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32.夏至祭3

 遅めの昼食を終えたあと、ふたりはたくさんの屋台を見て回った。


 食事でお腹を落ち着かせたあとでも匂いに釣られるような肉料理や総菜売り場はいくらでもあったし、子供が喜びそうな七色のカラフルな飲み物や、祭りの日にはこれがなくてはという麦酒や葡萄酒、発泡酒がずらりと並び、昼からあちこちで陽気な歌が聞こえてくる。


 菓子類も豊富で、定番の商品から夏至祭限定品まで、子供や女性でなくても目移りする贅沢さだ。

 娯楽を提供する屋台もあちこちで見られ、当たると評判の占いの店は幅広い年齢の女性が列をなしていた。


 前世でも回った同じ屋台を、思い出を辿るようにひとつひとつ回っていく。

 人混みではぐれないように繋がれた大きな手に導かれ、ディーナは何も知らなかった前世と同じように、楽しく幸せな時間を過ごした。


 その道中で、前世では存在しなかった………いや、認知していなかった人物を見かけて思わず声をかける。


「………シア?」

「ん? ああ! ディーナ………と、火の坊ちゃんの組み合わせか。しばらくぶり」


 濃紺の髪を大きくて真っ赤なリボンで結んだアレクシアが、屋台の前で渋い顔をしていた。

 声をかけたディーナの顔を見ると、パッと笑顔になる。


「どうしたの? なんだか難しい顔をして商品を睨んでいたみたいだけれど」


 そこは、前世では立ち寄った覚えのない店だった。

 あまり見栄えのしない、古びた道具が無造作に積まれている。

 やる気のなさそうな店主が、呼び込みの声をかけるでもなく、座り込んだまま気怠そうに冷やかしの客を眺めていた。

 品揃えが無節操で、何の店なのかも判然としない。


「古道具の店、かしら?」

「間違ってはないけどね。これ、全部魔術具だよ。しかも中古のね」

「おお~う、お嬢サンよくわかったネ? ひょっとして魔術師かい?」


 店主がころっと態度を変えて、揉み手でいそいそと愛想を振りまく。

 アレクシアは店主の言葉には答えず、ディーナに顔を向けた。

 なぜか顔を顰めて、鼻をギュッと指でつまむ。


「ゴチャゴチャと混じったにおいがするから、思わず覗いてみたンだ。壊れて使い物にならンような魔術具も結構ありそうだけど………。なンか、どれかはわからないけど、すごくヘンなニオイがする気がする」

「変?」

「うん。なンか………生ゴミみたいな?」

「ちょっとお嬢サン! ウチはナマモノなんて扱ってないよ!」


 言いがかりとも思える言葉に小太りの店主が身体を揺らして憤慨する。

 無理もないだろう。

 アレクシアが『におい』と言っているものを知覚できる人間はアレクシアだけだ。

 魔術の匂いなど、他の人間にわかるはずもない。


 そのとき、背後に立っていたオスカーが、埋もれていた商品のひとつに手を伸ばした。


「これは………」

「あっ! それ! 多分それだ!」


 アレクシアが驚いたように声を上げ、鼻をつまんだまま、反対の手でオスカーが手にしたものを指さした。


 それは鈍い銀色の手鏡だった。


 鏡面は埃で曇っているが、裏側には複雑な幾何学模様が彫り込まれており、古びてツヤを失っているものの、磨けばそれなりに値の付きそうな商品に見える。

 オスカーは手鏡をじっと見ているが、顔色が優れない。


「店主、これを」

「美形のお兄サン、毎度ありィ!」

「火の坊ちゃん、そんなの買うのかい⁉」


 オスカーが迷いなく手鏡の購入を決めると、アレクシアが驚いてあんぐりと口を開けた。

 吹っ掛けられているような気がしたが、オスカーは意に介さなかった。値引き交渉もせず言い値で支払いを済ませると、商品を受け取ってすぐに店から離れる。

 一緒に店を出たアレクシアが、苦々しい顔で(くだん)の鏡を見つめた。


「火の坊ちゃん、ソレが何かわかっているのかい?」

「………呪具、でしょう」

「呪具?」


 人の多い場所を離れたところで立ち止まったアレクシアとオスカーの会話に、ディーナが首を傾げる。


「人の生活を助けるために作られる魔術具とは根本的に違います。悪しき魔術を込められた、人を呪う道具。自分の欲望を叶えるために、他人を貶め、操り、場合によっては死に至らしめる。あってはならないシロモノです」

「そんな」


 恐ろしい説明にディーナの血の気が引く。

 祭りの日に誰にでも手の伸ばすことのできる露店で、そんなおぞましいものが平然と売られていたということなのか。


「こうしたものは、力が開くと、最初はたいしたことがなくても人の感情を餌に次第に肥大していきます。持ち主の望みを叶えると見せかけ、その実、取り返しようのない破滅を導く」

「多分だけど、あのお気楽そうな店主はコレが何なのかはわかってなかったと思うよ。ほかの魔術具と区別ついていなかったみたいだし」

「そうですね。これはまだ、力が閉じているようですから、実害もなかったのでしょう。鏡面が曇ったままなのが幸いでした。むしろイーリス女史がこれに気づいたことの方が驚きです」

「まーねー。アタシはちょっと()()()()()から! でも、坊ちゃんはどうしてコレがヤバいってわかったのさ?」


 確かに、アレクシアは雑多に積まれた魔術具が臭うといっただけで、どれがそうなのかは特定していなかった。

 探し当てたのはオスカーだ。


「………ずっと前に、これを見たことがあったのです。まさか、露店で堂々と売られているとは夢にも思いませんでしたが………。こんなに、目と鼻の先にあったのですね」


 オスカーが鈍い色を放つ手鏡を身体から少し離して掲げ、物憂げに見つめた。

 曇った鏡はなにも映していない。

 すると鏡を持ったオスカーの手からぼうっと青白い炎が生まれ、そのまま手鏡を舐めるように飲み込んだ。


「あっ………」


 清い精霊力に満たされた白炎が、眩く呪具を包む。

 手鏡はオスカーの手の中で紙屑が燃えるようにたちまち形を失い、影も残さずに崩れ去った。


 ディーナを振り返ったオスカーの眼鏡の奥の瞳は宝石のように輝き、白皙の美貌を際立たせている。


「ふわあ~、これが祝福者の炎かぁ。初めて見た! 浄化までできるなんて、さすがにハンパないね。ヤなニオイもキレイさっぱり消えたよ!」


 アレクシアが称賛と知識欲のみなぎった表情でオスカーを見上げた。

 精霊眼も、普通は見る機会などほとんどないものだ。魔術師であれば、なおのこと興味深いかもしれない。

 オスカーはアレクシアの爛々とした視線を特に気にすることなく、空になった手を眺めて目を伏せた。


「呪具は、精霊の加護のあるこの国にはほとんどありません。魔獣と同じようなものです。存在が許されず、作ったとしても機能しにくく、壊れやすい。でも、たまにこうして他国で作られたものが流れ込み、さらに稀ながら、呪具としての力を失わないものもあります。………ここで壊せて、良かった」


 ディーナに顔を向け瞬いたオスカーのどこか寂し気な瞳は静かに色を納め、榛色を取り戻した。



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