Episode3
この物語はフィクションです。
作中の個人名・団体名・事件などはすべて架空のものです。
犯罪を助長させる可能性のある描写が含まれますが、
現実で行う場合犯罪行為に当たることがあります。
決して真似をしないで下さい。
僕には尊敬できる姉がいる。僕よりも強く、僕よりも背が高く、僕よりも決断力と行動力がある、清く正しく美しく、頼りになるが少し恐ろしい自慢の姉がいる。
その行動力は誰にも予想がつかず、地元では武勇伝や都市伝説があり、主に悪い方の噂で有名人である。
曰く、近寄ることなかれ。
曰く、話しかけられることなかれ。
曰く、その名呼ぶことなかれ。
僕が中学生の時に友人から聞いた被害者達の三約定と呼ばれていて、近寄れば身包みを剝がされ、近づかれたら神隠しに会い、その威を借りれば地獄を体験できると言う意味らしい。
噂に尾鰭がついてそんなことが言われているのだろうと姉の名誉のために聞くたびに否定していた。
しかし実はその全てに心当たりがあった。
追剥は事実だ。姉は小さい頃から可愛い服が好きなのだが早々に背が高くなってサイズが合わなくなってしまい、よく僕を着せ替え人形にして遊んでいた。仕舞いには自分では可愛い服を着ずになり、外で可愛い子を見つけては着せ替えをするようになった。それでも僕がターゲットから外れることはなかったし、今でもたまに着せ替えようとしてくるため高校に入ってからは毎度断っている。そのため姉の着せ替え欲発散のため犠牲者は後を絶たない。
神隠しも事実だ。突然山や海や無人島に駆り出されることがあり、しかも季節を問わないため特に冬場に敢行されると死の危険すら覚える。行方不明になってもおかしくない場面は数えきれないほどあった。
地獄の体験も恐らく事実だろう。姉の名を騙った不届き者は当然姉に目を付けられる。人によっては尊厳を破壊され、消えない恐怖を刻まれることだろう。だろうと言うのは全て僕の勝手な予想だからだ。あの姉のことだからむしろ容易に想像がつく。僕は雪山で遭難したり、嵐の海でマグロを取りに行ったり、無人島の洞窟で生き埋めになりかけたりしたが、そんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしい片鱗を味わうもとい体験することになるだろう。
大体が事実でも確たる証拠は無いため所詮は噂でしかなく、姉が外見的にも能力的にも魅力的な人に間違いはない。時折見せるクレイジーを除けば完璧で究極の姉だ。もっともそんなのは僕の知る姉ではないが。
そんな自慢の姉は何故か稽古場で天道さんと向かい合い防具を装着して剣道の試合を始めようとしていた。
遡ること約三十分前、僕はお茶を飲み終え、どうやって男だと弁解したもんか悩みながらクソ精霊の入った木箱を眺めていた。
引き戸がノックされ「失礼いたします」と言い入ってきたのは天道さんではあったが妹の美姫さんだった。
「澤田遥様がお越しになっておりますのでお呼びに参りました。お客様の姉上様で間違いないでしょうか?」
「えっ、は?」
僕は言われたことに理解が追い付かず思わず失礼な聞き返しをしてしまった。
慌てて言葉を繋ごうと思考を巡らせる。
「えーっと、もしかして迎えに来たとか言ってたり?」
「はい、最初はその様に伺ったのですが少々厄介なことになってまして」
嫌な予感しかしない。姉が絡むと大体厄介なことになるのは確実だがこの上なく迷惑をかけそうで冷や汗が出てくる。
「何故か姉さんが対応に向かったところ、何故か勝負をすることになったようでして、お手数をかけますが稽古場までご足労頂けませんか?」
「身内が迷惑をかけてすいません。すぐに止めさせます」
「では稽古場までご案内します。一度庭に出るので足元お気を付けください。外履きはご用意してあります」
「あっ、木箱はどうしますか?流石に置いていくのは不用心だと思うし」
「宜しければお客様がお持ちください。ガルドリアム様が選ばれた方ならお任せしても大丈夫かと思います」
単純に率直になんとなく持ちたくないと思った。なんか適当な理由で美姫さんに持ってもらえないだろうか。
「うーんと、ほらもし返し忘れて気づかない内に家に持って帰ったら不味いから、やっぱり美姫さんに持ってもらった方がいいと思うんだ」
「承知しました。では私が預からせていただきます。ガルドリアム様失礼いたします」
言い訳には少し苦しいかと思ったが、美姫さんは恭しく木箱を持ち上げて部屋を出る。
こいつの正体を知っている僕はなぜそこまでこのクソ精霊に畏まる必要があるのかと思ったが、一応この神社の御神体だったなと思い出してやはりモヤッとした。骨折れろ。あるか知らないけど。
僕は美姫さんの後ろについて行きながら質問した。
「もしかしなくても勝負を吹っ掛けたのは僕の姉、遥さんだよね?普段はいきなり喧嘩売ることなんてほとんどないんだけど。ましてや天道さんみたいな良識ある人には」
「私からはお答えすることは出来ませんが、姉さんから言い出した可能性がないとも限りませんので直接本人に問い質すしかないかと思います」
天道さんってそんな血の気多いキャラだったの?出会った瞬間、姉を強者と判断して勝負を申し出る展開があった可能性が?
「天道さんって強敵に飢えてたりしますか?俺より強い奴に会いに行く的な」
「既に存じ上げていると思いますが姉さんはガルドリアム様と契約を結んでおり、必要に応じて普段から怪物退治に出ております。姉さんが出るときは緊急を要する時のみのため他の精霊使いでは相手にならない事件や怪物が多いので強敵の比率は高いと思われます。なので飢えていると言うことはないかと。むしろ姉さんにはもっと休んでもらいたいのですが、自分から厄介事に首を突っ込みたがるところがあるので今回も何か事情があってのことと推測します」
どうやら天道さんのほうもだいぶ好奇心旺盛なようだ。
姉が暴走する時は大体決まって僕のためを想ってなので、何かを察した天道さんが提案した可能性もあるみたいだ。
「ここからは庭になるのでこちらをお使いください」
またすぐに敬語に戻っていたが僕は気にせず出された靴を履いてついて行く。
とは言っても稽古場まで三十メートルも離れてないためすぐに到着した。
入り口で靴を脱いで中に入る。
正面の引き戸を開けると、殺風景な道場の中に静かに闘志を湛えた武人が向かい合っていた。
これは誰にも止められない真剣勝負だと雰囲気でわかった。遥さんが僕に気付かないくらい集中している姿を見たのはいつ以来だろうか。もしかしたら見たことないかもしれない。
僕は美姫さんに目配せして小さい声で「止められそうにない」と告げた。
美姫さんも止められないのがわかったようで二人から少し離れた中間の位置に陣取る。
「美姫、審判をお願いしてもいいかい?」
天道さんは僕たちに気付いていたようで姿勢そのままで美姫さんを審判に指名した。
「では僭越ながら審判は天道美姫が務めさせていただきます。ルールは一本先取とします。防具装着」
二人が竹刀を持って立ち上がり、美姫さんは防具がしっかりと装着されているか二人の周りを一周して元の位置に戻る。
「礼」
無言で礼をしてお互いに竹刀を構える。僕は入り口付近から一歩も動けず、固唾を飲んで見ていた。剣道の試合は見たことがあるが普通は両者雄叫びを上げてもいいはずなのに静かすぎて不気味ですらある。これだけ離れているのにどの格闘技の試合でも見たことのない物凄いプレッシャーを感じた。
「始め!」
開始の合図と同時に動いたのは遥さんだった。挨拶代わりの正面から強烈な面への一撃だが、天道さんはそれを堂々と受けたのに反撃はせず、打ち込んで来いと言わんばかりの不動の構えだ。
ご拝読いただきありがとうございます。
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