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未来ある若人たち

学園から消えた公爵令嬢。

学園内に現れた魔物。

浄化したばかりの森が再び瘴気に侵された。


それは学園にとって緊急事態と言っても過言ではない。通常の授業を安全に行う事が出来ないと判断した学園は、生徒たちを一度親元に帰す事にした。


「いやいやいや困るから!サラッと言われたけど普通に無理だから!」


そう叫んでいるのはゾフィだけではない。親元へ帰れと言うくせに、帰るまでの旅費は出してくれないのだ。

申請すれば後から戻ってくるぞと言われたらしいのだが、ゾフィは一度出すだけの金が無いらしい。


「野宿でもしろってか…」

「俺もどうすっかな…」


遠い目をしているゾフィとコニーを見ながら、マチルダも困ったように頬に手を当てた。

窓ガラスを粉々にしたマチルダはしっかりとお説教を食らい、罰則こそなかったが実家に「こういう事がありました」と報告の手紙がいっているのだ。


帰りたくない。


遠い目をする二人と並び、マチルダもどこか遠くを眺めるしかなかった。


「あー…俺は王都の屋敷に行くんだが…一緒に行くか?」

「宜しいのですか?」

「帰りたくないんだろ?姉上も連れてこいって言うだろうし…」


一度行ったのだから遠慮しなくて良いと続けたロルフは、ゾフィとコニーも一緒に来るかと誘っていた。


「旅費なら気にしなくて良い。俺が帰るついでだし」

「神か?」

「崇めて良い?」

「やめろ」


ありがたやーと両手を合わせるゾフィとコニーの前で困り顔のロルフを見ながら、マチルダは未だ見つからないリズの身を案じる。


あまり好きな相手ではない。というより、正直言って嫌いな相手だが、突然姿を消して何の情報も無いともなれば流石に心配くらいはする。

王都のローゼンハイン邸にいるのなら、既に学園に連絡が入っている筈。だがその連絡もない上、確認に行った学園関係者曰くリズの姿はない上、いなくなった事を知ったローゼンハイン家は大騒ぎになっているそうだ。


学園の警備はどうなっている、生徒をきちんと管理しているのではないのか、うちの娘は何処へ行った。


怒り狂っている公爵を宥めるのは大変だっただろうと憐れむと、マチルダはまだ賑やかに騒いでいる三人に視線を向けた。


「お言葉に甘えて、お世話になりますわ」

「多分すぐに迎えが来るから支度をしておいてくれ。明日の朝には来ると思う」

「早くね?」

「貴族の家には早馬やら鳩が飛ばされてるらしいからな。王都から迎えに来るって昨日の夜には鳩が帰って来た」


動きが早いのはラウエンシュタイン家の仕事柄なのだろう。

あまり時間が無いぞと慌てて各自の部屋に戻り始めた悪友たちは、授業が無くて良いと喜ぶ者と、何だか厄介な事になりそうだとこの先を案じる者に分かれていた。


◆◆◆


王都での生活は何不自由ない。

一度城に招待するから来なさいとクロヴィスに招待され、四人揃って城に行く事になった時はどうしたものかと思ったが、クロヴィスは久しぶりにロルフが城に来た事が嬉しかったらしく、たんまりと菓子を用意して待っていた。


「やばい…太った」

「そうかしら?」

「見てよ!お腹とかすっごいから!」


ラウエンシュタイン家で出される食事はどれも美味しい。そのせいで食べすぎるのだと文句を言うゾフィは、確かに言葉の通り少しだけふっくらしたようだ。


「元が細いのよ。沢山食べてふっくらしなさいな」


服の上からぽんぽんとゾフィのお腹を撫でると、マチルダはにっこりと微笑む。大好きな友人が毎日幸せそうに「お腹いっぱい」と満足げに微笑む姿を見るのが嬉しいのだ。


本当は自分の実家に友人を招待するという事をしてみたいのだが、生憎両親は魔法使いを毛嫌いしているせいで叶いそうにない。


「いつか私のお家が出来たら、遊びに来てちょうだいね。美味しいものを沢山用意しておくわ」

「太らせて食べる気?」

「まさか」


けらけらと笑う二人は、窓の外に視線を向けた。庭でロルフとコニーが剣の稽古をしている最中なのだ。

折角時間が有り余っているのだからとコニーが言い出した稽古なのだが、二時間経っても汗一つ流さないロルフを相手にぐったりと地面にへたり込んでいた。


「あーあ、あれで魔法騎士志望か」

「まだこれからよ」

「ラウエンシュタインが化け物ってだけかもしれないけどさ…」


ゾフィが何気なく言った「化け物

という言葉に、マチルダの指先がぴくりと反応する。悪気の無い、ただの軽口だと分かっている。ゾフィはロルフが異形の野獣に変身する事は知らないのだ。


「ラウエンシュタインが戦ってるとこ、実は殆ど見た事無いんだよね。マディが蹴り飛ばされた時くらい?」


マチルダが恋に落ちた時。それはロルフに腹を蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられた時だった。

きっと普通ではない恋の瞬間。普通では無かったとしてもあの日あの瞬間、確かに恋をしたのだ。


「ロルフ様はとても強いお方よ。私よりもずっと」

「へえ…魔法使ってるところも殆ど見た事無いからなあ」

「私の弟は、我が家で一番強いと思うわ」


窓の外を覗き込んでいるゾフィの肩をしっかりと掴んだ女が、にんまりと笑いながらそう言った。


「んわあ!?」

「そんなに驚かなくても良いじゃない」

「気配も足音も消して近付かれたら普通驚きます!」


ぎゃんぎゃんと文句を言うゾフィの頭を撫でながら、ロルフの姉であるナディアは不満げに言った。

マチルダは途中で気付いていたのだが、悪戯真っ最中のナディアが楽しそうにしていたからと放っておいたのだ。


「ロルフはね、特別なのよ」

「お姉様」

「分かってるわ。ロルフが貴方に秘密にしているみたいだから、私からは言えないけれど…でも、あの子は強いわ。私が保証する」


「お姉さんも強いんでしょ?ていうか、ラウエンシュタイン家って変身魔法を使って滅茶苦茶強い魔法使いがゴロゴロいるって…」


敬語が苦手なゾフィは、なるべく丁寧な言葉遣いをしようと努力してはいるのだが、なかなか思うようにはいかないらしい。

ナディアを始め、ラウエンシュタイン家の人々は公の場ではないから気にするなと快く受け入れてくれている。


「我が家の仕事のせいかしらね。魔力を持って生まれた子供は、幼いうちから訓練漬けにされるの。死なない為にね」

「死なない為…?」

「まあ詳しくはそのうち教えてあげるわ。私の強さが知りたいのなら見せてあげるわね」


そう言いながらにっこりと微笑むと、ナディアはゾフィの体を片手でひょいと抱き上げて窓枠に足を掛けた。

マチルダが止める間も無く、剣を振っている弟の元へと文字通り飛び降りた。


「んぎゃあああ!!」

「ゾフィ!」


響き渡るゾフィの悲鳴。

心の準備が出来ていない時にいきなり窓から飛び降りるなんて経験は普通しないだろう。

ゾフィの悲鳴に気付いたロルフとコニーは、顔を青くさせながらその場から飛び退いた。


「落ちてくる女性を受け止めるだとか、そういう事は考えないのかしら?」

「踏みつぶされる趣味はありませんので」


呆れ顔で姉に言い返すロルフの隣で、コニーはあんぐりと口を開いて固まっている。

ナディアの腕にしっかりと掴まえられているゾフィは、可哀想に子猫のようにぶるぶると震えていた。


「お姉様、ゾフィを驚かせないでくださいまし」

「あら、バーフェン学園の生徒ならこれくらいの事で怯えてちゃ仕方ないわよ」


後を追ってきたマチルダに咎められても、ナディアはけろりとした表情で何てことは無さげに言ってのけた。

いくらバーフェン学園の生徒と言っても、心の準備無しに飛び降りられたら悲鳴も上げると言い返したいのはマチルダだけでなくロルフとコニーも同じなのだが、けろりとした表情のナディアに何を言っても無駄だろう。


「あの…お姉さん、何か…」

「私も学園の卒業生なのよ。可愛い後輩たちがきちんと訓練を受けているか試してあげなくちゃ」


にっこりと微笑むと、ナディアは抱えていたゾフィはぽいっと地面に放り投げた。

流石にそれは予想していたのか、ゾフィはきちんと受け身を取って地面に転がりすぐさま立ち上がる。


「そうねえ…流石に私が全力で戦ってしまうと勝負にならないから…」

「魔法の類は一切無し、剣一本でお願いします」


真顔で言ったロルフにナディアは面白くなさそうにしているが、コニーは「是非それで」とばかりにコクコクと頷いた。


「貴方ね、魔法騎士を目指しているのなら私に勝てないようでは入隊は無理よ?」

「お姉さん相手って…俺が一人でドラゴンと戦うみたいなもんなんで…」


はははと渇いた笑いを漏らすコニーは、ぽりぽりと後頭部を掻いて視線を逸らす。


「ほら、そこでぼさっとしてるゾフィも混ざるのよ」

「うぇ」

「うぇ、じゃないわ。将来薬師になったとして、貴重な魔法薬を狙って襲撃してきた暴漢を叩きのめすくらい出来ないと」


そんな未来が来ませんようにと祈るゾフィは、助けてくれとばかりにマチルダに視線を向ける。

だが、ナディアに同意しているマチルダはふいと視線を逸らして知らんふりだ。


「私完全後方支援型なんですけど…」

「良いのよ。折角四人で戦うんだもの。各自得意な分野を伸ばして協力しなさい」


そろそろ始めましょうかと微笑むと、ナディアはぽんと小気味よい音を響かせながら、どこからか細身の剣を取り出した。

空間転移魔法の応用なのだろう。


「構えろすぐ来るぞ!」


既に警戒しているロルフは腰を低くして構えているが、あとの三人はまだ無防備なままだ。


「遅いわ」


油断していたのはゾフィだけではない。すぐ傍にいたマチルダを真っ先に狙ったナディアは、一瞬でマチルダの間合いに潜り込むと剣の切っ先を喉元目掛けて突き刺した。


「う…」


反射的に防御魔法を張ったは良いが、ただの剣の一突きに魔法の壁はすぐさま破壊された。


目の前でキラキラと輝く金色の光。それがマチルダの防御魔法だったものであるとすぐさま理解した三人は、これが異常な事であるとすぐさま理解した。


「マディ!」

「やあね、こういう時はすぐさま私の背中を狙うものよ」


仲間の心配をしている暇があるのなら、すぐさま噛みつき噛み千切れ。それがラウエンシュタイン家の教えらしい。


「コニー突っ込め!ゾフィはコニーの援護!」


突っ込めと叫ばれたコニーは一瞬怯えたように動きを止めたが、にんまりと笑ったナディアに本能的な恐怖を抱いたのか、ロルフに言われるがまま突っ込んでいく。


「残念だけれど…魔法騎士には向いてないわ、貴方」


まだ少し先にいた筈のナディアが、地面を蹴ると同時にコニーの眼前に迫っていた。

ナディアの顔を認識した瞬間、コニーの喉がヒュッと鳴った。

これはまずい、死ぬ。そう思った瞬間、コニーの腹部が焼けるように熱くなった。


「遅すぎるもの」


地面に叩きつけられるコニーの体。ゴホゴホと噎せている姿を見るに呼吸は出来ているようだが、完全に戦意喪失しているのか起き上がる気配はない。


「姉上!」

「手加減する方が失礼よ。未来ある若人なんだから、現実を見せてあげないとね」


にっこりと微笑み、次はお前だとロルフに向かって突っ込むナディア。

その足首に巻き付けられたマチルダの鞭。


「あら…」

「私があの程度で倒れない事は、お姉様もご存知ですわよね」

「んもう、他の子とも遊びたいのよ」


だから少し退いていろとばかりに鞭に剣を振るうのだが、その切っ先は空を切る。

鞭を傷付けられる前に解いただけなのだが、今度は反対の足首に鞭のような何かが絡みついた。


「ま、マディばっかり…!」

「ヤキモチかしら?良いわね、噛み付いてくる子猫は好きよ」


ぶるぶる震えているゾフィだが、その目は真直ぐにナディアを見据えている。

地面に深々とシャベルを突き刺し、そこから太い蔓を生やしてナディアの足首を捕らえたようだ。


「躾甲斐があるから?」

「ご名答。私、貴方も好きだわ」


ぐいぐいと足を動かしているナディアは、しっかりと絡む蔦を剣であっさりと切って自由の身となった。

ただの蔦なのだから剣だけですぐに切られてしまう。すぐに攻撃しなければと頭では分かっているのに、ゾフィは動く事は愚か、次の魔法を発動させる事すら出来なかった。


「はい、二人目」


横腹を蹴り飛ばされたゾフィは、小さな体を地面に叩きつけられ動かなくなった。小さく呻いている声は聞こえた為、呼吸はしているようだ。


「ほら、固まってないで貴方も来なさいな」

「お断りです…」

「まあ、貴方たち二人を相手にしてもねぇ…さっさと手当してお昼にしましょう。お腹が空いたわ」


突然始まった稽古は一瞬で終わり、残ったのは地面に転がされた未来ある若人二人だけだった。

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