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42.令嬢と令嬢そして令息と令息

前半ディーナ視点、後半オスカー視点。


 各地で編成された討伐隊の活躍と魔塔の協力により、魔獣による被害は徐々に沈静化していった。


 未だ魔獣の存在は脅威ではあるものの、出現した場合の備えが整ってきたおかげで外出を控え息を潜めるように過ごしていた人々の表情も明るくなり、人通りも賑やかさを取り戻しつつある。


 怯えて引きこもっていた貴族たちの間でもお茶会や夜会が小規模ながら再開され始め、ディーナの元にも一通の招待状が届いた。



「デルファ侯爵家?」


 封蝋を開きながら馴染みのない家名に首を傾げたが、招待状に添えられていた手紙を読んで思い出した。夜会で幾度か顔を合わせた、キャンディピンクの髪の令嬢、シェリルの家だ。


 名目上はデルファ侯爵夫人の開くお茶会への招待となっているが、その実、シェリルを慰めるための集まりのようだ。


 彼女は恋が思うようにいかず、気晴らしに出かけた先で運悪く魔獣に襲われ、怪我はなかったもののそれ以来怯えて屋敷に閉じこもっているという。

 夜会で親しくなったという娘の友人(ディーナ)に、気鬱の病にかかっている(シェリル)をどうにか元気づけて欲しいという内容だった。


 上手くいかない恋のお相手というのは、シェリルが心変わりしたのでなければミハエルのことだろう。ライバルが多く、彼に想いを寄せる女性は大変な思いをするのかもしれない。ディーナは肩をすくめてため息を吐いた。


(やっぱりミハエル様は、女性の敵かもしれないわ………)


 シェリルとは親しいと言えるほど交流があるわけではないが、アレクシアと個人的にお茶をすることを除けば、ディーナをお茶会に誘う貴族令嬢などほとんどいない。


『オスカーとミハエルを両天秤にかけ、階段から落ちてオスカーを下敷きにし、夏至祭に魔獣と乱闘した』………というのが現在のディーナの社交界での評判であるらしい。

 散々な話だが、全部が嘘というわけでもないので否定し難いところだ。


 しかしディーナひとりの話ならさほど気にならなくても、これから先、ディーナがオスカーの隣に立つことを真剣に考えるなら話は変わってくる。

 ディーナの良くない評判が、オスカーの名誉を傷つけることがあってはならない。今回、令嬢と親しい関係という名目でお茶会に誘ってもらえたのだから、これも名誉挽回の良い機会だろう。


 恋の応援というタイプではないけれど、ミハエルについての愚痴を話せる相手がいたら、少しはシェリルの慰めになるかもしれない。

 ディーナはお茶会の招待を受けることに決めた。



 お茶会の当日、ディーナはケイトお勧めの、装飾が控えめで上品な紺色のドレスを身に纏い、デルファ侯爵家を訪れた。



 ―――その日にすべてが変わってしまうなど、思いもせずに。



 ******



 ディーナがデルファ侯爵家に招かれたのと同じ日、王宮の火の公爵家の執務室で、オスカーは報告書の束に埋もれていた。

 力を貸してほしいと願ったのはオスカーだったが、父を甘く見ていたと言わざるを得ない。


 今、火の執務室は、情報の宝庫………というより、情報の大海になっている。

 有体に言って、溺れそうである。


 ディーナに関する情報は、個人のプロフィールに始まり、家族関係、王都の屋敷の全使用人の身辺調査、王都に来てからの交友関係。

 これらはまだ数が少ない方だった。


 むしろオスカー自身の人間関係図が複雑で、友好関係にある者も、敵対関係の者も、一筋縄ではいかず情報量が異常に多い。

 読み込んでいくと誰もが掌を返す可能性があるように感じ、頭が痛くなってくる。


 なにより驚いたのは、風の公爵家に関する情報の膨大さだ。

 資産状況、領地の運営状況、保有戦力、裏社会とのつながり。

 家族全員の身辺調査には、最近の行動履歴はもちろん、過去のアレコレまでかなり詳細に調べ上げてある。


 ローデリヒの調査書にはなぜか嫌いな食べ物までが書いてあり、目を通したオスカーは「にんじんもブロッコリーも美味しいのに」と密かに思った。


 頼んでもいない情報まで大量に報告され、ヴァールハイト家当主の力とはこれほどのものかと思わず天を仰ぐ。

 情報の選別にも一苦労である。



 ミハエル・エーデルシュタインの情報を手に取る。

 オスカーの顔にピクリと青筋が立つ。


(夜会のとき、ミハエルは妙に……ディーナと親しげに話しているように見えた)


 今までの回帰で、そんなことは一度もなかった。

 オスカーとディーナが連れ立っているときに絡んできては、なにかとくだらない嫌味を投げつけて去っていくという程度の関係でしかなかった。

 むしろディーナはミハエルを苦手にしていたはずだ。


 それが、ディーナが回帰の記憶を持っている今回に限って、ふたりの関係性が変わっているのはどういうことだろう。

 オスカーの知らないどこかで、接点があったのか。


 面白くない気持ちで報告書をめくる。

 するとそこには、オスカーが頼んでおいた香水についての報告が詳細に記されていた。


 意外なことに、ミハエルはここ数年、香水を変えていなかった。

 有名な調香師の手による作品で、ミハエルをモデルに作られたものらしい。

 とはいえ、ミハエルだけが使っているわけではなく、一般販売されている。

 しかし男性向けの品なのかと思いきや、購入者リストには女性の名前が目立った。


「この香水は、中性的なタイプの香りということか………?」


 無意識に呟いたオスカーのひとりごとを、書類整理に血眼になっている従者のテオドールが拾い上げて答えた。


「最近は、想い人と同じ香水を身につけると、想いが叶うというジンクスがご令嬢方の間で流行っているそうですよ?」

「なるほどね」


 そういったことに懐疑的なオスカーは気のない返事を返す。


(では、ここに名前が並んでいる女性たちはミハエルの()()()というわけか)


 リストに目を通していると、扉がノックされる。

 テオドールが対応すると、それは思いがけない来訪者の知らせだった。



「ミハエル・エーデルシュタイン様が、主に面会を希望なさっておいでのようです。どうされますか?」

「………⁉」


 テオドールの顔にも困惑の表情が浮かんでいる。

 無理もない。どう繕っても、火の公爵家と風の公爵家は良好な関係とは言い難い。約束もなしに気安く行き来するような間柄ではないのだ。


 ()()に単独で乗り込んでくるとは、よほど自信があるのか、それとも考えが足りないだけか。オスカーは手にしていた書類を置き、目に剣呑な光を宿す。


(いい機会だ)


「わかりました。通してください」




 火の執務室に通されたミハエルは、緊張した表情で挨拶をした。


「通してもらえて感謝する、ヴァールハイト」

「めずらしいこともあるものですね。用件は何です?」


 オスカーは前置きをせず切り込んだ。

 しかしミハエルはオスカーの好戦的な態度に腹を立てたりすることもなく、丁寧に頭を下げた。


「先日は、父がディーナ嬢と君に無礼を働いた。申し訳なく思っている。父に代わり、謝罪させてもらいたい」


 オスカーは片眉を上げ、意外な気持ちで下げられたままの頭を見つめる。

 これまでのミハエル・エーデルシュタインの人物像は『勝気で少し軽薄なところのある人間』、その程度でしかなかった。

 父親であるローデリヒほど悪質な人間ではなさそうだが、その分、特に興味を持つこともなかった。

 オスカーは頭の中で考えを巡らせる。


「その謝罪は彼女の方へ。侮辱を受けたのは、僕ではありません」

「………そうだな。すまなかった」


 妙に低姿勢で、傲慢さが鳴りを潜めている。ただのポーズと見るか、それとも………。


「それだけを言いにここへ来た訳でもないでしょう。本題は何です?」


 少し口調から険を納め話を促すと、ミハエルはテオドールたちをちらりと見た。

 意図を理解したオスカーは使用人たちに全員下がるように指示をする。

 相手が相手だけに、ふたりきりにすることをテオドールが渋ったが、結局全員が部屋を辞した。



「これでいいですか?」

「………感謝する」


 着座を促すと、ミハエルは長椅子に大人しく座る。オスカーも対面に腰かけ、目の前の風の公爵家次期当主を見据えた。


(さて………いったいどんな腹積もりでここへ舞い込んだのやら。洗いざらい吐いてもらいますよ、ミハエル・エーデルシュタイン)


 ミハエルはしばらく落ち着きなく視線を彷徨わせたが、一度自分の両頬をバチンと掌で叩くと意を決したように口を開いた。


「実は………」


 そしてミハエルによって語られた話は、オスカーの予想をはるかに超えるものだった。




お読みいただきありがとうございます。


そろそろこのお話も佳境に入ってまいりました。

最後まで見届けていただけましたら光栄です。

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