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別れと再会

突然現れたクロヴィスは、ラウエンシュタイン邸の使用人たちによって手厚くもてなされている。屋敷の外には警備を担当している騎士たちが大勢いるが、マチルダたちを集めた談話室は外の廊下で待たれており、クロヴィスはのんびりと寛いでいる。


「うん、美味しい」


にこにこと機嫌良さげに微笑みながら、クロヴィスはお茶の入ったカップを傾ける。茶菓子も気に入ったらしく、レシピを城まで届けてほしいとまで言った。

気に入ってもらえた事が嬉しいのか、ロルフはそわそわと落ち着かない様子で座っており、その隣に座るマチルダは落ち着けとロルフの腕をぽんぽんと叩いた。


「あの、殿下。何かご用事があったのでは?そもそも今王家の皆様は厳重な警備に守られ、お城にいらっしゃると伺っているのですが」


話を急かすマチルダの言葉に、クロヴィスは漸くカップを置いて姿勢を正す。

穏やかな表情でロルフたちを見回すと、細く息を吐いてから口を開いた。


「まずは、巻き込んでしまって申し訳なかった。本来は王宮術師や魔法騎士たちで対処すべきだったんだが…力不足だった」


クロヴィス曰く、火竜を操る事まで想定していなかったらしい。普段ドラゴンを監視、管理している研究機関は、生息地から離れている個体を確認できていなかった。

ヘルメルが操っていた火竜も、姿を生息地で確認していた為に異変に気が付かなかったとのことだった。


「まさか傀儡札なんてものを使っていると思わなかったらしい。あれはゴブリンが作る特別なものでね。数は少ないし、製造番号を彫って、国に登録するものなんだ」


ヘルメルが手に入れていた傀儡札を調べたところ、製造番号は彫られていなかった。ゴブリンの誰かが、直接ヘルメルに売ったものなのだろう。金さえ積めばとヘルメルが言っていた言葉の通り、人間の決まり事はゴブリンたちにとってあまり重要な事ではないようだ。


「まだ詳しい事は分かっていないんだが、恐らく学園の建物を破壊したのも火竜だろう。ルンバルドが持っていた鱗は、ヘルメルが操っていた火竜の物だ」

「何故火竜が学園に?」

「さあ…それは分からないが、恐らく卵を奪われたからではないかと考えている。今となっては、誰に聞く事も出来ないからね」


ヘルメルは既に死んでいる。幼いドラゴンが母の仇を討ったからである。遺体は回収され、現在氷漬けにして城の地下で保管しているらしい。

丁寧に埋葬される事はなく、罪人として骨まで焼き尽くされる事になるだろうと、クロヴィスは言った。


「あのう…あのお嬢様はどうなったんですか?」

「リズの事かな?彼女は生きているよ。全身の骨が折れているし、意識も無いけれどね」


ゾフィの疑問に答えたクロヴィスは、ロルフをちらりと見ながら言葉を続ける。

ロルフが加減をしていたのか、リズの命はまだ繋ぎ止められている。いつ意識が戻るのかも分からないが、リズが目覚めたらすぐにでも詳しい事情を聞く事になっているらしい。


「ローゼンハイン嬢に関しては詳しく話せない。だが、学園に戻る事は無いだろうな。どういう事情があれ、彼女はヘルメルと共に王都を破壊したのだから」


昔馴染みを殺し掛けた事を気にしているのか、ロルフは僅かに俯いた。膝の上でしっかりと握りしめた拳に、マチルダの手が重なった。


「それから俺なんだが…上学年は学園に戻らずそのまま仕事をする事になった。現役の術師が大勢死んだから、数が足りないんだ」


卒業試験が無くなったのは嬉しいが、パーティーが無くなったのは惜しいと笑って、クロヴィスはゆっくりとロルフ達の顔を見た。


「なかなか会えなくなるが、呼んだらすぐに会いに来ておくれ。大切な友人であり、優秀な駒として」


何を言っているのだと白けた目を向ける後輩たちの前で、クロヴィスはゆったりと足を組む。ぷらぷらと揺らす足をぼんやりと見つめながら、マチルダは学園に戻る時期はいつになるのかと考えた。


「それと、ロルフも学園には戻らない」

「何で?!」


声を上げたのはコニーだった。黙って茶菓子を頬張っていたのだが、大事な友人が学園に戻らないという言葉に思わず口を開いてしまったらしい。


「野獣の姿で暴走したところを見られたからだ。あの時集まった術師達の中に、学園に子供がいる親がいたんだ」


我が子がいる学園で、化け物が暴れ狂うかもしれない。自身を制御できない者が学園にいるべきではないと騒ぐ者は少なくないのだと、ロルフはクロヴィスの言葉に続いて言った。


確かに親ならば、我が子が危険かもしれないのなら守ろうとするものなのだろう。しかし、ロルフは学園で変身する事は殆ど無かったし、入学してから一年近く、野獣の姿で問題を起こした事も無い。

反論しようとしたマチルダの言葉を遮るように、ロルフは眉尻を下げながら言った。


「運が良かっただけだ。コニーと一緒に森に居た時、マチルダが来てくれたからコニーを殺さずに済んだだけかもしれない。この先、実戦訓練中に変身したとして、絶対に暴走しないとも言い切れない」


ロルフの言う通り、森の中で助けに入れたのは運が良かっただけかもしれない。あの時マチルダの声で戻る事が出来たと言っていたが、同時にマチルダに向かって攻撃もしていた。


今後ロルフが変身する時、必ずマチルダが駆け付けられるとも限らない。止められる人が居ない情況で、誰かが巻き込まれてしまう可能性があるのなら、学園に戻らない方が良いのだろう。


「元々王家は、ロルフの存在を危険視していたから…ロルフを殺したら、城の門で首を吊ってやるって脅していたんだ」


へらりと笑うクロヴィスは、幼い頃ロルフの命が狙われていると知った時に自ら母に言ったのだ。可愛い弟分を殺すのならば、息子も死ぬ事になると。

王妃である母親を脅し、ラウエンシュタイン家の主であるオスカーに暴走したロルフの止め方を教わった。そうして、クロヴィスは可愛い弟分から嫌われるような事をするようになったのだ。


「また騒がれ始めたから、昨日も父上を脅しておいた。母上に黙って愛人を作っている事を公にし、俺は王都の時計台で死んでやるってね」

「命を軽々しく脅しに使わないでくださいな…」


引いているマチルダの言葉に、ゾフィもこくこくと頷いて同意する。

だがクロヴィスは、息子が死ぬのが嫌なわけではなく、王子が自死したという体裁の悪さを気にしているんだと笑ってみせた。


「しかも俺が死ねば、公爵家と伯爵家の息子達も付いてくるだろうからね。それを分かっているから、父上はロルフを殺す事に積極的ではないんだよ」


ついでに愛人の話を公にすると脅したのは、妻が嫉妬深く恐ろしい人だからだと付け足し、クロヴィスは本当に死ぬ気は無いと言い切って微笑んだ。


「まあ、そういうわけでロルフは殺されない代わりに学園には戻らないし、王都に近付く事も許されなくなった。ここは人が多いからね」


怒りで震えるコニーは、何も言わないロルフを睨みつける。睨まれたロルフは力なく微笑むだけだった。


「公爵様も、それで納得してるんですか?」

「息子が死なずに済む事には喜んでいたけれど、王都追放には納得していないな。まだ父上に怒鳴っている姿は見た」


国王に向かって怒鳴りつけるオスカーを想像し、ゾフィは「流石にそれは駄目なのでは」と言いたげな顔をして口を噤む。

コニーは苛々と眉間に皺を寄せ、冷めたお茶を一気に煽りロルフに問いかけた。


「学園辞めて、何すんの?」

「え?あー…まだ、何も」

「実家戻るのか」

「多分そうなる」

「やりたい事、無いのか」


淡々と問い続けるコニーに、ロルフは言葉を詰まらせた。やりたい事が出来ると思っていないのだ。学園を卒業したら実家の仕事を手伝う物だと思っていた。オスカーやナディア、リカートがいれば、暴走しても止めてもらえるからだ。


「もう少し、考えてみる」


ぽつりと呟いたロルフは、添えられたままのマチルダの手を握り返した。

この先自分がどうしたくて、どうすべきなのかまだ分からないのだ。ずっと実家に留まり続けると思っていたのだから、突然違う未来になると言われて戸惑っているのだ。


「手紙を書くから、返事をくれないか。皆で過ごす時間が好きなんだ」


一人でいたいと逃げ回っていた筈なのに、いつの間にか四人で過ごす時間が楽しいと思う様になっていた。そう話したロルフの表情は穏やかで、友人が出来た事を喜んでいるように見えた。


「長期休暇の時は、会いに来てほしい。誰かと過ごす時間を知ってしまったのに、また一人は寂しいから」

「旅費稼ぐの大変そうだ」


にへらと笑ったコニーは、学園に来る依頼を沢山受けると拳を握る。ゾフィも同じように微笑み、マチルダと一緒なら一気に稼げるなんて笑ってみせた。


友人に囲まれたロルフを眺めるクロヴィスが、眩しいものでも見るように目を細める。痛めつけられ、いつも怯えたような表情をして、背中を丸めている姿ばかり見ていた可愛い弟分が、心を開ける友人を見つけられた事が嬉しかった。


「そろそろ戻るよ。まだレーベルク公に怒鳴られているであろう父上を助けてやらないと」


そう言って、クロヴィスはゆっくりと立ち上がる。見送りはいらないと言い残し、振り返る事なく部屋を出た。

閉じられた扉の向こう、警護担当の前で、クロヴィスは潤んだ目から涙が零れ落ちないように瞬きを繰り返し続けた。


◆◆◆


最悪の朝を迎えてから一年が経った。

あの惨劇を忘れる事の無いようにと、王都では毎年慰霊祭を行う事にしたようで、学園の生徒たちも王都に向かう者が増えた。


マチルダたちも同じで、ラウエンシュタイン家にお世話になりながら慰霊祭に参加した。先に卒業していたクロヴィスやお供三人も、祭りの後にこっそりラウエンシュタイン邸を訪れ、楽しい夜を過ごした。


だが、その場にロルフはいなかった。

ナディアが教えてくれたのだが、ロルフは領地の屋敷を出て国の外れ、火竜の住処のすぐ傍で生活しているらしい。


暫くの間は実家にいたのだが、突然ロルフが行きたいと言い出し、オスカーもつまらなそうに過ごしているよりは良いとして、小さな家を建ててくれたのだと、ナディアは言った。


マチルダもその話はなんとなく知っていて、ロルフから送られてきた手紙にそんな事が書かれていたと話しておいた。


小さな家だけれど、一人で生活するには丁度良い。火竜の住処は火山の頂上。我が家はそのふもとにあるから、いつも暖かくて過ごしやすい。海の向こうだから行き来するのは大変だけれど、万が一暴走しても被害は抑えられるから丁度良い。


そんな事を書いた手紙は枚数が多く、一人で寂しい時間を過ごしているのではないかと、マチルダは心配していた。


「おーいマディ!そろそろ馬車出ちゃうよ!」


大きく手を振りながら叫ぶゾフィの声で、マチルダは振り返る。学園の制服はもう着る事は無く、アルバイトで稼いだ金で購入した真っ赤な普段着用のドレスに身を包み、荷物を詰め込んだ鞄を持ち上げた。


「あーあ、マディともなかなか会えなくなっちゃうね」

「手紙を出すから、ちゃんとお返事をちょうだいね。それから、空間転移魔法の練習もしっかりね」


別れを惜しみながら、二人はしっかりと抱き合って笑う。

昨日卒業式を終え、上学年の生徒たちは学園の寮を出てそれぞれの家に帰っていく。ゾフィは一度故郷に戻り、それから王都の薬師ギルドに入る事になっている。


「今生の別れか」


冷静に突っ込むコニーは、最近母を亡くした為実家には戻らないらしい。王都にいる師匠、憧れの魔法騎士フランクが世話をしてくれるからと、デューラー家にこれから向かうのだ。


「ケーニッツさんも空間転移魔法の練習、しっかりなさってくださいね」

「あれ難しいんだよな…ルディの方が上手いと思うわ」


呼んだ?と顔を覗かせたルディの頭を、ゾフィとコニーがわしわしと撫でる。もうこの頭を撫でられないと思うと寂しいのか、二人は普段よりも執拗に撫で、撫でられているルディは嬉しそうに尻尾を振っている。


「マディはこのまま嫁入りかー」

「ふふ、結婚式もしないけれどね」


きちんと進路を決めた二人と違い、マチルダは就職先を決めなかった。一応ナディアが所属している王立ギルド、王の角笛に登録はしたが、ギルドの仕事はあまり受ける気が無い。


ロルフが学園を去ってから、卒業後はロルフの元へ行くと決めていたのだ。ギルドに登録したのは、生活する為に必要な金を稼ぐ術になればと思っただけだ。

火竜の住処は無人というわけではなく、元々そこで生活していた人々の集落もある。ロルフは集落の人々と良好な関係を築けているようで、マチルダが来る事を心待ちにしていると手紙に書かれていた。


「あっ、ごめん馬車出るから行くね!手紙待ってるから!」

「俺も!じゃあな二人共!」


それぞれ自分の荷物を持ち、目的地に向かう馬車へ乗り込む。マチルダも慌てて馬車に乗り込むと、三人が乗った馬車はゆっくりと学園を出て行った。


遠くなっていく学園を眺め、マチルダは細く息を吐く。大切な人と出会えた事に感謝しながら、乗り合わせた生徒たちと共に学園との別れを惜しんだ。


◆◆◆


火山の麓に建てられた小さな家は、よく手入れをされ、花に囲まれた可愛らしい家だ。

庭には自分が食べる分だけの野菜を育てており、木で出来たベンチも置かれ、過ごしやすそうな印象を抱いた。


王都からは遠く離れ、国の外れも外れ、離島に辿り着いたマチルダは緊張した面持ちで扉の前に立つ。


手紙のやり取りはしていたが、顔を合わせるのは一年振りなのだ。髪は乱れていないか、化粧は崩れていないかと手早く確認し、大きく息を吸ってドアノブに手を掛ける。


「早く入れば良いのに」

「ひっ」


突然後ろから聞こえた声に、マチルダは思わず飛び上がる。恐る恐る振り向くと、照れ臭そうに微笑むロルフが花束を抱えて立っていた。シャツとパンツという公爵家の息子とは思えないラフな姿だが、少し整えられた髪の隙間から見える顔は確かにロルフの顔だった。


手にしていた鞄をその場に落とし、マチルダはロルフの胸目掛けて走り出す。飛び込んだ腕の中は、一年振りだという事を忘れさせる程安心する匂いがした。


「会いたかった」


二人揃って呟いた言葉。しっかりと互いの存在を確認する様に抱き合い、ルディが見ている事も気にせずに抱き合い続けた。


「何だか随分めかし込んでるな」

「久しぶりに会えると思ったら…つい」

「綺麗だよ」


照れ臭そうに笑いながら、ロルフはそっとマチルダの体を離す。手にしていた花束をそっと差し出すと、そのままマチルダの目の前に跪いた。


「あの…?」


突然何をと首を傾げるマチルダの前で、ロルフはごそごそとポケットを漁り、小さな何かを取り出した。それが銀色に輝く指輪である事を理解すると、マチルダはぱちくりと目を瞬かせて固まった。


「多分、苦労させる。俺は王都に行けないし、此処は不便な場所だ。でも、永遠にマチルダを愛し続けると誓う」


顔を真っ赤にしながら言葉を紡ぐロルフは、大きく息を吸い込んでもうひと言続けた。


「俺の妻になってほしい」


あれ程逃げ回っていた男が、目の前に跪いて指輪を差し出している。その姿が信じられず、動く事も出来ないマチルダに不安になったのか、ロルフは眉尻を下げて様子を伺った。


「嵌めてくださいな」


左手を差し出し、マチルダは涙目のままにっこりと微笑む。受け入れるという返事と受け取ったロルフは安心したように微笑み、薬指に指輪を嵌めた。


薬指に嵌められた指輪を見つめ、マチルダはまだ跪いているロルフにもう一度抱き付いた。二人で地面に座り込んだまま、幸せそうに微笑み合う。


「ご近所さんにも紹介してくださいね」

「明日な。今日は二人きりが良い」


耳元でそう囁くと、ロルフはそっとマチルダの頬に唇を寄せる。学園にいた頃から抱き合う事はあったが、キスをされたのは初めてだ。

思わず固まったマチルダが面白いのか、ロルフはにっこりと微笑んで額を寄せる。


「駄目か?」

「お、お家に入ってからなら…」

「なら、早く入ろう」

「あっ、自分で歩けますから!」


マチルダに花束を持たせ、ロルフは軽々とマチルダの体を抱き上げる。歩けるから離せと暴れても、ロルフはお願いを聞く気は無いようで、さっさと扉を開け放つ。器用に鞄を拾い上げ、閉じられた扉から二人が出てくるのは翌日の朝となる。


火竜を守る事になる二人の魔法使いは、この先も互いに手を取り合い生きていく。小さな家は、二人の魔法使いの大切な居場所となるのだった。


長らくお付き合いいただきありがとうございました!これにて本編完結となります。

テンポが悪くなるのでカットしたそれぞれのキャラクター視点の話やら、卒業後の皆がどう過ごすのか等、書きたい話は沢山あるのでいつものように番外編として更新するやもしれません。シリーズにしておくので、ひっそり更新していたら覗いてやってください。

最後まで読んで下さりありがとうございました!ブクマと評価ボタンもぽちっとお願いいたします!

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