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「ん~……やっぱり六年前の、あの交通事故について、ちゃ~んと説明しておいた方が良さそうね」
不思議そうに自分の頬をつねったままのタカシを見て、又、ライカは優雅に微笑みました。
「UFOを降りて島の中を調べはじめた時、私は想定外の事故にあった。そして体の機能を助ける銀の首輪が壊れたため、ただの犬に戻ってしまったの」
「首輪に、そんな力が……」
「ええ。壊れた所を自動的に修理する仕組みもあって、私の首に付け直すだけで良かったんだけど」
「だから、久しぶりに見た首輪は元通りピカピカになっていたんだね?」
「あなたが付けてくれなければ、多分、あと二、三日で私は死んでいました。なんてお礼を言ったら良いか、わかりません」
「そんな、お礼だなんて」
タカシは顔を赤くしました。
お礼を言いたいのはタカシの方です。ライカがそばにいてくれて、この六年間、どれだけ幸せだったことでしょう。
「さ、そろそろ、空のお散歩に行くわよ」
急発進にそなえ、タカシは何かにつかまろうとしましたが、そんな必要はありませんでした。
音もなく、なめらかに動き出したUFOはビビッと加速したかと思えば、いつもの公園を過ぎ、お父さん、お母さんのいる研究所をこえ、あっという間に大海原の上へ飛び出してしまいました。
「わぁ、速い。速すぎる!」
「これでも初めて乗ったタカシのため、ゆっくり動かしているのよ」
「じゃ、もっと速く!」
「こわくない?」
「ライカといっしょだもん。こわくなんか、あるもんか!」
タカシのリクエストに応え、バビッとスピードを上げたUFOは地球を一周。
ジャングルや砂漠、高いビルがそびえる大都会の景色が窓代わりの大きなスクリーンへ映り、またたく間に流れていきます。
お父さん、お母さんに見せたら、どんな顔するだろ?
タカシがそう思わずにいられないほど、すごい性能のUFOは、ビビュ~ンともう一段加速し、今度は上に……
真っ白でフワフワな雲の層をいくつもこえ、何時の間にか、もう重力も届かない大気圏の外へ出てしまいました。
スクリーンには青い宝石に似た地球が映っています。その青はタカシの本のイラストよりずっと、ずっと深い青です。
「あぁ、ライカ、とってもきれいだ」
「でも、この景色をはじめて見た時、私が感じたのは別のことよ。まだ普通の犬だったから、考えをまとめられなかったけれど」
ライカの澄み切った瞳は、この時、少しだけかなしそうな光をたたえ、地球を見下ろしていました。
「あの広い大地を、大好きな友達といっしょに、思いっきり走ってみたいと思った。60年ちょっと前、ロシアの施設で育てられた私は、自由に遊べなかったから」
「ロシアの施設? それに60年前って言うと、あの本にも出ていた……」
「ええ、宇宙船スプートニク2号で打ち上げられ、地球の生き物の中で初めて衛星軌道にのった犬こそ、この私なの」
「でも、お父さんが教えてくれたよ。犬は普通、長くても15年くらいしか生きられないって」
「ええ、人の年にたとえると500才くらいになっちゃうから、私、おばあちゃんと言うより、もう仙人みたいな感じかしら?」
いたずらっぽく言うライカは若々しく、お茶目で、とてもそんなお年寄りには見えません。
「あの日、ロシアのロケット・スプートニクの中で死を待つしかなかった私へ一機のUFOが近づいてきて、パイロットが助けてくれたの」
「パイロット? つまり、それって」
「宇宙人よ。地球に住む人から見れば」
タカシは、弱った犬を宇宙人が介抱している姿を想像してみました。
どんな姿をしていたのでしょう?
灰色の小人? それともタコみたい?
地球でも犬が宇宙飛行士になったのだし、どんな格好をしていても不思議じゃない気がしてきます。
「彼らは大昔から地球へ来ていて、人類の未来を心配していた。いつか大きな失敗をし、地球を壊すかもしれない、とね。だから、宇宙へ出た最初の生き物である私達を助け、高い知能や長生きできる体といっしょに人を見守る役割を与えたんです」
「えっ、私たち!? 宇宙人に助けられたのはライカだけじゃないの?」
「他にも沢山いるわ。月の裏側の秘密基地で、みんな、大事な仕事をしているの」
「へえ~、会ってみたいな」
「いつか会えます、タカシが月へ来てくれたら」
胸の中が熱くなるのをタカシは感じていました。
でも、宇宙へ出た沢山の動物達がまかされている「見守る役割」とは、一体何なのでしょう?
質問してみたら、ライカは少しこまった顔をしました。
「だって、ホラ……地球の外側から見たら、心配になっちゃうじゃない」
「何が?」
「銀河系で一番ゆたかな自然は、短い間にひどく荒れてしまったし、私の生まれ故郷だった国もひどい事を他の国にしかけていて、争いは終わらないし……」
「ぼく、あんまりよく知らないけど」
「このUFOから見てもわかるでしょう。地球の陸地、前は緑だった部分が黄色っぽく見える。コレ、砂漠が増えているっていう証拠なのよ」
ライカの鼻先で操作されるスクリーンには、溶けていく氷河、汚れていく海、そして、もう滅んでしまった生き物の姿が次々と映し出されました。
それはタカシが学校で習いはしたけれど、あまり気にしていなかった出来事です。子供が気にしても仕方ないと思ったのだけれど、
「知らないふりをしても、それで済まない事なの。このままだと、タカシが大人になる頃には……」
何を思ったのか、ライカはうつむき、言葉を止めてしまいました。
「地球、どうなっちゃうの?」
その心配そうな声に、ライカはハッとし、そっと身を摺り寄せて、タカシを優しく見つめます。
宇宙服のぶあつい布地を通し、かすかに、はげますように、ライカの温もりが伝わってきます。
そして、
「大丈夫、私達はあきらめない。地球の人にがんばってもらうため、今、色んなメッセージを送っているし」
「あ、もしかして、この頃、たくさんのUFOが、世界の色んな場所で見つかるようになったのは?」
「ふふっ、言ったでしょ、あきらめないって」
「……うん」
「人にも、動物にも、かけがえのない故郷よ。それに、あなたが夢をつかむ未来を守らなきゃ、ね!」
そのライカの言葉は力強く、高らかにUF0の中へ響き渡りました。
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次回で完結となります。