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回帰した辺境伯令嬢ですが、裏切りの貴公子から偽装求婚されました ~ただし『偽装』は虚偽申告です~  作者: 守野ヨル


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33.夏至祭4

「デートのお邪魔はしないよ~」と手を振るアレクシアと別れ、ふたりは再び賑わう屋台の通りを歩きだした。

 会話はなく、目的地もなく、ただふたり並んでゆっくりと歩く。


 いつの間にかまた手を繋がれており、オスカーは離す気がないようだ。

 言葉はなくとも大きな手から伝わる優しさに、ディーナはずっと戸惑っていた。

 アレクシアの言葉を自然と意識してしまう。


(これじゃ本当に、ただのデート、みたい………?)


 顔が火照る。鼓動が速い。

 手をぎゅっと握り返すべきなのか、力を抜いて手を預けるだけにすべきなのか。

 なにが自然な振る舞いなのか、答えの出ない問いがぐるぐると頭の中を巡っていたとき、オスカーの手にピクリと力が籠った。


 反射的にオスカーを見上げると、鋭い視線を返され、顔を寄せられる。

 外から見たら恋人同士が身体を寄せあったように見えるだろうが、オスカーはピリッとした緊張を纏っていた。


「振り返らずに聞いてください。つけられています。少しずつ距離を詰めてきている………なりふり構わないつもりなのか、仕掛けが想定より少し早い。周りを巻き込むのも厄介なので、動きやすい位置取りをして対処します。ターゲットは僕のはずですが、貴女も僕から離れればそれで安全とはいかないと思います。巻き込んでしまい申し訳ありませんが………」


 しかし厳しい表情のオスカーを真っ直ぐ見返すと、ディーナは不敵に微笑む。


「もとより承知しています。自分の意志でここにいるのですから、火の粉を自分で払う覚悟はあります。それに、オスカーがターゲットと決まったわけでもありませんし。もし人違いなら()便()()お帰り願わないと」

「まったく、貴女という女性(ひと)は………」


 顔をゆがめるように笑ったオスカーが、ディーナの頭を引き寄せた。

 髪の上に僅かな熱を感じ、すぐに離れる。

 なにが起こったのかを理解する前にオスカーにぐっと強く手を引かれ、ふたりは人込みを縫うように走り出した。



 ******



 賊は剣使いが三人と弓使いが二人、計五人もいたのだが、あっけないほど速やかに制圧された。

 賊が弱かったわけではなく、こちらの戦力が厚すぎたのだろう。


 オスカーは火の祝福者(スティグマ)であり、炎を自在に操ることができる。

 それだけではなく、剣の腕前は一流の騎士にも匹敵する。近接と遠隔、物理攻撃と精霊術、あらゆる戦いができる反則級の人間なのだ。

 そして道中は姿を隠していた公爵家の護衛たちも、しっかり本領を発揮してくれた。


 旗色が悪くなったのを察した賊がディーナを人質にとろうとしたが、残念ながらディーナは期待されるような可愛らしい悲鳴は出せないので、速やかに赤いスカートの中に隠していた短剣を取り出して応戦した。射かけられた矢も二本叩き落としている。


 無力化された賊は拘束され、オスカーの配下の者たちに回収されていった。

 オスカーと、クリーム色の髪の男性が話し込んでいる。

 気づかなかったが、腹心であるテオドールも今日の護衛に加わっていたらしい。


「オスカー様、賊は騎士団に引き渡せばよろしいですか?」

「いや、いったん公爵邸で尋問を。騎士団に渡せば、最悪口封じが起こります。黒幕まではたどり着けないでしょうが、何かしらの手がかりくらいは欲しいですから」

「騎士を懸念されるということは………そのように()()()()()()だと?」

「どうでしょうね。はっきりするまでは、あらゆる可能性を考えるだけです」

「承知しました。今のところ、他に不審な動きは見られません。護衛は二人残し、俺も引き上げて尋問に移ります」

「頼みます」


 テオドールはディーナにも目礼をして引き上げていった。

 彼らを見送ったオスカーが不自然に立ち尽くしたままのディーナに気づき、気づかわしげに顔を覗き込む。


「ディーナ? 顔色が優れないようですが………まさか、どこか怪我でも」

「いえ………怪我はありません。オスカーと護衛の皆さんのおかげです。ありがとうございました」

「巻き込まれただけの貴女が礼を言う必要はありません。むしろ詫びなければならないのはこちらですから。それに、貴女は守らせてもくれませんでした」

「足手まといになりたくはありませんから」


 ディーナは、今はもうスカートの中に戻した短剣を布地の上からそっと撫でた。

 自分の指がわずかに震えていることに気づき、ディーナは一度目を閉じて深呼吸する。


 オスカーは、ディーナの動揺が賊との交戦による恐怖や興奮のせいだと思うだろうか。


「ディーナ。やはり具合が悪いのなら、今日はお終いにしましょうか」

「いいえ! これから花火ですもの。せっかくの夏至祭なのに、花火を見ずに帰るのはもったいないでしょう?」


 少しの空元気とともにディーナが花火を楽しみにしていることを伝えると、オスカーは心配そうに逡巡したものの結局頷いた。


「そうですね。あと一時間もすれば花火が始まります。川沿いに花火鑑賞に良い場所がありますから、ゆっくり歩きながらそこへ移動しましょうか」


 差し出された手を取るのにディーナは一瞬躊躇う。

 オスカーはディーナの感情の揺れに気づかぬふりで、手を下ろさなかった。

 ディーナがそっと手を重ねると、オスカーが包むように握り、導くように歩きだす。


 一年で最も昼の長い日が少しずつ暮れていく。

 通りや露店に少しずつ灯りが灯りだしている。

 ふたりは会話もないまま、つながれた手だけを頼りに歩き続けた。




 さっきの賊は、前世の夏至祭でもふたりを襲撃してきた賊だった。

 時間帯と場所に少しズレがあるが、襲撃自体は予測で来ていたので、ディーナが動揺しているのはそれが理由ではない。


 交戦で、ディーナが短剣を隠し持っていたように、オスカーも無手ではなかった。

 しかしオスカーの武器はディーナのように服の下から取り出したのではなく、突然オスカーの手の内に現れたのだ。そして役目を終えるとまたどこかへ消えてしまっていた。おそらく、魔術か精霊術による現象なのだろう。


 銀色に輝く、神秘的な剣だった。


 ディーナはその剣を知っていた。

 前世で見た短剣の姿ではなく腰に佩くような長剣だったが、おそらくは同じものだ。


(………あれは、わたしの命を奪った剣だわ………)




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