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二人は最強~じゃじゃ馬辺境伯令嬢は追放された元聖女を拾う~  作者: 桜 祈理
第4章 バルドール帝国レオフレド辺境伯領(アリアーネ目線)
17/22

16 初恋と歓迎と開かずの部屋

 サリオン様に懇願されて、私たちはバルドール帝国レオフレド辺境伯邸へ向かうことになった。


 「私たち」とは、私とサリオン様、それにオスカー様とブリジット様。


 オスカー様は当たり前のように自分も行くと主張し、ブリジット様はまたしても私の護衛として行くことになったのだけれど。



「ふふ」


 つい笑みがこぼれてしまい、隣にいるオスカー様が不思議そうな顔をする。


「どうしたの? 何か、楽しいことでも?」

「いえ。楽しいことというか……」



 出発は明日の朝。


 魔獣討伐はまだ終わっておらず、次の群れがいつ森まで降りてくるかわからない緊迫した状況は今も続いている。

 それなのに、当主であるオスカー様に加えて圧倒的戦力を誇るブリジット様までもがレオフレドに向かうとなって、当然ジェイデン様もユージン様も難色を示した。


 でもオスカー様は「絶対に行く」と言って譲らず(双子に対してもっともらしいことをああだこうだと並べ立てていたけど、本当は私を一人で行かせたくないというのがバレバレだった)、思うところがあったのかダレンも援護射撃をしてくれた。


「俺が2人分の働きを見せてやるから、ちょこっとだけ行かせてやったらどうだ?」


 その言葉で、最終的には双子も折れるしかなかったみたい。

 ブリジット様は私の後ろで、「ダレンなんか私の足元にも及ばないくせに」なんて毒づいていたけれど。



 レオフレドの事情に詳しいだろうダレンは、私たちがレオフレドに行くと聞いてずっと何かを考えているようだった。



 ダレンの素性を聞いたときには本当に驚いたけど、私個人としてはダレンにさほど恨みつらみはないのよね。直接何かされたわけでもないし。

 むしろ土壇場でロエアを裏切ってくれたから、イライアス殿下やロエアの企みを暴くことができたわけだし。



「確かに、アリアーネ様ならレオフレドに起こった“悲劇”の謎を解明してくれるかもしれません」


 レオフレドに発つ準備の最中、こっそり近づいてきたダレンはいつものふざけた調子ではなく、珍しく真面目な顔つきで頭を下げた。


「アリアーネ様。レオフレドをよろしくお願いします」


 彼には彼の辛さや悲しみがあって、結局は罪を重ねてきてしまったのだろう。でもこれからの時間の中でしっかりと償いながら、自分の人生を歩んでほしいと思う。




 ただブリジット様に関しては、どうしても一緒に向かわなければならない理由などはなくて。



「ブリジット様とサリオン様のことです」

「あー。あれね」

「そう。あれです」


 私たちは、お互いににっこりと含み笑いをする。


「サリオン様にレオフレド辺境伯邸に来てほしいと懇願されたあと、ブリジット様に聞いてみたのです。サリオン様に何か言われていないかと。そうしたら、『何も言われてないし、むしろ何考えてるのか全然わからない』と言っていて」

「あー……。サリオン殿は口数も少ないし、必要なことしか言わないんだろうな。でも傍から見れば、あれほどわかりやすいこともないような」

「ええ。ブリジット様以外はね」



 あの討伐の日、倒れたブリジット様をいち早く抱えて運んできたのはサリオン様だった。


 その後もブリジット様が目覚めるまで何度も部屋に様子を見に来ていたし、目覚めたあとも何かと理由をつけてよく部屋に向かっていた。

 ブリジット様がベッドから出られるようになると、今度はブリジット様を心配してか、事あるごとに様子を見に行くようになっていた。


 ブリジット様は「気がつくとサリオン様がいるんです」なんて困惑気味に話していたけれど、当の本人はその理由がまったくわかっていないらしい。


 そして、サリオン様がそばにいるときには心安らいだ表情をしていることも、時々サリオン様の言葉に頬を染めていることにも、多分気づいていない。


 そんなところが可愛らしくて、また笑みがこぼれてしまう。



「サリオン殿がはっきり言わないと、ブリジットは何も気づかないでしょうね。察するなんて芸当、あいつには無理だろうし」

「そうでしょうか?」

「まあ、サリオン殿が想いを告げたとしても、ブリジットにはノエルがいるからどうにもならないけどね」

「は?」


 思いも寄らない言葉に、私は思い切り顔を歪めた。


「何を言ってるのですか?」

「え? 何って?」

「ノエル様のことです。まだそんな、とんちんかんなことを言ってるのですか? ブリジット様はノエル様のことなんてなんとも思っていませんよ」

「は? そんなことないだろう? 王都に行くときだって、ノエルに会えるのを楽しみにしてたはずだし……」

「そういうフリを、していただけです。護衛としてどうしてもついて行きたかったから」

「そうなの? 結局ごたごたして会いに行けなかったから、悪いことしたなと思ってたのに……。帰ってきたら帰ってきたで、魔獣討伐でそれどころじゃなくなっちゃったし」


 思わず盛大なため息をついた私を、オスカー様はおろおろとした目で見つめる。


「あのね、ブリジット様は本当にノエル様のことなどなんとも思っていませんし、はっきりと『軽薄なミーハー』なんて言ってましたよ。自分より弱いから嫌だ、とも」



 ブリジット様が「自分より弱い人とは結婚したくない」と言っているのは周知の事実。


 ノエル様がブリジット様より弱いことが明白なら(というかブリジット様に勝てる人がそもそもいないのだけど)、ブリジット様が彼を想う理由がないことくらい、わかりそうなものなのに。



「ほんとに……? うわ、ノエルかわいそう」

「かわいそう? もしかしてノエル様って」

「あー、まあ、そうらしいです。俺たち兄弟は、みんな知ってるんだけど。ユージンがノエル本人から聞いたんでね。王都の騎士団で修行したら、迎えにくるとかなんとか」



 ……それは残念でしたわね。

 ノエル様、修行するなら王都の騎士団ではなくて、フルムガールに来るべきでしたわ。

 それか、ブリジット様にはっきり気持ちを伝えてからにすべきでしたわね。


 それにしても、この妹思いの兄たちがこぞってブリジット様とノエル様の関係を勘違いしていた理由が、よくわかりました。



「ノエル様のことはともかくとして、サリオン様のことは憎からず思っているようですよ」

「そうなの!?」


 オスカー様は驚きで目を見張り、思わずといった様子でのけぞった。


「はい。でもブリジット様の初恋が実るかどうかは、サリオン様次第ではないかと思いますが」

「いや、あいつ、大丈夫かな? だいぶ心配なんだけど」

「どうでしょう?」


 私がくすりと笑うと、オスカー様はうれしそうな、それでいて不安そうな、複雑な表情を見せる。


 オスカー様にとって、小さい頃に両親を亡くし、左目の視力を失い、それでも果敢にたくましく生きてきた年の離れた妹は、娘にも似た感覚があるのかもしれない。

 お嫁に行くとなったら、どうなるのかしらね。




 レオフレド辺境伯邸に向かうにあたり、ブリジット様に声をかけたのはサリオン様だったらしい。


 ブリジット様によると、


「お前も一緒に行かないか? って言われたんです。まあ、アリー様の護衛として行ければいいなあとは思ってたんですけど、魔獣討伐も終わってないし、多分無理だと思うって言ったんです。そしたら『俺がいない間に左目が痛くなったらどうするんだ』とか言ってきて。別にどうもしないのに」


 そのときのブリジット様、なんだか落ち着かない様子でおどおどしていてとても可愛らしかった。


 サリオン様がブリジット様の左目をあれほど心配している意味が、いつかブリジット様にもわかるかしら。

 いえ、もうわかっているのかもしれないわね。





*****





 レオフレド辺境伯邸はフルムガール辺境伯邸同様、「邸」というよりは「城」とか「砦」といった方が相応しいような堅牢で重厚な造りだった。

 何百年も前からこの地の護りを担ってきたという、歴史の重みを感じさせる。


 サリオン様が前もって知らせていたせいか、レオフレド辺境伯夫妻はわざわざ玄関で待っていてくれた。


「ようこそ、おいでくださいました」


 レオフレド辺境伯はサリオン様に比べるととても柔和なお顔立ちで、気さくな印象だった。

 夫人もにこやかな表情で温かく歓迎してくれて、どちらかというと不愛想なサリオン様は一体誰に似たのだろうかと頭の中に疑問符が浮かぶ。




 私たちはそのまま、応接室に通された。


 今回の魔獣討伐についての簡単な情報交換もそこそこに、レオフレド辺境伯は待ち構えたように話し出した。


「サリオンから、アリアーネ様が『覚醒』した聖女だとうかがっております。聖女様に、ぜひともお願いしたいことがあるのです」

「お願いしたいこと、ですか?」


 意図がわからず、隣に座るオスカー様の顔を見上げてしまう。


「一体、どういったことなのでしょう?」

「帝国最後の聖女はこの辺境伯家の娘だったというのは、すでにお聞き及びと思いますが」


 その問いに、私たちは全員頷く。



 ここへ来るにあたり、オスカー様にはほとんどすべてのことを伝えてあった。


 その中には、ブリジット様の左目のことも含まれる。湖のことを話す以上、そこは避けて通れなかった。ブリジット様は知られるのをとても嫌がったけれど、最終的には納得してくれた。


 ただ、話を聞いたオスカー様はさほど驚いていなかった。「何かあるんだろうなとは思ってたよ。じゃなきゃ、あんなに攻撃が当たらないなんてことないからね」なんてさらりと言っていて、さすがだわなんて思ってしまったけれど。




「今から数百年も前の話です。我が辺境伯家の令嬢で帝国最後の聖女だったディネルースは当時の皇太子との婚約が決まっていたのですが、あるとき忽然と行方をくらましたのです。皇室も辺境伯家も総出で捜索しましたが、とうとう見つけることはできませんでした。そのディネルースが使っていた部屋が実はまだ残っているのですが、彼女が消えてからどういうわけかドアが開かないのです」

「ドアが開かない? 鍵がかかっているのですか?」

「いえ、鍵はかかっておりません。それなのに、何故かドアが開かないのです。ドアを斧で壊そうとしたこともあったようですが、斧が弾かれてしまうようで、結局壊せなかったそうです。ディネルースが姿を消すときに部屋に何か細工をしたのかもしれないと言われてきたのですが、今の今までどうにもできずにおりまして……。彼女は聖女になってすぐに行方知れずとなったこともあり、どれほどの力があったのか定かではありません。ですがこうした状況から、実は『覚醒』していたのではと言われているのです。そこで、同じ『覚醒』した聖女のアリアーネ様なら、どうにかできるのではと」


 レオフレド辺境伯が一気にそこまで説明すると、夫人やサリオン様も真剣そのものといった表情で頷いている。



「だ、そうだ。どうする? アリアーネ」


 私を気遣う声色のオスカー様に聞かれ、迷うことなく答える。


「どうにかできるかどうかはわかりませんが……。その部屋を、見せていただけますか?」





 ディネルース様の部屋は、屋敷の2階の奥の方にあった。


 部屋の近くまで来ると、周辺の空気にどことなく禍々しさが漂っていることがわかる。

 ブリジット様も、淀みに気づいたようだった。


「ここ……、あのときと同じ感じがします」

「あのとき?」

「湖が見えたときです。あのときも、こういう不穏な感じがあって」


 ブリジット様は、部屋の前の廊下やドアの辺りを見回しながら眉を顰める。


「左目は大丈夫? 痛まない?」

「大丈夫みたいです」


 私たちの会話が聞こえたらしいサリオン様がほっとした表情を見せたことに微笑ましさを感じつつも、私は一人、部屋の真ん前に立った。

 ドアに手をかけてみるけれど、案の定びくともしない。



 これ、どうしたらいいのかしら?



 見せてくださいなんて偉そうに言ったものの、どうすればいいのか具体的な考えがあったわけじゃないし。


 急に黙りこんで悩み始める私に、ブリジット様の殊更陽気な声が聞こえた。


「アリー様。こういうときこそ、聖女の『覚醒』の力、『万物に聖なる慈悲と祝福』を与えてみたらいいんじゃないですか?」


 そう言うブリジット様の目が、明らかに何かを期待してキラキラと輝いている。


 何を期待しているのかはわからないけど、ブリジット様の言うことでもあるし、試してみる価値はあるわね。



 私はドアの前で跪き、胸の前で両手を組んで目を閉じた。

 少し頭を下げ、「治癒」や「加護」を授けるときのように、部屋に対してただひらすらに祈りを捧げる。



 “開かずの間”となった、帝国最後の聖女の部屋。

 ブリジット様が神の力の宿る左目を通して見た、黒い湖。

 そして、聖女の正しい知識を持つフルムガールの人々。


 すべてが、何か運命的な必然性を持って、私をここに導いたような気がする。


 その謎を、教えてほしい。

 きっとそれが、漆黒の闇を払う手がかりになると思うから――。




 ふっと空気が軽くなったような気がして目を開けると、まわりにいたオスカー様やブリジット様はもちろん、レオフレド辺境伯家の方々までもが畏敬の念に打たれたような表情で私を見つめている。


「あの、何か?」

「アリー様、やっぱり全身光ってました!」

「は?」


 ブリジット様は興奮しているのか、ぴょんぴょん跳ね回るように身振り手振りで説明する。


「『加護』のときは手の辺りが金色に光るから、『聖なる慈悲と祝福』を与えるときはどうなるんだろうと思ってたんですよ。そしたら、全身がまるで虹色の粒子を纏うように光り輝いていました! 一際輝きが増したと思った瞬間、ドアの辺りで何かがパリンと割れた音が」


 その音は、私以外の全員に聞こえていたらしい。

 私は意を決して、ドアに手を伸ばす。



 カチャリという音がして、“開かずの部屋”のドアは、数百年ぶりに開いたのだった。





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