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番外編:プロローグ(sideオスカー)

本編プロローグのオスカー視点。

プロローグと同程度の流血、自死の表現が含まれます。

苦手な方は回避をお願いします。


ここで終えると悲劇になってしまうので、一時的に「連載中」とし、明日ハピエン話を一話投稿してこの物語の幕を閉じたいと思います。

もう少しだけお付き合いください。


 厳粛な王宮に似つかわしくない無作法な靴音が回廊に響き渡る。

 眉を顰めて振り返った者が靴音の主に気づくと、今度は驚きに目を見開いた。

 しかしそんなものは今のオスカーの目に入らない。


(頼む、間に合ってくれ………!)


 火の執務室に届いた不穏なメッセージカードをポケットにねじ込み、長く複雑な廊下を飛ぶように駆ける。

 精霊たちの示す印を頼りに、ひたすら身体を前へと運んだ。


()()()()()()()()()()()()なのに………っ)


 階段を降りる手間を省いて渡り廊下から飛び降りると、激しく明滅していた精霊の光が突如として途切れた。


 目の前に開けた光景は、一面の青。


(どこだ、どこにっ………)


 希少な青薔薇が咲き乱れる人気(ひとけ)のない庭園を見渡すと、オスカーは奥にある東屋にやっと愛しい人の姿を見つけた。


「ディー………っ!」


 呼びかけようとして、目に映った色に息を呑む。


 ディーナは長椅子に身体を預けてうたた寝でもしているように見えた。

 しかし彼女の着ている明るい色のドレスの腹部は、遠目にもはっきりと赤い。

 座っている長椅子までもが鮮血に染まり、足元には泉のような血だまりが作られていた。

 あきらかに、ひとりの人間が流してはならない血の量だ。


「そ……ん、な…………」



 オスカーが意識せず手の内に呼び出した聖剣はすでに、無慈悲な青白い光を湛えていた。



(……う………ぁ……ぁあああああああああっ…………‼)




 笑い声が聞こえる。


 無力なオスカーを嘲笑う声が。

 頭の中でガンガンと割れ鐘のように鳴り響く。


 その笑い声が自らの口から洩れていることに気づくと、オスカーは身体を折って肺の中の空気をすべて捨ててしまうように息を吐き出した。


 激しい眩暈で視界が歪む。

 目にしたものが受け入れられず、ひどく地面が揺れて立っていられない気がした。

 それでも鉛のように重い体を引き摺り、彼女のいる東屋へ向かってフラフラと歩を進める。

 うわ言のような言葉が口から漏れた。


「なぜ……いつも間に合わないんだ………。なぜ………。また貴女の命は、僕の手をすり抜けて………」


 今生こそはと誓ったはずだった。

 うまく立ち回れていると思っていたのに。

 しかしディーナの命の燈火は今回もまた、オスカーの目の前で儚く消えようとしていた。



 ディーナのもとにたどり着き、長椅子に身体を預けている彼女を呆然と見下ろす。

 まだ、かろうじて息はあった。

 しかし肌はすでに死人のように白く、瞳は固く閉じられ、色を失った唇から感じられる呼吸は、今にも途切れそうな頼りないものだった。


 傍らに跪き、ディーナの背に腕を差し入れてそっと抱き起す。

 初夏だと言うのに、凍ったように冷たい彼女の身体に打ちのめされる。

 乱れて頬にかかっていた艶やかなダークブラウンの髪を払い落すと、血の気を失った顔の白さが一層際立って見えた。


「……ディーナ………」


 もう遅い。

 どれほど惨めに縋っても、愛する人は失われる。

 これまでと同じように。


 ディーナの睫毛がわずかに震え、その下から少しだけ空色の瞳が覗いた。

 オスカーが焦がれてやまない永遠の空。


「………苦しい?」


 無意味な問いかけに違いない。それでもディーナの意思を汲み取ろうと白い顔を懸命に覗き込んだが、彼女の茫洋とした瞳に自分が映っていないことは明らかだった。

 声すらも、届いているのかわからない。


 ディーナが小さく咳き込んで、唇から深紅の血が溢れた。捨てられた仔猫のように身体を震わせて身じろぐ。


(…ああ………)


 オスカーはディーナを抱く腕に力が入りそうになるのを堪え、逆の手で彼女の口元を濡らしていた血を拭い取り、冷たい頬を何度も何度も撫でた。


(赦してください、ディーナ………。赦して………いや……違う………)


 ディーナの眦から零れた涙がオスカーの手を伝う。

 オスカーの目から落ち続ける涙も、とめどなくディーナに降り注いだ。



 いつも。

 いつも自分は間に合わない。

 いつもいつも。

 彼女に苦しみもがく死を与え続ける。



「すぐに………楽になりますよ」


 オスカーは聖剣を再び顕現させ、その刀身を見つめた。


 彼女を、そして自分を。この運命に放り込んだもの。

 精霊王の力を宿した剣の施す奇跡が、祝福なのか呪いなのか、オスカーにはよくわからなくなっていた。

 青白く清廉な輝きを放つ聖なる剣は、なにも教えてはくれない。



 彼女を真に苦しめているのは自分の執着なのかもしれないと、本当は気づいていた。

 自分さえ諦め、ディーナの手を離していたら。

 いや、最初から彼女の手を取らずに別々の道を歩んでいたら。

 そう考えることも確かにあった。

 しかし。



「……僕には………貴女に赦しを請う資格もない………………」



 オスカーは想いのすべてを込めてディーナに口づける。

 生けるものの持つべき体温を失いつつあった彼女の唇は凍るように冷たく、オスカーの心から温もりを奪っていった。


 愛してる、なんて。

 言い訳にもならない。

 ただ、諦められなくて。

 醜く足掻き続けている。



 そしてディーナに口づけたまま、オスカーは聖剣で彼女の心臓を正確に刺し貫いた。

 ディーナを苛む、逃れ得ない死へと向かう苦痛から、ほんの少しだけ早く彼女を解放するために。




 ………だから、気づかなかった。


 ディーナの身体から命が失われたあと、彼女を抱きしめたまま後を追って速やかに自らの心臓を刺し貫いたオスカーには、気づきようがなかったのだ。


 聖剣の所有者であるオスカーの手を介し、半身であるディーナの心臓もまた奇跡の対価となった。


 時間を遡り、再び半身と巡り合う。



 ―――そして、新しい物語の扉は開かれた。




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