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二人は最強~じゃじゃ馬辺境伯令嬢は追放された元聖女を拾う~  作者: 桜 祈理
第2章 王都(アリアーネ目線)
8/22

7 合図と襲撃と辺境伯家

「それは、どういう……?」


 ブリジット様は切羽詰まった表情のまま、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でささやいた。


「さっき、見えたんです。大神官が王太子と2人で嫌な感じに笑い合ってたところが。それから怪しげな男とやり取りしたあと、何人かのゲスい男たちを集めてて……」

「もしかして、左目で……?」

「そうです。謁見室から部屋に案内されるときに振り返って大神官の方を見たら、見えたんです。あれって、もしかしてあの男たちにアリー様を襲わせようとしてるんじゃ……」



 以前、ブリジット様から左目の秘密を聞いたときの言葉を思い出す。


 ブリジット様の左目を通して見えるのは、過去の記憶の断片。戦いの際の一瞬先の動き。そしてごくまれに、これから起こり得ることも――。



「あの大神官、兄様とアリー様の結婚に異議を申し立てることはできないとかなんとか言ってましたけど、やっぱりそう簡単には逃げ切れないみたいですね……」


 ブリジット様は悔し気に眉根を寄せる。



 これまでも、散々「聖女」という存在を利用しながらいろんな人たちを騙し、その権力を振りかざして私腹を肥やしてきた大神官のことだ。


 オスカー様の妙案などもろともせず、次の一手を考えているに違いない。

 いえ、もしかしたらこちらが何かしら策を練ってくることなどとっくにお見通しで、それを覆す目論見があるのかも。


 いずれにしても、ロエアがこれくらいのことでそうやすやすと引き下がりはしないわね。



 大神官の悪辣な本性を思い知らされどんどん気が滅入ってくる私を尻目に、ブリジット様は場違いなほど明るい声で「でも」と言いながらソファに座った。


「まあ、もうすぐ兄様もこの部屋に来ますから」

「え? どうしてわかるの?」


 あまりにも自信満々な態度で言い切るブリジット様に、私は思わず顔をしかめる。


「謁見室からそれぞれの部屋に案内されるとき、兄様とアリー様の部屋で落ち合おうって合図を」

「……いつの間に、どうやってそんなこと……」

「魔獣討伐のときって、魔獣に気配を悟られないよう声を出さずに意思疎通する必要があるんですよね。私たちきょうだいは小さいうちから一緒に訓練してきて、ちょっとした目の動きとか表情とか、身振り手振りで相手の意図だったりどう動こうとしてるかなんかが大体わかるんですよ」

「そうなの?」

「はい。だから兄様もすぐここに来ると思います。部屋のドアに目印の細工をしておいたから、多分気づいてくれると思うんだけど」


 少し自慢げな様子のブリジット様の背後に、神々しいオーラが見える。



 す、すごい。

 フルムガール家、すごい。

 さすがは大昔から魔獣を相手にしている家系なだけあって、やることがなんというか人間業じゃないわね。



「ただ、兄様にさっき言ったことをそのまま話しちゃうと、左目のことがバレちゃうから……」

「大丈夫。そこは、任せて」


 そう言ったとき、果たして本当に、ドアをノックする控えめな音がしたかと思うとオスカー様が颯爽と現れた。


「2人とも大丈夫か?」


 気遣わしげな表情で近づいてきたオスカー様に私たちの表情は自然と引き締まり、無言で頷く。


「やっぱりすんなりとはいかなかったな。王宮に足止めとは、敵も考えたもんだ。俺たちを逃すつもりはないらしいな」

「でも、このままこの部屋にいるのは不安です。お2人の部屋と離れてしまったのも何か意図があるような気がして……」


 私はブリジット様の目のことを一切話さず、自分の不安感を強調することで危険が迫っていることを訴えようとした。


「ああ。敵の狙いはアリアーネ様だからな。『癒しの力』がなくなった話も、信じてないのかもしれない。人の妻になってしまった以上側妃にすることはできないが、死んだと思っていた『聖女』がまだ生きていて見つけることができたんだ。『癒しの力』があってもなくても、まだ利用価値はあると踏んだんだろう」


 オスカー様は不愉快そうにムッとした表情をして、顎に手をやりながらひとしきり何かを考えていた。

 そして、思いついたようにブリジット様へと視線を向ける。


「ブリジット。部屋から抜け出してここに来ているのはバレてないよな?」

「もちろん」

「よし。部屋にいないのがバレるとまずいから、とりあえず一旦は戻るぞ」

「は? でも」

「アリアーネ様を狙うなら、夜だ。こんな王宮のど真ん中で、白昼堂々直接危害を加えるわけにはいかないだろう? 敵は恐らく、なんとかしてアリアーネ様を取り戻したいはずだ。そして身柄を拘束するなら、『忽然と姿を消した』ことにした方が都合がいい。なら、決行は人目に触れることのない夜だ。だろ?」

「確かに」

「だから陽が落ちて、頃合いを見計らってからまたここに来い」

「うん、わかった」


 辺境伯の兄妹は、緊張感に支配された空気の中だというのにどことなく余裕のある風情で頷き合う。


「ただしだ。お前の今回の任務は、敵を倒すことじゃないからな」


 オスカー様の言葉に、ブリジット様ははっきりと不服そうな顔で噛みついた。


「ちょ、なにそれっ」

「今回のお前のいちばんの任務はな、フルムガール辺境伯夫人を命に代えても守ることだ」


 オスカー様がそう言うと、その言葉の意味を正しく理解したブリジット様は「あ、そっか」と納得したように微笑む。

 それから、「任せて」と短く応えた。



「それにしても、この部屋の前には見張りなどいなかったのですか?」


 ふと、疑問が口をついて出た。

 私を狙っているのなら、私を捕まえたいのなら、警護と称して見張りを立たせていてもいいはずなのに。


「いましたよ?」


 大したことでもないというように、軽く答えるブリジット様。


「では、どうやって中に?」

「近衛兵?みたいなでかい図体のやつが2人いたんですけど、向こうで女の人の悲鳴が突然聞こえたら2人とも行っちゃって」

「ああ、それは近くを歩いてた侍女の持つ水差しがいきなり割れて、辺りが水浸しになったからな」


 オスカー様は、なんだか意味ありげな含み笑いをしている。


「もしや、それって……」

「まあ、あれくらいは造作もないことですよ」

「それより、悲鳴が聞こえたからって見張りが2人とも持ち場を離れちゃうの、ダメでしょう」



 確かに。



王宮(ここ)の警護のやつら、ほんとちょろすぎ。全員辺境伯領(うち)に連れて帰って鍛え直した方がいいんじゃないの?」

「は? うちは使えないやつらなんか要らないんだよ。足手まといになるだけだろ」


 

 もはや神懸かり的な強さと才知に長ける辺境伯家にとって、王宮の警護などないに等しいらしい。


 敵陣のど真ん中にいるとは思えないほど楽し気な様子で笑いあったあと、ブリジット様はそっとドアを開けた。

 警護の近衛兵がまだ戻ってきていないことを確認すると、来たときと同じようにするりと部屋を出ていく。



 ブリジット様が出て行ったのを確認すると、オスカー様は悲痛な表情で前触れもなく私を抱きしめた。


「アリアーネ様、すまない」

「え?」

「もう少しうまくやれると思ってたんだけど、やっぱりちょっと難しかったみたいです。あいつらを甘く見すぎてた。そのせいで、あなたを危険な目に遭わせるかもしれない」

「そんなこと……」

「でも、絶対に大丈夫だから。俺もブリジットもいるし、ほかにも味方はいるので」


 そう言ってオスカー様は少しだけ私の体から離れ、こんなときだというのに甘やかな目をして頬にそっと口づけした。

 

 そのまま歩き出そうとするオスカー様に、我慢ができずつい呼び止めてしまう。


「あ、あの」

「うん?」


 私を包み込むような柔らかい笑顔に、つい本音を漏らしそうになる。



 本当は、不安で不安で仕方がない。


 このままあなたと離ればなれになってしまうんじゃないかという得体の知れない恐怖が、私を雁字搦めにしてしまう。



 でも。



「お、お気をつけて」

「ああ」


 来たときと同じように音もなく部屋から出ていくオスカー様の背中を、私は黙って見送ることしかできなかった。




*****




 そうして、居ても立っても居られないような落ち着かない時間を過ごすこと数刻、陽が落ちてしばらくすると再びオスカー様とブリジット様が部屋に現れた。


 見計らったように同じタイミングで。


 やっぱり、フルムガール家、恐るべし。



「アリー様、大丈夫ですか?」


 緊張のせいかすうっと冷たくなっていた私の手を握ったブリジット様の声は、まるで赤子をあやすように温かかった。


「はい、なんとか。ブリジット様は?」

「私は大丈夫ですよ。王宮のやつら、私たちの警護を装って監視してるつもりなんだろうけどほんと節穴だらけなんですよ。今だって、私が部屋でふて寝してると思い込んでるはず」


 そう言って、自分がどれほど簡単に部屋から抜け出してここまで来たかを面白おかしく説明してくれる。

 わざと過激でおちゃらけた物言いをするブリジット様に、緊張で強張っていた体が少しだけ軽くなった気がした。

 


「来るとしたら数人。大勢で来たら目立つからな。しかも相手は女一人だと侮ってるだろうから、その隙を突く」


 オスカー様の冷静な指示に、ブリジット様は黙って頷く。


「ブリジット、お前はあくまでアリアーネ様を守れ。頼むぞ」 

「わかってる」

「アリアーネはブリジットから離れるなよ」

「はい。でも、オスカー様お一人で大丈夫なのですか?」



 私はただ、オスカー様が心配で、だからその気持ちを言葉にしただけなんだけど。


 2人はお互いの顔を見合わせてちょっと吹き出しそうになったあと、私の顔を見ながらにっこりと笑った。


「アリー様、ご心配なく。フルムガールの強さを見せつけてやりますよ」




 それから、私とブリジット様はドアから見えにくい位置にあるドレッサーの影に隠れ、オスカー様はベッドの脇に潜んだ。


 窓から見える月がもうすぐ天頂に届きそうという真夜中になって、俄かにドアの外から忍び寄る足音が聞こえてくる。

 ハッとして隣にいたブリジット様を見上げると、いつになく険しい顔で軽く頷いた。

 自然に体に力が入り、呼吸すら忘れそうになる。



 カチャリ、と鍵が外される音に続いてゆっくりとドアが開き、そこから4人の男が示し合わせたような同じ速度でざざざっと部屋に入ってきた。


 男たちは迷うことなく部屋の中央に位置するベッドに近づき、膨らみを確認したあと一人の合図とともに一気に布団を引き上げる。


 

 そこにあったのは、集められた部屋中のクッション。



 寝ているはずの私がいないことに気づいた男たちはたじろぎ、その統制が乱れた一瞬の隙を突いてオスカー様はさっと躍り出た。


 鈍い月明りしか届かない闇の中、電光石火の速さは次々と敵を仕留めていく。


 男たちは、自分の身に何が起こったのか気づくことなく、声を上げることもできずに、一人、また一人と床に沈んでいった。


 その時間、恐らく数十秒。



 あっという間にオスカー様は無言で男たちを制圧し、それから涼しい顔で「いっちょあがり」とつぶやいた。




 その光景を直接至近距離で見せつけられた私は目を見開いたまま何も言えず、そんな私の顔を見たブリジット様はおかしそうに「ね?」と片眼を閉じる。


 そして、難なく一仕事を終えたオスカー様に駆け寄りながら、不貞腐れたように口を尖らせた。



「私の出番なんかなかったじゃない」

「悪い、悪い。でもこいつら、思った以上に雑魚過ぎだな。王宮の警備といいこいつらといい、王国は大丈夫なのかね」

「こんな王国、どうなったって知らないし。それよりアリー様が」

「なんだ!? どうした!?」


 慣れた手つきで男たちを縛り上げたオスカー様は、慌てた様子で私の方を振り返る。


「兄様の強さに驚きすぎて、動けないみたいよ」


 ブリジット様の揶揄うような声に促され、オスカー様がホッとしたような顔をして近づいてくる。

 そして、案の定、またその腕に包まれた。


「アリアーネ様、大丈夫ですか?」


 至近距離で顔を近づけるオスカー様の目が、安堵のせいか愛しさを隠すことなくうっとりとしている。


「は、はい」

「もしかして、俺の強さを目の当たりにして惚れ直しちゃったとか?」


 危機を脱したことで緊張の緩んだオスカー様は冗談じみて言ったけど、私はその胸に顔を押しつけて「その通りです……」とつぶやいていた。





 太陽が山際を照らし、辺りが白み始めると今度はドタバタと大勢の靴音が聞こえ、乱暴にドアをノックする音と同時に聞き覚えのある声がした。


「アリアーネ様! ご無事ですか!?」


 自分の名前を呼ばれたことに驚いて弾かれるようにドアを開けると、そこにいたのは何人もの近衛兵を連れたリアム第二王子殿下だった。


「リアム殿下……?」

「ご無事でしたか!! 男たちは!?」

「え? ああ……」


 私はすうっとドアを大きく開け、ベッドのそばで気を失ったままの4人の男たちを指差す。


「あれですか?」

「え?」


 4人まとめて縛られ、床に転がったままの男たちを確認したリアム殿下は唖然として私を見返したけど、何か思い直したのか部屋の中を見回した。

 そして、転がる男たちのそばに悠然とした様子で控えるオスカー様とブリジット様を見つけたらしい。


 リアム殿下は合点のいった顔をしながら辺境伯家の2人に近づいた。


 そして、


「オスカー・バラン・フルムガール辺境伯並びにブリジット・べリア・フルムガール嬢。私はこの国の第二王子、リアム・アグラディアです。ようやく、お会いできましたね」


 うれしそうに目を輝かせた。





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