第一話 激ヤバ!五稜郭大結界決戦7
「夜のラッピってこんなに不気味なのね……あ、ラッピじゃなくてハッピか……まぁどっちでもいっか……」
討子はブツブツ言いながら店の中を探し回っていた。今彼女がいるのは客席のフロアで、たくさんのテーブルや椅子が撤去されずに並べられている。店の中は埃まみれになっており、まさしく廃墟といった寂しい雰囲気が伝わってくる。店の中には、いかにも写真を撮ってくださいと言わんばかりの豪華で巨大な椅子のフォトスポットや、サーカスっぽいゴテゴテとした内装が残っていたが、そのきらびやかさが逆にもの悲しさを演出している。
「お、コイツが噂のピエロか」
討子の目線の先には、赤と黄色の派手な服を着て、真っ白い肌に真っ赤な口紅をつけた大きなピエロの人形が飾られていた。背丈は190cmほどあり、意外と威圧感がある。
「コイツからは霊力は感じないか、さてと……じゃあ幽霊はどこかなーっと」
客席を見て回った感じでは特に異常はないようであった。肝試しに来た人間が散らかしたり、荒らした形跡は見つかったが、悪霊の仕業と思われるようなものはない。
「んー、こりゃまじでガセかな……」
討子がいったん戻ろうかと思ったその時、
カラン……
店の奥、おそらく厨房と思われる場所から金属製の何かが地面に落ちた音がした。もちろん今のところ、この建物の中には討子以外の人間はいないはずである。
「なんだ、いるじゃん」
ターゲットの気配を感じ取った討子は臆することなく、音の出所と思われる厨房へ入っていく。両開きの扉を開けると、そこには様々な調理器具がそのまま残されていた。肝試しで荒らされたせいか、戸棚が開けっ放しになっており、コップや皿といったものが厨房に散らかっている。だが、それだけだった。
「姿を隠してんの……?」
討子は少し警戒しつつ厨房の中に入っていくと
「ん……これは……」
足元に金属製のボウルが転がっていることに気付く。埃をかぶっていないことから、おそらくこれが先ほど聞こえた金属音の正体だろう。何か手がかりはないかと、ボウルを拾い上げると
「うぉっ」
内側に赤い、血のようなもので英語が書かれていた。
「あーし英語苦手なんだよね……えっと翻訳……」
翻訳アプリを立ち上げて書かれていた文字を読み込む。
「えっと……何々……『happiness to you』えっと……意味は……」
「『幸せを君に』だよ☆」
「ッ!?」
ドゴォンッ!
鈍い衝撃音と共に、厨房内で埃が舞い上がる。衝撃は周囲に伝わり、戸棚や調理台におかれた皿やコップが次々と床に落ちていく。厨房を包む埃が収まると、そこに立っていたのは間一髪で攻撃をかわした討子と、巨大な包丁を持った不気味なピエロだった。その姿はまさしく、さきほど店先でみた人形の特徴と一致している。
「なんだ、せっかく君を幸せにしてあげようと思ったのに☆」
ピエロは不気味な甲高い声でそう言った。
「人に包丁振り下ろしておいて何が幸せだ、このB級ホラー」
討子は冷や汗をかきながら眼前の敵を睨みつける。
「だって、これから君美味しい美味しいハンバーグになって、食べた人を幸せにするんだよ☆ 料理で人を喜ばせるってとっても幸せなことじゃないか☆」
「ああ、自分が食材になってなきゃあーしもそう思うよっ!」
討子は一気にピエロとの距離を詰め、光の爪で切り裂こうとするも、
「料理にネイルは厳禁だよ☆」
ピエロの持つ包丁によってその攻撃はたやすく防がれる。そして、包丁の持っていない方の手で、討子の胸ぐらを掴むと、
バァン!
そのまま厨房の外へと投げ飛ばした。
「ガハッ……」
壁に叩きつけられた衝撃と共に、討子の口から肺中の空気が吐き出される。一瞬視界が真っ白になり朦朧とするが、なんとか意識を保つ。
「ゲホッ……ゲホ……」
体に酸素を取り込もうとするも、壁に叩きつけられた衝撃で舞い上がった埃で咳き込んでしまい、上手く呼吸ができない。しかし、敵がこちらの体制が整うのを待ってくれるわけもなく、
「お肉になぁれ☆」
ピエロはすぐさま追撃の包丁を振り下ろす。
ドゴォン!
「あっぶねぇ!」
討子はギリギリのところで体を捻って避ける。少しでも遅れていれば間違いなくあの世行きだっただろう。先ほどまで自分が倒れていた場所には、深々と包丁が刺さっていた。ピエロが地面から包丁を引き抜こうとしているスキに、討子は急いで距離をとった。
「ゲホッ……なんだコイツ……いつものザコと全然違う……!」
「そりゃそうさ、何せ『噂』で実体化してるからね」
「ッ! ババア!? いつの間に!」
魂美に声をかけられて驚く討子。一方、ピエロも突然現れた魂美を警戒しているのか、包丁を構えたまま様子を伺っている。
「店の中が騒がしいと思ったら……ったく、埃だらけでみっともない」
「うるせぇ! それが命がけで戦ってる若者にかける言葉か! ったく……」
討子は口ではそう言いつつも、見知った顔を見て安心したのか、いったん呼吸を整えて心を落ち着かせる。
「……さっきのどういう意味、ネットで流れてる『噂』が関係してんの?」
討子が落ち着いてそう聞くと、魂美は気だるそうに答えた。
「霊っていうのはね、具体的な伝承や名前とかを与えられると、それに近いものへ変化していっちまうんだよ。なんの噂もないただの霊だったら、その姿が見えるくらいで済むんだが、もし『人を食い殺す幽霊が出る』って噂が流れたら、この世における存在感が強くなって実体を持ち、実際に人を食い殺すような存在になっちまうのさ」
「……じゃあ、コイツも噂が流れたことで、ただの幽霊が殺人ピエロになったってわけね」
「そうだね。実体化した幽霊……悪霊の厄介なところは霊力が強くなるだけじゃなく、自分の思念を物質化できるようになるんだ。あの包丁みたいにね」
討子はそう言われて改めてピエロの持つ包丁を見ると、確かにこの世のモノとは思えない禍々しさを感じた。まるでその包丁の周りだけ、次元が歪んでいるような、この世界にとっての異物であると直感でわかった。
「物質化した思念は、普通の物理法則じゃ考えられないような力を持つんだ。ありゃ大人のエクソシストでも手を焼くレベルだよ。ま、死んでないだけマシさ。さて、アンタじゃ荷が重いだろうし、アタシがぶっ殺してやんよ」
魂美はゆっくりと腰の刀を抜こうとするが、それを討子が止めた、
「……なんだい?」
「そりゃこっちのセリフ、介護目前のババアにテメェのケツ拭いてもらっちゃあおしまいよ。言ったでしょ、あーしの覚悟を見せてやるって。コイツはアタシがぶちのめす。ババアは黙ってみてな!」
そう言って再び討子は光の爪を構える。その目には恐怖は一切なく、感じられるのは闘志だけだった。
「じゃ、5分でカタつけな。このままじゃ深夜ドラマに遅れちまう。過ぎたらアタシがそいつをぶっ殺すからね」
魂美は刀から手を離すと、そこら辺にあった椅子にドカッと座り込む。一方、様子を伺っていたピエロは、再び討子に対して包丁を構える。
「ケンカはダメだよ☆ 仲直りしたいならボクに任せて! 二人とも合いびき肉になればきっと仲良くできるよ☆」
この発言に対し、討子は光る爪を出したままで中指を立てて言い放つ。
「お気遣いありがとう。お礼にテメェをサラダみてぇに刻んでやるよ」
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