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初めての経験です

「お金が無い」


食堂のテーブルに突っ伏し身動きをしないゾフィの悲壮感たっぷりの呟き。昼食を食べてしまわないと休憩時間が終わってしまうぞと頭を撫でるマチルダの手が、ゾフィのふわふわとした髪の感触を楽しむ。


「また唐突ね」

「駄目だ、本当にこれはまずい…小テストの成績悪く補習受けてたらバイトしてる時間無くて本気で金欠」


学園内で生活するのにも金がいる。外よりもかなり良心的な物価となってはいるのだが、全く金の無い状態では生活する事は出来ないのだ。

実家が裕福な者は実家からの仕送りがあるのだが、そうでない者は授業の合間にアルバイトをして生活するのが当たり前。

マチルダは実家からの援助で生活しているが、ゾフィの実家は貧しい孤児院だ。仕送りをしてもらうどころか、出来るだけ早く一人前になって仕送りをしてやらねばならない立場なのである。


「何か良い依頼あるかな」

「どうかしら。私は一度も依頼書を見た事が無いから…」


学園の玄関ホールに設置されている掲示板には、学園の生徒へ向けた依頼書が掲載されている。生徒たちはその依頼書を確認し、事務員に申請をして仕事を得る。将来ギルド入りを目指している生徒は、学生のうちから顔を知ってもらう為に積極的に依頼を受けているし、生活の為に必死で働く。

勉強も実戦も出来て当たり前、授業の合間に自分の世話を自分で出来るようにもならなければならない。たった二年の間に憶えることは沢山あるのだ。


「マディも少しは依頼受けてみたら?将来の為にもさ」

「将来ねぇ…」


卒業したらどこに所属するのか既に決めて動いている者は多い。ゾフィは薬師になるべく卒業後の就職先を吟味しつつ、資格試験の勉強を始めていた。

マチルダはまだ、将来を決められていなかった。自分が何をしたいのか分からないのだ。ただ国からの命令でこの学園に来た。自分よりも強い人に会えたら良いなという憧れはあったが、嬉しい事にそれはロルフと出会えた事で既に叶ってしまっている。


「マディは何になりたいの?」

「お嫁さんかしら」

「真面目に考えて」


ふざけているわけでは無い。本当に何になりたいのか皆目見当も付かないのだ。

恐らくなりたいと思ったものには何にでもなれるだろう。学生たちの憧れである王宮術師にもなれるだけの能力がある。だが、なりたいのかと問われれば否だ。


堅苦しい王宮に押し込められるなんて御免だし、平和な間は特にこれといって仕事も無い。せいぜい強力な魔物が出現し、ギルドでは対処できない時に呼ばれるだけ。それではあまりに退屈すぎる。


「どうせ例の彼でしょ?まあ彼と結婚出来れば公爵家の奥様かあ。玉の輿じゃん」

「爵位はどうだって良いわ!私はただ、私の心を奪った殿方と添い遂げたいだけなのよ」


うっとりと蕩けた表情を浮かべるマチルダに、ゾフィは呆れた視線を向ける。そっとマチルダのサンドイッチを一切れ取ると、そのままぱくりと齧った。


「実際問題、彼とはどうなの」

「手は繋いだわ」

「へえ、やるじゃん。もう一個ちょうだい」

「どうぞ」


皿ごとゾフィに渡すと、マチルダは昨日の秘密のやりとりを思い出す。

隠しておきたかっただろうに、ロルフはあの姿を見せてくれた。大きくて温かい手に包み込まれた。授業が終わるまで、二人きりで過ごせたあの時間は、この先何があっても思い出として胸に抱えて生きていけるだろう。


「まあ何にせよ、一回働くって事経験しておいた方が良いと思うよ」

「そうね、何だか楽しそうだわ」

「じゃあ一緒に行こうよ。マディがいれば、難易度高い依頼でも受けられるかも」


持つべきは強い友。にたにたと笑いながらマチルダのサンドイッチを美味しそうに食べるゾフィに、マチルダはやれやれと溜息を吐く。

依頼書は様々な種類があると聞いているが、どんな物があるのだろう。学生向けなのだから、そう危険な事も無いだろうと判断し、マチルダは今日の授業が終わったら掲示板を見に行こうというゾフィの誘いに頷いた。


◆◆◆


掲示板の前に集まっている生徒たちに混ざり、マチルダとゾフィの二人はのんびりと依頼書を眺めて吟味する。初心者向けの薬草や鉱石集め、害虫や害獣の駆除やら人探し、お手伝い。もう少し難易度が上がると魔獣駆除のサポート等、数々の依頼書が貼り付けられているようだ。


「マディがいるなら中級者向けも良いかも」

「どれの事?」

「依頼書の淵見て。枠の色によって難易度が違うんだよ。緑が初級、青が中級、赤が上級ね」


一枚ずつ指差し、丁寧に教えてくれるゾフィに、マチルダはほうと感心する。普段は緑色の依頼書ばかり見ているらしいが、やはり難易度によって報酬金額が変わるとなれば、なるべく報酬の高い依頼を受けたいのだろう。


「うーん…初めてだし、普段ゾフィが受けているような依頼をやってみたいわ」

「えー?薬草集めばっかりだよ?」

「たまには別な事をしたいのなら、こっちにしない?」


そう言ってマチルダが指さしたのは、お店のお手伝いと書かれた初級依頼の紙。内容としては、総菜屋の準備と販売の手伝いという事らしい。依頼によっては求める人物に色々と条件があるそうだが、この依頼書には元気があれば良いとしか書かれていない。


「ふうん。マディが接客してるの見てみたいかも」

「上手く出来ると良いのだけれど…」

「まさか貴族のお嬢様が接客するとは思わないよね、誰も」


面白そうだと笑ったゾフィは、さっと依頼書を掲示板から剥がす。慣れた足取りで玄関ホールの端へと歩いて行けば、事務員が待ち構えている受付カウンターだ。


「こんにちはゾフィ。今日はなんだかいつもと違う依頼を選んだのね」

「マディと行くの」

「…フロイデンタールさんと?」

「はい、何事も経験ですもの」


接客は初めての経験だし、手伝いと言われても何をするのか分からない。だが、生まれて初めての経験というのは心が躍る。まして、一番の友人と一緒に行けるのだ。

依頼書に書かれていた集合日時は明日の早朝。まだ薄暗い時間に店に来てほしいとの事だが、明日は学校が休みなのだから何とかなるだろう。


「今日は早く寝ないとね」

「起きられるかな…」


受けたは良いが朝が苦手なゾフィは不安げな顔をしてマチルダに起こしてくれと懇願する。いくら学生とはいえ、依頼を受けたらそれは仕事。寝坊して遅刻などしてしまったら、あっという間に時間も守れないだらしない人間だと広まってしまう。


「起こしてあげるわよ」

「流石マチルダ様優等生様女神様!」

「はいはい、崇め奉りなさい」


けらけらと楽しそうに笑い合う二人に、事務員は目を細める。たった二年。短い学園生活の間に仲の良い相手を見つけられるのは幸運な事だ。どうか卒業後もこうして仲良くしていられますように。そう願うのは、この学園で働く大人たち全ての願いだった。


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