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12.国立図書館は騒々しい4

 オスカーを見送ったあと、ディーナは手近なキャレルに崩れ落ちるように腰かけた。

 頭を抱えて大きく息をつく。


「失敗したぁ………」


 感情をコントロールできなかった。

 自分の死も、心を捧げた男性の裏切りも、時間の巻き戻りという奇跡も。

 受け入れたつもりで、やはり色々なことが飲み込み切れていなかったらしい。


 ()のオスカーにとっては、理不尽な八つ当たりも同然だ。

 彼の発した『婚約者』という言葉は、ディーナの身を護るための方便という以上の意味を持たないのに、あまりに過剰な反応だった。

 急な癇癪に、彼も困惑したに違いない。


(はずかしい………)


 オスカーが目の前に立ったとき、ディーナは恐ろしかったのだ。

 彼がただの死神ならば、そこまで怖くなかったのかもしれない。

 全力で抗い、戦えばいいだけだから。


 しかしオスカーの目に捉えられると、容易くなにかが揺らぎそうになる。

 彼の目は、前世のような見せかけの好意さえ宿していないのに、言葉では誠実にディーナとの婚約を求めている。

 そのちぐはぐさが、思った以上にディーナを混乱させていた。


(彼が、わたしにとってどんな存在なのか。わかっているはずなのに)


 前世の恋人。裏切り者。ディーナを殺した男。

 でも。


(……憎むことは、できないみたい………)


 だから、もう惑わされないように、関わりのないところへ逃れてしまいたいのに。




 今日はもう、集中して調べ物などできる気がしない。

 諦めて出直すことを考えたとき、自分が一冊の本をずっと抱きしめたままだったことに気づいた。

 シアに返却を頼まれていた、最後の一冊だ。


 表紙の装飾が煌びやかで、飾り文字が美しい。

 タイトルを見ると、精霊に関する本のようだった。


 薬草学の本を大量に抱えていたシアがこの本になにを求めたのかはわからないが、返却する前にと思い、パラパラと適当なページを開いた。



 ◇◇◇◇◇◇



 ―――ガイスト王国には、精霊の加護を受けた特異な四家が存在する。


 火の精霊から加護を受けるヴァールハイト家。

 水の精霊から加護を受けるトゥーゲントヘルト家。

 風の精霊から加護を受けるエーデルシュタイン家。

 地の精霊から加護を受けるアルゼナーヴィレ家。


 現在、四大公爵家と呼ばれている家門である。

 四家が精霊より受ける加護は、邪悪なものから国土を守る盾となり、民に安寧と繁栄をもたらす。


 そしてそれらの家門から、精霊から特別な祝福を受けた『祝福者(スティグマ)』が生まれることがある。

『祝福者』は精霊からの大いなる祝福を授かることにより常人とは比較にならぬ力を得て、それぞれ、火、水、風、地の属性の精霊力を扱うことができる。


『祝福者』は目に顕著な特性を持つ。

 精霊力を行使した時、もしくは強い情動を伴った時、瞳に常の色とは異なった、精霊より授かった特性を示す色が現れる。

 これを『精霊眼』と呼ぶ―――



 ◇◇◇◇◇◇



 本は神話から紐解かれた精霊と人間の関りを平易な言葉で解説する内容だった。

 精霊の力を含むと言われる植物を紹介するページもあり、シアはそこを読んでいたのかもしれない。


(火の精霊眼………)


 本の記述を眺めながら、オスカーの煌々と輝く紅い瞳を思い出していた。


 祝福者(スティグマ)。神話の体現者。


 大昔は何人もの祝福者が現れることも珍しくなかったと聞くが、血が薄まったのか、それとも別の理由があるのか、現在では多くても、ひとつの家門に一世代にひとり現れるかどうかだ。


 そして現在、現役と呼べる祝福者はオスカーただひとり。


 比類なき力の象徴であり、見るものを強烈に惹きつける紅い精霊眼。

 普段の彼はおだやかで、火というものが有するあらゆる特性と無縁であるように見えるのに、ひとたびその瞳に炎が灯ると―――。


 ディーナは自分の心の中に浮かんだ精霊眼に射貫かれたような気がして、想いを断ち切るように本を閉じた。



 ******



「どうしたの、これ?」


 図書館から帰宅し自室に戻ると、出かける前には存在しなかったいくつかの箱が積み上げられていた。どの箱にも綺麗にリボンがかけられている。

 ケイトがにこにこと上機嫌で説明した。


「お嬢様がお出かけの間にヴァールハイト様がお見えになりまして。お嬢様に贈り物をくださったんです。直接お渡しできないのを残念がっておいででしたよ」


 ケイトはまるで自分が贈り物を受け取ったかのように、嬉しそうに開封を催促する。


「ああ………なるほど」


 オスカーは、これを届ける目的で辺境伯邸に来たのだ。

そしてディーナが不在だったから贈り物はここへ置いていき、その足で図書館まで足を延ばしたのだろう。


 彼の今日の行動の過程はわかった気がした。

 それでも公爵家令息が贈り物を自分で直接運ぶ必要はないし、図書館までわざわざディーナに会いに来る必要はもっとない。


 ディーナは複雑な気持ちで贈り物のリボンに手をかける。するするとリボンを解きながら、次第に強くなる既視感に眉を顰めた。

 ひとつひとつ箱を開いていくごとに、記憶の中の箱も開かれていくようだった。


「うわあ! 素敵ですね!」


 ケイトの声が弾む。

 ドレス、靴、ジュエリー。ディーナの夜会用の装いだった。

 ディーナの瞳の色を映えさせる、青の濃淡が美しいドレス。そして質の高い深い色合いの青い宝石を朝露のような数多のダイヤが囲む美しい首飾りと、揃いのデザインの耳飾り。


 色合いの中にオスカーを連想させるようなものはなく、あくまでディーナを引き立てるための装いだった。


 感嘆と、憂慮のため息が漏れる。

 素晴らしい品々だ。

 ()()()()()


 このドレスには見覚えがあった。

 前世で、全く同じものをオスカーに贈られたことがあったからだ。

 そしてディーナは、これらを身にまとって誇らしい気持ちで夜会へ参加したのだ。


 オスカーの恋人として。


「ケイト。これ、クローゼットの奥にしまっておいてもらえる?」

「え? ……はい、わかりました」


 浮かない顔をしたディーナを不思議そうに見ながら、ケイトは指示に従い贈り物を丁寧に片付け始める。

 ケイトの手にあるドレスを見ると、つい先ほど別れたばかりの送り主の顔が思い浮かんだ。


 図書館で数日ぶりに見たオスカーの顔色はすっかり良くなっていた。

 体調は十分に回復したようだ。それは素直に、良かったと思う。


 ディーナは浮かない気持ちで自分の膝を抱えた。


『婚約者の顔を見たいと思うのは、おかしなことでしょうか』

『婚約が成立しなくても、貴女が僕の恩人で、僕が貴女を護ることに変わりはありません』


 懐かしい香りと、大きな掌から伝わった熱が、冷たく閉じた記憶に触れる。

 ディーナは無意識に、そっと指で唇をなぞった。


 前世で彼は、どんな表情でディーナを見ていたのだったか。

 隠された裏切りを見極めようと目を凝らしても、うまく思い出すことはできなかった。

 そして現世のオスカーのことも、ディーナにはよくわからないままだ。


 前世でディーナは、このドレスをオスカーのために着た。

 しかし現世でこれを着ることはない。

 彼とは、別の道を歩くからだ。


 クローゼットの奥で風化してしまえばいい。

 この青いドレスも、そして慕わしく苦い前世の記憶も、なにもかも。




お読みいただきありがとうございます。

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