巧みであってもオチやしないって」


 守の上から顔をのぞかせるエロジが口角を上げると、更にその上から覗かせる大佐が眼鏡をかけなおした。


「因みに、“美脚”の能力は、特攻。我先にと任務を実行する、完璧なまでの攻めの要。彼はまさに……実験体だ!」


 能力なのかどうかも、守にはわからなかった。


 大佐の説明を聞きつつ、“美脚”と新崎雛子に焦点を当てていると、なんだか楽しそうだった。他の女子たちは“美脚”に怯え、避けているのに、彼女だけは楽しそうに“美脚”と話している。


 しかし、ここで守はよくよく考えてみた。


「何話しているのかわからなかったら、見本にならないじゃないですか。というか、“美脚”が彼女で見本を示した時点で、僕はどうすれば!」

「案ずるな、守よ。見たまえ、“美脚”がズボンの裾を上げているぞ」


 それとこれとどういう関係があるのかわからなかったが、確かに“美脚”は自分の美脚振りを新崎雛子に見せ付けていた。


 いつか、エロジが言っていた通りだった。“美脚”の脚は、思ったよりも細く、そして美しかった。永久脱毛をしたらしく、遠くからでもすべすべとした感触がわかる気がする。


 新崎雛子も彼の足を触り、その感触を確かめているようだった。


「というか、一体どんな告白したら、ああなるんですか」

「ははっ、確かに君では無理だな」


 だったら、何のための見本なのだろうか――綺麗な笑顔を作る大佐に口を開く前に、エロジが声をあげた。


「お、戻って来たっスよ、二人で」


 裾をたくし上げ、美脚をさらけ出したままの“美脚”がこちらへと戻ってきた、新崎雛子と腕を組んで。


「さ、貴様も告白するのだ」

「できるか!」

「守くん――」


 先ほどまで押し黙っていた御嬢の声が聞こえ、ドアの反対側に顔を向ける。


 ――グッド。


 いやいやいやいやいやいや。


 改めて思えば、一体自分は何をやっていたのだろうか。そもそも、本当にこんな部活に入りたいわけではなかったのだ。球技でのびのびと体力をつけていきたかっただけなんだ。


「大佐、僕、この部活辞めさせてもらいます」

「ダメだ!」


 美しい顔立ちから凄みを増す表情へと変えるこの人が、そもそも理解不能だった。


「退部は認めないぞ。入部だ!」

「試験とかいらないじゃないですか」

「大佐に口答えとはいい度胸だな。入部しないと、ケツバット五万回だぞ!」

「因みに、大佐の能力は、絶対命令よ。発動したら誰もが命令を聞かざるを得なくなる、荒業よ」


 単なる力ずくじゃないですか――御嬢の説明に口を出す気力すらもなく、こうして守は軍人部の一員となった。



   【完】



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― 新着の感想 ―
[良い点] とにかくキャラが濃い! 面白かったです!! [一言] 全然軍人じゃないしっ!(笑) 守の将来が心配です。彼らに毒されて、変人になってしまうのでしょうか…………。
2010/01/11 11:50 退会済み
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