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ご挨拶ですわ!

こそこそと此方を見ながら囁く声がする。

あれが変異性マンドレイクを駆除した下学年の女子。規則を守らない問題児。とある生徒を追いかけまわしている問題のある生徒。関わらない方が良い。


「マディ…」


落ち込んでいるのではと案ずるゾフィは、一緒に廊下を歩きながらマチルダの顔を覗き込む。最初はしょんぼりと落ち込んでいたマチルダだったが、ここ数日はすっかり開き直り、何とでも言えば良いわ!と笑うまでになっていた。


「まだ騒いでいるだなんて…暇なのかしら」

「まあ面白い話題なんか少ない学園生活だからねぇ…暇っていうのはあるだろうけど、マディは元々目立ってたし」


一か月半前までは優等生。

一か月前からは好きな男子生徒を追いかけまわす、ちょっと変わった優等生。

そして、数日前から問題児へと変わっている。


元から注目されていたマチルダは、こそこそと何か言われる事にも慣れている。言いたいのなら好きに言えば良い。問題児扱いされる事には少々気まずさと、両親への申し訳なさがあるが、成績自体に問題は無いし、両親も好きにやりなさいときっと言ってくれるだろう。


きっと、恐らく。そうであってほしい。


「あれ、愛しの彼じゃない?」

「本当だわ!向かう先が同じなのに、何故だか見当たらない日が多いのよね」


少し先を歩いている、人よりも大きな体の男子生徒。相変わらずぼさぼさの髪の毛を背中で揺らし、背中を丸めて歩くロルフは、誰か友人と一緒に歩いているところを見た事が無い。


「行ってきなよ」

「え…」

「私の事は良いからさ。アタックあるのみでしょ」


ぐっと拳を握ったゾフィは、頑張れよとにんまり笑って走り出す。人波をするすると抜けていく小さな背中を目で追いながら、マチルダはぐっと拳を握った。

初めてのアルバイトをしたあの日、落ち込んでいるマチルダを慰めるように軽食を持って来てくれて、食べている間隣にいてくれた。あれからまともにロルフと会話をしている時間が無いままだ。昼休みは相変わらず逃げ惑われ、走ったまま叫ぶばかりの日々。


「ロルフ様!」

「うっ」


そっと忍び寄り、背中に向けて声を掛けた。

何だか普段よりもどきどきと胸が高鳴るのはどうしてだろう。久しぶりにすぐ傍でロルフを見上げているからだろうか。

すぐさま逃げようとするロルフだったが、周りに他の生徒が多くいるこの状況で、大きな体で逃げる事は出来ないのだろう。


小さく溜息を吐き、仕方なくといった様子でマチルダの隣を歩いてくれた。


「何か用か」

「いえ、お見かけしたものですから…」

「小さいのが走って行ったから、てっきり先に行っているんだと思っていたのに」


ぶつぶつと文句を言っているが、歩幅をマチルダに併せてくれているところを見るに、そこまでマチルダを嫌っているわけではないようだ。そう思いたいだけなのかもしれないが。


「これから実戦訓練の時間でしょう?今日も私と手合わせしてくださいませんか?」

「俺の方が強い事は証明されたじゃないか」

「そうですけれど…私まだまだ強くなりたいのです。いつかロルフ様よりも強くなってみせますわ」


にっこりと微笑んだマチルダに、ロルフは一瞬何かを考える。

もごもごと口元を動かすと、そっとマチルダに問いかけた。


「もし、君が俺よりも強くなったら…俺の事は諦めるのか?」

「はい?」


ロルフの言葉の意味を理解する為の時間が足りない。

自分よりも強い男に出会いたかった。隣を歩いている男が、現状唯一自分よりも強い男で、心を奪われた相手。

好きだ結婚してくれと騒いでいるのはロルフの方が自分よりも強いからで、逆転した時この気持ちはどうなるのだろう。


しおしおと萎れて消えてしまうのか。

それとも、熱く燃え滾ったままなのか。


「どう、でしょうか」

「わざと俺が負けたらそれで終わるのなら、楽で良いな」

「それでは私が勝ったわけではありませんもの」

「だったら、早く強くなって俺を諦めてくれ」


どうしてこんなにも拒否されるのだろう。

いっその事、会話をする事すら拒否してくれれば諦められるかもしれないのに。

逃げながらでも会話をしてくれる。時々優しくしてくれる事もある。

隠したかったであろう姿も見せてくれた。


少なくとも、他の同級生たちよりは近い存在でいる筈。

ただ、一番近くに置いてくれるわけではない。


まだ、越えなければならない、破らなければならない殻がある。その破り方をマチルダは知らない。


「諦めません、絶対に!」

「ほう、熱烈なお嬢さんだ」


顔を真っ赤にして叫んだマチルダの声に、聴きなれない男の声が応えた。

びくりと大きく体を震わせたロルフ。何かしらと振り返ったマチルダ。二人の前に佇んでいたのは、ロルフと同じ髪色をした、初老の男性だった。


「久しいな、ロルフ」

「何故…」

「息子の顔を見に来てはいけないか?」


にっこりと微笑んだ男は、ロルフを息子と呼んだ。つまり彼は、ロルフの父親であり、現レーベルク公爵その人だった。


男が公爵であると理解した瞬間、マチルダはさっと頭を下げる。何か粗相をしていないだろうか。いや、目の前で息子に向かって諦めないと叫んだ場面をしっかりと見られている。


恥じらいも知らない粗野でがさつな女だと思われてはいないだろうか。事実その通りなのだからどう言われても何も言い返せはしないのだが、何となく口の中がカラカラと渇いた様な気がした。


「君がマチルダ・フロイデンタール嬢かな?」

「はい、お初にお目にかかります」

「頭を上げなさい。公式な場ではないのだから、同級生の親とだけ思ってくれれば良いから」


そう笑った公爵に、マチルダは恐る恐る頭を上げる。にっこりと口元を緩ませている公爵は、嬉しそうにロルフに両手を広げる。

再会のハグをと笑う父に、ロルフは固い表情のままそっと体を寄せる。何故そんなに怯えているのか分からないが、きっと他人には分からない何かが、この親子にはあるのだろう。


「初めまして、ロルフの父のオスカー・ラオウル・ラウエンシュタインだ。よろしくね」


マチルダにそっと手を差し出し微笑んだオスカーに、マチルダは慌ててその手を取った。

ちゅっとリップ音をさせるその仕草があまりに自然で、本当にロルフと親子なのか疑わしく思える。


「ハーヒェム男爵家令嬢、マチルダ・フロイデンタールと申します」

「噂に聞く通り、とても美しい子だね。やるじゃないかロルフ」

「やめてください…」


素敵な子に気に入られたと嬉しそうに笑うオスカーは、つんつんと息子の脇腹を人差し指でつつく。やけに大きな親子だなと若干首を痛くさせながら見上げるマチルダは、この場でどうすれば良いのか分からない。


「息子の顔が見たいだけで来るわけがありませんよね?本当は何の用があるんですか」

「冷たいな、お前は。まあお前の顔が見たいというのは本当なんだが、フロイデンタール嬢に会いに来たんだ」


キラキラとしたヘーゼルの瞳がマチルダを見据える。びくりと肩を震わせたマチルダがおずおずとロルフを見ると、ロルフもまた、マチルダの顔を見つめた。


「息子を気に入ってくれた女の子がどんな子なのか、気にならない親はいないだろう?」

「ひえ…」


わざわざ自分に会うために公爵が学園に来るなんて、誰が予想するだろう。

目をうろうろとさせ、どうしようと慌てふためくマチルダだったが、その様子を見たオスカーは何が面白いのか堪えきれない笑いで肩を震わせた。


「良いね、先程までロルフにあんなにも情熱的な目を向けていたのに、私にはそんなに怯えて…良いギャップだ」

「父上…これから授業なんです。行っても宜しいですか?」

「ああ、勿論。学生の本分は勉学だからね」


行きなさいと道を開けたオスカーの脇をするりと抜けるように、マチルダとロルフは足を動かす。

マチルダの手首は、ロルフの大きな手に握られていた。


◆◆◆


攻撃魔法は嫌いだ。加減をする事が苦手で、本気を出せばクラスメイトを殺しかねない威力を誇るマチルダは、クラス最強の成績を誇りながらも実戦授業は苦手だった。


「何故私は一人なのですか!」


ぎゃんぎゃんと文句を言いながら逃げ惑うマチルダの目にはうっすらと涙が浮かぶ。ロルフ以外のクラスメイトが必死の形相でマチルダに向かって攻撃をしてくるこの時間は、マチルダにとって恐怖以外の何物でも無い。


制限時間内のマチルダに一発入れられれば、クラスメイトの勝利。逃げ切るか全員を行動不能にすればマチルダの勝利。そう言って笑った教員は、のんびりと生徒たちの動きを眺めていた。


「逃げるなマディ!今日の夕食がかかってるんだから!」

「不利すぎる状況で逃げないわけが無いでしょう!」


仲良しの友人であるゾフィまでもがマチルダに魔法を向ける。どうにかして動きを止めようとしているのか、足元からにょきにょきと植物を生やすゾフィの魔法が厄介だ。


「ロルフ様!お助けください!」

「俺だって助けてほしいんだが!」


マチルダと同じように逃げ惑うロルフは、唯一のマチルダの味方だ。他の生徒よりもずば抜けた能力を持つマチルダとロルフの二人が同じ組、それ以外の生徒たちが同じ組。あまりに不利な数、加減の苦手な二人。大怪我をさせるんじゃないぞと釘を刺されてしまっては、やれる事は逃げ惑うだけだった。


「うぉっ」


どさりとロルフがその場に転がる。勝てたら夕食をご馳走すると言われた食欲旺盛な生徒たちは、地面に転がった大きな獲物にとどめを刺すべくにじり寄る。


ごくりとロルフの喉が鳴る。マチルダとロルフは勝てばどれだけ高価なものでも欲しいものを一つだけ。負ければ山のような課題が待っている。

実家が裕福な二人にとって勝利のご褒美はあまり魅力に思わないが、負けた時の代償は御免被る。


「悪いなラウエンシュタイン…俺たちも課題は嫌なんだ」

「俺も嫌なんだが…」


ひくりと口元を引き攣らせたロルフに、男子生徒が迫る。他の生徒たちもにじり寄り、ずりずりと距離を取ろうとするロルフは攻撃をするか迷いだした。


「離れてちょうだい!」

「うあっ!」


ロルフに一番近かった男子生徒が何かに殴られたように吹き飛んでいく。

何が起きたのか分からない生徒たちは、ぽかんと口を開いたまま固まった。


「私のロルフ様に何をするの!」


怒りに満ちた目を向けるマチルダに、生徒たちはひくりと喉を鳴らした。


「いつから君のものになったんだ…?」

「予約です!」

「断る!」

「イチャイチャしてる場合かなー」


乾いた笑いを漏らし、ゾフィは静かに詠唱を始める。魔法が発動するまで守ろうとしているのか、他の生徒たちはそっとゾフィの前に立ちはだかった。


「退きなさい、私を誰だと思っているの」


じとりとクラスメイトを睨みつけるマチルダの目は鋭い。元々吊り上がった目をした悪役顔。今はその表情が更に悪人面と化しているが、本人はそれを気にすることなく手を前に突き出した。


「詠唱付きの私の魔法を受けてみたい方はいらっしゃる?」

「勘弁してくれ!」


誰かがそう叫んだ。だが、愛しい男を獲物とされたマチルダの怒りは収まらない。わらわらと群がる虫を一掃すればこれは終わる。まるで訓練とは思えないこの苦痛の時間を早く終わらせたい。加減など嫌いだ。本当の自分はもっと強い筈なのに、殺してしまわぬよう気を付けて、加減をして、気を遣って、にこにこといつでも穏やかにしているだけのこの時間が嫌いだ。


「全てを焼き尽くしなさい」


そう呟いたマチルダの手元から、炎が噴き出した。渦を巻くそれは、生徒たちへと向かっていく。ロルフごと焼き尽くしてしまいそうなその火力に、生徒たちは目を閉じて防御魔法を詠唱し始める事しか出来なかった。


「光よ、全ての災厄から私たちを守りなさい」


一人の女子生徒が高らかにそう叫ぶ。マチルダの炎が二つに割れた。何が起きたのだと目を見張るマチルダの向こうで、眉間に皺を寄せて不快感を露わにする生徒が一人。


「素晴らしい魔法だわ、ローゼンハインさん」

「貴方に褒められても嬉しくないわ、フロイデンタールさん」


王の親戚、成績上位者、麗しき公爵令嬢リズ・トリシャ・ローゼンハイン。金色の髪を持った美しき御令嬢。

優しく垂れた目をした麗しき御令嬢は、マチルダに向かって両手を向けていた。


「そういえば、ローゼンハインさんは防御魔法は私よりもお上手でしたわね」

「守るだけじゃないわ」

「あらまあ、楽しみですわ」


さあかかってこい。どれだけの攻撃が出来るのか楽しみだ。そう微笑むマチルダに、リズは小さく舌打ちをした。ぶつぶつと凍えで詠唱をするのは、何の魔法を使うのかマチルダに知られないようにする為だろう。

だが、マチルダにその小技は通用しなかった。詠唱無しで魔法を行使出来る方が圧倒的に有利。ぱちんと指を鳴らした瞬間、リズの足元がみしりと割れた。


「絡め取れ!新緑の蔓!」

「あっ…」


もう一度指を鳴らそうとした瞬間だった。一瞬早く叫んだゾフィの魔法が、マチルダの体を締め上げる。地面から生み出された巨大な蔓がマチルダの体を絡め取り、締め上げ、動く事を許さない。


「よっしゃあ!これで今夜は豪勢な夕食!」


勝ち誇るゾフィは拳を握りしめて笑う。どうしたものかと溜息を吐いたマチルダだったが、まだ囲まれているロルフに視線をやると面白くなさそうに眉間に皺を寄せた。


「離してちょうだい、ゾフィ」

「やーだよ。今日は分厚いステーキ食べるって決めてるんだから」

「ステーキなら私がご馳走するわ」

「うーん…魅力的だけど、他のやつらが許してくれないだろうしい」


にやにやと笑うゾフィだったが、ふつふつと怒りを抱いたマチルダが体ごと蔓を焼き切ると、「うっそぉ」とぼやいて頭を抱えた。


「そこまで!」


次の攻撃だと身構えたマチルダに向かって、教員は手を向けて動きを制する。制限時間を告げるベルの音が、高らかにマチルダとロルフの勝利を告げた。


「惜しかったなあ。フロイデンタールが負ける所を見てみたかったんだが」

「だからと言ってこの人数は不利にもほどがあると思うのですが…しかも俺まで」

「お前が向こうに入ればあっさり負けてしまうだろうが」


その通りだと頷く生徒たちだったが、夕食をご馳走してもらえる約束が無くなってしまった事を思い出すと落胆したように肩を落とす。

漸く地獄のような時間が終わったと安堵するロルフと、髪の先を焦がしたマチルダは、「ご褒美は何が良い?」と笑う教員に拳を叩き込むか迷い始めていた。


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