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【第一部完】魔法もどき(マジックイミテーション)—鑑定士カラット・アルデバランの秘密—  作者: 曙ノそら
第一部 鑑定士カラット・アルデバランの秘密
13/24

第13話 六畳の明るい部屋



 そして現在、アルデバラン鑑定所から十数メートル離れたところに停められていたサンドローの車に乗せられてライラたちはアカモノ警察署に向かっているところであった。

 ライラは容疑者であることから後部座席でサンドローの部下の警察官と、カラットがサンドローの隣に座らせることを嫌がったユーリエの間に挟まれて座っている。

 ライラの左隣に座ったユーリエは自分からついて行きたいと言った割にはボーッとしているような様子で窓の外の移り変わる景色を見ていたし、反対側のサンドローの部下の警察官はジッと運転席のヘッドのあたりを見ていた。誰も何も喋らないせいで余計肩身が狭く思われ、ライラにしてみれば非常に重苦しい車内の中、この後のことを考えると行きたくないはずの警察署に早く着いて欲しいとさえ思わせるような空気感だった。


「到着しましたよ」


 そうかかったサンドローの声にライラは俯かせていた視線を上げて窓の外を見た。

 そこはライラが知っている出入り口ではないようだった。正面の入り口ではないところに連れてこられたのだろう。

 サンドローはサイドブレーキを引いてシフトレバーをパーキングに入れてからロックを解除すると車を降りてぐるっとまわり、ユーリエのすぐ横のドアまで移動して後部座席左側のドアを開けた。

 カラットも車が止まったのを確認して助手席からさっさと降りたので回り込む必要のあるサンドローよりも早く後部座席左側のドアに手をかけられたはずだが、そうしなかった。それでもサンドローのことをムッとした様子で見ていたので、ユーリエが彼にエスコートされることが不服ではあったのだろう。しかしさすがにライラが容疑者として挙げられている以上勝手にドアを開けたりできなかったのだ。心の奥底から癪だったが、カラットは今この時ほんの少しだけサンドローがユーリエをエスコートする様を苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。

 こんな顔をしているが、カラットは別にサンドローのことが嫌いではないと言い張っている。もちろん決して好きでもない。つまりどうでもいいと言っているのだ。カラットの主張としては「彼とは関わり合いたくないというのが全てで、だから言うなれば無関心というやつで嫌いではない」とのことだった。

 しかしまあ要するにそれはただの見栄で、カラットがサンドローのことが嫌いであるというのは彼らとその関係を知る全ての人々において周知の事実、というわけである。恐らくカラットを泥酔でもさせてサンドローのことについて聞けば「嫌いだ」という返答が返ってくることであろう。

 それは今日初めて二人と出会い、二人が会話しているところを数分見聞きしたのみであるライラにも伝わっていた。そしてその理由の大半がいわゆる馬が合わないというやつで、残りは恐らくユーリエにあるのだろうということも。

 サンドローは部下に車の鍵を預けるとライラたちのことを先導して歩き始めた。ライラの後ろにいるのはカラットとユーリエだけでもちろん逃げるつもりはないが、これだと逃げようとするやつもいるんじゃないかとライラは思った。ただ、サンドローとしては逃げられたらそれだけの対応をするだけだし、そもそもここまで連れてきて小娘一人取り逃がすような失態はしないという圧倒的な自負があっての判断だった。

 恐らく警察官と警察関係者などしか利用しないのだろう出入口から建物の中に入る。これでライラは二日連続のアカモノ警察署となってしまった。不本意ながら初めての経験とその二回目以降をこの三日で何種類も経験させられてしまっている。


「さあ、こちらへ」


 しばらく歩き、三階にエレベーターで移動した先でサンドローは一つの部屋の前で立ち止まった。ライラにはその扉の先が懲罰房のように見えてしまった。おそらくこの先は取調室、というやつなのだろう。ライラは恐怖と緊張で震える手を握りしめることで無理やり震えを押さえ込んで胃のあたりがぐるぐるしているのを感じながら促された部屋に足を踏み入れた。

 部屋の中は意外と広く、明るかった。ライラが想像していたのは三畳ほどの広さで鉄格子のはまったすりガラスの窓から明かりが差し込んでいる薄暗い部屋の中にパイプ足の無機質な机とイス、それから無骨なテーブルランプのオレンジ色の光で照らされているという部屋だった。さすがにドラマや漫画に影響を受けすぎか……とライラは想像していたような部屋ではなく少しホッとした。確かに窓はすりガラスで外側には鉄格子がはめられているようだし、パイプ足のテーブルとイスもあるが、広さは六畳ほどあって明るく、白い壁は清潔感もある。


 トン。


「ひっ」


 ライラは突然背中にそっと触れたなにかに驚いて、肩を跳ねさせて勢いよく振り向き自分に触れたものを確かめた。


「さあ、奥のイスへどうぞ」


 触れたのはサンドローの手で、それは場面が違えばレディーファーストが身に染み付いた紳士にしか見えなかったことだろう。残念ながら今は逃がしはしないと言われているようにしかライラは感じられなかったが。

 ライラはそろそろと促されるまま、座面の冷たいパイプ椅子にゆっくり腰かけた。色々な人が座ってきたのだろうパイプ椅子は同年代と比べても平均体重かそれより少し軽いくらいのライラを受け止めてギュッと軋んだ音を出した。今までこの席に座らされてきた人々は、その後どうなったのだろうか。


「少々お待ちください」


 ライラだけが椅子に座らされて数分、鳩尾のあたりに手を当てて痛むような気がするお腹を温めるライラの目の前に座ったのはサンドローではなかった。


「事情聴取は私ではなく、部下のテリー・メルローが主に担当します」


 先ほど車の中でライラの右隣に座っていた男性、テリーがライラの目の前に座り姿勢を正した。どうやら彼がサンドローの車を駐車場にでも収めて追いつくのを待っていたらしい。それに、もう一人先ほどまでいなかった警察官が入り口のところに立っている。

 ライラはテリーから目をチラリと見てペコッと軽く頭を下げた。それを見たサンドローはテリーに何かしらを耳打ちをすると部屋にライラとテリー、もう一人の警察官を残して「では」とカラットとユーリエを連れて部屋を出て行ってしまった。

 せっかく知り合いと言えるかどうか微妙ではあるが知っている顔がいてまだ縋れるものになっていたのに、ライラはそれすらも取り上げられてしまった。しかしすぐに始まった聴取にお腹を抱えてうずくまっている暇などライラには与えられなかった。


「それではお名前と年齢、ご職業をお願いします」

「あ……、ライラ・リゲル、二十一歳。学生です」


 ライラは、サンドローは事情聴取を聞かないのだなと思ったが、サンドロー警部はどちらへなどと悠長に聞くわけにもいかず、聞かれたことに答えた。



 サンドローとカラット、ユーリエはライラたちのいる取調室を出てすぐ隣の部屋に入った。その部屋は壁の一面がマジックミラーになっていて取調室の中に居らずとも中の様子と会話が全て分かるようになっていた。

 ライラは自身についての質問に、緊張からかときどきどもりながらも一つ一つ丁寧に答えている。


『それでは、昨日一日の行動をお聞かせください』

『……昨日は、朝早く起きました。というか、ほとんど寝られず仕方なく早朝に起き出しました。借金のことが気になって、そんなに眠れなくて。それで、食欲もなかったので――』


「ちなみに、ミスターカラットはライラ・リゲルのことをどうお考えで?」


 マジックミラー越しのライラから一切目を離さずにサンドローが問いかけてきた。カラットはチラリと一瞬だけサンドローの方を見てからライラに視線を戻す。


「それは、私一個人に聞いているものですか」

「ええ」

「……私個人としては、あの子がやったとは思えませんね。彼女の言葉がどこまで本当かははかりあぐねますが、あの狼狽具合を見る限りは……」

「なるほど……。私も彼女が犯人である線は薄いと思っています」

「なんだって?」


 あんなにライラを威圧しておいてか。カラットは眉間に皺を寄せて不機嫌さを隠しもせずに、視線をガラスの奥のライラから片時もずらそうとしないサンドローの方を見た。サンドローはカラットの視線を感じながらも正面を見続けている。


「まあ、それについては他の情報をお伝えする時に合わせてお話ししますよ。さ、ひとまず終わったようですね」


 サンドローは元々簡単なことだけを聴取するように部下に命じていた。それはライラに話を聞くのはカラットと話をした後でも構わないからだった。今はとりあえず、詳細な昨日の行動と背負わされたと言う借金について、それからライラの様子を観察できればよかったのだ。


「こちらで待っていてください」


 サンドローはカラットとユーリエにそう言い残して部屋を出た。彼がすぐに取調室に入ったのがマジックミラー越しに確認できる。


『確認したいことなどがありますので、ここで一度休憩を入れさせてください。リゲルさんはこちらでお待ちください。メルローはここに残しますから何かありましたら彼に。テリー、頼みましたよ』


 そう言うと部屋にいたもう一人の警察官を連れてサンドローは取調室を出た。二十秒ほどすると、カラットたちのいる部屋のドアが開き、サンドローがドアを開けたまま言う。


「それでは、ミスターカラットと助手殿は私に着いてきてください」



 ライラはテリーと部屋に二人きりにされてしまった。

 ライラはテリーがいなければ今すぐにでも顔を机に突っ伏してわんわんびゃあびゃあ泣いてしまいたかった。怖くて怖くて仕方がない。この数日、本当にたまたま、不思議なことに溢れず保たれていたライラの感情はもうとっくにビシャビシャのバラバラだった。ライラは無意識のうちに知らんぷりをしていたが、本当はもうとっくの昔にタガが外れてしまっていた。

 しかも一度、短剣の価値が判明し、解決の兆しが見えたところでコレなので、余計振り切れてしまったのだ。

 それでもライラの理性は人の目があるところで狂うことを許してはくれない。狂うというのはもう既に壊れてしまったようにも見えるが、狂うことで発散されて何とか持ちこたえられることもある。しかし誰に禁止されるでもなく、ライラはライラの理性というものに阻まれて狂えない。今狂わなければいずれ、きっと前触れもなしに壊れてしまうだろうに。

 いつの間にかライラの呼吸はハッハッと短く早く、浅くなっていた。



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