褒めるところではありませんの?
この世界に魔法は様々な種類がある。炎や水、風や土などといった自然の力を借りる基本形魔法。そこから発展させた応用魔法。便利な魔法は数多く存在するが、今のマチルダに必要なのは炎の魔法だった。
「うーん…地面を丸ごと焼いてしまおうかしら」
変異性マンドレイクの基本的な駆除方法は、潰して焼く。最終的に焼けば良いのだから、いちいち引き抜かなくても良いだろう。マンドレイクたちを焼き終えたら今度は土を焼くのだから、一度に済ませてしまえば早いはずだ。
物は試しだ。やってみようと手をマンドレイクたちに向けた。
他の野菜たちは焼かないように、出来るだけ被害は最小限に。加減が出来るか不安だが、やれるだけやるしかない。自分なら出来ると大見得を切ってしまったのだ。やっぱり出来ませんでしたでは恰好が付かない。
「ちょっと待ったー!」
「あら」
「マディ!そのまま焼くのはご法度だから!」
畑の端から大急ぎで駆け寄ってくるゾフィの声。見た事が無い程焦った表情でマチルダを止めるところを見るに、どうやら自分が大きな間違いを犯した事を察す。
「蒸し焼きなんかしたら出てきちゃうから!」
まだ構えただけのマチルダを見て安心したのか、頼むからやめろとマチルダの腕にしがみ付き、ゾフィはぶんぶんと首を横に振る。
「土ごと消し炭に…」
「土も死ぬわ!」
いい加減にしろと怒鳴ったゾフィに、マチルダはしょんぼりと眉尻を下げた。
そんなに怒らなくても良いじゃないかと不満げな視線を向けても、ゾフィはもう少しで取り返しのつかない事になるところだったのだと怒るばかりだ。
「そんなに怒らないでちょうだいよ…ご店主はどうしたの?」
「畑の脇に置いて来た。あそこならマンドレイクが鳴いても気持ち悪くなるくらいだし、マディの事だからごり押しして大惨事になる気がしたんだよね」
友人の事をよく分かっている。苦笑いをするマチルダに、ゾフィは眉間に皺を寄せたまま鋭い視線を向けた。
「思った通りだったわ。戻って来て正解」
「…そうみたいね」
改めて二人でマンドレイク達の株の群れを見つめる。力でごり押しするのが危険ならば、地道に丁寧にやっていくしかないだろう。
「一本ずつ抜いて焼くしかないね」
「何時間かかるかしら」
「最悪夕方かな。門限間に合うと良いけど」
仮にも学生の身。守らなければならない事はそれなりにある。学園の品位を汚す事はしてはならない。外出時は必ず門限を守る事。
まだ朝早い時間だが、大量の厄介な生物を地道に駆除していくには時間が掛かりすぎる。
だが、一度引き受けたならばやるしかなかった。
「申し訳ないけれど、ゾフィが此処に居ると危険だわ」
「そうなんだよねぇ…でもマディ一人だと無茶する気がするし」
「作戦を考えましょう」
正攻法は潰して焼く。
だが一株ずつ丁寧にやるには時間が掛かりすぎる。
では纏めて駆除するには。
「マディって浮遊魔法使える?」
「使えるけれど…浮遊魔法を使いながらすぐさま炎魔法に術式変更するのは難しいわ」
魔法は便利な物だが万能ではない。体の内にある魔力を魔法として変換する必要があるのだが、普通の術者ならば魔法を使う為に詠唱を行うが、どうしても詠唱を行う間タイムラグが発生する。今回の場合、そのタイムラグが命取りとなる。
「マディなら無詠唱でいけるじゃん」
「詠唱しなくても、モーションは必要なのよ。手を叩いたり、指を鳴らしてみたりね」
「マディもそこまで規格外じゃなかったか」
ほぼ万能、無敵ではあるが、マチルダにも出来ない事はあった。
殆どの場合無詠唱で魔法を使える術者はほぼ敵なしだ。だが、今倒さねばならない敵は土から引き抜けばすぐさま泣き叫ぶ代物。
一拍の間でさえ恐ろしい時間だった。
「ゾフィが浮遊魔法を使えば良いんだわ」
「えー…本気で言ってる?」
「貴方も学園の生徒なんだから、これくらい出来ないとね」
「一応使えるけどさあ…一気に浮かせられる数はあんまり無いよ?」
「良いわ。一株ずつやるよりマシだもの」
そうとなれば時間が惜しい。
二人で並び、そっとマンドレイクに向けて手を伸ばす。緊張した表情で、ゾフィは小さく息を吸った。
「いくよ」
ゾフィの掌がうっすらと緑色の光を発する。二人で始めた駆除作業は、昼食の時間帯まで続く事となった。
◆◆◆
たっぷりと金と、大理石で出来た床に這いつくばる店主を連れて学園へと戻ってきたマチルダとゾフィに、事務員はひくひくと口元をひくつかせる。
何があったんだと視線を向ける事務員に、ゾフィは手にしている銀貨入りの袋を突き出した。
「報酬です!」
「こんなに?君たちが受けたのは初級依頼だったはず…」
報酬が少ない依頼を受けた筈の生徒が、大金を持って戻ってきた。しかも、依頼主を引き摺って戻ってきたのだ。詳しく説明しなさいと叱りつける事務員に、店主はひたすら謝り続けた。
「申し訳ありません!私が説明しますから、どうかこの子たちを叱らないでください!」
「誰が説明しても同じですから、どうぞ」
冷たい視線を向ける事務員にたじたじとしながら、店主は何があったのかを掻い摘んで説明する。
畑の手伝い、本来あってはならない植物の繁殖、そしてそれが厄介な変異性マンドレイクだった事。それをマチルダとゾフィが全て駆除した事。
途中まで黙って聞いていた事務員は、途中からわなわなと震えていた。
「お待ちください、貴方からの依頼は惣菜店の手伝いだった筈です。何故畑作業を?」
「聞くのそこかよ…」
ぼそりと呟くゾフィの言葉は聞こえないのか、事務員は怒り心頭といった表情でつらつらと質問を続けている。
「無資格である貴方が何故マンドレイクを栽培しているのです?」
「知り合いにナスだって言われて種をもらったんです…」
「そのお知り合いは何処に?」
「町の外れで畑仕事をしていると思います」
正直に答える店主の言葉に嘘は無いと判断したのか、事務員はいくつかメモを取りながら話を聞く。ゾフィが渡した銀貨入りの袋は、別の事務員が集計の為回収していった。
「それで?変異性マンドレイクを駆除したとはどういう事ですか?数はどれほどですか」
「全て引き抜き、焼きましたわ。数は…三百程でしょうか?」
「三百?!」
声を張り上げた事務員の声に反応し、玄関ホールに集まっていた生徒たちが何事かと此方を見た。
「変異性マンドレイクを三百も栽培していたんですか貴方は!!」
「知らなかったんです!本当にただのナスだと思って!」
怒鳴る事務員に、店主は半泣きで頭を下げる。既に全て駆除したのだからそんなに怒らなくてもと口を挟めば、この時間は長くなってしまうだろう。
「下学年の貴方たちが変異性マンドレイク三百株を駆除したという話は本当なんですね?きちんと後始末までしたんですね!」
「株全部消し炭にして、植わってたところとその周辺の土も焼いてきました」
そう答えたゾフィの言葉に、周囲で話を聞いていた生徒たちがどよめく。変異性マンドレイクは駆除は簡単だがあまり数が多いと面倒くさい相手だ。たった二人、しかも下学年の女子生徒が半日で全て駆除したというのだから、騒ぐのは当然の事だった。
「家中搔き集めた金で足りるか分かりませんが、こちらのお二人に心より感謝しております!」
「本来であれば変異性マンドレイクを確認したその場で我が校の生徒をお返しいただきたかったですね。君たちも、すぐさま戻って学園に報告すべきでしょう!」
「ですが…正規の依頼をするとなるとかなりの金額になるでしょうし。そんなお金は無いと仰るんですもの」
助けずに帰るなんて出来るはずありませんと笑ったマチルダの目に、騒ぎを聞きつけた担任が怒りで顔を真っ赤に染めながら走ってくるのが見えた。
「この…問題児共!」
「えっ、私が問題児ですか?!」
「いやぁ、マディはそこそこ問題児だと思うよ」
担任からの鉄拳制裁を受けながら、マチルダとゾフィは事務所の前で床に直接座らされる。固い床に座るなんて初めての経験だが、それより今は問題児と言われた事がマチルダにとってはショックだった。
「問題児…私が、問題児…」
ぶつぶつと呟き落ち込むマチルダは、誰が見てもしっかりと落ち込んでいた。
◆◆◆
担任からの説教から解放されたマチルダは、落ち込んだ表情のままふらふらと寮に向かって歩く。既に空は真っ暗になり、夕食の時間は終わってしまっていた。つまり、今日のマチルダとゾフィは夕食抜きだ。
「無理…成長期だぞこっちは…」
「私のせいで…ごめんなさいね」
朝からせっせと働いて来たのだ。二人とも腹の中で大騒ぎしている虫をどうにか宥めようとさすさすと腹を撫でるのだが、それくらいで大人しくしてくれる程、腹の虫は優しくなかった。
「私の部屋に何かあったかしら」
「野菜の屑でも良いから何か恵んで」
「野菜の屑は無いわねぇ」
机の引き出しにちょっと摘まめる程度のお菓子くらいは入っていただろうか。二人の腹を満たす程の量は無いだろうが、ゾフィが明日の朝食まで我慢できる程度の量はあるかもしれない。
「あ、やばい忘れてた!」
「どうかした?」
「明日丸一日使ってレポート書く予定だったんだよ。資料室閉まる前に色々借りてくる!」
「行ってらっしゃい…」
一日アルバイトをして、その翌日はゆっくり休むでもなく勉学に励むとは、なんて素晴らしい生徒なのだろう。マチルダは感心しながらゾフィの背中に向かってひらりと手を振った。
明日は何をしよう。特にやる事も無いし、ゾフィのレポートのお手伝いをするなり、自分も自分の勉強をしても良い。
きゅるきゅると小さな音を立てるマチルダは、小さな溜息を吐きながら寮へと向かう門を曲がった。
「ひゃっ」
「長い事捕まってたな、問題児」
「ロルフ様!」
休日に会えるとは思わなかった愛しの彼。追いかけるのは授業がある日だけ。休日は顔を見ても追いかけない。本当は追いかけたいし一緒に過ごしてほしいのだが、ロルフが嫌がるのなら少しくらい距離を置かなければならないと思っていた。
「うう…問題児だなんて…ロルフ様までそんな…」
お、おい…泣くなよ、悪かったって」
じわりと涙を浮かべるマチルダに、ロルフはおろおろと慌てふためく。
マチルダはただ、困っている人を助けてあげたかっただけだ。本来ならばすぐさま学園に報告し、しかるべき部門で対処すべきだった事は分かっている。だがその場合、あの店主はかなりの金額を支払わなければならないし、もっと悪ければ逮捕されてしまう。
これが最善だと思ったのだ。全ての株を焼き、きちんと後処理をして、何とかなりましたから御咎めは程々にと言うつもりだった。
だが、店主はしっかりとお灸を据えられ、逮捕まではいかなかったがかなりの額の罰金刑となる可能性が高いらしい。これから王宮術者たちが詳しく調べ、その結果によって処罰は変わるそうだが、罰金刑の可能性を告げられた店主は可哀想になるほど青ざめていた。
「怪我はしなかったのか?」
「無傷ですが…胸が痛いです」
「それは怒られたからか?」
「はい…これが最善だと思ったのです。助けになれるのだから、助けてさしあげたいと思いました。ですが、それはとても危険な事で、愚かな考えだと叱られました。私は…そんなにいけない事をしてしまったのでしょうか?」
震える声でそう話したマチルダの前で、ロルフはどう答えるべきか考える。
普段は元気たっぷりで追いかけまわしてくる女子生徒と同じ人物だとは思えない程汚れ、涙を浮かべているマチルダに、ロルフは何も言えずにぽりぽりと頬を掻いた。
「あー…腹は減ってないか?夕食の時間まで説教されてるみたいだったから、二人分買っておいたんだ」
手にしていた二つの紙袋を持ち上げながら、ロルフはマチルダを誘う。反対の手でちょいとすぐ傍にあるベンチを指差し、一人でさっさとそこに座ってしまう。
困惑したマチルダは、折角ロルフからの誘いだからと遠慮がちにロルフの隣へ腰かけた。
「ほら、食べろ」
「ありがとうございます…」
すんすんと鼻を鳴らしながら手渡された紙袋を覗き込むと、ローストビーフが挟まれたパンが入っている。テイクアウトとなると軽食程度しか手に入らないが、今のマチルダにはこれくらいでも充分なご馳走だ。
「いただきます」
少し固いパン。ソースがしみ込んだ部分は少し柔らかくなっており、塩気の効いた味が疲れた体に染み渡って行くような気がした。
「駆除はうまくいったのか?」
「ええ、無事完了いたしました。明日の朝一番で王宮術師の方々が確認に向かってくださるそうです」
念の為村の畑全てを調査する事にもなるらしいが、当然マチルダとゾフィは関わる事を許されていない。
学生の身分で、本来の依頼とは異なる依頼を遂行し続けた。しかも、すぐさま報告すべき事柄だったにも関わらずそれを怠り、自分たちでどうにか出来ると思ってしまった傲慢さを担任から大いに叱られた。
「成績優秀でも、規則を守らない者は問題児。それは卒業後も同じだからな」
「理解しております…」
「まあ、助けてやりたいと思うのは心優しくて良いと思うけどな。助けられる側からすれば、まるで女神のように見えたんじゃないか?」
そう言って、ロルフはトンとマチルダの肩を指先で叩く。ロルフなりに元気づけているつもりなのだと分かると、マチルダはほんのりと頬を染めた。
「もうしませんわ。沢山叱られてしまいましたもの」
「出来る限り助けたら良いんじゃないか。規則は守るべきだが」
「規則を守りながら人助けをするのは、とても難しいと思うのですけれど」
「それが出来たら、一流の術者なんじゃないか」
なんて難しい事を言うのだろう。食べかけのパンを齧りながら黙り込むマチルダの隣で、ロルフは小さく息を吐いた。
「君は王宮術師になれる程の才能と能力があるんだ。もっと考えて動いた方が良い」
「ロルフ様も…私を問題児とお思いになりますか?」
「昼休みに毎日追いかけまわしてくる女子を、問題児と思わないとでも?」
「うっ…」
そう言われてしまうと何も言えない。ただランチを一緒にしてほしいという願いだけで、逃げ回るロルフを追いかけまわしているのだ。問題児として見られていても文句は言えない。
普段ならば「お嫌なのでしたら大人しくランチをご一緒してくださいませ」とでも笑うのだが、落ち込んでいる今はひたすら沈み込んだ声で「すみません」と呟く事しか出来なかった。
「あの…ロルフ様は卒業後は何をなさるおつもりなのですか?」
「俺は既に軍入りが決まっているから…特殊な一族だって知ってるだろ?前線専門の部隊に参加するんだ」
「そう…なのですね」
「君はどうするんだ?」
今はとても落ち込んでいるが、会話を続けようとしてくれるロルフの反応が嬉しくて、マチルダは徐々に笑顔を取り戻していく。
とはいえ、将来の事はまだ何も決めていない。父が決めた相手と結婚するかもしれないし、王宮から命令があれば言われた所で働くかもしれない。
「まだ、分かりません」
「上学年になる前に決めなければならないだろう」
「そうなのですけれど…何をしたら良いのか分かりません。私の道は、父や国が決めるものですから」
「自分の事なのに」
そう言われても、一応貴族の令嬢として生まれてしまったのだから結婚相手すら自分で決められない。将来なりたいものなんて考えた事が無い。
そう思うと、自分の道を決めているゾフィが羨ましくて、格好良く思えた。
「ロルフ様は…軍にお入りになられる事はご自分でお決めになられたのですか?」
「いや、うちの一族は変身魔法が使えるなら軍入りするのが慣習なんだ。だから俺が初めてあの姿になった時点で道は決まったし、それが当たり前だと思ってる」
それで良いと笑ったロルフの顔は口元しか見えないが、普段よりも穏やかな表情にマチルダの口元も緩んだ。
「よし、食べ終わったな」
「え、あ…はい、ご馳走様でした!」
「もう追いかけまわすなよ」
そう言うと、ロルフは立ち上がってもう一つの紙袋をマチルダに託す。ひらひらと手を振り男子寮の方へ歩き出したロルフの背中を見送りながら、マチルダははたと気付いた。
憧れだった一緒にランチが、夜になってしまったが叶ってしまった。
「やり直し!やり直しを要求いたします!」
もっと楽しく、ゆっくり穏やかに楽しみたかった食事の時間。頼むからもう一度と懇願するマチルダの声を聞こえないふりをしているらしいロルフが振り返る事は無かった。
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