Episode2
この物語はフィクションです。
作中の個人名・団体名・事件などはすべて架空のものです。
犯罪を助長させる可能性のある描写が含まれますが、
現実で行う場合犯罪行為に当たることがあります。
決して真似をしないで下さい。
八柱神社は全国的に有名というわけではなく、名前は聞いたことがある程度の知識しかない。
正月の参拝なども近くの神社ではなく、毎年有名どころの神社に連れて行かれている。
さらに言えば八柱神社は家から近いとは言えず、行く機会はほぼ皆無と言っていい。
だが僕の心は決まっていた。来年からは毎年ここに通うと。
正直なところ有名どころは移動距離も長く、どこも人が多くてうんざりしているため、毎年行くのが面倒臭いのである。
その点ここは良い。決して近いわけではないが地元の範囲内にあるため、歩きや自転車でも一人で来れるし、適度に賑わっていて屋台も出ると言う。お賽銭を入れて参拝するのに二~三時間並ぶ必要もないらしい。
そして一番の美点は何といっても巫女さんが美人である。
むしろそれだけで閑散とした寂れた山奥の場所でも参拝する価値はある。
話によると参拝は一瞬で済むがお守りやおみくじ、甘酒を買うのに並ぶ方が大変だとか。むしろそちらがメインということらしい。
巫女さんは三人いて、一人はクールビューティーでお馴染みの地元のアイドル天道真姫さん。さらにその妹と母親で毎年切り盛りしているらしい。それでも毎年正月に限らず引っ張りだこだとか。
三人とも人気が高いため暗黙の掟として、巫女さんを困らせないこと、巫女さんと長時間会話しないこと、落ちてるゴミは拾うこと、となっているとか。民度が高い。
この話については普段から参拝に来ているご年配や奥様方から聞いた情報で、知ることになるのは神社を出た後になる。
車で送ってもらい神社に到着すると、本殿に案内されるというわけではなく、普段住んでいる木造建築の住宅の客間まで案内され暫し待つことになった。
人の家に一人で、しかも和室の格式高そうな畳の部屋に連れてこられ、目の前の机に自然と正座してしまった。
上座下座などは聞いたことがあるが、座る場所はここで良いのか、反対側に移動した方がいいのか、立って待っているべきだったかと悩んでしまう。
そうしてソワソワしていると引き戸がノックされ「お茶をお持ちしました」と声が聞こえ、急いで何か言わなければと思って扉に向かい反射的に返事した。
「ヒェイラッシャイ!!」
言ってすぐ自分は何を口走ったのかと恥ずかしくなり机に向き直る。
「失礼いたします」
そういって戸を開けて入って来ては隣に膝をついてお茶が入った湯呑が差し出される。
「どうぞ」
恥ずかしさのあまり下を向いて目を合わせないようにしていたが、丁寧な所作に気品を感じたので一目見ようと恐る恐る隣に目を向ける。
顔は幼さを残しているが一目で天道家の血を引いてることが確かだとわかった。後頭部の高い位置から束ねられた長い黒髪に武士のような意志の強い目、整った顔立ちと立ち上がるとわかる長身はやはりかわいいよりかっこいいと言う表現が似合う、これまたとんでもない美人だ。
「私に何か御用でしょうか?そんなにまじまじと見て。江戸弁のお客様」
どうやら怪しまれている様子だがそれも当然のこと。今の僕は怪しまれて仕方のない恰好をしている江戸弁の不審者なのだから。
せめて堂々としていようと思い、気持ちを落ち着けて対話を試みた。
「お嬢さんの所作があまりに綺麗なもんで見惚れちまったのよ」
こうなればここは江戸弁で乗り切るしかないと思い、それっぽい口調で真似してみた。
江戸弁の知識なんてほとんどないし、ナンパみたいになったけど。
「お褒めいただきありがとうございます。お客様も大変可愛らしいと思われます」
この格好を褒められるのは社交辞令だとしても嬉しい反面、古傷が痛む。
「この格好は少々訳ありでな。気にしなさんな。お嬢さんこそあっしに何か御用でも?」
さっきから全身に視線が突き刺さっており、まじまじ見ていたのはお互い様だった。話すときは相手の眼を見て話すことを心掛けているが、今だけは勘弁したい。
「では不躾ながら質問をよろしいでしょうか?」
「あっしに答えられることなら」
「お客様は姉さんとどのような関係でしょうか?」
姉さんというのは流れ的に天道さんのことだろう。ではこの人はその妹か親戚なのだろうか。
どのような関係と言われてもまだ知り合って間もないし、友達と呼ぶには些かお互いを知らない気がする。というか気になるのそこなんだ。
「縁あって天道さんには世話になってな、少し話をしに来ただけよ。長居はせん」
実際あのクソ悪魔、ではなく精霊の魔の手から救ってもらったし、話を聞きに来たのも本当だ。嘘は言っていない。話が長くなれば長居するかもだけど。
「では浅ましくも卑しい好意を抱く熱狂的信者、またはその関係者ではないと断言できますか?」
その眼は相手を見定めるように僅かに殺気を放ちながらこちらを見ている。
言い方的に天道さんには厄介なファンがいて、それを危惧してるのだと思われる。
「あれだけ魅力的な方だ。好きにならねぇ人の方が可笑しいね。無論好ましくは思っているが、男なら当たって砕ければいい。それが粋ってもんよ」
とりあえず江戸っ子のイメージで言い訳したがこれでよかったのか、発言した後になって自信が無くなってきた。
「おかしな人ですね、色々と。姉さんにお客様と聞いたので男なら切ろうと思ってましたが要らぬ心配だったみたいですね。大変失礼いたしました」
あえて突っ込まなかったけど腰に携えた刀のようなものは本物でいらっしゃったか。
どうやらこの格好を見て女だと誤解しているらしい。今は本当に女だから勘違いするのも当然だが、本当は男というのはこの娘にだけは隠し通した方が良さそうだ。
一歩でも選択肢を間違えれば首が飛ぶだろう。慎重に選べ。
1.男だと正直に伝える。回答、死ぬかもしれない。
2.本当に女ですと伝える。回答、疑われて死ぬかもしれない。
3.さらに江戸弁で適当に誤魔化す。回答、よくわからないが死ぬかもしれない。
安牌が見当たらないが江戸弁で適当に誤魔化してみよう。
「あっしに敵うやつなんざ天道真姫さんくらいだと思っていたが、なんならお嬢さんが相手をしてくれても構わないぜ」
「ならばお望み通り拙者の刀の錆にして進ぜよう」
この娘も割とノリがいいのか江戸弁で居合の構えを取っていた。その雰囲気はまさしく江戸の侍そのものであった。
この流れは切り捨て御免のパターンだろうか。なぜ僕は煽るような選択肢を選んだのか。
立ち上がろうにも正座していたせいで足が痺れて動けない。これが和室トラップ!
「切り捨て御免!」
刀を抜いたかと思うとすべて出し切らずに鞘へゆっくりとしまう。
その仕草を見て全てを理解し、チャンっと音を鳴らして納刀するのを確認した後、僕は断末魔を上げながらバタリとゆっくり横に倒れる。
「ぐはぁぁぁぁぁぁ!」
「悪が蔓延る試し無し」
決め台詞っぽいことまで言ってノリノリに決めていた。
ちらっと見るとやりきったのかその顔はとても満足げだった。
「そろそろ終わったかい」
戸が開けっ放しだったため、いつから見ていたのか部屋の前には天道さんがいて、何やら微笑ましく見ていた。
「姉さん。見ていたなら言ってください」
「なんか美姫が楽しそうにしてたからつい」
ここまでの情報を推察するにこちらの江戸の侍は天道美姫さんで、真姫さんの妹だと確定する。
「私はこれで失礼しますが、お客様には言っておきたいことがあります」
今度は僕の方を見て言う。なんだろうと思いながら体を起こす。
「お客様のは江戸弁ではなくただのチンピラです。松林藤四郎や大江戸捕り物奇譚など時代劇を見て勉強してください。難しいようなら瀬戸黄門から入るのがお勧めです」
まさかの時代劇押しだった。それとエセ江戸弁は最初からバレていたっぽい。
「あと姉さんが目当てなら次こそ刀の錆にします。先ほどは大変失礼いたしました。それではゆっくりお寛ぎください」
そう言い残して部屋の前で膝をつき、引き戸を閉めて去っていった。
最初から最後までとても礼儀や所作が美しかったので、恐らくは厳しい家柄なのだろう。
それなのに僕の無様な江戸弁に付き合ってくれたのだ。ついでに江戸弁のアドバイスまでくれた。
初対面のお客に対して無礼なことをーと後で怒られたりしないか心配になり、僕は美姫さんを庇おうと天道さんに説明した。
「あの、江戸弁を言い出したのは僕の方なので彼女は何も悪くないんです。僕が無理やり付き合わせてしまいました。すみません」
「それについては大丈夫だから安心していいよ。割と見慣れた光景だからね。家のお客さんは大体がご年配の方ばかりだから。それこそ小さいころはよく時代劇ごっこや殺陣の練習に付き合ってもらったものだよ。ここ四~五年は見てなかったけどね」
そう言いながら対面に座り、お茶を飲んでいた。
どうやら杞憂で終わったようで僕も一安心だ。怒られるのは誰だって嫌だし。
僕もつられてお茶を飲んでみたが熱くて唇に触れただけになった。天道さんは熱さが気にならないのかそのまま啜っていた。
「むしろ君がおじいちゃんおばあちゃん達と同じ言い訳をしていて驚いたよ。本当は六十歳を超えてるんじゃないかって」
「こんな格好ですが本来はただの学生なんです」
「大丈夫そこは信じるよ。私のほうこそ君に信じてもらうために外で話せなかったことを色々伝えないといけないね。私が答えられることなら精一杯答えるよ」
最初に聞くことなど一つしかないだろう。
「ではまずはこの恥ずかしい恰好を解除する方法を教えて貰えますか?」
「それもそうだね。少し待っていてくれ。一応着替えを持ってくるから。あと辛いようなら足は崩してくれても構わないよ」
「お気遣いありがとうございます。そうさせてもらいます」
そう言って天道さんは着替えを取りに部屋から出ていった。
僕は早速足を崩してお茶を冷ましながら何を聞こうか考えていると、五分ぐらいで着替えを持った天道さんが帰ってきた。
「度々待たせてすまない。私の着替えをと思ったが恐らくサイズが合わないだろうから少し小さめの巫女服を持ってきた。もちろん元の服装に戻させるつもりだが念のためにな」
「ろくでもないんでしたよね確か」
「そうなんだ。私の時は境内で解除されて、見てたのも家族だけだったから大事にはならなかったが、恥ずかしかったのは今でも忘れていないし許しもしない。私と同じ契約を結ばせるから交渉は任せてほしい」
「よろしくお願いします」
「解除するにはまずガルドを出さないといけないんだが、その前に話しておかなければならないことがある。君が今日の出来事を忘れて日常に戻りたければ私がそのように取り計らうと約束しよう。その場合はガルドや怪物や他の精霊に二度と合わせないようにするし、今日の出来事は思い出させないようにする。代わりに今日の出来事についてはすべて忘れてもらう」
非日常を忘れて現実に戻るルートと言うことだろう。なんやかんやで巻き込まれ続けて非日常に引き戻されるのが定番だ。お話の都合でよくあることだ。
「だがもし君が忘れたくないと望むなら、まずは精霊協会に正式登録してもらう。必要なら監視も付いてくるし危険にも遭遇するだろう。こちらはあまりお勧めできないが、この界隈の人材不足は今に始まったわけではないから、もしも、もしも手伝ってくれるなら私も全力で協力する」
魔法少女を続けて悪と戦うルートだろう。親玉を倒して俺たちの戦いはここからだエンドで終わる王道だ。続編で新しい親玉が無限に湧き続けてお話がぐだるのもよくあることだ。
「どうだろうか?」
恐らくこれは分岐のある重要な選択肢だろう。
僕が日常に戻りたいと願えば約束通りにしてくれるだろうし、今後怪物と遭遇することも無くなるだろう。この人はそれができると言う根拠のない確信がある。
短編ならそれでいいだろう。悪くない選択だ。
だが僕は今日出会った目の前の素敵な巫女さんを忘れる気はないし、困っているなら力になりたい。
選択肢は一つしかないだろう。
「もちろん手伝います。むしろちょうど良いバイトがないか探していたので助かりました」
すると天道さんは真剣な表情になり僕に言った。
「一応もう一度言うけど、危険な仕事だからバイト感覚で受けるのは止めた方がいい。こちらの事情を気遣ってくれてありがとう。うん、やはりこれ以上君みたいに優しい子に迷惑はかけられない。手伝おうとしてくれてありがとう。君のことは責任をもって安全に帰すから」
うわぁあああ!余計なこと言ったぁぁぁ!選択肢ミスったぁぁぁぁぁ!何が一つしかないだ馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉ!
「バイトは冗談です。目の前で困っている人がいれば助けたいし、手伝いたいのも本心です。危険に向き合う覚悟は正直自信ないですが、自分と同じ目に合う人が少しでも減ればいいなと思います。それから」
僕がなんとか弁明しようと必死に思考を巡らせていたが、天道さんは悪戯っぽく笑っていた。
「ふふっ、すまない。少々悪ふざけが過ぎたようだ。あまりに早い返事だっから試すようなことをしてしまった。こうゆうことはご両親と話し合って許可をもらった上で返事するものだから驚いた。今はどう考えているか分かればいいくらいだったから」
「アハハーソウダッタンデスネヨカッター」
危うくあなたの力になりたいとか、あなたを忘れたくないとか、このままお別れは寂しいとか、告白紛いのことを口走って刀の錆になるところだった。
「私としては手伝ってくれると助かるけど、本当に危険だしいざとなればまたその格好で戦うことになるけど大丈夫?」
「大丈夫です。確かに戦うのは怖いしこの格好も恥ずかしいですけど、自分の身は自分で守れたほうがいいですから」
「でもご両親が心配するだろうし、やはり止めた方が」
「何度も言いますが大丈夫です。親の許可も心配ないと思います。むしろこの状況を喜びそうな気さえします」
「それでも親は心配するするものさ」
まるで天道さんにも身に覚えがあるような口振りだ。
「でも親には変身すること言いたくないですね。確実に面白がります」
「変身の事や他にも隠さないといけない事はあるから、そこは私がうまく説明するよ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ手伝ってくれること感謝する」
どうやら日常エンドは回避したらしい。恐らく無言だったり、わからないと答えると、全てを忘れて僕の物語は終わっていたことだろう。
「話はまとまったし、そろそろガルドを出そうと思うんだけどいいかな?多分煩いと思うけど契約にはこいつから話を聞かないといけないから」
「わかりました。お願いします」
天道さんは例の小さな木箱を取り出してゆっくり開く。
中から黒い靄が溢れて瞬時に姿が形成される。
「じゃんじゃじゃ~ん。みんなのアイドルガルドだよ~。気軽にガルくんって呼んでね」
出会った時と変わらないウザさで現れたのは、僕をこんな姿にした張本人だった。
「あれあれ元気がないぞ?じゃあ早速コールいってみよ~、せーのっ!」
手を耳に、もとい顔の側面に当てるポーズを取っていたがもちろん返事はなく、客間は静寂に包まれていた。
「あれあれ元気がないぞ?もう一度コールいってみよ~、せーのっ!」
今度は僕の目の前に来て、同じポーズで同じ言葉を繰り返してウインクしてきた。
恐らく僕にガルくんと愛称で呼ばせたいのだろう。そして僕がコールするまで続ける気なのだろう。
こいつは箱に入ったままでも話を聞いていて、僕がそうやって愛称で呼ぶのを知った上でこんな真似をしているのだ。
「天道さんごめんなさい。やっぱり僕は愛称では呼びたくないのでクソ精霊と呼ばせていただきます」
「いや、こいつに関しては仕方がないだろう。君は全く悪くない。私の方こそ押し付けたようで申し訳ない」
「えー、さっきまでなんか良い雰囲気だったじゃん。それくらいいいじゃんケチー」
お ま え の せ い だ ろ。
聞いた人がいれば誰もがそう思っただろう。
こうなる予感はしていたが、たった数秒でここまで精神が削られるとは想像してなかった。
箱に閉じ込められて少しは反省しているかと思ったがそんな殊勝な奴ではなかったようだ。
「なぁなぁ仲良くしようぜ~。危うく掘られるところを助けてあげたんだからむしろ感謝されると思ってたんだけどな~。薄情だな~」
雰囲気をぶち壊した奴が何か言っていたが、話が進まないので無視して天道さんに話しかける。
「交渉のほうよろしくお願いします」
「あぁ任せてくれ。ガルド、契約時のことを詳しく聞かせてくれ」
天道さんはクソ精霊を掴んで隣に置いた。
「我はただ~助けたいと思って~」
人をイライラさせる煮え切らない態度を決して崩そうとしない姿勢には謎のこだわりすら感じる。
「それだけじゃないだろう。本当は?」
「我が前々から気になっていたとっても好みの子が雑魚怪物に寝取られそうだったから思わず力尽くで契約しちゃいました」
天道さんが再度問い質すと「てへっ」と笑って口早に言った。
僕には何を言ってるのかしばらく理解できなかったが、天道さんは冷静に分析を続けていた。
「それはどういう風にだ?」
「えっ、今言ったのがすべてだけど」
クソ精霊はもう全部白状したとばかりにきょとんとしていた。
「力尽くと言うことは彼女に無理やり同意させたと言うことか?」
そう言うと寒気がすると同時に、天道さんから静かに殺気のようなものがで漏れ出していた。
「違う違う!我が助けたいから一方的に力を授けただけだ。どうだ我の奉仕っぷりは。流石に見直したであろう」
話の流れ的に火に油と思ったが少し空気が和らいだ。
「つまりガルドから一方的に力を与えて変身させたということで間違いないな?」
「だからそう言ってるのだ。なれば我が怒られるのは筋違いということだ。分かってくれたようで我も一安心だ」
「前々からというのと何故こんな家から遠い場所まで行っていたのかをここで追及するのは後にしておく。君にも聞いておきたいんだが、今の話に間違いや違和感はないか?」
「正直よくわかりませんでしたが、確かに同意はしてないです。こいつの手を取るくらいならと思ってましたが、今思えば助かったのは事実なので結果的には感謝してます」
「なんじゃツンデレだったか。よいよい、我は寛大だからな。いくらでもデレてくれてよいぞ。そうだ、我と正式に契約を結んでくれんか?むしろそのために来たのであろう。我と契約できるなど光栄なことなんだぞ。何せ協会が認めし大精霊だからな」
「感謝より苛立ちが勝つので即答はしない」
「それに契約をしようとしてれば私が止める。今の話を聞いて事情が変わったからな」
「どういうことですか?」
天道さんは僕が襲われた当時の状況が理解できたのか落ち着いた様子で話し始める。
「恐らく君は契約を交わす必要は無いと判断する」
「と言うことは僕は日常に戻るべきですか?」
「それも十分に考えられるが、今は私の話を聞いてほしい」
真剣な表情を見て、僕は言われた通り話を聞こうと天道さんと真剣に向き合う。
「私も聞いたことがあるだけで憶測になってしまうが、君の今の状態は素質もあるだろうが極めて安定している。普通は変身して力を放出していれば時間経過で力を失うはずだ。立っていられないほど気分も悪くなる。君にはその兆候すら見えないためガルドはそうとう力を使ったはずだ」
「推しへの課金は最初が大切だからな」
こいつはソシャゲの廃課金プレイヤー感覚で力を与えたのか。癪だが少し理解できる。
「君は気に食わないかもしれないが、ガルドとの相性が良いのだろう。私も相性は良いはずだが精々三十分が限界だ。変身が解けてないのは今でもガルドが力を送ってるせいもあるだろう。だが力があり過ぎると溢れて暴走するものだがそれもない」
「少しでも魔法少女が見たいから実際与え続けてたけど、気づいたらむしろ吸われてる感覚だな。減ったそばから力が勝手に送られてる。ちょっと怖い」
なんでお前が怖がってんだよ。僕の方が怖いわ暴走とか。
「だから君のは契約ではなく恩恵と呼ばれるものだと思う。祝福や加護の線もあるがそれらは当てはまらないと思う」
恩恵が何かわからないが、そこに原因のクソ精霊がいるので聞いてみた。
「これは恩恵なのかクソ精霊?」
「そんなの知らないさ。人間がそう呼んでるだけで我はイイ感じに適当にやっただけなんだから」
「すまない。これについては精霊達には聞いても理解できるかは難しい」
「こちらこそ話遮ってすいません。続きを聞かせてください」
「さっきも言ったがまとめると、私の読み通りなら君はこいつと契約しなくてもその姿をいつでも解除できると言うことだ。試しに変身を解除するイメージや言葉を言ってみてほしい」
「わかりました。リリース」
僕はセラフィエルではなく本来の自分を思い出しながら、黒歴史で設定した変身解除の台詞を言ってみた。
解除は一瞬で済んだ。僕は真っ先に全裸でないことを確認するため自分の体を見て、髪を撫でる。
服装は元の制服に戻っており、長かった髪は無く、何か違和感はあるがいつもの状態に戻っていると気づいた。
「あーあ、戻っちゃった。まぁ戻ってもかわいいから良いんだけどね」
クソ精霊は残念そうにしていたが、割とあっけらかんとしていた。
「ガルド鏡を出してあげて」
「はいはい」
クソ精霊は口に手を入れて、見たことのある手鏡を取り出してこちらに向ける。そこから出してたのか。
「元の姿で間違いないかな?」
鏡を見て確認すると見慣れた顔に戻っており再び安堵する。
やっと元に戻れた達成感で急に疲労が襲ってきて机に手をつく。
「はい。無事に元に戻れたと思います。ありがとうございます」
「それは良かった。今日は疲れただろうから詳しい話は後にして、良ければ家で風呂に入ってくると良い。そんな汚れた格好で帰すのは避けたい」
そう言って天道さんは袖からポケットティッシュを差し出して来た。
制服は砂埃で所々汚れており、さらにお腹の辺りには卵の白身のような透明な液体が付着していた。
それに気づくと同時に生臭い不快な臭いがして思わず顔を顰める。当時のことを思い出して、僕は犯されそうになったのだと改めて恐怖した。
僕もこれで帰るのは避けたいと思い、ありがたくティッシュを受け取って出来るだけ拭き取る。
「すいませんがよろしくお願いします。お風呂ありがたくいただきます」
「服が乾くまで着替えは他にサイズが合うのがあれば準備させるけど、無ければこの巫女服で我慢してほしい。案内するから付いて来て」
「わかりました」
クソ精霊はいつの間にか消えており、バレぬよう一緒について行こうとしていたが「お風呂がぁぁぁあああ!!!」と言いながら箱に封じられ、天道さんに案内されて僕はお風呂場へ向かった。
道中で天道さんに「私も一緒に入ってもいいかい?背中でも流そうか」と聞かれ、悩みに悩んだ末に鋼の意思でお断りさせてもらった。
縁側を通り玄関付近まで戻るとその先の少し奥まった場所に案内された。
戸を開けて入ると中は物が少ないがそこも含めて普通の家庭とは違う格式の高さを感じる。
ぱっと目に付いたのは普通の家庭には無いだろう大き目の棚があり、四×五でぱっと見二十人分はある籠には一つ一つにタオルが入っていた。その両隣には姿見と体重計が置いてある。
棚の上から二列には所々色の違うタオルが入っていて、棚の正面にガラス戸がある。むしろそれ以外には何もない。まるで銭湯にでも来たようだ。
「ここが脱衣所で向こうが浴室だ。上二段は使わずに三段目以降を使ってくれ。こちらがお客様ようだから着替えはこちらの籠に入れてくれ。巫女服はここに置いておくから他に着替えが無ければすまないがこれに着替えてほしい。……何か足りないものでもあったか?」
部屋をじっと見る僕が怪しかったのか、そんなことを聞いてくる。
「いえ何でもありません。お風呂まで使わせて頂きありがとうございます」
「上がったら服が乾くまで客間でゆっくりしていて」
天道さんはそう言い残して脱衣所を出た。
僕は早速お風呂を貰おうと服を脱いでは籠に入れようとしたが、例の液体が付いた部分は上に置いた方がいいと思い、他は一応畳んで籠の中に入れて例の部分が上になるように置いた。
考えながらだったからか、着替えに集中していたからか、疲れすぎて目が退化していたのか、裸になってからとても重要なことに気が付いた。
服越しでわからなかったが胸筋と呼ぶには難しい程度に明らかに胸が膨らんでいて、茶色く染まっていたその先端は子供の頃のような鮮やかな桜色に戻っていた。
さらに十五年ともに育った相棒もとい息子とタマは消息を絶ち、新たに地平線が誕生していた。
急いで姿見の前に立って確認すると、どこをどう見ても女の子だった。
不思議なことに女の子の裸を見られたのに少しも嬉しくないし興奮もない。
成長期真っ只中の中学生のような風貌に、興奮するどころか何か謎の罪悪感さえある。
自分に妹がいたならこんな感じだろうかと、もし女で生まれたらこんな感じだっただろうといつの日かに思ったことが実際に自分の身に起きていた。
近づいてよく見ると顔も若干丸くなって全体的に女っぽくなっており、元々それほど高くなかった背も心なしか小さくなっている気がする。
骨格も肩幅は狭くなり腰周りは丸くなっている気がした。肩は元々そんなに広くないし腰周りも大して変わってないが、より女性らしくなっているのは確かだ。
僕は「全く元に戻ってねぇじゃんかぁぁぁぁああああああ!!!!」と心の中で叫んだ。
一通り自分が女の子になってしまった事実を受け入れて、何もかも空しくなりさっさと風呂に入ろうとガラス戸を開ける。
ひと際目を惹くのは部屋の七割は占める五~六人は入れそうな見たことない埋め込みのデカい風呂桶だ。
限界まで湯が張られており、入れば溢れることは間違いないだろう。
対して洗面台は一つしかなく、存在感は薄いが必要そうなものは一通りそろっていた。
さっきまでの空しい気分はどこに行ったのか、このまま湯に飛び込んだらさぞ気持ちがいいだろうと想像したが思い留まる。
よく考えれば明らかに一番風呂な張りたての湯にぽっと出の客が入るなんて礼儀知らずもいいとこだろう。こちらは厚意で貸してもらっている身なのだ。
そして入るならまずは汚れを落とすべきだろう。
洗面台に向かい、台に座って全身を洗う。
洗っていて気付いたが肌の状態も心なしか良くなっていていつもとは違う気がした。
石鹼やシャンプーなどのボトルには名前以外何も書かれてないが、使ってみるととても良い香りがするし使い心地がいいので市販品ではないのがなんとなく伝わってくる。
謎に緊張していつもより慎重に洗ったせいかすごく時間が掛かってしまった。まるで自分の体ではなく他人の体を洗っているような感覚だ。
全身を洗い終わったので湯船に浸かるか迷ったが、結局入ることは躊躇われた。
脱衣所に戻ると脱いだ服は籠ごと消えており、棚にはさっきの巫女服以外には置かれてないようなので着替えはこれしかなかったのだろう。
そして巫女服の上にはさっきとは違って、いつの間に用意されたのか女の子が必須で着けてるであろうシンプルなデザインの所謂下着と呼ばれるものが用意されていた。
どうやら男だと知らせていないせいで僕は女だと思われているらしい。
だが実際に今は女の体になってしまったわけだし、誤解されたのも当然だし、着けるのは自然なことなのだろう。今まで着けたことも無ければ着け方も知らないものなのに。
天道さんには最初にしっかりと伝えておくべきだった。
だが仮に男だと伝えてたとしても、実際は女の体なのだから信用どころか不審に思われていたのは間違いないだろう。
今からでも伝えるべきだろうか、やはり隠すべきだろうか、下着はどうするか、ていうか巫女服ってどうやって着るの?
僕は怒涛の問題に頭をフル回転させて一つずつ対処することにした。
女だと誤解を招いたのは僕に責任があるだろうから、例え信じてもらえなくてもこれ以上悪くならないように真実を伝えるべきだろう。
下着は抵抗があるし着け方もわからない。男だと伝えるのであれば尚更下着は着けない方がいい。例えそれでノーパンになろうとも。
巫女服の着方ならスマホで調べればいい。
鞄からスマホを取り出し、早速ググる。
ステップ1、まずは白衣を左前になるように着る。
ステップ2、次に袴をつける。この時前後が逆にならないように目印が後ろになるように確認する。
ステップ3、必ず前側から着け、両端から垂れる帯を後ろで結ぶ。
ステップ4、後ろ側を結び目が隠れる位置まで上げて、両端の帯を前に持ってきて結ぶ。
コツは帯が平らになるように回すと綺麗に見えるらしい。
姿見で確認してみると我ながら良くできていると自画自賛した。女子力がぐーんと上がった。
綺麗に着付けができて嬉しいような、男の自覚が消えてくようで悲しいような。
目を覚ませ、僕らの世界が女子力に侵略されてるぞ。
巫女さんは好きだが自分がなるのは解釈違いなのだ。本物の巫女さんに会いに行けばときめきを取り戻せるはずだ。
そう思い至り、僕は脱衣所を出て客間を目指した。
なるべく歩いてきた道を通ろうと玄関を過ぎて縁側へ出る。
外は夕日が沈んできており知らぬ内に長居してしまっているなと思っていると、突然鞄から黒電話のジリリリリリリリリと割と大きめの音が鳴ったのでスマホを取り出す。
表示されているのは僕の育ての親である渚沙さんからだった。
普段は電話なんか使わずにメッセージでやり取りしてるので、もしかして何か感づかれたのかと思いつつ通話ボタンを押す。
「はい、お電話下さりありがとうございます。こちら澤田サ-ビスセンターです。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「息子が反抗期なんです。普段は帰りが遅くなる時は事前に連絡があるのに、この時間になってもメッセージに既読すらされないんです。最近息子とのコミュニケーションがうまくいかないことが多くて、どうしたらいいのでしょうか?渚沙まいっちんぐ」
サービスセンターはお悩み相談所ではないからな?
実際にも関係ない世間話をしにきたりする人や、クソみたいなクレームに対応しなければならない過酷な業務なので邪魔しないようにしましょう。
みんなは真似しちゃ駄目だぜ。ラヴィ(゜∀゜)!!!
「すいません。ご家庭の事情には対応しかねます。お電話頂きありがとうございました。またのご利用をお待ちしてます」
「とりあえず晩御飯いるかだけメッセージ送って。その調子なら大丈夫だと思うけど早めに帰ってくるように。また遥が暴走しちゃうからね。じゃそゆことで」
最後に不吉なフラグを立てて通話が切られた。それと同時に後ろから人が歩いてくる気配がして振り向くと天道さんと美姫さんがいた。
僕が気付くと美姫さんは軽く会釈をして、天道さんは手を振って話しかけてくる。
「家の自慢の檜風呂はどうだっただろうか?気に入ってくれたら私も嬉しいのだが」
檜風呂というのは例の大きい浴槽のことだろう。結局遠慮して入らなかったやつだ。
「すいません、人の家の一番風呂は気が引けて入れなかったんです。なので洗面台周りだけ使わせていただきました。お陰で助かりました。ありがとうございます」
「おや、そうなのかい?なら今からもう一度入りに行かないかい?美姫も一緒に」
別嬪さん一名追加で今ならもちろん天道さんも付いてくる気だろう。この人はどうしてこんなに一緒に風呂へ入らせたがるのだろうか。鋼の意思も流石に溶けるぞ。
「姉さん冗談はそのくらいで。お客様を困らせてしまいます」
「別に冗談ではないんだが」
天道さんは本心から言ってるようだった。この人は天然のタラシの才能があるに違いない。
「お客様にお聞きしたいことがあります。庭に鳥や猫を見ませんでしたか?」
電話をしていて気付かなかったか見落としただけか、見た覚えはない。
「見てないですが、何か飼っているんですか?」
「……いえ、なんでもありません。敷地の内外に野良猫はいますが飼っているわけではありませんので。では私はこれで失礼いたします」
また軽く会釈をして、来た道に戻っていく。少し違和感を覚えて、本当は何か別に用があったのではと思った。猫に会いに来ただけでいなくてガッカリしたわけではないだろう。違うよね?
「何かあったんですか?」
天道さんの性格なら余程のことでなければ話してくれるのではと思い聞いてみた。
「歩きながら話そうか」
歩き出す天道さんに僕は黙ってついて行く。
「君にも聞こえたと思うけど黒電話の音が鳴らなかったかい?あれは電話じゃなくて家の防犯設備の警告音で、カラスや猫で時々誤作動してたんだ。家には黒電話が所々に置いてあるけどあれは本物じゃなくてただの置物だからね。こっちの方で鳴ったから一応様子を見に来たんだ。今回も誤作動だったようだけどね」
僕はそれを聞いて立ち止まり、深々と頭を下げた。
「僕のスマホが大変失礼しました」
「何があったかちゃんと聞くから、まずは頭を上げてほしい」
スマホの着信音が黒電話のこと、家族から早く帰ってこいとのこと、流れで自分がかつて男であったことを伝えた。
黒電話についてはなるほどと笑って許してくれた。
家族のことを話すと車を出してくれるようなのでお言葉に甘えることにした。
学生証を見せて男だと説明すると流石に戸惑っていて、この最後の告白だけは理解できなかったようだ。
何か事情があって性別を偽って通っていると誤解された。乙女漫画のありがち設定かと思わずツッコんでしまった。同時に乙女漫画読むんだとも思った。
もう一度客間に戻り、僕が男で女である件について誤解を解くため改めて説明した。
だが僕がいくら男だと説明しても実際は女の体だし、埒が明かないので渋々あのクソ精霊にも証言させることにした。
「もう一度あのクソ精霊を出してくれませんか?聞けば僕が元に戻ってないかわかるはずです」
「良ければ後で私が問い詰めておくけど、いいのかい?」
「僕がいなくなった後でさらに誤解されるような嘘を付くかもしれません。今証明しておかないと一生女扱いされかねないので」
「それには心配いらないさ。ガルドは私に嘘が付けない。そう言う契約をしているからね」
「そういえばその契約って何ですか?さっきはする必要ないからって聞きそびれましたけど」
「そうだね、起源から話すと長いから触りだけ簡易的に説明するよ。まず精霊との契約には種類があるんだけど主に三つに分けられて、精霊から力をもらい対価としてその身を捧げる精霊契約。精霊を従える、もしくは精霊に仕える主従契約。精霊と力を伴わない誓いを結ぶ契約、これは宣誓契約や誓約と呼ぶ。最近はこの三つも統合されて、契約って略称で呼ばれているけどね。どうかな?うまく説明できてると良いんだけど解り難いかな?」
「つまり天道さんは精霊契約の他に嘘を付かない契約、誓約をしているってことですか?」
「すごいなその通りだよ。正直今の説明で理解されてるのに驚いたよ。人に説明するのはあまり自信が無くてね。こうゆうのは美姫の方が向いてるから」
天道さんは柄にもないことをしたと苦笑していた。
こちらとしてはむしろその堅苦しくない説明が聞きやすいまである。
「それって僕でもできますか?その嘘を付かせないようにする契約は」
「契約は基本的にお互いの同意があれば行えるものだよ。むしろそれが全てと言っていい。だからむやみに得体の知れない者の甘言に同意してはいけないんだけど、君は大丈夫そうだね」
「無理やり変身させられましたけどね」
「そうとう気に入られているということだよ。少なくとも私は契約無しで神通力を行使できる人を初めて見たよ」
また知らない単語が聞こえた。
神通力とかゲームで聞いたことある程度の知識しかないが、文字通りなら神が行使する力ってことだろうか。
「疑問が度々増えるんですが、神通力ってなんですか?」
「うーん、これはそうだねぇ。さっき神通力って言ってしまったけど、一旦それは忘れてほしい。説明するにはまだ重要なことを言ってなかったから、今までの話はもちろんだけどここから話すことは家の者以外には他言無用だから内密にしてくれ」
「わかりました」
「神社の巫女たる私が絶対に口にしてはいけない事なんだけど、私は神の存在を信じていないんだ」
前置き通りの衝撃の発言だった。
これは絶対に秘密にしなければならないだろうなと心に刻んだ。
「ビジネスライクの関係ってことですか?」
「その側面も無いわけじゃないけど、私がそう思ってる理由はガルドにあるんだ。なにせ八柱神社の御神体だからね」
さらっとそう言って机の上にクソ精霊が入っている木箱を置く。
えっ、今御神体とか聞こえたんだけどこれが巷で話題の巫女ジョークってやつかな?そんなわけないんだよなぁ。
「嘘でしょ……」
僕はこれが神様だと思いたくなかった。恐らくは天道さんも真実を知った時同じことを思ったに違いない。
「これが正真正銘家の神様なんだよ。私も親から聞かされた時はショックで美姫と家出したぐらいだから、信じたくない気持ちすごくわかる」
「でもこいつのこと元悪魔って言ってませんでしたか?」
「あぁ、しかも家の文献通りならかなり悪名高い悪魔らしい。千年以上かけて浄化したと残っている。それまでは祠に封印されていたと」
「真実は時に残酷ですね」
特に信仰している神なんていないが正体がこんな畜生だったと知ればもう神頼みなんてする人はいなくなるだろう。
「それ以来、私は超常的な存在や力に対して疑念を抱くようになったんだ。この力は本当に神通力なのかって、色んな人に聞いて、色んな力を見て、色んな文献を漁って調べた。それで私が出した結論は神は存在しないってことなんだ」
僕はどうしてその結論に至ったか、疑問に思った。
「でも存在しないものの証明は難しいと聞いたことがあります。それでもですか?」
「まず私は神様というのが何かを考えた。定義と言う言葉も知らない幼い私は、人間を作った存在や人間を助けてくれる存在として信じていた。けど違った。神様って言うのはいつだって人間が作り出した存在で、助けてくれるのはいつだって力だって。なら今度は力って何だって調べた。大きさの違いはあれど力は力と言うのが私の答えだった。なら力の名称に違いはあるのかと言うと、性質や起源は違えど全部大きなエネルギーの塊ってことで説明できてしまうんだ。大雑把だけどね。つまり人間も神様も色んな力も全部大きなエネルギーの塊だって結論に至った。大きさの違いはあれど本質は同じって。俗に言う神様の正体は人間から崇拝された私達と同じ元は人間か人間が理解して行使できる力そのものなんだって。でもこれだけじゃ神様が存在しない証明はできないかな。それにはもっと詳細な理解が必要だからね。だが私がこれだけ調べられたんだ。全てを理解できる可能性が零でなければ証明はできるはずだよ。少なくともこの神の存在否定説を完全否定することはできないはずだよ。……ごめんね長ったらしく語っちゃって」
「いえ、結構興味深い話だったので聞き入ってました」
「なんだかむず痒いような恥ずかしいような気分だ。君が存在しないものの証明なんて言うから若気の至りをつい語ってしまったよ。さては君聞き上手だな。博士以外にこんな話をしたのは初めてだよ」
「もしかして黒歴史でしたか?」
「そういえば博士も言ってたなその黒歴史と言うのは。なるほど誰かに話してようやく理解した。確かにこれは家族相手でもむやみに話すべきではないな。君もこのことはくれぐれも秘密にお願いするよ」
「わかりました」
僕は天道さんと家族も知らない秘密を共有する程の間柄になったと内心嬉しく思った。博士という人物は置いとくとして。
「ところでどうしてこんな話をしていましたか?」
「神通力だったね。私もうっかりしてたよ。神通力は私達巫女や神社に仕える人が神様から与えられた力を指す名称だよ。主に家はそう呼んでるから私もふとした時に呼んじゃうんだけど、これが呼び方が人によって違うし場所によっても違うから大変なんだ。ガルドの場合神の時と精霊の時で名称が違って、神の時が神通力で精霊の時は霊力なんだよ。どっちの時も力は何も変わらないのに。精霊協会だと人によっては横文字になる。呼び方バラバラで正直面倒臭いことが多いし、もちろんこれはガルドに限ったことじゃない。例えば陰陽師や霊媒師なども幽霊と呼ばれる怪物の力を霊力と呼んでいたりするから名称の違いにあまり意味はないんだ」
確かに意味ないなと思い、当然思った疑問を質問する。
「陰陽師や霊媒師も気になりますが、精霊協会って一体何ですか?」
僕が登録しなければいけないというよくわからない組織については必ず知っておく必要があるだろうと思い聞いてみる。
「精霊協会は私達みたいな人間には本来備わってない超常的な力を持つ人を総合管理している組織だよ。君みたいに変身できる人、私のように精霊と契約した人、陰陽師も霊媒師も魔法使いもどこかの精霊協会に所属する決まりになっている。超常的な力で被害を出した時に責任を取れるようにね。この力は人を簡単に傷つけることができるからそこは自覚してほしい。変身した君は人間で一番強い人に圧勝できる、それ以上の戦力差があると」
「そういえばそうなんですよね。忘れそうになりますが」
帰り道に出会った謎の馬男に成す術も無かったのにそれを一瞬で消し去ったのだ。あれが人間相手だったらと怖くなったのも覚えている。
「精霊協会の人間はそうゆう人達が集まってできているから統一感はまるでないけど、公式に設定している名称もあるんだ。超常的な力を持つ人を精霊使い、超常的な力の存在を精霊と定めているんだ。私はこれが気に入ってる。殆どの人は使わずに好き勝手呼んでるけど。伝統を残すって意味もあると思うし、みんな違ってみんな良いとも思うけどね。その方が面白いし」
「なるほど精霊も精霊使いも総称だったんですね。そして聞く限りによると思ったより沢山いませんか?」
「まあそうだね。ただ全てのお寺や神社に精霊使いがいるわけではないし、逆に精霊協会以外にどこの団体にも属さないで隠れている個人の精霊使いもいるから、家や精霊協会以外では秘密にしておいた方がいいと思うよ。あまり外で話せなかった理由の一つがこうゆうことなんだ。どこで聞き耳を立ててる人や精霊や怪物がいるかわからないからね」
「すいません、言い方に違和感があったので質問なんですが、精霊と怪物は違うんですか?」
「あぁなるほど、こちらこそすまない。精霊協会で管理されている存在を精霊、それ以外を怪物と私は呼んでいる。この怪物も人によって呼び方が違って、妖怪、妖魔、幽霊、魔物、悪魔、悪霊、最近はモンスターやクリーチャーとも聞くけどこれも様々だな。けど大体意味は同じだから。昔は物の怪とも呼ばれていて時代で変わったりもするから」
「なんとなくわかる気がします。僕が遭遇した馬男が精霊ではなく怪物の類であるとか」
あの全裸で局部むき出しの馬男が精霊とか言われても、少なくとも僕は受け入れられない。
「どこかの支部の精霊の可能性も無きにしも非ずなんだけど、いきなり襲われたのであれば間違いなく怪物だろうね。それについても説明したいんだけどまだ詳しい調査ができていないから私の憶測になってしまうけど話していいかな?」
「むしろ聞こうと思ってました。お願いします」
「まず私が現場に来た経緯だけど、ガルドとの繋がりを追って現場に到着すると黙視の結界が張られていたんだ。これは恐らく君だけを見つけられないようにするための特別なものだろう。私が君を見つけられたのは実はガルドが力を与えたからなんだ。近くにいたはずなのに見つからないからそれまでは結界を解除または破壊する方法を探していたんだけど、核になる部分も結界術師も見つからず妙だったんだ。ガルドが力を使えばわかるはずだからガルドの自作自演でもない。核にすらなれない低級の怪物に黙視の結界を構築するのは不可能だ。そうなると私に気配すら感じさせず結界を構築できる凄腕が少なくとも四人以上あの現場にいたことになる。でも契約もしてない君一人を罠に嵌めるのにこの人数は過剰だと思うしそれなら一人ぐらい見つかってもいいはずだからからこの線も薄い。低級が消滅して私が君と会った後でも結界は消えなかったから、あの結界は時限式で一定の時間で発動して消える設置型のものだと推測する。結界を張った犯人も人数もわからないが、犯人からすればガルドの存在は想定外だったに違いない。私は感が良いことで少し有名だからね。君が狙われた理由なんだけど、私が犯人だったらだが君みたいに才能のある人を精霊使いとして派閥に引き入れたいと考えるのが一番考えられる理由だが、どうだろうか?」
天道さんは今回の事件についてかなり考えてくれていたようで、自分がどう思ってるのか全て打ち明けてくれた。
て言うかこの人説明苦手とか言っておきながら話しだしたら止まらないじゃん。でも全部伝えようと努力してくれるのが伝わってきて好き。ファンになりそう。
返事をしなくては話を聞いてないと思われてしまうのでしっかり話を繋げる。
「僕は誰かに恨まれていて腹いせにーだと思ってました」
「おや、誰かに恨まれている心当たりがあるのかい?」
「自分で言うのも嫌なのですが僕は誰からでも可愛いと言われることが多かったので男子からも女子からもよく嫌がらせを受けるんです」
でも僕は黙ってイジメを受け入れるほど素直でもないため基本的には証拠に取って二度と近寄るなと脅して、それでも収まらなければ必要な処置をしていた。倍返しは義務教育。
「なるほど、今回もその延長線上だと言うことか。それにしては大掛かりで危険過ぎるからその線は薄いと思うけど」
「僕も痴漢を嗾けられたのは初めてなので何とも言えないです」
「では調査が進み次第報せるから連絡先を教えてくれるかい」
まさか天道さんから聞かれるとは思ってなかったので面食らいながらスマホを取り出す。
「わかりました。どうぞ」
僕は少し緊張しながらスマホを差し出し天道さんの連絡先をゲットした。スマホのステータスが上がった。これだけで国宝級の価値がある。
「他に聞きたいことはあるかい?」
もちろん聞きたいことなら沢山ある。
さっきの話だけでも黙視の結界、低級の怪物(馬男)、派閥、天道さんの感が良いことなど疑問なら話すたびに増えていく。
しかしすべてを聞くには今日は色々あり過ぎた。これ以上はまともに覚えられる自信がなかった。
「今のところは大丈夫です。色々話してくれてありがとうございます」
「こちらこそこんなにきちんと聞いてもらえて嬉しかった。少し待っててくれ。着替えが乾いたか聞いてくる」
「僕も行きます」
「大丈夫大丈夫お客様はゆっくりしてて。乾いてたら持ってくるから」
そう言って天道さんは客間を出て行った。
机の上には冷めて飲みやすくなった温いお茶と、ガルドリアムと言う元悪魔で御神体で精霊だとかのわけわからん存在が入った木箱が残されており、一番重要な事が放置されていることにようやく気付いた。
結局まだ女だと誤解されたままじゃないか?
時すでに遅く、今日はこのまま解散かなと僕は今日誤解を解くのを諦めることにした。
そうやってずるずると誤解が解けないままなんだろうなと言う嫌な予感がしていた。
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