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18.女子とお茶を1

アレクシア視点。

 アレクシア・イーリスは一応貴族の生まれではあるが、貴族らしさは欠片も持ち合わせていなかった。

 淑女の振る舞いやマナーと呼ばれる類のことには興味がないし、身につけたいと思ったこともない。

 それどころか一般常識と言われるようなことにさえ無頓着だったりする。


 これは、貧乏な上に結構な放任主義の家で育った影響もあるし、研究にのめり込んで社会性を失いがちという、魔術師の職業病でもあるだろう。

 だからアレクシアが約束の時間ぴったりに待ち合わせ場所に到着したのは、ある意味驚くべき快挙と言える。



 待ち合わせの相手は時間より前に着いていたらしく、広場にある大きな噴水を興味深そうに見上げていた。

 広い通りの目立つ場所にあるため、待ち合わせ場所によく使われるこの噴水は、一定時間ごとに高く噴き上げる水の飛沫に陽光が反射して、空中に見事な虹が描かれる。

 ダークブラウンの髪を靡かせる少女は、かぶった帽子が風に攫われないように手で押さえながら、虹を映した空色の瞳を生き生きと輝かせた。


 ディーナは、社交界でもてはやされるような華やかな容貌ではない。

 よく見ればそこそこ整った顔立ちだとわかるが人目を惹く程ではなく、髪色もブラウン系で特別な目新しさはない。

 貴族男性好みの、陽光に触れたこともないような青白い肌の持ち主でもないし、庇護欲を誘う可憐さも、蠱惑的な肢体もない。

 社交界で、大勢いる令嬢の中からディーナを特別な女性として見出す男性は決して多くないだろう。


(その点、火の坊ちゃんは見る目があるってことかねぇ)


 アレクシアはにんまりと機嫌よく笑った。


 図書館で出会ったお人好しな少女は、あっという間にアレクシアの興味を惹きつけた。

 力強く真っ直ぐな空色の瞳、はきはきと気持ちの良い声、しなやかで躍動感のある体捌き、感情の豊かさがうかがえる魅力的な表情。

 どれもが貴族令嬢らしくなく、生命力に溢れ、それでいて品があった。

 貴族令嬢でもっと話してみたいと思った人物は初めてだ。


「や。なに見てんの?」


 アレクシアが噴水の底を覗き込んだディーナに声をかけると、ディーナは振り返ってぱっと笑顔を浮かべた。


「シア! この『銅貨の噴水』って、本当に銅貨がたくさん沈んでいるのね?」

「そっか、ディーナは知らないのか。『銅貨の噴水』は一枚の銅貨をふたりで掴んで願をかけてから噴水に沈めると、ふたりの縁が永遠に続くってジンクスがあるんだ。恋人とか友人とか、家族とかね。魔術的な誓約とかじゃないから、ただのおまじないみたいなもんだけどさ」


 沈められた銅貨を勝手に持ち出せないように、噴水には盗難防止の魔術が施されており、溜まった銅貨は一定期間ごとに回収され、孤児院へ寄付される。

 説明を聞きながら熱心に噴水の底を覗き込むディーナの顔に、水面の光が揺れて映る。

 アレクシアを振り返りながらダークブラウンの髪を腕でさらりと払った。


「人々の願いの受け皿になって、福祉に貢献して、その上綺麗で待ち合わせ場所に最適だなんて。なんて頼もしい噴水なのかしら! わたし、こちら側の魔塔に近い通りは来たことなかったから、この噴水のこと知らなかった。シアの行きつけのカフェってこの近くなの?」

「すぐそこだよ。一本道を入ったとこ。んじゃ、行こっか」


 アレクシアは目的地の方角を指差しながらディーナとともに歩き出した。



 ******



『深淵の最果て』と書かれた古びた看板がかかっている。

 扉を開けると、ドアベルがカランコロンと小さな音を立てた。


 店内へ入ると、入り口の大きさからは意外なほど奥行きのある空間がある。

 落ち着いた色合いの内装と、天井からいくつも下がる丸い魔術照明。所々に置かれた観葉植物によって巧妙にスペースを区切り、客同士の目線が合いにくくなっている。

 静かに思える店内は、実は不自然ではない程度に盗聴防止の魔術が施されている。

 魔塔の人間が多く出入りするための店側の配慮だ。


「素敵なお店ね」

「魔塔の魔術師はわりと常連なんだ。勤務中でも、研究に煮詰まるとここに逃げ込むヤツも多い。ローブ着て頭抱えてブツブツ独り言呟いてるのはほぼ魔塔の人間だね。酒は置いてないから、酔って暴れるヤツはいないのが救いかな」


 実際、今もそんな人間がチラホラ店内に見られる。

 ディーナがそちらを見て苦笑いした。


「魔塔勤務の方は大変なのね」

「ま、それなりにね。ところで、体調はどう? 変わりない?」


 先日の夜会で、ディーナは長い階段の最上段近くから落下するという不運に見舞われたばかりだ。

 幸いにもヴァールハイト公爵家の令息に助けられ軽傷で済んだが、一歩間違えれば首の骨が折れていてもおかしくはなかった。


「問題ないわ。シアのポーションのおかげね。本当にありがとう。あんな場面でも冷静な対処ですごかったわ」

「これでも治癒の専門だからね。多少は現場経験も積んだし。ま、元々の性格も図太いんだけどさ」


 アレクシアがニヤッと笑ったところで注文していた品が届き、テーブルに並べられた。

 アレクシアがアイスコーヒーとオレンジタルト、ディーナはカフェオレとシフォンケーキだ。

 ディーナはたっぷりの生クリームとベリー類が添えられたシフォンケーキを目の当たりにして感激していたが、アレクシアの手元を見てたちまち目を剥いた。


「ちょっ………シア! ガムシロップ入れ過ぎてない⁉ 大丈夫なのそれ⁉」


 アイスコーヒーに遠慮なくたぷたぷと注がれるガムシロップを見て焦るディーナに構わず、アレクシアは平然とグラスのストローを回す。

 氷がカラカラと涼しげな音を立てた。


「いっつもこんなもんよ。魔塔は甘党多いよ? カフェイン中毒も多いけど。そういえば、甘いものドカ食いしてても、太ってるヤツはほとんどいないなあ。ちょっと不思議だよね?」

「本当に大丈夫なのかしら、魔塔の職場環境………」


 ディーナは困惑しながらもシフォンケーキをひとくち食べると、「あっ、これ美味しい! ふわふわ!」と澄んだ瞳を輝かせた。

 ケーキとカフェオレが気に入った様子のディーナを見て口角を上げると、アレクシアも脳に染みるような甘いアイスコーヒーを堪能する。


 今日ディーナをお茶に誘ったのは、体調の確認と、夜会で気になったことを確かめたかったからだ。


「ねえ。ディーナ」

「なに?」

「まどろっこしいのはキライだからズバリ聞くけどさ。キミ、火の坊ちゃんと付き合ってるの?」

「えっ⁉」


 ディーナの喉からぐふっと変な音がしたが、連続で咳き込むのは免れたようだ。


「付き合ってなんかないわ! どうしてそんな………あっ、噂を聞いたのね?」

「まあ、無責任な話がアレコレ出てるのは確かだね。だけどアタシが気になってるのは、あのときのふたりの雰囲気……というのかな。他人って感じには見えなかったから」

「噂話の類はいくつか父に聞いたわ。確かに彼と面識はあるけど………噂はでたらめばかりよ。偶然助けていただいて、そのせいでお怪我をさせてしまったから、心苦しくはあるけど………」

「ふうん。じゃあ、坊ちゃんの片思いなのかね?」


 ぼそりと呟いた言葉は、ディーナには届かなかったようだ。

 アレクシアは他人の恋愛に関心があるタイプではない。誰がくっつこうが離れようが、どうぞご勝手にとしか思わない。

 ゴシップとしてそれを鑑賞するような趣味はなく、聞いたとしてもただの情報として記憶するだけだ。


 しかし、今回は少し事情が違う。


「ディーナは何歳? 今年のデビュタントだよね? 去年までは見なかったし」

「十七歳よ。今までは領地暮らしだったから。去年までいなかったってよくわかったわね?」

「記憶力はいいから。アタシは今十八歳なんだけど、デビューは十五歳だったから、三年は社交界へ顔を出してるんだよね」

「えっ⁉ シア年上⁉」

「背ぇ小さくても十八は十八。もう止まってるからこれ以上伸びないし、二十歳だろうが百歳だろうが背は変わらないね。いや、百歳になったらむしろ縮むか」


 アレクシアはアイスコーヒーをごくりと飲んだ。



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