表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二人は最強~じゃじゃ馬辺境伯令嬢は追放された元聖女を拾う~  作者: 桜 祈理
第3章 再びフルムガール辺境伯領(ブリジット目線)
13/22

12 加護と激痛と最悪の出会い

 先発隊のいる野営地に向かうと、とてつもなく渋い顔をしたジン兄様が待っていた。


「すごいタイミングで帰って来たな」


 揃って現れた私たちを見て、ジン兄様は驚きつつもちょっとほっとしたような表情を見せる。


「って、あんた誰?」

「あ、俺? ダレン」


 初対面の2人のかなり見覚えのあるやり取りを、兄様はうんざりした様子で容赦なく遮った。


「あー、その(くだり)はもう終わったから。お前にはあとでちゃんと説明する。それより状況はどうだ?」


 兄様の態度にちょっと不服そうな反応をしながらも、気を取り直しのかジン兄様は珍しく厳しい顔つきになった。


「良くないな。数日前から魔獣の目撃情報はあったんだが、今朝の見回りで森の入り口に近い方でもいくつか足跡が見つかってる。さっき何人かと少し奥まで様子を見に行ってきたが、結構な数の動物の死骸が転がってたしな。木々が薙ぎ倒されてるところも数か所あった」

「スタンピードか」

「可能性は高いな」



 魔獣は、南北に長い魔獣の森の奥の方、つまり北側に連なるへレグ山脈から生まれるとされている。

 普段は山脈や山の麓の方にいて、森まで降りてくることはない。


 ただ時々、どういうわけか森に出没することがあり、見つけるとすぐに討伐隊を編成して殲滅しなければならない。そのまま街の方まで降りていかれると、領民に危害が及ぶからだ。


 でも、森に出没する魔獣の数は、そう多くはない。

 一度に数匹といったところだ。


 スタンピードは、突如発生した数多くの魔獣が一気に森まで降りてくることを言う。その規模は数十匹とも数百匹とも言われている。


 お父様が瀕死の重傷を負い、そのまま亡くなったのも小規模なスタンピードが発生したときだった。年若い騎士団員を庇って、魔獣の攻撃を受けたのが原因だったと聞いている。



「規模はわかるか?」

「正確な数はわからないが、11年前よりは確実に多いな。もしかしたら、過去最大規模になるかもしれない」

「……そうか。じゃあ、お前が確認した辺りについて詳しく教えてくれ。あ、その前に」


 兄様の後ろからひょっこりと顔を出したアリー様を見て、ジン兄様は息もつけないほど驚いた。


「は? なんでアリアーネ様がこんなとこに?」

「それも説明はあとだ。アリアーネ、頼めるかな?」

「はい」


 アリー様はみんなの前に出て、凛とした声を張り上げた。


「これから、ここにいるみなさんに聖女の『加護』を授けます。もしも、苦しくなったり体調が悪くなったりするような方がいたら、遠慮なく申し出てください」


 そう言って、ゆっくりと胸の前で両手を組みながら目を閉じる。


 ひっそりと透き通るような静寂に包まれ、次の瞬間馬車のときと同じようにアリー様の両手の辺りが金色の粒子を纏ってキラキラと輝き出した。


 粒子は馬車のときとは比べようもないほどの数と輝きを増し、踊るように空気中に広がってみんなの頭上に降り注ぐ。


 初めて見る美しくも神秘的な光景に誰も声を出すことができず、呆然と上を見上げたり手を広げたりしながら降り注ぐ光のシャワーを受け止めていた。


 そして、金色の粒子は一瞬ぶわりとその輝きを増したあと、それぞれの体の中に吸い込まれるように静かに消えていく。



「どうですか? みなさん、大丈夫ですか?」

「え? 何これ? ていうか、何? 聖女? 『加護』?」

 

 瞬きすら忘れたかのように目を見開いたジン兄様は、突然の情報過多状態に陥って戸惑っていた。


「なんだか体が軽くなったような」

「力が湧いてくる気がするな」

「いつもより体が動くぞ」


 興奮した様子で口々に言う騎士団員を見ながら、アリー様も兄様も安心したように胸を撫で下ろす。


 ダレンでさえ、「これが聖女の『加護』……」と感動したようにつぶやいている。



「アリアーネが聖女の力を取り戻し、みんなに聖女の『加護』を与えた。魔獣の攻撃を避ける効果があるようだが、油断は禁物だ。それぞれ心して行け!」

「「「はっ」」」」




 騎士団員が出撃の準備をし始める中、テーブルの上に置かれた森の地図を確認しながら兄様が私たちに指示を出す。


「ユージン、木が薙ぎ倒されていた場所はわかるか?」

「北側のこの辺りだな。あとこの辺り一帯もだ」

「よし。じゃあその辺りはお前に任せた。俺とジェイデンは北西側だ。ブリジットは北東側。ダレンはブリジットについて行け」

「お、おう。お嬢ちゃん、俺に任せとけ」

「悪いがブリジットの方がお前より強い。足手まといになるなよ」


 冷静な兄様の指摘に、ダレンは不満そうに言葉を詰まらせる。と、そのとき、


「姫!!」


 どこかで聞いたような声がして、振り返ると以前騎士団の訓練で模擬戦をしたモーリスが息を切らして立っていた。


「え?」

「姫! 私も姫の隊に加えてください!」

「は? 誰よ姫って」


 と言ってはみたものの、この場にいて「姫」っぽいのはアリー様か私しかいないし、モーリスは明らかに私を見ている。


「あ、こいつ、あれからお前に心酔しちまって」


 デン兄様が、思い出したように苦笑いを浮かべた。


「あのあと『フルムガールの舞姫』の名前を知ったらしくてな。それからお前のこと『姫』って呼んでた」

「はあ?」

「あ、なるほどな。お嬢ちゃんが『フルムガールの舞姫』だったのか」


 ダレンも納得したように、ぽんと膝を打つ。


「やめてよ、その呼び方。てか、なんであんたが知ってるわけ?」

「俺の情報網を甘く見るなよ。『フルムガールの舞姫』って言ったら、魔獣討伐の前線に咲き誇る大輪の華、舞い踊る戦乙女(ワルキューレ)だろ?」

「なに? その呼び名。超恥ずかしいんだけど」


 私がいろんな二つ名で呼ばれることを嫌がっていると知ってる兄様たちは、おかしそうに薄笑いをしている。

 モーリスとダレンは感激したように目を輝かせていて、正直鬱陶しい。


「もう。来たければ来ればいいじゃない。その代わり、助けないからね」

「はい!」


 羨望の眼差しで私を見つめるモーリスを追い払うように、私はしっしっと手を振った。





 アリー様を野営地に残し、私たちはそれぞれ複数の騎士団員を伴って目的地に移動する。


 途中、確かに動物の死骸がいくつかあった。わりと大きめの動物も倒されているのを見ると、魔獣の獰猛さを痛感する。



「魔獣ってさ、いつからいるんだろうな」


 隣を行くダレンが、誰に言うともなくつぶやいた。


「いつからいるって、どういう意味? 昔からいるんじゃないの?」

「昔はここも魔獣なんかいない、普通の森だったらしいじゃないか」

「そういえばそんな話どっかで聞いたけど……。でも、ほんとなの?」

「帝国側の伝承だとそう言われてるけどな」

「ふーん」


 はっきり言ってどうでもいい話をしながら奥へと進むと、清冽なはずの森の空気は次第に澱みを増していった。

 魔獣討伐のときにはいつも感じる、まとわりつくような重さを伴う空気に思わずため息をついたときだった。


「出たぞ!」


 少し先を行く騎士団員の声がして、駆けつけると十数匹の魔獣が牙を剥いてこちらに向かってくる。


「来るぞ!」


 ダレンの声を待つまでもなく、私は背中に帯刀していたレヴィアを抜いて構える。


「へえ。それがお嬢ちゃん固有の武器?」

「しゃべってないで、集中して!」

「へいへい」


 いまいち緊張感の足りないダレンを一瞬だけ睨み、私は目の前に迫ってきた魔獣に対峙した。



 一気に3匹の魔獣が襲いかかってくる。

 先頭にいた1匹の次の動きが()()()私は、真上にジャンプしながら難なくそれをかわし、レヴィアを振り上げる。


 その遠心力でさらに高く飛び上がると、魔獣の頭目がけて真っすぐにレヴィアを振り落とした。

 「ギャッ」という低い声とともに倒れ込む魔獣を踏みつけ、息つく暇もなく残りの2体の動きを見切ってレヴィアを真横に払い、まとめて切り裂く。


 またしても「ギャッ」という低い声がして、魔獣たちは暗緑色の血を吹き出しながらどすんと倒れた。


「ひゅー。やるねえ」


 ダレンの冷やかしを完全に無視し、私は次々に魔獣を仕留めていく。



 アリー様に聖女の加護を授けてもらったせいなのだろうか、確かにいつもより体が動く。羽が生えたかのように軽く感じる。



 このまま魔獣を殲滅してしまおうとレヴィアを握り直したときだった。




 前触れもなく左目が()()()として、現実とは思えない穏やかな森の光景が頭の中に広がった。



 小動物の家族が、大木の影で幸せそうにまどろんでいる。


 そのうち兄弟らしい3匹が昼寝に飽きて遊び始め、どういうわけだか森の奥へと迷い込み、いつの間にか見たこともない漆黒の闇を湛えた湖の前に辿りついたかと思うとその場でもがき苦しんでいる。


 濡羽色の湖からは、まるで闇が溶け出すかのように黒い靄が際限なく溢れ出ていると気づいた瞬間。




「痛っ!!」



 突然、これまで経験したことのないような激痛が左目を襲った。


 私は我慢できずに左目を押さえてしゃがみ込み、でもまわりの状況を確かめようと何とか顔を上げる。


「お、おい! お嬢ちゃん、大丈夫か!?」


 すぐそばで魔獣と戦っているダレンが私の異変に気づき、こちらの様子をちらちら見ながら叫んでいる。


 


 まずい。


 これは本当にまずい。



 立っていられないほどの激痛が、絶え間なく私を襲う。



 なんでこんなときに。

 まだ魔獣との戦闘が続いてるってのに。



 地面に突き刺したレヴィアで体を支えていないとしゃがんでいることもできないくらい、痛すぎて意識も朦朧としてくる。


「嬢ちゃん!! 危ない!!」


 ダレンの声で顔を上げると、さっき倒した魔獣と同種の魔獣の鋭い爪が、私の眼前で鈍く光った。




 あ、こりゃ死んだわ。




 冷静に死を覚悟したそのとき、魔獣の動きが一瞬止まったかと思うと間髪入れずに暗緑色の血を吹き出し、真っ二つに裂けた。

 そして魔獣は、声を上げることもなく息絶える。


「え……?」


 必死で見える方の右目を細めると、魔獣の先に男が一人立っていた。



「お前、女なのか……?」



 男のつぶやいた一言が聞こえて、私の頭の中は一気に沸騰する。


 

 はあ!?


 なにその一言!!


 女で悪いか!?



 と、心の中では思うけれど、なんせ痛すぎてもう声も出せない。


 明らかに、今のこの状況は命を救ってもらったのだとわかるけど、でもさっきの一言が許せない。



 許せないけど、私の方もとうとう限界が来て、そのまま意識を手放した。




*****




 目が覚めたとき、泣きはらした顔のアリー様が私の左手を握りしめたまま、必死で何かを祈っているのがぼんやりと見えた。


「あ、アリー、様……?」

「ブリジット様! ああ……!」


 感極まって大粒の涙を流しながら私の名を呼ぶアリー様の声で、だんだん意識がはっきりしてくる。

 辺りを見回すと見慣れた天井や家具が視界に入って、自分がフルムガール城の自室のベッドに寝かされていると気づいた。


「魔獣は……?」

「ひとまず、森の中間地点あたりまで降りてきた分は討伐できたそうですよ」

「じゃあ、まだ……」

「次の討伐に備えて、みなさん一旦こちらに引き上げてきたのです。魔獣の群れが森まで降りてくるのにまだ猶予があるだろうということで」

「私、どれくらい眠ってたのですか?」


 私の問いに、アリー様はぐすぐすと鼻をすすって答えた。


「丸3日です。魔獣との戦闘中に左目を押さえて倒れ込んだそうですけど、目の具合はどうですか? 痛みなどはありませんか?」


 言われて、あのときの激痛を思い出し不意に顔が歪む。

 でも、痛みはとうに引いていた。


「あ、大丈夫みたいです」

「そうですか……。よかった」


 そう言いつつ、アリー様の表情は曇ったままだった。


「ごめんなさい。私の『加護』が効かなかったみたいで……」

「いや、そういうわけじゃ、ないと思いますよ。体はいつもより動けてたんで」

「でも、倒れて運ばれてきてからどんなに治癒を施しても全然効かないんですもの。大事な人が救えなくて、何が聖女だと悔しくて……」

「アリー様。多分、今回の左目の痛みは、いつもと何か違う気がします。こんなふうに気絶するほど痛くなったのも初めてだし、それに、あのとき……」

「あのとき? ……何か、見えたの?」


 すーっと冷静な表情になったアリー様は、息を潜める。


「はい。見たこともないものが」



 そこまで話したとき、どやどやと人の声がして、いきなりドアが開いた。


「ブリジット! 気がついたのか!?」

「大丈夫か!?」

「目は!? 痛まないか!?」

「嬢ちゃん!」

「……」



 心配そうな顔で騒々しく突っ込んでくる兄様たちの後ろに、ダレンと、無言で硬い表情をしている見覚えのない男の人がいた。


 しかも、腕を組んでいて、なんだかとても不機嫌そう。


 「誰だろう?」と思った瞬間に、あのとき私を助けてくれた、いけ好かない、腹の立つ一言をつぶやいた男だと気づいて私は思わず声を上げた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ