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9.国立図書館は騒々しい1

 開け放った窓から気持ちの良い風が通る。

 ディーナは自室でケイトの入れてくれたミルクティーを飲みながら、チェストの上に飾られた花をぼんやりと眺めていた。


 オスカーの電撃訪問から一週間が過ぎた。

 あの日以降、オスカーと直接顔を合わせる機会はなかったが、屋敷に花束が届くようになった。

 毎日決まった時間に公爵家の使用人が現れ、「主からディーナ様に」と言づけていく。


 魔術が施されているのか花もちもよく、増え続ける花のおかげで、ディーナの自室は春の花園のようだ。

 ノルベルトが溢れる花々を見て目を丸くし、「熱烈だなあ」と困り顔で笑った。

 オスカーに関わってしまったせいで、父にもいらぬ心配をかけてしまっていることを申し訳なく思う。


(大夜会でオスカー様と出会わないようにするという作戦は、結局大失敗に終わったってことよね………)


 不甲斐なさに、思わずがくりと項垂れた。


 運命の強制力だとでもいうのだろうか。

 ………いや、単純にディーナが自発的に首を突っ込んだ所為に他ならない。

 まごうことなき自業自得である。

 このままでは、またあの悲惨な結末へたどり着いてしまう。

 ミルクティーを飲んで盛大にため息をついた。


(どうにか軌道修正しないと、せっかくの巻き戻りの意味がなくなってしまうわ)


 そもそも、なぜ時間が巻き戻ったのかはわからないままだ。

 特殊な魔術が働いたのか。それとも人知を超えた力なのか。


 巻き戻りがディーナにとって幸運だったのは間違いないが、もし誰かに「この現象はディーナを救うために起こったのか」と問われても、「わからない」としか答えようがない。

 何かの拍子に巻き戻りがなかったことになり、また死んでしまうのは非常に困る。


 ノルベルトに相談するのはためらわれた。

 公爵家令息との婚約話だけで十分大事なのに、妙なことを打ち明けて娘の頭がおかしくなったのかと不安にさせたくないし、もし信じてくれたとしたら、それはそれで余計な心配をかけてしまうだろう。


 ならばどうするかと考えた時に、ふと思い立った。


「………ねえ、ケイト。国立図書館へ行けば、魔術に関する本が置いてあるかしら?」

「魔術の本ですか? ………どうでしょう? 一般的なものならあるのではないですか? 魔塔とかで扱うような専門的なやつはわかりませんけど。………でも、お嬢様は簡単な生活魔術くらいしか使えませんよね? 急にどうしたんです? まさかまた妙な………」

「違うわよ! ちょっと調べ物をしたいだけ」


 ケイトの目がディーナの悪だくみを疑うような半眼になったので、びしりと否定しておいた。


 王都には国で一番の蔵書量を誇る国立図書館がある。

 前世では行く機会はなかったが、外出時に通りかかるとそのうち行ってみたいとは思っていたのだ。

 あいにく、その機会を得る前に死んでしまったわけだが。


 きっと魔術や奇跡や伝説などについての資料もあるに違いない。

 そこならひとりで調べ物ができるし、なにかヒントが見つかるかもしれない。

 ディーナは急いで身支度を整えると、さっそく国立図書館へ向かうことにした。



 ******



 見上げる高い天井、奥行きのある広い空間。

 中央に真っすぐに伸びた長い廊下の両脇に、背の高い書架で区切られたたくさんの小径が無限に連なっているように見える。

 突き当りの壁面には、天井近くまで届くような見事な書架があり、数えきれないほどの本が収納されていた。


 ため息さえ(はばか)られる静寂の中で、時折人が通路を行き交う足音や、本のページを()る音が響いている。


(すごい! 領地にある図書館の蔵書量とは比べ物にならないわ………!)


 国中の知識という知識すべてが、この空間の中に詰まっているのだろう。見渡す限り、本の量はあまりにも膨大で、圧巻の一言だ。

 闇雲に探そうとしてはかなりの時間がかかるに違いない。


 出入り口にほど近い開けた場所に立派な木製のカウンターがあり、窓口の司書が利用者の案内をしていた。

 そのうちのひとつ、クリーム色の髪の眠たげな眼をした司書の窓口が空いていたので、声をかけてみる。

 ディーナの大雑把な要望にも、司書は慣れた様子で館内案内図を示し、条件に合いそうな本があるエリアを丁寧に教えてくれた。


(眠そうな目で、眠そうな優しい声だったのに、説明は明瞭でわかりやすかった………)


 きっと眠そうに見えるだけで、眠いわけではないのだろう。

 見かけで判断してごめんなさいと心の中だけで詫びながら、案内されたエリアへ向かう。


 ディーナは小さな足音を立てながら、書架の垣根の中を奥へ奥へと進んでゆく。

 しかし目的の場所にたどり着くよりもずっと前に―――。


「んぎゃッ⁉」


 近くで、静かな図書館に似つかわしくない悲鳴が響いたのだ。


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