33.夏至祭4
「デートのお邪魔はしないよ~」と手を振るアレクシアと別れ、ふたりは再び賑わう屋台の通りを歩きだした。
会話はなく、目的地もなく、ただふたり並んでゆっくりと歩く。
いつの間にかまた手を繋がれており、オスカーは離す気がないようだ。
言葉はなくとも大きな手から伝わる優しさに、ディーナはずっと戸惑っていた。
アレクシアの言葉を自然と意識してしまう。
(これじゃ本当に、ただのデート、みたい………?)
顔が火照る。鼓動が速い。
手をぎゅっと握り返すべきなのか、力を抜いて手を預けるだけにすべきなのか。
なにが自然な振る舞いなのか、答えの出ない問いがぐるぐると頭の中を巡っていたとき、オスカーの手にピクリと力が籠った。
反射的にオスカーを見上げると、鋭い視線を返され、顔を寄せられる。
外から見たら恋人同士が身体を寄せあったように見えるだろうが、オスカーはピリッとした緊張を纏っていた。
「振り返らずに聞いてください。つけられています。少しずつ距離を詰めてきている………なりふり構わないつもりなのか、仕掛けが想定より少し早い。周りを巻き込むのも厄介なので、動きやすい位置取りをして対処します。ターゲットは僕のはずですが、貴女も僕から離れればそれで安全とはいかないと思います。巻き込んでしまい申し訳ありませんが………」
しかし厳しい表情のオスカーを真っ直ぐ見返すと、ディーナは不敵に微笑む。
「もとより承知しています。自分の意志でここにいるのですから、火の粉を自分で払う覚悟はあります。それに、オスカーがターゲットと決まったわけでもありませんし。もし人違いなら穏便にお帰り願わないと」
「まったく、貴女という女性は………」
顔をゆがめるように笑ったオスカーが、ディーナの頭を引き寄せた。
髪の上に僅かな熱を感じ、すぐに離れる。
なにが起こったのかを理解する前にオスカーにぐっと強く手を引かれ、ふたりは人込みを縫うように走り出した。
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賊は剣使いが三人と弓使いが二人、計五人もいたのだが、あっけないほど速やかに制圧された。
賊が弱かったわけではなく、こちらの戦力が厚すぎたのだろう。
オスカーは火の祝福者であり、炎を自在に操ることができる。
それだけではなく、剣の腕前は一流の騎士にも匹敵する。近接と遠隔、物理攻撃と精霊術、あらゆる戦いができる反則級の人間なのだ。
そして道中は姿を隠していた公爵家の護衛たちも、しっかり本領を発揮してくれた。
旗色が悪くなったのを察した賊がディーナを人質にとろうとしたが、残念ながらディーナは期待されるような可愛らしい悲鳴は出せないので、速やかに赤いスカートの中に隠していた短剣を取り出して応戦した。射かけられた矢も二本叩き落としている。
無力化された賊は拘束され、オスカーの配下の者たちに回収されていった。
オスカーと、クリーム色の髪の男性が話し込んでいる。
気づかなかったが、腹心であるテオドールも今日の護衛に加わっていたらしい。
「オスカー様、賊は騎士団に引き渡せばよろしいですか?」
「いや、いったん公爵邸で尋問を。騎士団に渡せば、最悪口封じが起こります。黒幕まではたどり着けないでしょうが、何かしらの手がかりくらいは欲しいですから」
「騎士を懸念されるということは………そのように腕の長い相手だと?」
「どうでしょうね。はっきりするまでは、あらゆる可能性を考えるだけです」
「承知しました。今のところ、他に不審な動きは見られません。護衛は二人残し、俺も引き上げて尋問に移ります」
「頼みます」
テオドールはディーナにも目礼をして引き上げていった。
彼らを見送ったオスカーが不自然に立ち尽くしたままのディーナに気づき、気づかわしげに顔を覗き込む。
「ディーナ? 顔色が優れないようですが………まさか、どこか怪我でも」
「いえ………怪我はありません。オスカーと護衛の皆さんのおかげです。ありがとうございました」
「巻き込まれただけの貴女が礼を言う必要はありません。むしろ詫びなければならないのはこちらですから。それに、貴女は守らせてもくれませんでした」
「足手まといになりたくはありませんから」
ディーナは、今はもうスカートの中に戻した短剣を布地の上からそっと撫でた。
自分の指がわずかに震えていることに気づき、ディーナは一度目を閉じて深呼吸する。
オスカーは、ディーナの動揺が賊との交戦による恐怖や興奮のせいだと思うだろうか。
「ディーナ。やはり具合が悪いのなら、今日はお終いにしましょうか」
「いいえ! これから花火ですもの。せっかくの夏至祭なのに、花火を見ずに帰るのはもったいないでしょう?」
少しの空元気とともにディーナが花火を楽しみにしていることを伝えると、オスカーは心配そうに逡巡したものの結局頷いた。
「そうですね。あと一時間もすれば花火が始まります。川沿いに花火鑑賞に良い場所がありますから、ゆっくり歩きながらそこへ移動しましょうか」
差し出された手を取るのにディーナは一瞬躊躇う。
オスカーはディーナの感情の揺れに気づかぬふりで、手を下ろさなかった。
ディーナがそっと手を重ねると、オスカーが包むように握り、導くように歩きだす。
一年で最も昼の長い日が少しずつ暮れていく。
通りや露店に少しずつ灯りが灯りだしている。
ふたりは会話もないまま、つながれた手だけを頼りに歩き続けた。
さっきの賊は、前世の夏至祭でもふたりを襲撃してきた賊だった。
時間帯と場所に少しズレがあるが、襲撃自体は予測で来ていたので、ディーナが動揺しているのはそれが理由ではない。
交戦で、ディーナが短剣を隠し持っていたように、オスカーも無手ではなかった。
しかしオスカーの武器はディーナのように服の下から取り出したのではなく、突然オスカーの手の内に現れたのだ。そして役目を終えるとまたどこかへ消えてしまっていた。おそらく、魔術か精霊術による現象なのだろう。
銀色に輝く、神秘的な剣だった。
ディーナはその剣を知っていた。
前世で見た短剣の姿ではなく腰に佩くような長剣だったが、おそらくは同じものだ。
(………あれは、わたしの命を奪った剣だわ………)




