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「ねぇ、おさんぽ、いこうか」


 見上げた窓の外に広がる青い空と白い雲、うららかな春のお日さまにさそわれ、タカシはつぶやきました。


「いつもの公園までのんびり歩けば、きっと元気が出るよ」


 くうんと鼻を鳴らす音がします。

 

 テレビの正面に置かれた丸いクッションの上、茶色くて細長い顔が持ち上がり、タカシの方を向きます。


 それはライカと言う、少し変な名前の犬。


 タカシのお父さんのお話によると、日本の犬ではなく、ヨーロッパの北の方で狩りのために飼われている犬と似ているそうです。

 

 性格は人なつこくて、おっとり型。

 

 今、小学三年生のタカシが三才の頃から家にいる親友……いえ、メスなので、いつも側にいてくれるお姉さんみたいな感じです。

 

 でも年を重ね、白くにごってきた瞳はタカシの方を向いても、あまり良く見えていないようです。さんぽにさそっても、弱った足では速く走れません。ゆっくり一歩ずつ歩いていくのがやっと。


 最近は広いリビングルームの真ん中に大きなクッションを置き、朝から晩まで、その上で丸まっているだけの毎日なのです。


 さびしいけれど、おばあちゃんになるのは仕方ない。タカシの家へ来た六年前、ライカはもう大人の犬でした。

 

 ペットショップで買われたり、友達の家でうまれた犬をもらったりしたのではなく、ある事件をきっかけにして、ライカは家族の一員となったのです。






 九州の南、種ヶ島という有名なロケットの打上げ場と宇宙を研究する施設がある場所で、タカシの家族は暮らしています。

 

 お父さんとお母さんは一緒に研究している科学者さん。

 

 同じ夢をめざして力を合わせたり、競い合ったりする内、お互いにだんだんと好きになったのだとか。

 

 タカシが生まれたのは、二人の結婚から一年がすぎた頃です。お母さんはしばらく仕事を休み、ありったけの愛情をタカシにそそぎました。

 

 そしてヤンチャないたずらっ子に育った三才の誕生日、可愛いオレンジ色の三輪車を買ってもらったのが事件の始まり。

 

 お母さんがほんの少しだけ目を離したすきに、タカシは垣根のすき間から三輪車を押し出し、外へ出てしまったのです。

 

 無邪気にオレンジのペダルをこぎ、車道を渡ろうとした時、運悪く大きなトラックが通りかかりました。

 

 小さいタカシの体はトラック運転手の目に入りません。気付いたお母さんが必死で追いかけますが、間に合わない。

 

「誰か、その子を助けて!」


 お母さんの必死のさけびも届かず、新品の三輪車もろとも、小さな体がはね飛ばされるかと思えた時、一つの光が反対側の歩道できらめきます。


 通りかかった茶色い犬が、銀色に輝く首輪のプレートをひらめかせ、車道へ飛び込んだのです。

 

 ひとっとびで息つく間もなくタカシの所へ駆けつけたのですから、すごいスピードとジャンプ力。細長い鼻先を三輪車のサドルへくっつけ、車道から押し出す力もすごかったけれど……

 

 見事にタカシを助けた後、自分も逃げるほどの時間はありませんでした。バンッと恐ろしい音がして茶色い犬の体が宙をまい、道の端っこへ叩きつけられます。

 

 トラックとぶつかったショックで、銀のプレートはひんまがり、ちぎれた首輪と一緒に吹っ飛んでいました。

 

 お母さんが走ってきて息子に傷一つないのをたしかめた時、近くに横たわる犬は頭や脚から血を流し、ピクリとも動かなかったそうです。

 

 タカシの命の恩人を、何としてでも救いたい。

 

 その一心でお母さんは茶色の犬を抱え、顔なじみの獣医さんへ運び込みました。

 

 治療をみまもるお母さん、知らせを聞いたお父さんのとなりで、タカシも小さな手をあわせ、祈っていたそうです。

 

 その思いは天に通じました。

 

 普通なら助からない深い傷のはずだったのに、獣医さんも目を丸くするほど強い生きる力をしめし、茶色い犬は命を取りとめたのです。

 

 その後、首輪のプレートにきざまれていたロシア語の名前「ライカ」を手掛かりに、お父さんが飼い主を探しましたが、三か月たっても見つからずじまい。

 

 一匹で道をさまよっていたのだから、ノラ犬か、誰かに捨てられた犬だったのかもしれないし、正体がわからないのは気になるけれど……

 

「しゃ~ないなぁ、お前、ウチの子になっちゃうか?」


 すっかり元気を取り戻し、壊れた銀の首輪の代わりに新品の赤い首輪をつけてもらった茶色い犬は、お父さんの一言にワンっと答えて飛びつきました。


「それ、OKってことだよね?」


 返事の代わりに、犬はお父さんのほほをペロペロなめています。


「あ~、おれの右のほっぺはお母さんのもので、キスできるのはお母さんだけの特権なんだが」


「トッケン?」


 タカシが首をかしげると、ママはちょっと赤い顔をし、「パパ、変な事いわないで」とあきれた声を出します。


 何だろね、トッケンって?


 お父さんのほっぺにはお母さんだけキスできる秘密の場所があるのかなぁ、となんとなく思ったけれど……


 とにかく、こうしてタカシの命の恩人、いや恩犬は、あらためてライカと名付けられ、家族の一員に迎えられたのです。


読んで頂き、ありがとうございます。


前に書かせて頂いた童話がバッドエンド気味だったので、明るく前向きな作品を描いてしめたいな、と思いました。

今回も五話程度で完結の予定ですので、気軽に楽しんで頂けたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんともドキドキする出だしですね(#^.^#) さっそくブクマします!!
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