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23.男子とお茶を2

「わかりました………オスカー。それで、わたしが護衛もなく外出をしているという件なのですが。お言葉ですが……護衛は、いないわけではないと思います」


 ディーナは意味ありげに窓の外へ目を向けてからオスカーに視線を戻し、涼しげな瞳を軽く睨む。


「わたしに護衛をつけていらっしゃいますね? わたしに無断で」


 彼は要望通り呼び捨てで呼ばれたことに満足の笑みを浮かべたあと、あっさりと認めた。


「貴女の父君に了承はとっています。なにがあるかわかりませんから。先程、騎士を呼びに行かせたのも、そのうちのひとりです。ひったくりも護衛の者が気づき排除しようと構えたようなのですが、貴女の方が反応が早かったと聞きました。さすがとしか言いようがありません」


 オスカーが半ば呆れたような、感心したような、複雑な顔でため息をついた。


 彼の、ディーナの安全に自分が気を配るのは当然だと言う態度に、少し戸惑いを覚える。

 なぜ、そこまで。


「オスカー………ありがとうございます。護衛をつけてくださっていることも、そして、夜会で助けてくださったことも。あなたがいなければ、わたしはあの夜、階段で命を落としていたかもしれません」


 真剣な表情で頭を下げたディーナにオスカーは首を振り、やわらかな声で答えた。


「最初に手を差し伸べてくださったのは貴女の方です。貴女が負担に思う必要はありません。もしご負担なら、お互い様だとでも思ってくださればいい。護衛も、貴女の気分を害さないように気配を消すことに長けたものを選んだのですが。気づかれていたとは驚きました」


 オスカーは首を竦めて苦笑したあと、話をはぐらかすように、あらためて店内を見回した。


「雰囲気のいい店ですね。魔塔の近くにこんな所があったとは気づきませんでした」

「………魔塔の魔術師がよく利用するのだそうです。飲み物もですが、ケーキもおいしかったですよ」

「ディーナは来たことがあるのですね。おひとりでですか?」

「いえ、ふた………」

「誰と?」

「はい?」

「誰と来たのですか」

「あの、階段から落ちたときに助けてくれたシア………アレクシアと」

「………なるほど?」


 妙な圧力を感じて困惑するディーナを見つめ、オスカーは首を傾げて麗しく微笑む。

 そんな彼の仕草を見て、ディーナはあることに気づいた。


「今日は、耳飾りをつけていらっしゃらないのですね」

「? ああ、『精霊の耳環』ですね。あれは基本的に、公の場でしかつけません。ご存じかどうかわかりませんが、あれは祝福者が生まれたときに王家から賜る()()()です。装飾品としての価値は高いが、特別な力はなにもない。こんな街中で()()をぶら下げて歩くような真似はしませんよ」


 オスカーは目を伏せ、左耳を長い指で弄んだ。

 その何気ない仕草にほのかな色香を感じ、ディーナの鼓動がひとつ跳ねる。


 彼自身は精霊の耳環に執着がないようだ。

 しかしディーナは、彼が耳環をつけている姿が好きだった。


 オスカーは元々派手な服装を好まない。

 だからこそ、無駄な装飾のない装いにひとつだけ華やかな耳環が、ひときわ彼の魅力を引き立てるのだ。


「でも精霊の耳環、綺麗ですよね。オスカーによく似合ってると思います」


 思っていたことをそのまま口にすると、一瞬呆けたような表情のあと、オスカーの頬が淡く朱に染まった。


「からかわないでくださいディーナ。男心を弄ぶような真似は感心しませんよ」

「からかってもないし、弄んでもいません!」


 本心から言った言葉を逆にからかわれ、少し不貞腐れた表情でディーナが睨むと、オスカーは眩しいものを見るように優しく目を細めた。

 そしてブラックコーヒーに口をつけながら店内の客をちらりと眺め渡し、愉快そうに小さく笑う。


「僕たちは………他人から見ると、どういう関係に見えるのでしょうね?」


 店内から注がれる視線に気づいてはいたらしい。

 どこか唐突にも感じるオスカーの質問に、それでもディーナは答えを探して考えを巡らせた。


 兄妹や親戚と考えるには、容姿に似たところがなさすぎる。とは言え、恋人同士にも見えないだろう。

 ………前世では、そんなときもあったのだけれど。今のオスカーには関係のない話だ。


「お忍びの高位貴族と侍女、でしょうか」

「ん? それよりも、お忍びの貴族令嬢と護衛の方が適切でしょう?」


 実際僕は貴女の護衛ですから、とオスカーは座ったまま胸に手を当て、芝居がかった騎士のような礼をする。

 そして頭を上げると、悪戯っぽく艶やかな笑みを深めた。


「………恋人同士に見えたら嬉しいんですけどね」


 冗談めかして言いながら、どこか不穏さを感じる表情のせいで、どこまでが冗談なのかわかりにくい。

 彼の言葉をどうとらえてよいかわからずに、狼狽えて思わず頬が赤らむ。

 ディーナは、目の前で不敵に微笑む美麗な男性をじろりと睨んだ。


「オスカー? 女心を弄ぶような真似は感心しませんよ?」

「これは失礼」


 オスカーはまたもや整った騎士の礼で頭を下げる。

 彼はからかったことを否定しなかった。やはり冗談だったらしい。


(まったく………心臓に悪いわ)


 ディーナは動揺を誤魔化すために、ややわざとらしい咳ばらいをしたあと、以前から気になっていたことを思い切って口にした。


「オスカーさ……オスカーは、ずっと婚約者がいませんよね」

「そうですね。いたらこんな風に貴女とデートできないでしょう?」

「デッ………⁉」


 ディーナは危うくカフェオレを吹き出しそうになるのを間一髪で堪えた。

 またもやからかわれてあわてるディーナを見て、オスカーはこらえきれず、楽しげに喉から笑い声を漏らしている。


 貴族は、幼いころから家同士の約束で婚約が結ばれることも珍しくない。

 特にオスカーは家格や年齢、兄弟がいないことを考慮すると、婚約者がいないことは不自然ですらある。

 同じような立場と言えるミハエルにも婚約者はいないが、あちらは恋人がたくさんいるようだから、候補を絞るのに苦労しているだけかもしれない。

 しかしオスカーはそういった気配もない。公爵に縁談を勧められたりしないのだろうか。


 そんなことを考えていると、オスカーが手元に視線を落として長く息を吐き、ディーナの質問に独り言を呟くように答えた。



「………気になる女性(ひと)がいます。名前も知らないその女性を、ずっと探していました。父にもその話をして、猶予をもらっているんです。………でも、そろそろタイムリミットかもしれませんね」



 静かに語るオスカーの言葉に、ディーナはゆっくりと目を見開いた。


(気になる女性)


 静かな衝撃が、ディーナの心を揺らした。


 初めて聞く話だ。

 前世ですら聞いたことはない。

 しかしディーナには、腑に落ちるものがあった。


 その探している女性こそが、彼が真に愛する女性なのではないだろうか。

 そして、その女性が見つかったからこそ、前世の自分は殺されたのかもしれないと思い当たった。


「まだ、見つからないのですか?」


 声の震えに気づかれないように抑えた声で問いかけると、オスカーは一瞬黙して窓の外に目を移した。

 ガラス一枚を隔てた外ではなく、どこか遠くを見るように。


「………さあ。もう、僕にもわからないのです」


 窓から射す穏やかな陽光に照らされた彼の横顔は作り物のように美しく、そして虚ろだった。


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