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回帰した辺境伯令嬢ですが、裏切りの貴公子から偽装求婚されました ~ただし『偽装』は虚偽申告です~  作者: 守野ヨル


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36.懐かしい夢

 

 ディーナが六歳のとき、シュネーヴァイス辺境伯領でちょっとした事件が起こった。

 隣国の大きな盗賊団が追手から逃れるために、国境の関所を強引に破ってシュネーヴァイス領へなだれ込もうとしたのだ。


 シュネーヴァイス騎士団の活躍により不法な越境は防がれ盗賊団も一網打尽となったが、隣国との政治的な交渉の必要もあり、シーズン外ではあったが領主のノルベルト自ら王都へ出向き、国王陛下への詳細な報告が求められた。


 そのときはまだ(リアム)も生まれておらず、ノルベルトとラウラとディーナ、親子三人で王都へ向かい、一週間ほど滞在することになった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()


 それが、ディーナにとって生まれて初めての王都だった。



 そのときのディーナはシュネーヴァイス辺境伯家唯一の嫡子だったので、後学のためでもあったのだろう。ノルベルトが王宮へ登城するときに、ディーナも一緒についていくことになった。


 もちろん国王との謁見はノルベルトのみだったが、大人たちの()()が終わるまでの間、ディーナは護衛付きで王宮の見学を許された。

 当然、行動範囲の制限はあったはずだが、幼いディーナには何もかもが初めてで、素晴らしい冒険にわくわくし通しだった。


 天井の高い壮麗な建物、見たこともない美しい絵画、かくれんぼをするのにもってこいの立派な彫像。

 ディーナは質実剛健のシュネーヴァイス領が大好きで何の不満もなかったが、珍しいものを見るのは楽しいものだ。

 あちこち興味を持ったものに飛びつき、走り回り、気が付けばいつの間にやら護衛とはぐれてしまっていた。



 そんなときだった。初めて、不思議な声を聞いたのは。


 楽しげに、歌う声が聞こえる。

 喜びに満ちた囁きが、ディーナを招く。


 《おいで、おいで》

 《こっちだよ》

 《いるよ、いるよ》

 《まってるよ》


 声に誘われるようにふわふわと歩くディーナに、不思議と護衛の制止はかからなかった。そうして導かれた場所にたどり着いたとき、目の前には美しい庭園が広がっていた。


 秋も深まり、見事な紅葉に染められた庭園に、ひとりの少年が立っていた。

 ディーナより年上のすらりとした男の子だ。

 つやつやとした黒髪で、耳には綺麗な赤い宝石がついた耳飾りをしている。


 突然現れたディーナに驚いた少年と目が合った途端に、あたりに小さな花火のような色とりどりの炎の粒が弾け飛んだ。

 いくつもいくつも炎が現れては愉快な音を立てて弾けて消え、ディーナはただ驚いて目を奪われるばかり。


 《きた、きたね》

 《まってた、ずっと》

 《ずっとずっと、まってた》


 初めて聞いたさざめく声が精霊のものであると気づいたのは、ずっと後の話だ。

 そして、そのとき出会った少年は、精霊の姿が光の玉のように見えてはいても、声は聞こえていなかったのだということにも、再会して当人に聞くまでは知らなかった。


「うわあ………!」


 弾ける炎の粒に見惚れ、はしゃいだ声を上げるディーナに、男の子が声をかけた。

 とても優しい声だ。


「………きみは誰? どこから来たの?」

「どこから? ………あっちのほう? ううん、わかんない」

「もしかして、迷子なのかな。驚かせてごめんね。なぜだか精霊たちが浮かれていたずらをしたみたいです」

()()()()………? これが?」


 男の子は少し困ったような顔をして、浮かれて弾け続けるカラフルな火花を見上げた。

 気恥ずかしいのか、少し顔に赤みがさしている。


 母が寝物語に聞かせてくれた神話に登場する精霊が、ここにいるのだろうか。

 ディーナは夢のような出会いに心が浮き立った。

 色が弾ける宙へ向けて、精一杯手を伸ばす。


「せいれいが、たくさんよろこんでるね!」

「きみ、見えるのかい⁉」


 男の子があわててディーナに駆け寄った。

 ディーナは弾ける炎の光を懸命に手で追いながらも首を振った。

 見えない。声は聞こえるけれど。


「ううん、ぱちぱちする火は見えるよ」

「……そうですよね。祝福者でなければ見えないはずですし」


 男の子はがっかりしたような、安心したような、不思議な表情でディーナを見つめた。

 向かい合って立っているふたりの背にはかなり差があったが、男の子は膝を折ってディーナの目線に合わせてくれた。

 そのまま吸い寄せられるようにお互いの瞳を覗き込む。


 ディーナは手を伸ばし、男の子の頬を小さな両掌で包んだ。

 庭園の紅葉より赤く、彼の耳に飾られた紅い宝石よりも紅く輝く、美しい瞳。


「すごい、なんてきれいなの。いのちが輝いているみたい」


 男の子の瞳は、ディーナが生まれてから今まで見てきたものの中で、なによりも美しかった。

 目を輝かせて見つめるディーナの頬に、今度は男の子がそっと触れた。


「きみの空色の瞳も、とてもきれいだ。まるで、本物の空の色を映してるみたいに」




 額がつくほどの近さで見つめ合ったのは、それほど長い時間ではない。

 それからほどなくして、護衛をともなって父がディーナを呼び戻しに来た。

 お互いに名乗ることもせず別れた、たった一度の短い逢瀬。


 ふたりが再び出会うまで、十年の歳月を必要とした。



 十年経った今でも、彼の瞳より美しいものを、ディーナは知らない。



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