第一話 激ヤバ!五稜郭大結界決戦5
ここは北海道函館市。北海道南部に位置し、札幌市・旭川市に次ぐ北海道第3位の人口を有する町である。毎年500万人以上の観光客が訪れる観光都市となっており、様々な観光名所や、港町であるメリットを存分に活かした海の幸などが魅力である。五稜郭や、金森赤レンガ倉庫、 旧函館区公会堂などといった建築物だけでなく、函館山や温泉など自然による観光名所も多く存在している。また、北海道の中では比較的暖かく、雪も多くないので暮らしやすい地域ではある(その分、風が冷たいが…)。
そんな函館市のとある高校、窓際の席で二人のJKがだべっていた。
「聞いてよかなみー! まじさいあくなの~」
「ハイハイ、どうしたのとーこー」
朝、討子は教室の窓側の席で目の前に座っている、顔立ちの整った長い黒髪の少女と話していた。かなみと呼ばれた彼女は、落ち着いた雰囲気でスマホをいじりながら受け答えをする。
「なんかー、昨日ー、家から追い出されてー、知らないババアのところで暮らすことになったー」
「えー、マジー、ヤバイじゃんー」
「ねー! 真面目に聞いてよー! ホントなんだってー!」
討子は構ってくれないかなみの体を揺さぶるが、スマホから視線を外そうとはしない。
「だって意味わかんないしー。私はSNSを見るので忙しいのー」
「SNSなんていつでも見れんじゃん! でも、あーしのヤバイ話は今しか聞けないの!」
「そんなことより昨日ー、侍ババアが五稜郭に出たらしーけど知ってるー?」
「……あー、たぶんあーし世界一知ってるわ」
「えー? マー?」
キーンコーンカーンコーン
そんな話をしていると、始業のチャイムが鳴り響いた。
「今日の1限なんだっけ?」
「退魔学ね。侍ババアの話、後でちゃんと聞かせてよ」
チャイムが鳴り終わると、気だるそうな男がゆっくり教室に入ってきた。短い黒髪で背は170cmほど、まさしく中肉中背といった感じだ。
「はーい、授業始めんぞー」
「チェリー先生おはよー」
「おい、そのあだ名で呼ぶなっつってんだろ」
チェリー先生と呼ばれた男は討子のいじりに嫌そうな顔で反応する。
「だって先生の名前って『咲蘭 坊丸』っていうんでしょ? だったらさくらんぼでチェリーじゃん」
「俺の顔と名前の可愛さが合ってねぇんだよ。あと、その呼び方は語弊を生むだろ」
「いいじゃんー、どうせ童貞でしょー?」
かなみがそうやって茶化すと、坊丸は目線をキョロキョロさせ、落ち着かない様子で言い返す。
「どどどっどっどど童貞じゃねーし!? つーかそんなことお前らに関係ないし!」
「わかりやすすぎっしょ」
クラスの全員がその様子を笑っていると、坊丸は咳ばらいをして気持ちを切り替えた。
「おほん! アホみたいなこと言ってないで授業始めんぞ! 今日は1年の復習だ! 改めてになるがこの退魔学は、超呪怨霊特区であるここ北海道函館市で生活していくために、必要な学問だ。じゃあ八雲、なんでそうなのか理由を答えてみろ」
坊丸はいじわるそうな笑いを浮かべながら、討子を指さす。
「えー! さっきの仕返しかよ……」
「うるさい、授業では俺が絶対だ。さっさと読め」
「チッ……童貞が……えーと、なんかーチョー強い悪霊がー、チョーヤバめでー、ヤバイからー、封印したらー、ほかの悪霊がテンアゲになっちゃったからってかんじ?」
「……半分くらい何言ってるかわからんが、たぶん合ってるな。まぁ、今年から履修するやつもいるしちゃんと説明するか……。昔、この北海道には現地の言葉で『ニッネカムイ』と呼ばれていた、とてつもない悪霊がいた。そいつが起こす様々な災害のせいで、北海道はとても人が住めるような土地じゃなかった」
坊丸の話を聞く生徒たちのリアクションは、一度聞いたからか暇そうにボーッとしていたり、真剣にノートをとっていたり、楽しそうに目をキラキラさせたりなど、三者三様であった。
「北海道を開拓地として利用したい日本政府は、この状況を打開するために、日本中からありとあらゆる霊能力者を集め、このニッネカムイに戦いを挑んだ。その結果、なんとか勝利することはできたが、ニッネカムイが持つ力が強大すぎて、完全に消滅させることができず、その魂を五つに分けて封印することで、なんとかこの地に平穏をもたらすことができた。じゃあ、その五つの魂を封印した場所がどこだか、暇そうな長万部、わかるか?」
苗字を呼ばれたかなみはダルそうに答える
「さすがに私をバカにしすぎだってー。アレでしょー、アレー」
そう言ってかなみは教室の窓から見える五稜郭タワーを指さした。一般的には、五稜郭は江戸時代末期に江戸幕府が築造した稜堡式の城郭、とされている。五稜郭は函館山の麓に置かれた箱館奉行所の移転先として築造されたのだが、完成からわずか2年後に江戸幕府が崩壊。箱館戦争で榎本武揚率いる旧幕府軍に占領されその本拠となったが、明治に入って解体され、陸軍の練兵場として使用されることになる。その後、五稜郭公園として一般開放され、以来、函館市民の憩いの場とともに函館を代表する観光地となっている。5月ごろは桜が満開になり、バーベキューを楽しむ地元民でいっぱいになる。
また、そのすぐ近くには五稜郭を一望できる五稜郭タワーが立てられており、中には五稜郭に関する歴史的な資料が掲載されており、グッズなども販売している。また、近くの町はにぎわっており、居酒屋や有名なごはんどころなど、観光客・地元民問わず、様々な人が集まってくる場所である。
「そう、あの函館で一二を争う観光名所の五稜郭がそうだ」
まさか、年間何十万人も訪れる一大観光地に、そんな物騒な伝説があろうとは、ふつう誰も思わないだろう。
「ただ、封印したはいいが、魂だけになった状態でもその強すぎる力が、周りから悪霊の類を呼び寄せている。放っておけば、悪霊たちの力によって再びニッネカムイが復活してしまう、それを防ぐために設立されたのが、我々エクソシスト協会ってわけだ」
「先生もエクソシストなんですか?」
生真面目そうな生徒が質問する。
「あー、まぁ俺の場合は本業が教師、副業がエクソシストだ。この町だと副業でやってる人けっこういるぞ」
それを聞いた生徒たちは「エクソシストって副業でできるんだ」と、イメージの違いに少しがっかりしていた。
「エクソシスト協会は五稜郭に発生する悪霊達を排除するため、日本中から様々な霊能力者や、悪魔祓いのエキスパート達を集めた。そしてそんな人たちによって、作られた町がこの函館市だ。この町に住んでたら大なり小なり悪霊に会うことになるからな。各個人が対抗できるよう、能力を身に着けるため学ぶのがこの退魔学っつーわけ。わかったな」
この話を聞いた男子生徒たちのテンションは爆上がりだった。
「じゃあ俺も悪霊と戦えんのかな! なんかカッケー!」
「俺に才能とかあったらどうしよ!」
「あー、言っとくがエクソシストはそんな生易しいもんじゃねーからな」
だが、そんな彼らに坊丸はぴしゃりと言い放つ。
「そこら辺にいる低級霊なら、体が重くなるとか、あっても軽いけがくらいで済むけど、五稜郭あたりや心霊スポットとかにいる実体を持った悪霊は、こっちを殺すつもりで襲ってくるぞ」
言い方はいつもと変わらないが、その目は真剣だった。先ほどまではしゃいでいた生徒たちも、冷や水をかけられたかのように言葉を失っていた。
「あくまで学校で教えるのは最低限の抵抗手段だけだ。エクソシストってのは普通に死ぬこともあり得る職業だからな」
「…………」
この言葉を聞いて、討子は思わず顔を伏せる。彼女の他にも辛そうな表情をしている生徒が何人かいた。
「実際、3年前に五稜郭へ大量の悪霊が集まって、ニッネカムイの封印が解かれかけたことがあった。なんとか危機は乗り切ったが、この時エクソシスト側からも多数の死者が出た。まぁ、危険に見合った報酬はちゃんと支払われるし、人々を守る大切な仕事だから、この道を進むことは否定しないが、覚悟は持った方がいい」
討子は頭の中で父親を思い出した。強く、優しく、カッコイイそんな大好きな父親が、真っ白な死装束を着て、棺桶で横になっている姿を。
「……あーしなら大丈夫……」
「とーこー、どうかしたー?」
いつもと違う様子であることに気付いたかなみが問いかける。
「ん……大丈夫、今日のバイトだるいなーって思ってただけ」
そんな彼女に討子はいつもの笑顔を見せて返した。
「えー、今日もバイトー? 最近多くない?」
「しょうがないじゃんー、来年高校を卒業するまでに大学進学用のお金貯めなきゃいけないんだからさー」
「それはー、そうだろうけどー……」
かなみは何か言いたそうにしていたが、事情を知っているためか、それを口にできないようであった。そんな彼女の優しさに気付いた討子は、頭を搔きながら微笑んで言う。
「……わかったわかった、今度の土曜は開けておくから一緒に遊びに行こ?」
「ほんとー!? やりぃー、じゃあラウワン行ってー、その後ラッピ行こー」
「いいね、久しぶりに焼きカレー食べたかったんだよねー」
「私はブルーベリーシェイクー」
「……お前ら、そういうのは休み時間に話せよ」
坊丸が困り顔でそう言うと、クラスメイトのみんながその様子を見て笑う。そんなひと時を過ごしながら、討子は一人考える。
(そうだ……私が幸せな青春を過ごすため……まずは今日のバイトを頑張らないと!)
そう改めて決意し、彼女は再び悪霊が跋扈する夜の世界へ足を踏み入れるのであった。
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