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【第一部完】魔法もどき(マジックイミテーション)—鑑定士カラット・アルデバランの秘密—  作者: 曙ノそら
第一部 鑑定士カラット・アルデバランの秘密
11/24

第11話 ウーラ・マレフという男



「ハ……」


 ライラの口からは声というよりも、空気が漏れた。

 同行? 警察署に? 聞いているということは任意同行、とかいうやつだろうか。任意同行って確か、何か事件が起きた時に事情聴取のために行われるものではなかっただろうか。

 ライラはここ数日で悲しくも衝撃的なことを突きつけれたせいで回らなくなった頭を無理やり回すのに慣れてしまっていた。そうしてすぐに頭の中の冷静なライラが自分と何かしらの関係のある事件が起きたのではないかという答えを弾き出してしまった。


「あ、あの、どうして……」

「ええ、ウーラ・マレフという人物をご存じではありませんか?」

「ウ、ウーラ・マレフ……?」


 ライラは憔悴しきった顔でサンドロー警部が言った名前を繰り返して無理やり頭を回したが、そんな名前の人物は思い当たらなかった。変わった名前だから名前を知っている人、そうでなくとも聞いたことがあればすぐに記憶の端に引っかかっているそれを引っ張り上げられるだろう。だから今何も引っかからないならばライラはその名を知らないという答えが正しいはずなのに、サンドローはまるでライラがその名前を知っているのが当然だとだとでもいうふうに聞いてきている感じがあった。


「多分、知らない、と、思います……」

「そうですか。では、こちらの写真の人物に見覚えは?」


 サンドローは手帳を取り出したのとおそらく同じ裏ポケットから一枚の写真を取り出してライラに見せた。


「……あっ!」


 知っている顔だった。

 ライラの顔が驚きと、恐怖に染まる。写真に写っていたのは男で、その男は一昨日突然ライラの目の前に現れてライラの日常を一変させたあの借金取りであった。おそらく防犯カメラか何かから切り取ったもので画像が荒く、正面から姿が見えているわけではないがあの男で間違いなかった。


「ご存知のようですね」

「は、はい。その、一昨日、突然私の家に来た男です……」

「フム、それはなぜ?」

「え? え、っと……その、ずっと昔に蒸発した顔も覚えていない母、母親が、借金の保証人を父にしていて、その父は二年前に病気で亡くなったんですけど、父親がいないならお前が払えと言われました……」

「……そうでしたか」


 ライラはもしかして、あの男の借金の取り立てについて警察が何か動いてくれているのではないかとも思ったが、そうだとしたらライラがアカモノ警察署に相談しに行ったことを知らないというのは少し変だし、この応対している警察官の雰囲気もしっくりこない。言いようのない怖さにライラは背中に冷たいものが走る感覚を覚えた。


「それで、あの、どうして私が警察署への同行を求められて、いるんですか……?」


 ライラは緊張からか恐怖からか震えが止まらない。指先は氷のように冷たくなって、歯なんてカタカタと音を立てている。

 「最近不審者が多いので気をつけてくださいね 」とパトロールに来てくれたにこやかなお巡りさんと、こちらを気づかいながら話を聞いてくれたアカモノ警察署の相談窓口の女性警察官とは面と向かって話したことがあるが、こんなにも威圧感を持った警察官と相対するのはライラには初めての経験だった。その上今自分は何故か警察署への同行を求められていて、その最たる理由がどうやらライラを非日常と絶望に突き落とした普通に見てカタギではないあの借金取りの男が関わっているようなのだ。

 ライラの警察に関する知識なんてものは、漫画とか小説とか、ドラマくらいで得たものしかない。交通課くらいならばライラにとっても多少身近だったが、それも学校の年度始めに「自転車通学のための道路交通法」とかを教えてくれる交通安全講習みたいなものに来てくれたお巡りさんが交通課の人だったからだ。だからよく分からないけれど、任意同行という言葉が出てくるのは、何か大きな事件で容疑者になりかねない人なんかが求められるものなんじゃなかったかだろうか。

 しばらく黙ってライラのことを見ていたサンドローはスッと目を細めてやたらと重々しく口を開いた。


「ウーラ・マレフが殺害されました」

「……は、……ァ……?」


 殺害された……、殺された? 誰が? ウーラ・マレフが。ウーラ・マレフって? あの、あの借金取りの男が?

 呆然として口を開けたまま、頭が言われた言葉を理解しきれていないライラに畳み掛けるようにサンドローが問いかける。


「貴方は昨日の夜、どこで何をしていましたか?」


 ライラはあの男が殺されたという話について聞き返すということも思いつかないまま、ただ言われた質問について考えるしか出来なかった。口の中がカラカラになって喉が張り付く。

 昨日、昨日の夜。昨日の夜は……。ライラは動かない頭を必死に回して思い出そうとする。ここ最近ライラの心情にあまり寄り添ってはくれない頭の中の冷静なライラも呆然としてしまっている。

 しばらく停止したのち、なんとか昨日の夜まで頭を巡らせることができたライラは乾いた唇を一度舌で湿らせて震える声で言葉を吐き出した。


「昨日、は、売れるものがないか家中を、探していました……」

「それはなぜ?」


 なぜ、なぜだって? そんなことライラが聞きたかった。私は今なんでこんなことを聞かれているのか。しかし人が亡くなっていて、それについて捜査をしているらしい警察の人が目の前にいるのにそんなことを言うわけにはいかない。ライラは震える唇を一度噛み締めて無理やり震えを押さえつけてからまた口を開く。


「その、その殺されてしまったという人が一昨日突然来て、物心つく前に蒸発した母親の借金を返済しろと言われて、それで、そう、貯金だけじゃ今後の生活費が危ないから、お金が必要になって……。だから、だから、うちの中に売れるものがないかと……」

「ふむ、それで何かが見つかったのでこのアルデバラン鑑定所へ来たと」


 ライラはコクコクと何度も頷いた。それで、自分が言ったことを思い返して今の話はライラがその殺されてしまったという男を殺害する動機があると言っているようなものであることに気がついて慌てた。


「あ、私じゃ、私じゃないです! 人を殺すなんてしません!」

「……例えそれが本当であったとしても、話を聞き、証拠を集めてそれを判断させていただくのは私たち警察です」


 ライラは絶望した。目の前が、真っ暗になった。

 復活してきた頭の中の冷静なライラが自分が容疑者中の容疑者であるということを客観的に判断していた。なんて言ったって「金」というとっておきの動機がライラにはあるのだ。

 一般的な人は犯罪を犯さない。それは怖いから、なんていうのもあるだろうが犯してしまった先を想像して立ち止まるのだ。今時の警察は優秀だなんて言葉は誰が言ったのか。防犯カメラはあちこちに仕掛けられ、科学捜査は日々進歩している。犯したとてバレたら? 捕まったら? 職は、家族は、その先の人生は?

 結局そう言ったことが頭を過ぎ去って犯罪には手を染めない。優秀な想像力と理性がその一線を越えさせようとしない。まして、人殺しなど。ただの、普通の女子大学生がその先の人生をのうのうと生きていくにはあまりも強烈な記憶となることだろう。

 そんなこと頭の中で告げる冷静なライラに「冷静なんだったらそんなこと判断していないで無実を証明できるような言葉を考えろ」と焦るライラが叱責する。


「……あ、でも、でもほら! 私は昨日の朝にアカモノ警察署にこの借金について相談しに行ったんですよ! 普通そんな事をして、その日のうちに人を殺したりなんてしないでしょう!?」


 頭の中の焦るライラに叱責されたどこか他人事のように冷静なライラが思いついた言い訳を口が紡ぐ。


「リゲルさんは昨日、アカモノ警察署にいらしたので?」

「そ、そうです。母が勝手に作った借金は保証人を父にしていたらしいんですが、父が保証人になることに同意したとは到底思えません。それにその父が二年前に亡くなっていて、その父の遺産を受け継いだ私が、借金を、背負わなきゃいけないなんて……」


 ライラは焦って混乱している割に一つ一つをなんとか説明できた。落ち着いていればもう少し丁寧に細かく説明もできただろうが、今の状態を考えれば完璧と言っても問題なかったかもしれなかった。


「……それでなぜ、アカモノ警察署に?」

「え、だって……、その、理不尽なものですし、本当に私が支払わなくてはいけないのかと思って、相談に……」

「なるほど。借金が不当なものでないか警察に相談した、というわけですね?」

「は、はい! その通りです!」


 サンドローはしばらく考え込むようにした後に、あくまで先程よりは、だがほんの少しだけ雰囲気を柔らかくしてライラと改めて視線を合わせた。


「今の話が本当であれば、確かにあなたが殺害した可能性というのは犯罪心理学的に言っても低くなることでしょう。しかし、残念ながら私たち警察はそれだけであなたが人を殺めていないという判断をするわけにはいかないのです」


 サンドローは淡々と告げる。


「……署までご同行、願えますね?」

「ッ、…………はい」


 サンドローは同意を得るようにライラに問いかけたが、それはほとんど強制であるとこの場の誰もが分かった。そもそもライラはこれからなんとか「昨日の夜はずっと家にいた」というアリバイの全くない状態から無実であることを証明しなくてはいけないのだ。これを断っているような場合ではない。

 サンドローがどうせライラがやったのだろうと安易に決めつけてかかるような人物ではないことに安堵しつつもライラは肩を落として表情をこわばらせたまま、力なく「はい」と答えるしかなかった。



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