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【第一部完】魔法もどき(マジックイミテーション)—鑑定士カラット・アルデバランの秘密—  作者: 曙ノそら
第一部 鑑定士カラット・アルデバランの秘密
15/24

第15話 三人の容疑者



 ライラ以外に名前の上がっている容疑者は二名。どちらも被害者の属する闇金業者から金を借りていたものたちで、その回収担当がこの事件の被害者ウーラ・マレフだった。ウーラ・マレフのスマートフォンに残っていた闇金業者からの指示メールから返済期限が近かったのがこの二人とライラだということまでは特定できたが、スケジュールが日時と数字の羅列のみが書かれていたせいでいつどこで誰から取り立てに行くつもりなのかまではてんで分からなかった。


「それではライラ・リゲル以外の容疑者についてお話ししましょう」


 そう言ってサンドローは資料を取り出して話し始めた。


 容疑者の一人はペトリ・クルエルという二十六歳、フリーター兼動画配信者の男性。身長はおよそ百七十五センチで、髪は金色に染めており、長さは短く地毛は焦げ茶色だという。染められた髪は金髪と言われるものではあるものの山吹のように濃いイエローゴールド。見え方によってはオレンジに色に見えなくもないのだが、襟足を刈り上げている短髪で、本人のバストアップが映る昔の動画を見てもここ四年で彼の髪が長髪だったことはない。自宅から現場までは徒歩で二十分ほどだ。

 ペトリ・クルエルが借りた金額は十万リムで金を借りた理由は生活費や娯楽費欲しさにだったが、借りるところを間違えてしまったと本人は話している。半年前、バイト先で知り合った人に金に困っていることをこぼしてしまったところ、紹介されたのがあそこだったらしい。よく分からないまま契約してしまい、気がついた時にはもう遅かった。ただ数年前に始めたゲームの実況が最近になって急に人の目にとまることが増えたらしく、借りたのが少額であったこともあり、近々増えた利子含めて返済の目処がついていた本人は供述している。


 二人目の容疑者はルードリック・フリオンという男性。とある中小企業に開発職として勤める会社員で年齢は三十三歳。身長は約百六十五センチと少し小柄。髪は薄めの茶髪で襟足も前髪も長めだが、それでも肩にはつかない長さで短髪と言える。自宅から現場までは最も近い徒歩八分ほど。

 借りた金額は七十万リムで、金を借りた理由は一目惚れしてしまった腕時計を購入するためだったらしいが、今朝行われた事情聴取でほんの五日前にもう返済し終えたと供述している。


 そして三人目がライラ・リゲル現在二十二歳の大学生だ。身長は約百五十八センチで金を借りたことは友人にも父親にもない。しかし返済を要求された金額は九百万リムとずば抜けている。


 現在名前が挙がっている容疑者三人には共通して金という犯行動機がある。他二人の容疑者が供述で嘘をついていた可能性もあるが、中でもライラは返済しろと言われた金額がずば抜けている。しかもライラにだけアリバイがないというのだ。


「それで二人のアリバイというのが?」

「ペトリ・クルエルはその時間ずっと生配信を行っていました。ルードリック・フリオンは自宅マンションの防犯カメラに写っていて帰宅後外出していないことが分かっています」

「生配信?」

「ええ、今どき流行りのやつです。先ほどゲーム実況で収入を得ているといったでしょう? ゲームをプレイするところをリアルタイムで配信し、投げ銭や広告費などで幾らかの収入を得ているそうです」


 サンドローも実際に確認したが昨夜の配信のアーカイブは公開されて残っているし、その動画では自分の姿を映しながらゲームをプレイしている様子が残っている。開始時刻は午後四時で、終了時刻は午後八時二十分。また、現在時刻を画面上に出していたが、時刻の異変を指摘するコメントが残っていないことからその時間は正しかったはずだ。現在動画を解析中だが、視聴者は累計で六百人近くいたようなので、その数いて誰も時刻がおかしいことに気づかないということはないだろう。それに動画配信が始まった時刻と終わった時刻から見ても画面上の時計に不自然な点はなかった。


「それは……あらかじめ録画しておいた動画を生配信で流した、ということは考えられますか?」

「それは私どもも考えましたが、彼は配信中にコメントとやり取りを行なっています。それは雑談からゲームの内容までに渡り、さらには視聴者の質問にも答えていましたのでそれはないかと」

「では、犯行のタイミングだけ動画を流した可能性は?」

「それも難しいでしょう。彼の家から現場まで徒歩で二十分強、坂の多い地形なので自転車では十二分、車では途中までしかいけないので八分はかかります。彼は車どころか免許も持っていませんから最短で片道十二分、往復で二十四分、殺害をどれだけ急いだって三十分は必要です。ゲームの内容はストーリー性のあるホラーゲームでゲームをよくするという部下にも確認を取りましたが最初だけならまだしも途中を動画に差し替えるのは不可能というわけではないが現実的ではない、と」


 確かに現実的ではない。ゲームというのは世にたくさんあって、ネタバレ防止のためにコメントを見ないでやりますとか、配信時に遅延を入れることが規定にあるゲームというのもある。それがチョイスされていないあたりからも犯行の難しさが窺える。


「そうですか……。それではルードリック・フリオンが防犯カメラに写っていたというのは?」

「ああ、少しお待ちを」


 サンドローは黒い合皮のカバーがかかった手帳を取り出してワインレッドのスピンが挟まっているページを開いた。


「ルードリック・フリオンは昨夜十七時四十分に自宅マンションのエントランスに設置された防犯カメラに帰宅する姿が残されています。その後十八時四十六分にゴミ捨てのために一階まで降りてきたのがエレベーター内の防犯カメラとエントランスの防犯カメラに姿が残されています。それも敷地内のゴミ捨て場にゴミを捨ててすぐに部屋のある階に戻っています。その後、翌日朝まで彼がマンションを出る姿どころかエレベーター、エントランスにすら姿を見せていません」

「そのマンションに裏口、のようなものはなかったのですか? 例えば、非常口のような」

「ええ、ルードリック・フリオンの自宅マンションには出入り口が一つしかありません。ゴミ捨て場にごみ収集のためのドアがありますが、人が通るためのものではありませんし、マンションの中からゴミ捨て場に行くにはエントランスの防犯カメラに写らないことは不可能です。そもそもここは管理人が朝鍵を開けて、ゴミの回収が終わりしだい施錠しているそうなので夜は開きません。管理人に確認したところ昨日確かに鍵を閉めたし、今日確かに鍵を開けたと言っています」


 昨日の日没時刻は午後五時三十四分。通常日が沈んでから完全に暗くなるまでに三十分から四十分かかることを考えると、犯人があの現場が夜真っ暗に近くなり人通りが少なくなることを利用したのであれば、犯行時刻は日没から三、四十分後だと推測される。つまり、ルードリック・フリオンが帰宅前に殺害したとは考えづらい。しかも被害者は発見された時にまだ意識があったのだ。帰宅前のルードリック・フリオンが殺害した可能性は夕方の人通りを考えるにないだろう。


「一応聞きますが、現場の夕方ごろの人通りは?」

「もちろん、多いですね。何せ駅と住宅街の中間地点で近道ですから。真っ暗になった途端あんなにも人通りが減るのが不思議なくらいですよ」

「まあ、そうですよね……。それではその防犯カメラの映像って見せてもらうことはできますか?」

「ええ、少々お待ちください。……そうだ、ペトリ・クルエルの動画をお教えしておきましょう」


 サンドローが防犯カメラの映像を準備するために部屋を出ている間に、カラットは教えてもらった動画を再生してみることにした。

 自分のスマートフォンで検索エンジンを開き、サンドローに言われたキーワード三つをを入れて検索する。出てきた動画のアーカイブの長さは四時間強で、配信開始時刻は動画画面のデジタル時計を見るに午後四時三分。

 カラットは隣のユーリエにも見えるように少し距離を詰めて所々十秒スキップを使いながら再生した。こういうものを見るときは目の数は多いに越したことはない。異なる視点で見れるため、自分では気づけないものを他の人が気づいてくれる可能性もあるのだ。

 ペトリ・クルエルの昨日の動画は確かにずっと自分姿を映しているようだし、おそらく彼の部屋で椅子に座っている様子も見てとれる。トイレに行くだとか、飲み物やつまむものを取ってくるといって席を外している場面も数回あったが、それも長くて二、三分といったところだ。


「ミスターカラット、お待たせしました」


 そうして動画内の時計が十九時になったタイミングで、サンドローが部屋に戻ってきた。

 サンドローは十一インチのタブレットを持っていて、カバーを開けていくつか操作するとカラットの前の机にタブレットを置いた。画面は動画の一時停止中を示す三角のマークが出ている。


「どうぞご自分のタイミングで再生してください。ルードリック・フリオンが帰宅する少し前から第一発見者による通報の時間まで映像があります。エントランスにふたつ監視カメラがあり、一つは外から来た人を見るためのもので風除室とポストに投函する人、宅配ボックスがあるエリアに立ち入る人が見えるようになっています。もう一つのカメラはエントランス内を見るためのものです。それからエレベーターの映像ももらってきましたが、ひとまずエントランスのを。横にスワイプすればカメラが切り替わります」

「ありがとうございます」


 カラットはとりあえずペトリ・クルエルの配信画面を映したスマートフォンをスリープ状態にして端におき、見やすいようにタブレットを両手で持って角度をつけた。少し左側に傾けてユーリエにも見えるようにして再生する。

 画面左下のデジタル時計が午後五時四十分になるとスーツを着た小柄な男性が自動ドアをくぐって風除室に入っていくのが見えた。カラットは少しだけ動画を戻して男性の顔が見えるように一時停止し、サンドローの方に画面を向けた。


「ルードリック・フリオンはこの人ですか?」

「ええ、その男です」


 カラットはカメラを切り替えて再生し、今度はエントランスの中が見えるようにした。男性は風除室を抜けて画面真下から出てきたが、画面右奥に見えるエレベーターには向かわずに右に曲がって画面右に見切れた。しかし三十秒ほどで画面内に戻ってきて手には紙の束のようなものを持っているのでおそらくポストを覗きに行ったのだろう。

 そのまま封筒のようなものを裏返して見たりしながらまっすぐ進んで右奥にあるエレベーターのボタンを押した。彼がエレベーターに乗り込んだのを見届けるとカラットは再生バーをいじって少し先に飛ばした。

 画面左下の数字が午後六時四十七分になるとエントランスにラフな格好に着替えたらしいルードリック・フリオンが出てきた。彼はエレベーターを降りると右に曲がった。手には大きな白い袋を持っていて、そのままエントランスを突っ切ると防犯カメラから見て左奥の部屋に消えた。一分ほどで画面内に戻り、そのままエントランスを出ることなくエレベーターに乗り込んでいった。

 その後を早送りで見たが、親子と見られる茶髪の女性と女の子の二人や金髪の女性、黒髪の男性などがエントランスを出ていく様子があっても、動画の終わり、つまり通報があった午後七時三十七分までルードリック・フリオンはエントランスに降りてくることすらなかった。


「確かに出た様子はありませんでしたね……」

「ええ、そうなんです」


 コンコンコン。


「サンドロー警部、少しよろしいでしょうか」

「すぐ行く。――ミスターカラット、しばらくここでお待ちいただいても?」

「ええ、配信の動画と防犯カメラの映像を見ていますから」

「それではすぐに戻ります」


 そういうとサンドローは慌ただしく部屋を出ていってしまった。

 カラットはとりあえず先ほど十九時になったところで中断したペトリ・クルエルの動画を改めて見直してみることにした。二人で同じ画面を見るのは少々狭いので、その間ライラはタブレットで防犯カメラの映像を見直してくれるという。

 ペトリ・クルエルが昨夜プレイしてたゲームはフリーのホラーゲームで、ホラーゲームを普段プレイしないカラットでもゲームタイトルくらいは聞いたことがある有名タイトルだった。

 カラットは最初から二倍速で動画画面内の時計が午後七時三十七分になるまで見たが、これといっておかしな点は見つけられなかった。それどころか見れば見るほど彼が犯人ではないという証拠がこれだと教えられる。

 午後七時三十七分まで見終わると、次にこれまでの配信はどうだったのかとチャンネルページに移って直近のものと、ひと月ほど前のものを軽く見てみることにした。


「……ん、……あの、カラットさ――」


 バタン!


 しばらく経ってユーリエが何かを言いかけたとき、大きな音を立ててドアが開かれた。


「いかがですか、ミスターカラット」

「サンドロー警部……」

「随分集中しておられたようですね。何か分かりそうですか?」


 いつの間にかサンドローが戻ってきていたらしい。カラットは自分を落ち着けるように手に持ったスマートフォンではなく、ジャケットの内ポケットから懐中時計を取り出して時刻を確認した。そこでやっとそこそこの時間が経っていたことが分かる。


「それで、いかがです? 何か分かりましたか?」

「……そんなすぐに分かるものではありませんよ。探偵でもあるまいし」


 サンドローはカラットの発言に目を見張って驚いた顔をしたが、次の瞬間吹き出していた。


「アハハハハ! 何をおっしゃいますか、あなたともあろう方が。今まで何度も事件解決の手助けをなさってきたでしょう。ねえ、()()()()()()()()!」



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