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二人は最強~じゃじゃ馬辺境伯令嬢は追放された元聖女を拾う~  作者: 桜 祈理
第2章 王都(アリアーネ目線)
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8 父親と断罪と癒しの力

 それから私たちは、身支度を整えたあと改めて謁見室へと通された。


 まだ朝の早い時間だというのに、そこには国王陛下とリアム殿下が待っていて、それから


「アリアーネ……!」


 記憶よりは少し年齢を重ねた印象の、シューリス伯爵その人がいた。



「フルムガール辺境伯。またしても娘の命を救っていただき、礼を言う」

「何をおっしゃいますか。彼女はいまや私の愛する妻、そしてフルムガール辺境伯夫人です。このくらい当たり前のことですよ」


 難なく敵を倒して危機を退けたオスカー様は、私の肩を抱きながらうれしそうに微笑む。


 突然の再会に動揺する私は、うまく表情を緩めることができずにいた。

 その様子を父であるシューリス伯爵が寂しそうに眺めていることに気づいても、頑なになった心が動くことはなかった。



 そして再会を喜ぶ暇もなく、今度は数人の近衛兵に連れられてイライアス殿下とロエア大神官が入ってくる。


「みな、揃ったようだな」


 陛下の威厳のある声に、謁見室にいた全員が顔を上げた。


「さて。イライアスとロエア。そなたたちがここに呼ばれた理由はわかっておろうな?」

「いえ。わたくしにはさっぱり」


 薄気味悪い笑顔で答えるロエア大神官とは対照的に、悪意さえ感じる目つきでリアム殿下を睨みつけるイライアス殿下。


 その反応に、厳しい表情をした陛下は「なるほど」とつぶやき、リアム殿下の方へと顔を向けた。


「では、リアムよ。皆に説明してやりなさい」



 名前を呼ばれたリアム殿下は「はい」と言いながら一歩前へ出て、イライアス殿下とロエア大神官に堂々と対峙する。



「では、説明いたします。兄上とロエア大神官は、昨夜ここにいらっしゃる元聖女、アリアーネ・フルムガール辺境伯夫人の滞在する部屋に4名の男を差し向け、秘密裏に連れ去ろうとしておりました」

「な、なにを……!」


 さっきは何も言わなかったイライアス殿下が、叩きつけるような口調で言い返した。


「リアム、出鱈目を言うな……!」

「出鱈目ではありません。辺境伯夫人の部屋を襲った4名の男に関してはすでに拘束しております。追及したところ、いとも簡単にすべて白状してくれましたよ。こちらにいるロエア大神官の指示だったと」


 リアム殿下の決定的な言葉を聞いても、まるでそれが聞こえていないかのように大神官はぴくりとも表情を動かさない。


「口では何とでも言えましょう。しかしわたくしは、そのような男どもなど」

「そうですね。あなたならそう言うと思っていましたので、きっちりと証拠も準備してあります」


 リアム殿下は淡々とそう言って、胸元から1枚のメモ用紙のようなものを取り出した。


「ロエア大神官。このメモに見覚えはありませんか?」


 ロエアは面倒くさそうに目を細め、リアム殿下の手元をじっと見つめたあと何かに気がついたのか一瞬で表情を変えた。


「そ、それは……」

「思い出してくれたようで、よかったです。そう、これはあなたが『ならず者への仲介を頼んだ男』、通称はダレンというのですが、彼に渡したはずのメモですよね。王宮へ忍び込む方法やアリアーネ様のいる部屋までの最短ルートなどがしっかりと書かれてあります。このダレンとかいう男がならず者たちを集め、アリアーネ様の部屋を襲わせたのです。私たちはね、実は長い間、この男について調査し行方を追っていたのですよ。なんせあなたの悪事の一端を知る男だ。そうでしょう?」


 ロエアは蒼ざめ、「な……」と言ったきり言葉が出てこない。


「ダレンという男の存在について確信はあったのですが、なかなか尻尾が掴めず苦労しました。ようやく昨晩その居所を突き止めて拘束に至ったのです。ただ、そのときにはすでにアリアーネ様を狙う男たちにこのメモの情報が伝わってしまっていたようで……。アリアーネ様を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません」


 リアム殿下は真剣な表情で私の方を見て、それからすっと頭を下げた。


 自分勝手で傲慢なイライアス殿下のような人しか知らなかったから、王族が謝罪するなんて、とちょっと唖然としてしまう。



「大神官。ダレンが何故、このメモ用紙をすぐに処分しなかったのか、不思議でしょう? ダレンはかなり用心深い男で、証拠になるようなものは一切残さないことで有名だった。そのことは、あなたも当然ご存じのはずです。だからやつの居場所はもちろん、あなたとのつながりについてもなかなか証拠を掴むことができなかったのですよ。ただ、あの男、最近のあなたの言動にどうも危うさを感じ始めていたようで、そろそろ裏切られるのではないかと危惧していたようなんです。それで、何かあったときのために今回初めてメモ用紙を取っておいたそうで。人を騙し、裏切り続けたツケが回ってきたとは思いませんか? 大神官」


 ロエアはもはや立っていることもできず、へなへなと床にへたり込んだ。




「そなたたちの罪はそれだけではない」


 リアム殿下の説明が一通り終わると、陛下が再び重い口を開いた。


「このシューリス伯爵からすべて聞き及んでおる。王都神殿はアリアーネ嬢を聖女と認定したあと幼い彼女に有無を言わさず聖女としての務めを強要し、食事や衣服なども十分に与えず、さらに聖女の持つ『癒しの力』を利用して治癒を求め集まった民から得た多額の寄付金を横領し続けていたそうだな。またイライアスと結託し、イライアスとミラベル・ウォルシュ侯爵令嬢との婚姻を目論んで、ミラベル嬢に『癒しの力』が発現していないのにもかかわらず『聖女』として認定したこともすべて調べがついておる」

「ち、父上……!」


 すべての罪が暴露され、とうに抗う気力もないロエア大神官を押しのけて、イライアス殿下は顔を歪ませ必死に言い募る。


「ち、違うのです! 聖女に対する神殿の横暴な振る舞いについては、私は何も知りません! それにミラベルのことだって……!」

「イライアスよ」


 陛下の声は低く怒りに満ちていて、でもどこか寂しさが滲んでいた。


「立太子に伴い、神殿とのかかわりの一切を引き継がせることになった際、話したであろう? 古くから王家と神殿とは政治的にも協力関係にあったが、距離が近くなりすぎて癒着を生まないよう留意せよと。私の忠告を聞かず、ロエア大神官と共謀して自分の恋人であるミラベル侯爵令嬢を聖女と認めさせたばかりか、本当の聖女であるアリアーネ嬢を勝手に婚約破棄し追放するなど許されることではない」

「違うのです! す、すべてロエア大神官に唆されて……!」

「悪事をささやかれ、それを退けることのできぬお前に王の資格などない」



 その言葉は、暗にイライアス殿下の廃太子を意味するものだとこの場にいる誰もが気づく。


 陛下の厳格な決断に、イライアス殿下はがっくりと項垂れた。





 イライアス殿下とロエア大神官が近衛兵に連れて行かれたあと、先ほどまでの厳しい表情とはうって変わって穏やかな笑みを浮かべる陛下が私の方に向き直った。


「さて、アリアーネ・シューリス嬢。いや、すでにアリアーネ・フルムガール辺境伯夫人であったな」

「は、はい」

「長い間、王都神殿にて粗末な扱いを受け、聖女として過酷な労働を強いられていたと聞く。神殿やロエア大神官の暴挙悪行を止めることができなかったのは王家の失態でもある。許せ」

「そ、そんな、もったいなきお言葉」

「しかしそれもな、そなたの父親の訴えがあってこそ発覚したものなのだよ」


 陛下はそう言って、シューリス伯爵に屈託のない笑顔を向けた。

 でも笑顔を向けられたシューリス伯爵は、思いのほか硬い表情をしている。



「フルムガール辺境伯夫人」


 謁見室にいまだ漂う硬い空気を一掃するかのような、リアム殿下の軽やかな声が響いた。


「長い間神殿に騙されていたのですから、お父上のことが信じられないのも無理はありません。ただ、シューリス伯爵は王都神殿の神官であるヒューバートから真実を知らされてすぐ、陛下に直接この事実を訴え出たのですよ」


 リアム殿下の説明は続く。


「実は、それ以前から私は神殿について極秘に調査していたのです。あなたという婚約者がいながら別の女性と懇意にしている兄上とその女性を聖女と認定した神殿。どう考えてもおかしいでしょう? 調べてみると、大神官の暗躍とそれを影で支える裏社会に通じる男の存在が浮かび上がってきました。しかし確たる証拠が掴めないままに、あなたは一方的に婚約破棄され追放されることになってしまった。辺境伯が保護してくれたからよかったものの、昨夜のことも含めて自分の動きが一歩及ばずあなたに危害が及ぶような結果になったことを、とても不甲斐なく感じています」

「もともと、リアム殿下からは知らせを受けていたんですよ」


 隣に立つオスカー様が、殊更にっこりと笑った。


「シューリス伯爵とやり取りする一方、リアム殿下からも王都の様子は聞いていたんです。リアム殿下がロエア大神官の尻尾を掴もうと尽力していたこともね。だから俺たちの計画についても伝えていて、もしもすんなりとはいかないようなら力を貸してくれることになっていたんですよ。ただ、そのまま王宮に引き留められた上にすぐさま実力行使に及ぶとは思わなくて。まあ、向こうもいきなり『結婚してました』なんて言われて焦ったんでしょうけどね」

 

 いたずらっぽくあっけらかんとした様子で話すオスカー様を見ていたら、ようやく私の緊張も緩み、くすりと笑顔がこぼれた。


 オスカー様が「あ、やっと笑った」なんてうれしそうに微笑むから、私もなんだか胸の奥に温かいものが溢れてくる。




「さて、アリアーネ・フルムガール辺境伯夫人」

「はい」

「『癒しの力』についてだが」


 唐突な陛下の問いに、私の胸がドキリと音を立てた。


「オスカーからは、婚姻に至ったあとその力が失われたとの報告を受けている。それに相違ないか?」


 射るような、探るような陛下の視線に晒され、私は言い淀む。


 この場にいる人たちの目が私一人に集まっていることに怯みながらも、私はしばらく空を眺め、それから静かに口を開いた。


「いいえ」


 その言葉に、オスカー様が明らかに狼狽えて「あ、アリアーネ様……!」とつぶやく声が聞こえる。


 でも私は、意を決して陛下の目を見返した。


「『癒しの力』は婚姻の前から徐々に弱まっておりました」


 私がそうはっきり答えると、今度はその事実をすでに知っていて、謁見室の入り口近くに控えていたブリジット様が反射的に顔を上げたのが視界に入る。


「なんと。それは本当か?」

「はい。実はイライアス殿下に追放処分を言い渡される1年ほど前から、『癒しの力』が弱まっていると感じておりました。ですので神殿に集まる民に治癒を施そうとしてもうまくいかないか、以前より相当時間がかかるようになっていました」


 思いがけない私の告白に、ブリジット様以外は信じられないという表情を露わにする。


「では、今はどうなのです? 今も『癒しの力』は弱まっているのですか?」


 リアム殿下が焦ったように尋ねた。


「追放処分を受けてから『癒しの力』を使っていないので正確なところはわかりませんが、力が戻ってきたという感覚は残念ながらありません」


 私の答えにどことなく落胆した空気が流れる中、視界の端にブリジット様の心配そうな顔が見えた。

 聖女の証である「癒しの力」の秘密について、この場で話してしまったことへの不安を募らせているのが手に取るようにわかる。



「なるほど」


 でも陛下の声は、予想外に穏やかだった。


「では『婚姻によって』ではないものの、聖女の証である『癒しの力』は失われたということだな」

「え?」


 驚いて声を上げたのは、私ではなくリアム殿下だった。


「へ、陛下」

「考えてもみろ。辺境伯夫人が『聖女』と認定される以前、聖女などいなくても人はみな助け合いながらどうにか生きてきていたではないか。しかも聖女が治癒を施さなくなって半年経つが、当初の混乱は収まりつつある」

「いや、そうですが……」

「それにな、一人の少女に大きな負担を背負わせ、その犠牲の上に成り立つ幸せなど真の幸せと言えるのか? 私にはとてもそうは思えないのだが」


 陛下は優しく微笑みながら、諭すように続けた。


「だいたい、聖女の力が失われていったのも犠牲を強いられ心身ともに疲弊していった結果ではないのか? 『癒しの力』とて無限ではないということだろうよ。だとするなら、もうこの国に『聖女』はいないということだ」

「陛下……」

「もちろん、イライアスが命じた追放処分は無効とする。辺境伯夫人よ、これまでの働きに礼を言う。そしてこれからは、オスカーのもとで幸せになりなさい」


 陛下の温情に、私は涙をこらえることができなかった。




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