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笑え

町は混乱していた。建物が崩れ、火の手が上がっている場所もある。

魔法使いたちはそれぞれ自分に出来る事をし、魔力を持たない者たちは泣き叫びながら逃げ惑う。


「魔力を持たない方はラウエンシュタイン邸へ!公爵夫人が門を開いてお待ちです!」

「怪我人はいないか!避難を手伝う!」


コニーと共に叫びながら走り回り、マチルダは町の状況を確認する。

少し前から空のあちこちに魔法生物が飛び回っているようだが、よく見れば全て瘴気の影響を受けた魔物となり果てている。

腹を減らしているのか、幼い子供や動きの鈍い老人を狙っているように動き、飛んでいるように思えた。


「誰か!私の子が!」


抱いていた赤ん坊が大きな鳥に掴まれている。母親が泣き叫びながら助けを求め、必死で我が子を抱きしめているのだが、泣き叫ぶ赤ん坊はしっかりと掴まれどうにも出来ないようだ。


「くそっ」


マチルダよりも先にコニーが動く。魔具を剣に変化させ、鳥の目を狙って思い切り突いた。

普段なら剣に魔法を纏わせるのだが、赤ん坊と距離が近すぎて使えなかった。


「離せ!」


目を突かれた鳥はぎゃあぎゃあと耳障りな叫び声を上げるが、まだしっかりと赤ん坊を握りしめて離さない。脚を切ってしまえば良いと判断し剣を振り上げたが、コニーの腹が無防備になった事に気付いた鳥は、鋭い嘴を腹に向ける。


「ぎゃっ」


鳥の悲鳴。喉元にルディが噛み付いたのだ。少し離れた所で、マチルダは別の鳥を相手に戦っている。足元で震えている幼い兄妹を助けたのだろう。


「ルディ!良い子だ!」


ばきりとも、ごきりともいえない嫌な音をさせ、ルディは鳥の喉元を噛み砕く。びくびくと大きく痙攣した鳥は、ぐったりと力を抜いて地面に落ちた。

握りしめられていた赤ん坊は怪我をしているようだが、泣いているところを見るに無事らしい。


「あ、ありがとう!ありがとうございます!」

「お礼は良いから、ここから離れましょう。赤ちゃんしっかり抱いて、走って。そこの二人も行こう!」


無理矢理笑顔を貼り付け、コニーはへたり込んでいる母親を立たせる。マチルダの足元で震えている兄妹にも声を掛けるのだが、すっかり怯えて動けないらしい。


「どうした、怪我したか?」

「女の子が足を怪我しています!」


相手をしていた鳥の喉元を焼きながら、マチルダはちらりと幼い少女に視線を向ける。

ガタガタと震え、兄に縋りついている少女は目を見開き涙を流している。


「もう大丈夫よ。公爵様のお家はわかる?奥様が待っているから、お兄様と一緒にお行きなさい」


妹の方は反応しないが、兄の方はこくこくと何度も頷きながら妹の体をしっかりと抱きしめている。まだ十やそこらの年齢だろうに、妹を守ろうと震える体で必死に抱きしめるその姿が、マチルダの胸を締め付ける。


「立てるか?ああ…こりゃ痛いよな。俺が運んでやるから一緒に行こう」

「ケーニッツさん、私はもう少しこの辺りを見回ります。お願いしますね」

「おうよ!」

「お姉ちゃんは…?」

「私は大丈夫。とっても強いから」


不安げな表情でマチルダを見上げた少年は、地面に転がっている魔獣の死骸にぶるりと身を震わせる。


「妹を守れる貴方も、とっても強いわ。素敵なお兄様ね」


本当は恐ろしくて堪らないのだろう。まだ幼い子供が二人でいるところを見るに、この子たちの親はもしかしたら何処かで倒れているかもしれない。ただはぐれてしまっただけなのかもしれないが、今聞いては余計に不安にさせるだけだ。


「手を出して」


少年の前にしゃがみ込むと、マチルダは小さな手をそっと両手で包み込む。目を閉じ、穏やかな声で歌うように呟いた。


「光よ、金色の光。暖かく包め、真綿のように、冬の夜の毛布のように」


うっすらと発光するマチルダの手の中で、少年は手をもぞもぞと動かした。


「あったかい…」

「おまじないよ。貴方がもう少しの間だけ、怖い気持ちを忘れられるように。お屋敷に着いたら、妹の手を離しちゃ駄目。良いわね?」


穏やかに微笑むマチルダに力強く頷くと、少年は妹を抱き上げるコニーの服の裾を握りしめる。


「さあ急いで!お母様も、赤ちゃんをしっかり抱きしめてね!」

「よし行こう!フロイデンタール、四人連れてったらまた戻るから!」


走り出したコニーたちを見送り、ひらひらと手を振るマチルダは笑顔を絶やさない。それはコニーも同じだった。


笑え。笑みを絶やすな。

不安なのは皆同じ。戦えないのなら、死を前にして怯えているだろう。

バーフェン学園の制服は、優秀な魔法使いである事の証。その制服を纏った人間が余裕ありげに微笑んでいるのなら、少しは安心させてやれるかもしれない。


不安げな顔をするな。出来るだけ沢山の人を助けなければ。魔獣はまだまだ押し寄せる。遠くの空にまた黒い影がいくつか見えた。


◆◆◆


どれだけの人をラウエンシュタイン邸に送っただろう。今頃屋敷はどうなっているだろう。

広い屋敷だが、住民が押し寄せてしまったのなら今頃大混乱なのではないだろうか。


今考えても仕方ないが、徐々に飛ばない魔獣たちも町のあちこちに現れ始めた。大きな牙を持った獣やら、大量の虫やら、あらゆる生き物が人間たちを襲い、建物を破壊していく。


「駄目だ!こっちはもう行けない!」

「逃げろ!」


炎を吐く魔獣にやられたのか、建物が火柱に嘗め尽くされている。地面に倒れた人の姿もあるが、足元を焼かれていても動かない様子から、もう息が無い事が見て取れる。


「あつい…いたい…」

「ごめんなさいね、すぐ安全な場所へ…」


老婆を背負い歩いているマチルダは、身体強化魔法と防御魔法を同時に使っている。普段から行っている事だが、人よりも魔力量が多い事をこんなにも感謝した日は今までに無いだろう。


「お嬢さん、もう良いよ。ありがとうね」

「何を仰います。気弱になってはいけませんわ」

「私はもう充分に生きたよ…早くお逃げ」


火事で崩れかけた建物から助け出したのだが、この老婆は建物の中で数年前に失くした夫の形見を抱きしめて蹲っていた。

出口までは這って出たようだが、火傷で痛む体でそれ以上動けずにいたようで、先程から気弱な言葉を繰り返す。


「出口まで這って出て来られたのでしょう?まだ生きたいからそうしたのです。それならば、私は貴方を見捨てません」

「でも…老いぼれよりも、もっと若い人を」

「良いから!」


もうこれ以上弱気な言葉は聞きたくない。

老婆の言葉を遮り、胸元に回っている老婆の手を握った。片腕で重さを支えるのは大変だったが、老婆の手に握られた肩身の時計をしっかりと握らせてやりたかったのだ。


「ご主人に会うのはまだ早いです。あと十年は待っていただかなければ」

「随分、待たせちまうねぇ…」

「それくらい待てる殿方でなくては。ねえ奥様、子供はお好きですか?」


もう一度老婆を背負い直し、マチルダは再び歩き始める。ラウエンシュタイン邸までもう目と鼻の先だ。


「若い頃は…乳母をしていた事もあるよ」

「まあ、それは良い事を聞きました!先程幼い兄妹をお屋敷に送りましたの。それから小さな赤ちゃんを抱いたお母さんも。きっと不安に思っているでしょうから、傍にいてさしあげてくださいな」

「老いぼれには何も出来やしないよ」

「そんな事はありません。ただお話をするだけでも、手を取り合うだけでも、たったそれだけの事で心安らぐ事があるのです」


幼い頃、自分が祖母にそうしてもらった。どれだけ悲しい事があっても、祖母が手を取り話をしてくれるだけで心が安らいだのだ。

あの幼い兄妹も同じであってほしいと願いながら、マチルダはラウエンシュタイン邸の門をくぐる。


「どなたか!こちらのご婦人の手当をお願いいたします!」

「フロイデンタール様、こちらへ!」


女中が大きく手を挙げて呼んでくれる。広い庭のあちこちに避難してきた人々がいるが、皆不安げな顔でじっと身を寄せ合っていた。


「さあ、こちらにどうぞ。奥様が回復薬をご用意くださっています」

「そんな、勿体ないよ…」


マチルダの背から降りながら、老婆はまだ遠慮するようにふるふると首を振る。あちこちを火傷している体は相当痛むだろうに、あっちの子に使ってやってと泣いている子供を指差して言った。


「マディおかえり!どしたのお婆ちゃん、火傷した?」

「ただいまゾフィ。そうなの、火傷よ」

「ありゃー、痛かったね。ほらお婆ちゃんこれ飲んで!飲んだら傷洗って、あっちで薬塗ろう!」


用意してもらったエプロンを付けたゾフィは、くるくるとよく動く。薬をくれと手を挙げる人にはにっこりと微笑み「順番ね!」と言い、か細い呼吸を繰り返す人には「頑張れ、大丈夫」と励ました。


「お婆ちゃん遠慮しないで。公爵夫人はまだまだ薬を作るよ。私は薬師目指してる学生だけど、この屋敷にはプロの薬師も集まってる。だから大丈夫」


にっこりと満面の笑みを浮かべ小瓶を差し出すゾフィに、老婆は涙を流しながら手を合わせた。


「腕の火傷はちょっと酷いけど…公爵夫人の薬すっごいよく効くから!」

「ああ…ああ、知ってるよ」


そう言うと、老婆は差し出された小瓶を受け取り、ゆっくりと飲み干した。痛みが楽になったのか、ふっと口元を緩ませてしっかりとした足取りで治療場所へと歩き出す。


「ありがとうお嬢さんたち。お礼は必ずするからね」

「良いよぉ、お礼なんて」


ひらひらと手を振ったゾフィは、老婆が背中を向けた事を確認するとスッと表情を消した。

笑みを絶やさぬようにしてはいるが、ゾフィも緊張状態が続いているのだ。


「町の状況ってどうなってる?」

「魔獣が押し寄せてるわ。どうしてこうなっているのかは分からないけれど、城の方から逃げてくる人が多すぎてまだそこまで行けていないの」

「じゃあ公爵様たちとは接触出来てないか…」


国のあちこちで瘴気が噴き出しているとしても、これだけの量の魔獣が一度に押し寄せてくるとは考えにくい。

町を走り回っている時に騎士たちが話している声が聞こえたが、何者かが魔獣を呼び寄せているのではないかと言っていた。


「考えてもしゃーない。出来る事やらないとね」

「そうね。ゾフィ、体は大丈夫?魔力切れは起こしてない?」

「余裕。魔法薬作ってるのほぼ公爵夫人なんだもん」


へらりと笑うゾフィを見て、マチルダはすぐに気付いた。この可愛い友人は、嘘を吐いていると。

ひらひらとさせている手を無理矢理掴むと、小さな手はひやりと冷え切っている。


「嘘言わないで」

「…ごめん」


顔を見れば分かる。にこにこと笑みを絶やさないようにしているが顔色があまり良くないのだ。

基本的に魔法薬を作っているのはアルマだと言っても、恐らくゾフィも薬作りを手伝っている。魔力量があまり多くないゾフィは、既に倒れる寸前まで魔力を消費しているようだ。


「少し休んで」

「やだ!皆ずっと働いてるんだよ?怪我人だらけのこの場所で、薬師が疲れたから休みますとか出来る訳ないじゃん!」

「でも…」

「私は国一番の薬師になるの。今はまだ…足手纏いだけど、魔力の少なさはちゃんと何とかするから…!」


今にも泣き出しそうな顔で言うが、戦える程の魔力を持たないゾフィが周囲の状況もよく分からないまま走り回るのはどんなに恐ろしいだろう。


出来る事をと思って薬を作り、魔力が足りなくなっている事を見抜かれ、薬作りを中断させられた。それが不甲斐ない、役に立ちたいと泣いたゾフィの小さな体を、マチルダはそっと抱きしめる。


「ごめんなさい。私が間違っていたわ。ゾフィを守らなくちゃと思っていたけれど、ゾフィは弱くなんかないのよね」


トントンと規則正しくゾフィの背中を叩く。昔雷が怖いと泣いた弟たちをあやしていた時の様に、何度も、繰り返し、規則正しく。


「ゾフィ、私の背中に腕を回して」

「うん…」

「聞いて、ゾフィ。私、もう少し外に出てくるわ。怪我をしても絶対に戻ってくる。だから、ゾフィは私の為に薬を作って。お願い」

「うん、作る…マディの為ならいくらでも作るよ」


怖い。本当は怖くて堪らない。

どうしていつも通りの穏やかな朝が来なかったのだろう。どうして、まだ町のあちこちで悲鳴が聞こえるのだろう。魔獣はあとどれだけいるのだろう。

公爵たちはどこにいるのだろう。ロルフは?城はどうなっている?城にいるであろうクロヴィスは?


考えても分からない。分からないが故に一層恐ろしい。


「作るけど!もう魔力殆ど残って無いんだから出来るだけ無傷で戻るように!」

「ふふ、分かったわ。頑張るわね」


声を張り上げたゾフィにぎゅうと思い切り抱き疲れたマチルダは、嬉しそうに微笑みながらそっと体を離す。

泣いていたゾフィはもうすっかり涙を引っ込め、にんまりといつもの笑顔を取り戻していた。


「行ってきな!」

「ええ、行ってくるわね」


パンと掌を合わせ、マチルダはゾフィと別れてまた走り出す。

住民が怯えてはいけないからと影に隠していたルディを再び呼び出すと、ルディは鼻をひくつかせながらマチルダの隣を走る。


もうある程度時間が経ったせいか、屋敷の近くに助ける人間はいないようだ。


「ルディ、城の方に走るわよ!」


城の方に行けば、きっとロルフとも会えるだろう。怪我はしていないだろうか。無事だろうか。早く顔を見たい、触れて、無事を確認して安心したい。

はやる気持ちを抑えきれず、マチルダの足はいつもより早く動いた。


あちこちで建物が燃えている。頬を撫でる風が熱くて不快だ。

こっちに来るなと両手を振る騎士が、「止まりなさい」と叫んだ。


「バーフェン学園の生徒だね?救助の手伝いをしてくれていると聞いたよ、ありがとう」

「ロルフ様…レーベルク公爵様はどちらにいらっしゃいますか?」


ロルフの名を出しても、この騎士がロルフを知っているか分からなかった。だが、公爵の名を出せば流石に分かるだろうと思った。

ちらりと城に視線を向けた騎士の顔を見て、あそこにいるのだろうとマチルダは判断する。


「この先は危険だ。魔獣の数が多くて…」

「では駆除のお手伝いを」

「いや、学生には危険すぎる」


進もうとするマチルダの前に立ちはだかり、行かせまいとする騎士は早く逃げろとラウエンシュタイン邸の方を指差した。


「協力感謝する。だがこれ以上は不要だ。戻りなさい」

「お断りします」


にっこりと微笑み騎士の言葉を跳ね除けると、マチルダはぐっと身を屈める。それを見たルディはとぷんと影に潜り込み姿を消した。


「ごめんあそばせ」


穏やかにそう言うと、ダンと大きな音を立てて地面を蹴った。

蹴る瞬間に限界まで脚力を強化したマチルダの体は、騎士の頭上を飛び越え、瓦礫の山を飛び越える。

騎士の言っていた通り、城の近くはラウエンシュタイン邸の周りと比べ物にならない程荒れている。


建物が崩れているどころか、瓦礫の山になっているのだ。そこにあったであろう道は、建物だったもので埋もれ、時折人の体の一部がはみ出ていた。


「リカート戻れ!そっちは他の者に任せろ!」


遠くからオスカーの声がする。どこから聞こえるのか分からないが、今はオスカーよりもロルフだ。

城を見て走り出したのだから、きっとロルフは城にいる筈。それならば、周りの事はオスカーたちに任せて城に走る方が良い。


「こら、マディ!」

「あっ」


瓦礫を蹴り、飛ぶように走っていたマチルダの目の前に現れた毛皮。止まれず突っ込んだ毛皮から「うぐっ」とくぐもった声がした。


「痛いじゃないの」

「お姉様…」


狼の姿になっているナディアが、低く唸りながらマチルダの前に立っている。

何故此処にいるのだと怒っているのだが、その体はあちこちから血を滲ませ傷だらけだ。


「ロルフ様が…お屋敷を飛び出されて」

「なんですって!」

「きっとお城に向かったのだと思います。お願いしますお姉様、どうか見逃してください。ロルフ様を見つけて、すぐお屋敷に戻りますから」


周囲を警戒しているナディアは、まだ多くの魔獣がいる場所にマチルダ一人で行かせるのが嫌らしい。

城とマチルダを交互に見るように顔を動かし、尻尾をだらんと下げた。


「ナディア、どうし…何故此処にいるんだ!」


娘が突然動きを止めた事に気付いたオスカーが飛んでくると、その場に居る筈のないマチルダを見て怒鳴りつける。

すぐ戻りなさいと叱りつけられたマチルダは、絶対に嫌ですとばかりに首をぶんぶん振った。


「ロルフ様がお城に向かわれました!」

「何だと…」


もうこのやり取りはさっきやったぞと苛立ちながら、マチルダは真直ぐに城を指差して言った。


「お城には王家の皆様もいらっしゃいます。良いのですか?もし万が一ロルフ様が…暴れてしまっても」


あまり言いたくない言葉だったが、きっとオスカーはそれを恐れているだろう。

これは賭けのようなものだったが、ここで大人しく元来た道を戻る程マチルダはお淑やかな少女ではなかった。


「公爵様も仰っていたではありませんか。私は強いと」

「確かに言った。だが…」

「魔獣を退けながらロルフ様を探し出し、合流次第お屋敷に戻ります」


喋っている時間が勿体ない。ルディが反応しないのだから、きっともうここに助けなければいけない人はいない。それならば、魔獣駆除をしている人にだけ気を付ければ、いつも通り戦う事が出来る。


「お叱りはきちんとお受けいたしますので!」

「あっ、こら待ちなさい!」


ナディアがぱくりと口を開きマチルダを咥えようとしたが、それをすり抜けるようにして飛ぶ。

飛ぶというより防御魔法を張り巡らしながら瓦礫の山に突っ込んでいっただけなのだが、残されたナディアとオスカーはぽかんと呆ける事しか出来なかった。


「いやあ…我が家の嫁に相応しい子だよ、まったく」

「リカート兄様が怒るわ…」


リカートは既に城で王族の避難を進めている。騎士では対応出来ない敵が現れた時の為駆り出されているのだが、先に向かわせて正解だっただろう。


「さて…元凶を探し出さねばな」

「さっきから臭くて…腐った死骸の匂い」

「その姿では辛いだろうな」


鼻先を前足で擦るナディアは、不愉快そうに唸る。どこから匂っているのか分からない腐臭が辺りに立ち込めていて匂いが全く分からないのだ。


「お腹が空いたわ」


娘の言葉に同意したオスカーは、妻に任せた屋敷の方に視線を向けて小さく頷いた。


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