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労働ですわ!

早朝の空気はひやりと冷たい。貸し出された作業着に着替えたマチルダとゾフィは、まだ眠い目を擦りながらせっせと働いていた。


「マディ、そっちはどう?」

「順調…かしら?」

「あーあー、そんなに山積みにしたら運ぶのが大変だよ!」


総菜屋の手伝いだと書かれていた筈なのに、何故だか二人は畑で野菜の収穫を手伝わされている。店で使う野菜を自分でも育てていると店主は言っていたが、店用の規模では無い広大な畑の真ん中で、マチルダは芋を箱に詰め込み続けている。


「いやあ、助かるよ」

「野菜の収穫は依頼書に記載無かったと思うんですけどー」

「依頼書を出した時はそうだったんだけどねぇ。なかなか受けてもらえないから、季節が流れて畑の仕事に追われてるんだ」


あっはっはと声を上げて笑う店主は、顔に泥を付けてご満悦だ。

目の前でせっせと芋を掘っている赤毛の女子生徒が男爵家の令嬢とは欠片も思っていないのか、店主は箱にこんもりと詰まれた芋を見て困り顔で頬を掻いた。


「あー…運ぶのが大変そうだ」

「何処に運べば宜しいですか?」

「え?あ、あっちの台車に頼むよ」

「かしこまりました」


にっこりと微笑んだマチルダは、店主の前でひょいと箱を持ち上げる。細身の女の子が持ち上げられるような重さではないのだが、身体強化系魔法を使ったマチルダにとっては毛布を抱えている程度の重さでしかなかった。


「すっごいなあ…」

「ふふふ。身体強化系魔法を使えばなんてことはありませんのよ」

「魔法は詳しくないが…上級魔法じゃなかったかい?名門学園ともなると違うんだなあ」


はあと大きく感嘆の息を吐き、店主は畑をするすると歩くマチルダの背中を見つめた。

台車にトンと箱を置き、まだ二つほどある同じ箱をさっさと運ぶ。てきぱきと動いてくれるマチルダが気に入ったのか、店主は他の野菜も頼むよと言って笑った。


「うちに就職しないかい?」

「おじさん、うちの卒業生雇うと高いよー。しかも新卒」

「あー…たまにバイトしてくれ」

「ええ、機会がありましたら是非」


にこやかに微笑んだマチルダは、この仕事を心底楽しんでいる。貴族令嬢なのだから土に触れるなと何度も言われていたおかげで、畑仕事などした事が無い。勿論芋掘りなんて初めての経験だ。

まるで泥遊びでもしているような気分で、マチルダは他の野菜を探してのんびりと歩く。あれは何の野菜だろう。普段美味しくいただいている野菜たちが畑でどのような姿をしているのか観察する事もまた、楽しい経験だった。


「あら…」


足元に見つけた草の列。いつだったか授業で見たそれは、本来ならばこの畑にあってはならないもの。

ちろりと店主と談笑しながら人参を引っこ抜いているゾフィに視線を向けるが、まだこの草に気付いていないようだ。


どうしてこんな物がここで育てられているのだろう。許可が無ければ育てられない魔法植物。扱いを間違えれば最悪の場合死んでしまうような代物が、今目の前にこれだけの量存在している。


さてどうしよう。すぐさま学園に戻って報告すべきなのだろうか。それとも、今この場で店主を捕らえて然るべき場所に突き出すべきだろうか。


動きを止めてしまったマチルダが気になったのか、ゾフィはそっとマチルダの様子を伺いに来た。


「どうかした?」

「…足元見て」

「…あー」


店主は機嫌よさげに台車の方へと向かっているが、何故魔法学園に在籍している者を畑に呼んだのか理解が出来ない。普段習っている授業で扱うような物、しかも危険のある物であれば記憶に色濃く残っているとは考えなかったのだろうか。


「何でマンドレイクがこんなに?」

「しかも…無資格よね、きっと」

「多分ね。資格持ちでも、こんな所で普通に育てて良い代物じゃないし」


こそこそと話しながら、足元で青々と葉を茂らせる問題の代物を見下ろす。ゾフィは店主の様子を伺いながら根本を確認すると、青い顔をしてマチルダの手を引いて走った。


「もしかして…」

「変異してる」


普通のマンドレイクはただの植物だ。毒性のある特殊な植物である為栽培や購入などは必ず資格が必要ではあるが、今この畑に生えているマンドレイクはただの植物では無い。


変異性マンドレイクと呼ばれるそれは、土に埋まっている間はなんてことは無い。だが、土から引き抜いた瞬間泣き叫び、その声を聞いた者に幻覚を見せ、意識混濁や最悪死を呼ぶ恐ろしい魔法生物として扱われる。

何故そうなるのかは分かっていないが、こういった危険があるから資格が必要なのだ。


「どうする?」

「どうしましょうね…」

「どうしたんだ?」


マンドレイクに気を取られていた二人は、背後に来ていた店主の声に体を大きく震わせる。ぎこちない動きで振り向けば、店主は不思議そうな顔で此方を見ていた。


「あー…えっと…ちょっと、見た事あるような無いような?葉っぱがあったから…これ何だっけって話を…」

「どれどれ…これは人参だろ?あっちが芋で…これはキャベツ」

「あれは何ですか?」


一か八かだ。すぐさま攻撃出来る様拳を握りながら、マチルダはそっとマンドレイクを指差した。問われた店主が何か不穏な動きを見せればすぐさま取り押さえる。知らずに育てていたのなら、厳重注意をしてもらって終われば良いだろう。


「うーん?何だこれ」


何故畑の主が知らないのだ。眉間に皺を寄せるマチルダの目の前でマンドレイクの前にしゃがんだ店主は、止める間も無く一株引き抜いた。


「やばい!」


引き抜かれたマンドレイクの姿は異様な不気味さがある。うごうごと動いているその姿に目を奪われている店主の手の中で、それはまるで大きく息を吸うように小さな口のような何かを開いた。


「うっ」


マチルダとゾフィが両手でしっかりと耳を塞ぐ。危険な物であると知っているから出来た動きなのだが、これが何か分かっていない店主はほぼゼロ距離でマンドレイクの叫び声を聞いた。

白目を剥き、仰向けに倒れた店主の体。がくがくと震え、手にしたマンドレイクは地面に放り出されて泣き叫び続けている。


「やばいやばいやばい!早くどうにかしないと全部出てくる!」


真っ青な顔で慌てふためくゾフィに、マチルダもこくこくと頷いた。

マンドレイクが仲間の鳴声を聞くと、何故だか共鳴して地面から顔を出すのだ。そして割れんばかりの声量で泣き喚く。近くにいた生き物はその場で昏倒し命を散らせば、土の養分となってマンドレイクの糧となる。


まだ他の株たちは静かだが、鳴いている株のすぐそばに植わっている株は既にさわさわと葉を揺らしていた。すぐにでも黙らせなければ地獄を見る事になる。

対処法は土に戻す事。しかし耳を塞ぐ物など何も持っていない。手を離せば流石のマチルダでも昏倒するだろう。


「ごめんなさいね!」

「あっ」


小さな小人のように見えるマンドレイクの株。それに向かってブーツの踵を叩き込んだマチルダは、ぎゅっと目を閉じていた。

痛い程押さえつけた両耳。血液が流れる低い音しか聞こえなくなった事を確認し、恐る恐る目を開けば、ブーツの下で潰れているマンドレイクがそこにいた。


「はい燃やしまーす」


潰したマンドレイクをしっかりと燃やし始めるゾフィは、白目を剥いたまま気を失っている店主に目を向ける。

あの反応ならば、本当にマンドレイクの事を知らなかったのだろう。知っていればまず抜く筈が無い。


「あのう、もし、もし?」

「う…うー…」

「あらまあ…」

「ほっときな。一時間もすれば起きるから」


力仕事をしていた二人は少々疲れている。雇い主が昏倒しているのなら、今のうちに休んでいても良いだろう。

それよりも、大量のマンドレイクをどうするかが問題だった。


◆◆◆


店主が目を覚ますと、すっかり太陽は空に昇っており、雇っていたアルバイト二人組はにこやかに微笑んでいるのに、若い少女が発してはいけない圧を発していた。


「ご店主、お伺いしたいのですけれど」

「あれが何か知ってるのかな?」

「は…」


くらくらと揺れている頭を支えながら起き上がる店主に、学生二人は早く答えろと鋭い視線を向ける。

何が起きたのか分かっていないのか、店主はぱちくりと目を瞬かせ、マチルダとゾフィの二人に順番に視線を向けた。


「何があったんだ…?」

「危険生物指定を受けている魔法生物に攻撃を受けましたの。命があって良かったですわね」

「は…?」


冷めきった視線を向けるマチルダの目は恐ろしい。フォレストグリーンの瞳の射抜くような圧に怯えた店主は、助けを求めるようにゾフィへ視線を移す。

だが、魔法薬師を目指しているゾフィはマチルダよりも怒っていた。


「ねえ、何で自分の畑で育ててる植物を把握してないの?有り得ないでしょ」

「いや…あれは、知り合いから貰ったんだ。ナスだって言われて…」


知らないと首を横に振る店主に、ゾフィは厳しい目を向ける。食を預かる者ならば、もっと責任を持てとでも思っているのだろうと、マチルダは想像した。


「あの植物はマンドレイク。扱うには資格がいる代物だよ。何でおじさんが扱ってるのか知らないけど、これは報告しなくちゃいけない」

「報告?!まさか捕まったり…」

「その可能性は大いにございます。仕方ありませんわね。知らなかったでは済まされない事ですから」

「しかも変異しちゃってるし。最悪だよこの数…どうやって駆除する気?言っておくけど、初級依頼じゃ無理だからね」


ざっと見ても三百以上はありそうな数。変異性マンドレイクを駆除する為には、土から引き抜いて潰し、炭になるまで焼かなくてはならない。根が残っているとそこから新たに育ってしまう為、生えていた土地は土をひっくり返して焼かなければならない。


初級依頼ではまず受け付けられない内容。中級依頼となると依頼金は跳ね上がる。初級依頼じゃ無理というゾフィの言葉に顔を青くした店主は絶望した表情で自身の畑を見まわした。


「依頼する金なんて…」


放っておけばマンドレイクに畑を占拠されてしまう。そうなればこの畑は危険区域とされて使い物にならなくなるだろう。

それを想像し、店主は頭を抱えた。


「どうしたら…何でそんなものが…」

「芽が出た時点で抜いておくべきだったね」


さあてどうしようかとでも言うように、ゾフィはマンドレイクの葉を睨む。

マチルダも解決法を考えてみるのだが、防具無しで挑むには少々相手が面倒だ。


「とにかく…申し訳ないが君たちは帰ってくれ。生徒さんを危険な目に遭わせる事は出来ないからね」


弱弱しい声で呟いた店主は、頭を抱えたまま動けずにいる。

何となく申し訳ないような、可哀想な気分になってしまったマチルダは、ふと先程のマンドレイクの様子を思い出した。


抜かれてから一瞬の間があった。耳を塞ぐ事が出来る程度の時間しか無かったが、その時間があれば何とかなるのではないかと考えた。


「ねえゾフィ。確かマンドレイクって焼けば駆除出来たわよね?」

「一瞬で消し炭にする程度の火力があれば可能だと思うけど…上級術者でもなきゃ無理…」


そこまで言うと、ゾフィはまじまじとマチルダの顔を見る。

くるくると毛先が巻いた赤毛を一纏めにし、風に揺らすマチルダは、にっこりと穏やかに微笑んでいた。


「私なら出来るわね」

「本当かい!」

「ちょっとー…私らが受けたのは初級依頼。中級依頼なら貰える依頼料の三倍の額が貰えるんだよ?タダ働きするつもり?」


じとりとした視線を向けられたマチルダだが、金が目当てでこの依頼について来たわけでは無い。ただ少しだけ、働くという事を経験してみたかっただけだ。


「さあご店主、選んでくださいまし。正規の依頼をするか、それとも私に直接依頼をして本来の依頼料の倍額を支払うか」


正規の依頼をするとなれば、最低でも三人の術者が呼ばれる依頼内容。今回用意していた依頼料ではとても足りないその依頼を、破格の金額で今この場で頼むことが出来る。

考える余地など無かった。店主はすぐさまマチルダに向かって頭を下げた。


「即金で支払う。だから、どうか…どうか!」

「はい、承りました。ゾフィ、ご店主と一緒に戻っていてくれるかしら?先に報酬を受け取っておいてね」

「はいはーい。行こうおじさん」


ひらひらと手を振りながら店主を促すゾフィに、店主は驚きを隠せずに口をぱくぱくと動かす。

大丈夫だから早くしろと急かすゾフィは、面倒くさそうに店主の腕を掴んで歩き出す。


「本当に、一人で大丈夫なのかい?」

「ええ、大丈夫です。もしかしたら少し焼きすぎてしまうかもしれませんが…ご容赦くださいませ」


また後でと手を振ったマチルダに何か言う間も無く、店主は畑から連れ出されていく。二人の姿が見えなくなった事を確認すると、マチルダは再びマンドレイクたちに向き直った。


「勿体ないけれど…仕方ないわね」


変異性マンドレイクは魔法薬の材料となる。とても高価な物だが、資格の無い人間が育てた物は薬として使う事が出来ないただの危険生物だ。

もし良質な物だったらどれだけの損失になるだろうと溜息を吐きながら、マチルダは両手を合わせて目を閉じる。


「労働って大変だわ」


ぽつりと呟いたマチルダの言葉は、マンドレイクたちしか聞いていなかった。


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