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回帰した辺境伯令嬢ですが、裏切りの貴公子から偽装求婚されました ~ただし『偽装』は虚偽申告です~  作者: 守野ヨル


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44.越えてはならない境界線

 シェリルの顔色が変わる。

 さっと立ち上がり、ディーナを憎々しげにねめつける。


「どうして………⁉」


 なぜと訊かれても、ディーナには答えようがない。

 前世であなたに刺されて命を落としたことを思い出したからといっても、意味が分からないだろう。


 これまでシェリルを疑ったことはなかった。

 前世でも、現世でも、シェリルの想い人はミハエルだ。

 ディーナはミハエルと色恋を匂わせるような関係になったことは一度もない。

 だから、シェリルに狙われる理由に思い至らなかった。


 しかし前世で、琥珀糖に含まれた『真昼の悪夢』の作用で身動きできなくなったディーナの腹を何度も刺し、致命傷を負わせたあとも、彼女はディーナを激しく詰り続けたことを思い出す。


 まさに今、彼女が怒鳴っていることと同じ言葉を。


「あなたが悪いのよ! あなたがミハエルさまを誘惑したりするからっ!」


 シェリルがどこからか取り出した細身の短剣を両手で構える。

 その手は恐怖ではなく、激高によってブルブルと震えていた。


「どうしてよ! なぜあなたみたいなつまらない子が! ふ、ふしだらな女っ! オスカーさまを誑かした上にミハエルさままで毒牙にかけるなんて………! 名前を尋ねられて、ダ、ダンスにまで誘われたくせに、偉そうに断ったりして何様なのっ。ずるい、ずるい………!」


 髪を振り乱し、半狂乱で目を血走らせ絶叫するシェリルから目を離さず、ディーナはゆっくりと椅子から立ち上がった。

 なるべくシェリルを刺激しないように慎重に、動きやすい位置まで移動する。

 彼女に武器を扱う心得がないことは、動きを見ればわかる。

 前世でディーナを刺すことができたのも、ディーナが薬で動けなくなっていたからにすぎない。


 意識を奪わずに、身体だけを麻痺させる。

 それが『真昼の悪夢』の忌まわしい効力なのだ。


 興奮している相手は思いがけない行動をすることもある。

 油断してはいけない。


「シェリル様、わたしはミハエル様を誘惑したことはありませんし、ミハエル様もわたしなどに興味を持たれてはいらっしゃいません」

「う、嘘ですわ! ミハエルさまは、たくさんの女性に誘われてたくさんの方と踊るけれど、ご自分からダンスに誘ったりなさらないのよ。それに、わ、わたし、あの方にお慕いしているとお伝えしたのにっ、今はそんな気になれないって! あな、あなたが、薬か何かを使ってミハエルさまを洗脳したに違いないわ! よくも………‼」


 身体ごとぶつかるように、短剣を構えたシェリルがディーナめがけて突進してくる。ディーナは冷静に見定め、身をかわして手刀でシェリルの手首を打つ。彼女の手を後ろ手にねじり上げ、落ちた短剣を足先で少し離れたところへ蹴りだした。


「痛っ! 放して! 放しなさいよ! ミハエルさまに愛されるべきなのは、わたくしよ! わたくしだけなのにいいいいっ」


 暴れるシェリルの髪からリボンを抜き取り、彼女の手首を縛りあげる。

 けたたましい叫び声を上げ続けるシェリルを見て、ディーナは眉を顰めた。

 どうにか急場をしのいだが、困ったことになった。

 正当防衛とはいえ、招かれた家の令嬢を縛り上げて、ディーナの言い分がどこまで通るか大いに不安がある。


 しかしそこで、ディーナは違和感を覚えて顔を上げた。


 いくら人払いをされているとはいえ、これだけの大騒ぎをしたのに、使用人のひとりさえ様子を見に来ないのはなぜだろう。


(そういえば)


 この庭園に招かれたときから薄っすらと感じていた奇妙な感覚に、あらためて注意を払う。


 昼下がりの、薔薇が咲き小動物を象ったトピアリーが愛らしい、絵本の中のように美しい庭園だ。

 余計な物音ひとつせず、ひっそりと静まり返っている。


(………静かすぎないかしら)


 ディーナが辺りを見回し、気配を探る。

 ヒステリーを起こして泣き出したシェリルの泣き声が響くばかりで、他には鳥のさえずりひとつ聞こえない。


 精霊のささやきも、なにひとつ。


 ぴりぴりと肌が粟立ち、激しい鼓動が胸を打ち始める。

 それは警告音のようだ。

 まだなにもわからないが、ディーナはすでに感じ取っていた。


 たぶん、これから、よくないことが起こる。

 恐ろしい予感に息を呑み、全身に緊張を漲らせた。



 そこへ、奇妙なほど落ち着いた第三者の声が落ちてくる。



「まあ………ずいぶんとはしたないこと。役に立たない子ね。やはり侯爵家程度では、たいした働きもできないのかしら? 素敵なお菓子まで用意してあげたのに………ふふ、期待外れだったわね」



 足音ひとつなく現れた女性を見て、ディーナの背筋が凍りついた。



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