結婚式とじゃじゃ馬といつか
「アリー様、きれい……!」
鏡の前に佇むウエディングドレス姿のアリー様が、神々しいほど凛としたオーラに包まれていた。
ドレスを仕立てるときに一緒にいたのだから、どんなドレスかなんて当然知ってはいたものの。
でもいざ目にしたら、もう。
「素敵すぎて、私の語彙力では表現できません」
「ブリジット様ったら」
ころころと楽しげに笑うアリー様。
花モチーフの繊細な刺繡をあしらったイリュージョンネックに肘までのレース袖、裾にかけて同じ花モチーフの刺繍が踊るAラインのウエディングドレスは想像以上にアリー様の上品さと優雅さを引き出していて、これはもう、女神降臨としか言いようがない。
まさに、尊さの極み。
「ブリジット様も素敵ですわ。こうしてサリオン様と並ぶと、より華やかさが際立ちますわね」
言われて、私は隣に立つサリオン様の顔を見上げる。
青みがかった銀色のドレスに青碧色の刺繍はサリオン様の髪色と目の色そのままだし、サリオン様の服も私の黒髪の色を基調にしている。細かい刺繍や小物なんかは菫色で、サリオン様には私の目の色が菫色に見えるらしい(そんなの言われたことないから、考えたこともなかった)。
お互いがお互いの色を纏うって、なんだか気恥ずかしいというか、でも少し誇らしいというか。
「アリー様の美しさに比べたら私なんて。ジン兄様なんか『馬子にも衣裳とはこのことだな』って言ってましたよ」
「ユージン様なら言いそうなことですわ。あとで私がきつく言っておきますからね」
言いながら、アリー様がたおやかに微笑む。
「アリー様、シューリス伯爵家の皆様とはお会いになりました?」
「ええ。先ほどね、ここに来てくれて」
今日はかねてからの約束通り、アリー様のご両親であるシューリス伯爵夫妻と、弟のアルバート様も駆けつけている。
あの断罪の日から数か月。
娘の花嫁姿が見られるなんて、とさっき偶然お会いしたシューリス伯爵夫人はもう泣きそうになっていた。
あれから、シューリス伯爵と王都神殿の神官であるヒューバートらはリアム殿下の命を受けて神殿の組織改革に着手し、東奔西走していると聞く。
実は、王都神殿ほどではないにせよ、各地にある神殿も汚職と腐敗が横行していたらしい。
本家本元が腐りきっていたのだから、さもありなん、とは思うけど。
精霊エリヤを祀る神殿でありながら、信仰や救済そっちのけで一部の者が私利私欲に走っていた事実が明るみになり、そうした仕組みや在り方を正してもっと民主的な組織形態を模索しているそう。
「リアム殿下からもお祝いの言葉をいただいたのよ」
「そうなんですか? 殿下は正式に立太子されたのですよね?」
「そうね。立太子に伴う忙しさでこちらには来られないけれど、とおっしゃっていたみたい」
「来る来ないはともかく、ダレンをどうするかですよ」
私たちがフルムガールに戻ってきて魔獣のスタンピードに対応し、いつの間にか魔獣がいなくなって結婚式の準備に追われること数か月。
当初リアム殿下が言っていた「ほとぼり」はもうだいぶ冷めたと思うんだけど。
しかもダレンってば、ここでの生活にすっかり慣れちゃって今ではデン兄様の補佐役として騎士団の手伝いをしている。
まあ、もともと剣術に長けている人ではあったから適任ではあるんだけどさ。
でも適任すぎて、ジン兄様が「俺の仕事を取るな!」とか言ってよくケンカしている。
あの2人、微妙にキャラが被ってるのよね。
でもなんだかんだ言って、よく2人で街に繰り出してるらしいから、仲は良いのよね。
ダレンはさっき、念願のレオフレドのご両親との対面を果たしていた。
サリオン様の案内で久しぶりに顔を合わせた3人だったけど、お互いの緊張がこちらにも伝わってくるくらい、はじめはどうにもぎくしゃくとした雰囲気だった。
でも、レオフレド辺境伯夫人が「ダルセイン……」と言ったままこらえきれず涙するのを見て、ダレンは自分も泣きそうになるのを我慢しながら夫人を慰めるしかなかったみたい。
それからは、まるでこれまでの時間を埋めるように、和やかに談笑していた。
ちなみに、ダレンがあちこちで悪さしてきたことは2人には話していない。
「姿をくらましたあと王国に移り住み、今はリアム殿下の影の側近として重要な役割を担っている」的なことを兄様がうまく説明してくれたみたい。
さすが兄様。
「ブリジット、そろそろ」
「あ、はい。じゃあアリー様、私たち先に行ってますね」
アリー様はやっぱり女神のように微笑んで、頷いた。
魔獣討伐が突然の終焉を迎えたあとも、サリオン様はしばらくフルムガールに滞在していた。
婚約が決まったあとは一旦レオフレドに戻り、手紙のやり取りをしながら向こうで準備を進めてくれていた。
ちなみに、湖のことでレオフレド邸に行ったときにはすでに私のことを話してあって、婚約についてもご両親からゴーサインをもらっていたんだとか。
湖から帰ってきた次の日、
「俺は、ブリジットが好きだ」
サリオン様に呼び出された私は不意打ちを食らって、よろけそうになった。
「ずっと、ブリジットのすべてに心を奪われている。お前の強さ、美しさ、俺の長年の葛藤をいとも簡単に取り払う真っ直ぐさと優しさ、すべてが俺を惹きつけて止まない。目が離せない。そして、誰にも渡したくない」
いきなり情熱的な殺し文句の大行進で、正直、立ってるのもやっとだった。
ていうか、いつもの口下手はどこ行ったの?
とかどうでもいいことを考えてないと、倒れそうだった、まじで。
「あの、急に、言われても」
「急にではない。ずっと、考えていた。それに、俺はその、口下手だから、態度で示しているつもりだった」
「それは、そうかもしれませんけど……。でもいつもとギャップがありすぎなんですよ。いつもは何考えてるかさっぱりわからないくらい、言葉が少ないのに」
「あー……。それは、頭の中に言葉が溢れすぎてどれを言っていいのかわからなくて、結局一言二言話すだけになってしまってただけで……」
え? そうなの?
だからいつも、脈絡のない意味不明な言葉が出てきたりするの?
「ブリジット」
あたふたする私にはお構いなしで、サリオン様は私の左手を取ってしゃがみこんだ。
そして、懇願するかような切ない目をして私を見上げる。
「俺のことを憎からず思っているのなら、俺の気持ちに応えてほしい。俺は、これからの時間をお前とともに過ごしたい。ブリジットとともに、在りたい」
……これって、まさか、プロポーズ的な?
その勢いに気圧されて一旦は保留にしてしまったけど、結局は私もサリオン様を選んだ。
だって、もうとっくに気づいてたもの。
サリオン様の隣は、私がいちばん、私らしくいられる場所だと。
「何を考えてる?」
隣に座るサリオン様の声が聞こえたと思ったら、右手がそっと握られた。
「え? その……」
「……ノエル殿のことか?」
「は? なんで」
サリオン様を見返すと、なんだか悲しげな、それでいてちょっと怒っているような、そんな目をしている。
「今ノエルのことは、1ミリも考えてませんでしたよ」
「そうなのか? でもあちらはずっと、お前を見てるぞ」
言われて見回すと、すでに会場入りしていたオルグレン伯爵家の方々の中に懐かしい顔があった。
こっちをちらちら見てるから、サリオン様に握られてない左手を軽く振ってみる。
「ノエルって、もう来てたんですね。全然気づかなかった」
「お前、本当にそういうことには疎いんだな」
はあ、なんてため息をつきながら、でも何故かちょっとうれしそうなサリオン様。
「義兄上たちが言っていた通りだ」
「ん? なんのことですか?」
「いや、知らなくていい」
なんでだか、とても満足そうな甘い表情で私の顔を見つめている。
「サリオン様。思ってることは、できるだけ全部言葉にしてくれるって約束しましたよね? 考えてることがたくさんありすぎたとしても、一言二言で済ますようなことはもうしないって」
「それは確かに言ったが、俺の考えていることが全部わかったら間違いなく卒倒するぞ」
「なんで?」
サリオン様は、よく見ないとわからない程度の笑みを浮かべて(私も最近ようやくこの人の表情の動きが少しわかるようになった)、私の耳元に顔を近づける。
「四六時中、ブリジットのことばかり考えているから。頭の中はお前でいっぱいだからな」
この人、ほんとにあの何考えてるかわからないサリオン様なの!?
恥ずかしさのあまり完全に固まってしまった私を見て、サリオン様がいたずらっぽく笑う。
その瞬間、会場のドアが勢いよく開いた。
そして盛大な拍手と歓声に包まれて、兄様とアリー様が歩いてくる。
みんなの祝福を受けて幸せそうに並ぶ2人を見ていたら、また俄かに左目がちくりとした。
そしていつものように、見覚えのない光景が頭の中で広がっていく。
微笑み合う兄様とアリー様。
アリー様の腕の中には、透き通るブルーグレーの目をした黒髪の小さな男の子が。
「あ」
「どうした?」
なんでもない、と言いかけて、私はサリオン様を見返した。
「もうすぐ、家族が増えるみたいです」
「……見えた、のか?」
「はい」
うれしさがこみ上げてきて止まらない私は、つい調子に乗ってサリオン様の耳元にわざと顔を近づけた。
そして。
「私たちにも、いつか」
思いがけず耳元でとんでもないことをささやかれたサリオン様は、顔を真っ赤にして目を見開く。
ちょっとだけ、さっきの仕返しのつもりで「してやったり」という顔をすると、サリオン様は蕩けるような甘い目をしながら私のこめかみにキスをした。




