表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二人は最強~じゃじゃ馬辺境伯令嬢は追放された元聖女を拾う~  作者: 桜 祈理
第1章 フルムガール辺境伯領(ブリジット目線)
6/22

5 真実と王太子と命令

 お互いの秘密を共有し合った私たちの距離はぐっと縮まることになり、私はアリアーネ様を「アリー様」と呼ぶようになった。


 令嬢教育も思った以上に順調に進み、兄様たちに「所作がまともになった」「じゃじゃ馬が馬になった」とか言われるようになった(後者はジン兄様である。なんだよ、「馬になった」って)。


 それから、アリー様が「しばらくここにいるのなら馬に乗れるようになりたいです」なんて言い出したもんだから、勉強の合間を見ながら練習も始めた。



 そんなこんなで、アリー様が辺境伯領に来て半年ほどが経った頃。





 その日、私たちきょうだいとアリー様は、何故か兄様の執務室に全員集められる。


 執務室に入ると兄様たちが一様に渋い顔をしていて、これは相当によくないことが起こったのだと簡単に推測できた。



「とうとう来てしまった」


 机の前に立つ兄様が眉を吊り上げ、これ以上ないというくらい嫌悪や憎悪といった負の感情を露わにする。

 その手には、一見して上等な紙質とわかる一通の封筒が。


「王太子からの手紙だ」

「え?」

「アリアーネ様がここにいることがバレた。今すぐ王都に連れてこいとのことだ」

「なにそれ!?」


 私は思わず、ソファから勢いよく立ち上がっていた。


「自分で追放したくせに、今更連れてこいってなによ! 何様のつもり!?」

「そりゃ、王太子様だろ」

「ジン兄様!!」

「ユージン、茶化すな。ブリジットも落ち着け」


 冷静な兄様の声に、私は大きく息を吐いてからわざとどすんと音を立てて、ソファに座り直す。


「それで、どういうことなのでしょうか?」


 自分のことだというのに、私の隣に座るアリー様は思いのほか平然としていた。

 そういえば初めて会ったときも、まるで他人事のように無表情だったことを思い出す。



「王太子からの手紙には詳しいことは書かれていません。ただ、ここにいるのはわかっているから王都に連れてくるように、ということだけです」


 言いながら、兄様は忌々しげな表情で王太子からの手紙をアリー様に手渡す。


「実は、こんなこともあろうかとこの手紙が来る少し前から王都に関してはいろいろと探りを入れていたんですよ」


 変わらない無表情で王太子の手紙に目を落とすアリー様を、気遣わしげに見つめる兄様。


「アリアーネ様、ご自分がいなくなってからの王都について、知りたいですか?」

「……知りたいとも知りたくないとも思いません。ただ、ここにいるみなさまにご迷惑をおかけしてしまったことは事実ですし、その責任を取るために知るべきなのだろうとは思います」

「一応言っておきますが」


 兄様はアリアーネ様の真向いのソファに座り、厳しい口調のわりには見たこともないくらい優しい目をしていた。


「俺はもう、あなたを赤の他人だなんて思っていませんよ。辺境伯領に来て半年、あなたはここでの暮らしにも積極的に慣れようとしてくれたし、ブリジットの教育係まで引き受けてくれた。あなたは俺たちにとって、もう家族同然なんです。そのあなたに取ってもらうような『責任』なんかありません」

「そうだよ。迷惑だなんて思ってないし」

「ブリジットの成長ぶりを見れば、アリアーネ様には感謝しかないですよ」


 兄様たちが口々に言うもんだからアリー様は目を潤ませ、硬く強張っていた表情が次第に崩れていく。


「では、今後のためにも知っておいた方がいいと思いますので、お話しします」


 アリー様が黙って頷いたのを確認して、兄様は静かに話し出した。


「アリアーネ様が追放されたあと、王都は一時的に混乱状態になったようです。聖女に治癒を施してもらうなんて当たり前のことだったのに、突然それができないとなったわけですからね。はじめは『聖女の体調不良』ということで神殿もうまくごまかしていたようですが、それが1週間、2週間と続いたら『聖女に何かあったのでは?』という声が上がってもおかしくはない。それに、神殿には2人目の聖女がいます。1人目がダメなら2人目の聖女が出てきて治癒を施してくれてもいいのに、一向にその気配はない。それどころか神殿は『2人目の聖女はまだ治癒を施せる段階にない』とかなんとか意味の分からない説明を押し通すもんだから、だんだん神殿に対する人々の不満や不信感が大きくなっていったわけです。そんな状況がようやく陛下の耳にも入って、アリアーネ様がイライアス殿下によって追放されていたと知られることになった。陛下は激怒して、殿下にアリアーネ様捜索を命じたそうです。でも追放した先は魔獣の森でもう生きているわけがないだろうし、かといって陛下にそれを言うこともできないイライアス殿下はアリアーネ様を探しているフリを長らく続けていたようですね。そんなとき、追放を命じた際に馬車の御者をしていた男が酒場で『聖女を置いては来たが、知らない姉ちゃんが拾ったっぽい』的なことを話していると知った。その御者から詳しい話を聞いて、ここにいるであろうことがバレたというわけだ」



 淀みなく流れるような兄様の説明に、若干圧倒されつつ。


 でもなんで、まるで見て来たかのように、王都の様子はもちろん王家のやり取りの中身まで知ってるんだろう。


 

「いつの間にそこまで調べてたんだよ?」


 同じようなことを考えていたらしいジン兄様が、兄様に感心しながらも訝し気な表情をした。


「実はな、今の話を教えてくれたのはシューリス伯爵。つまり、アリアーネ様のお父上だ」

「まさか」


 不意に思いがけない名前を出され、アリー様は引きつったような声を上げて身構える。


「アリアーネ様。シューリス伯爵家はあなたを捨てたわけではないのです。あなたもシューリス伯爵家も、実はずっと神殿に騙されていたのですよ」

「え? それは……」

「アリアーネ様が神殿に連れていかれたあとも、シューリス伯爵家はアリアーネ様を返してくれるよう何度もお願いしたそうです。でも『聖女だから』と突っぱねられ、国を挙げて歓迎される事態になると国のためならと諦めて、それでもやり取りだけはさせてほしいと手紙や差し入れなどを送り続けていたそうです。でも神殿から『聖女様は神殿の手厚いもてなしを受けていて、もうシューリス伯爵家とのつながりを絶ちたいと言っている』『王太子の婚約者となった以上、もはや王家の人間でありシューリス伯爵家とは何ら関係がない』などと言いくるめられて」

「でも、だって、実家は、シューリス伯爵家は、神殿から莫大な『支度金』をもらったら何の連絡もしてこなくなったと……。だからもう、お金さえもらえたら、私のことなどどうでもいいんだと……」

「それも嘘です。シューリス伯爵家は神殿から『支度金』なんて一銭ももらっていない。本当にひどいことですが、あなた方は神殿に騙されていたんだ」


 衝撃の事実を知らされたアリー様は混乱の渦に容赦なく飲み込まれ、胸に手を当てながら苦し気に息を吐いた。


「何故、そんな……?」

「アリアーネ様を神殿の思いのままに操るためでしょうね。幼い少女を連れてきて『これが聖女の仕事だ』と好きなだけ働かせ、搾取し続けるためには実家とのつながりや外部との接触なんかない方がいいですから。それとね、あなたに治癒を求めてきた人たちは、神殿に多額の寄付金を納めなければならないのです。その金額の多さによって、治癒の優先順位が決まる。あなたはそれを知っていましたか?」

「い、いえ……治癒の順番は神官が決めていたので……」

「そうでしょう? それに、あなたはその寄付金をいくらかでももらったことがありますか? ないでしょう? 神殿から支給された最低限の衣服や食事だけで生活していたはずです。王都神殿はね、実は王太子とつるんであくどいことをずっと続けていたんですよ」


 兄様は沸々と湧き上がる怒りを隠すことなく、疎ましそうに語気を強める。


「その話もシューリス伯爵が?」

「いや。神殿内部の話はね、ヒューバートという神官を覚えていますか? アリアーネ様」

「え? ええ。私が追放される少し前、王都神殿に採用されたばかりの若い神官です」

「彼がね、シューリス伯爵に教えてくれたらしいです。彼は若いながらも非常に信心深く真面目な青年のようで、神官としてアリアーネ様の生活を目の当たりにした途端、怒りに震えたそうです。でも自分は若く、まだ採用されたばかりで何もできない。そんな矢先にアリアーネ様が追放処分になったんで、意を決してシューリス伯爵に連絡したそうですよ」

「ねえ」


 そろそろ黙って聞いてるのが限界に達してきた私は、ずっと気になっていたことを訊きたくて口を挟んだ。


「そもそも、どうして兄様はそんなにいろいろ知ってるの? シューリス伯爵だって、もともと知り合いだったの?」

「それはだな、アリアーネ様がうちに来てしばらく経った頃、実はシューリス伯爵にこっそり手紙を出したんだよ。アリアーネ様はここに来た日、『今更戻っても受け入れてはもらえない』と言っていただろう? ほんとにそうなのか確かめたくてさ。それで『アリアーネ様の亡骸を預かっている』と連絡してみたんだよ。アリアーネ様の言う通りなら、返事なんか来ないか『好きにしてくれ』とかいう返事が来るに違いない。でもそうじゃないなら、別の内容の返事が来るだろうと思ったんだ。さて、どんな返事が来たと思いますか?」


 兄様はちょっと楽しそうに茶目っ気たっぷりな目をして、アリー様の様子をうかがっている。

 次々と明らかになる真実に理解が追いつかないらしいアリー様は、一言も発することなく少し困ったような顔で兄様を見返した。



「シューリス伯爵が自ら出向いてきたんですよ」

「え……」

「『亡骸を引き取らせてほしい』ってね。何日もかけて馬車で急いで来たんでしょう、ここに着いたときには身なりなんかボロボロでしたよ。だから俺は、すべてを話しました。そして、遠くからアリアーネ様の姿を見せました。伯爵は泣いて喜んでいましたよ。元気そうでよかったと、よく助けてくれたと言ってね。ただ、シューリス伯爵家に連れて帰るのはまだ危険だと判断して、しばらくはここで預かってほしいと頭を下げたんです」


 言いながら、兄様はポケットからハンカチを取り出して、そっとアリー様に差し出した。


 受け取ったアリー様の目から、はらりと涙がこぼれる。

 その瞬間こらえきれなくなったのか、ハンカチで覆った口元からは嗚咽の声が溢れ出す。


 デン兄様もジン兄様も、ちょっと泣きそうな顔になっていた。



「というわけでだ。俺は王太子のことも神殿のことも、許すつもりはない。だが命令は命令だ。アリアーネ様を王都に連れていく」

「「「はあ!?」」」」


 予想外の情報収集能力や人脈構築力を遺憾なく発揮し、その有能ぶりを見せつけた兄様に尊敬の念すら抱いていた私たちは、急転直下の展開にたまらず声を荒げた。


「なに言ってんの? ここまでの話の流れでなんでそうなるのよ!」

「そうだよ! アリアーネ様は家族同然だって言ったろ?」

「許すつもりはないくせに、アリアーネ様は返すつもりなのかよ?」

「ああ、ごめんごめん。言葉が足りなかった。そう怒るなよ」

「「「怒るよ!!!」」」


 3人が3人とも興奮して立ち上がってぜーぜー言ってるのを見て、アリー様は目を丸くして「ふふ」と笑った。

 さすがに、びっくりして涙も止まるよね。


「オスカー様には、何か策がおありなのでしょう?」

「もちろん。あなたを神殿や王家に渡すつもりなんかありませんよ。このままあなたを王都に連れて行ったらどうなると思います? あなたはまた聖女として神殿に縛られ、搾取される生活に逆戻りです。追放したイライアス殿下には何らかのお咎めがあるでしょうが、それでもミラベル様との結婚を諦めるとは思えない。そうなると、あなたを側妃あたりにするつもりかもしれません。永遠に神殿に縛りつけるためにね。そんなことは断じてさせません。連れてこいと言うから連れては行きます。でもそれは、俺の『妻』としてです」

「「「はあ!?」」」


 またしても私たち3人が大騒ぎしそうになるのを呆れた顔で一瞥した兄様は、「いいから最後まで話を聞け」と制した。


「アリアーネ様、あなたを俺の妻として連れて行きます。誰かの妻になったことがある女性を、たとえ側妃とは言え王家が娶ることはできません。跡継ぎの問題が生じるのでね。そして『妻になったら癒しの力がなくなった』とでも言えばいいのです。『癒しの力』のことなんか誰もわからないんだし、あなたが力を使わなければいいだけのことです。神殿も王家も『聖女』としてのあなたを連れ戻したいわけだから、『癒しの力』がなくなり、『聖女』でなくなったあなたのことは諦めるしかない」

「え、でも、妻って……」

「そこはまあ、なんていうか、フリなんですけど。ほんとに夫婦になるわけではなくて。なので、その、安心してください」


 最後の方は何故かもごもごとはっきりしない言い方をしながら、それでも言い終えた兄様は不自然に視線を逸らした。

 アリー様はアリー様で、「あ、フリなんですね……」とか返しながらもどういうわけだか顔を真っ赤にして俯いてしまう。




 え?


 ちょっと、なに? この反応……。




「あー、あのさ」



 事態の不可解さにいち早く気づいたデン兄様が、ためらいながらも鼻の頭をかきながら兄様に向き直った。



「兄上。兄上はアリアーネ様のことを、ほんとはどう思ってるんだよ?」

「は? ど、どうって……」

「兄上が、アリアーネ様のためにそこまでしたのは何故なんだ?」

「そうだよ。シューリス伯爵に連絡したことなんか俺たちだって知らなかったし、王都の様子まで逐一探ったりしてさ。アリアーネ様のためだったから、そこまでできたんだろう?」


 ジン兄様も核心に気づいたらしい。

 俊敏さが売りの戦闘スタイルそのままに、躊躇なく真っすぐに矢を放つ。


「兄上の計画の大筋は理解したし、異論はない。でもさ、いろいろごまかしたり省略したりしないで、大事なことはアリアーネ様とちゃんと話し合った方がいいと思うよ」


 デン兄様の真っ当な意見に、ジン兄様もうんうんと頷く。

 兄様とアリアーネ様はお互いの顔を見合わせて、それからまた恥ずかしそうにぽっと頬を染めている。


「んじゃ、俺たちは出るから。あとは2人で、ちゃんと話し合って」


 立ち上がったデン兄様は2人にそう言い残し、私はジン兄様に追い立てられるようにして執務室をあとにするしかなかった。




 え、ちょっとこれ、どうなっちゃうの?



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ