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しばし休憩

いくら王族といえど、学園の中では生徒の一人。授業中に生徒を集め、密談をするなと教員に叱られたらしいクロヴィスは、にっこりと良い笑顔で「一大事ですので」と言い返したらしい。


普段マチルダを問題児扱いする教員は多いが、クロヴィスの方が問題児ではなかろうか。


「それにしても、王子先輩が言ってた王宮術師が信用できないってどういう事かな?」

「さあ…」


昼間の授業を半分サボったマチルダとゾフィは、クロヴィスの無言の圧のおかげで罰則を逃れることが出来た。残りの授業にはきちんと出席し、既に夜も更けてベッドの上である。


昼間の密談の内容を思い出しているゾフィは、クロヴィスが何故王宮術師を呼びつけないのか気になっていたと本人に問い正した。

そうして返された「あいつらは信用ならない」という言葉。


国の為に生きる事を義務付けられている魔法使いたちの中でも、所謂エリートと呼ばれる術師たち。それが信用出来ないとはどういう事なのかと聞いてみても、まだ詳しくは話せないとクロヴィスは首を横に振った。


巻き込むのならきちんと全てに巻き込めと文句を言いたいのだが、国の重要事項に関わる事だからと言われてしまえばそれ以上話せと詰め寄る事は出来なかった。


「何でも良いけれど、信用出来ないからって生徒である私たちを巻き込むのはどうなのかしら?」

「でもさあ、王子先輩っていつもお供連れて歩いてるじゃん?あれって護衛だよね」

「そうね、昔からの馴染みだとも仰っていたけれど」


本当は、あのお供は四人だった筈。

ロルフが他の家族と同じように狼に変身出来ていれば、クロヴィスに酷い扱いをされる事も無く、一番年下の末っ子として今でも可愛がられていたのだろう。


もしそうなれていたのなら、ロルフに恋をしたのだろうか。美しき異形の野獣に見惚れる事もなく、ただのクラスメイトとして過ごしたのだろうか。


「ねーマディ、明日もルンバルドさんのとこ行かない?」

「ごめんなさい、明日もヘルメル先生の所に行かなくちゃ。まだ罰則が残っているから」


無かった事にしたいのだが、夜中に出歩いていた罰則はまだ残っている。昨日の放課後はロルフがどうしても外せない用事があったため一人だったが、今日はロルフと二人で罰則を受けて来た。


危ないかもしれないからとなるべくヘルメルに近付かないで済むようにロルフが壁になってくれていたのだが、ヘルメルはロルフよりもマチルダの方が気になるらしい。


何かとマチルダに用事を言いつけてはロルフから離れるように指示されるのだが、その度にロルフが睨みを利かせてすぐさま背中に隠していた。


「ヘルメル先生…本当に危ない人なのかな」

「殿下曰く直感だそうだから…私にも何とも言えないわ。でも、ロルフ様も殿下に従っているし、私はロルフ様と一緒にいたいだけなの」

「お熱いねぇ…まあ何でも良いけど、私らは待機かあ…」


まだ出番ではないからと、ゾフィとコニーはヘルメルに必要以上に近寄らないように指示されている。また、リズも監視対象である事は説明しているが、こちらも同じように必要以上に近寄らないようにとしつこく釘を刺された。


「あのお嬢様が何をするって言うんだか」

「さあね。私には想像もつかないわ」


誰が見ても完璧な公爵家令嬢であるリズ。何か良からぬ事を考えているとは思えないし、たとえそうだとしてもただの生徒でしかない今、リズに何が出来ると言うのだろう。


ヘルメルと何処かに消えたところは見たが、二人で何をしていたのかも分からない。こんな事ならば、もう少しリズと仲良くしておくべきだっただろうか。


今更そんな事を考えても仕方無いのだが、マチルダよりもロルフの方が親しいからと監視の役目をロルフに任されたりしたらどうにかなりそうだ。


「マディはあのお嬢様と仲悪いもんね」

「そういうわけではないけれど…仲良しというわけではないだけよ」

「えー、いつもバチバチやってるのに?」


ニヤニヤと笑うゾフィは、ベッドの上でゴロゴロとくつろぎながら普段のマチルダとゾフィのやり取りを並べ立てた。

双方取り繕ってはいるが、誰が見ても不仲な二人は穏やかに微笑んでいても見えない火花が散っているらしい。


二人が仲良く手を取り合えば、最強のコンビになるだろうにと残念がる教員もいるようだが、マチルダは勿論リズも二人仲良くなんて出来る気がしない。


「恋敵だもんねー」

「えっ」

「だってさ、あのお嬢様分かりやすすぎるよ。どっからどう見ても、ラウエンシュタインの事好きじゃん」


ぱたぱたと足を動かしてそう言ったゾフィに、マチルダは反論しようにも出来ずに口をぱくぱくと動かした。

休暇中の出来事を思い出し、恋人ではないとすぐさま否定しなかった事を問いただした時のリズを思い出す。


あの時可愛らしく微笑んでいたリズの表情。すぐさま話題を変えるように倒れている使用人に気を向けたのは、それ以上言うなというリズなりの牽制だったのだろうか。


「…私の恋人よ」

「うん。だからあのお嬢様はマディの事が嫌いで嫌いで仕方無いんだよ。怖いねぇ女の世界って」


自分も女だというのに、ゾフィは怖い怖いと茶化して笑う。恋愛に興味が無いらしいが、いつかゾフィも素敵な人と出会って恋をするのだろう。そうなった時、楽しく二人で話をしたりするのだろうか。


「まあでも、あのお嬢様が何かするって言うなら、いつもの取り巻きをどうするのか…」

「そうね…巻き込むつもりなら止めないと」


普段リズについて回る女子生徒たちは、全員が貴族令嬢である。決して貴族以外を近付けようとしないリズの護衛のような壁のような存在になっているのだが、彼女たちを巻き込むとなると、何をさせるか分かったものではない。


もしもリズが自分の身を守る事を最優先に考えるのなら、彼女たちの誰かが罪をなすりつけられて処分されるだろう。まさかあの方がそんなにひどい事を考えるだなんてとさめざめ泣くか、裏切者と罵るか。

もしもリズが彼女たちを大切な友人と考えるのならば、巻き込むような事はしないだろうがその分動き難いだろう。彼女たちはいつだって、リズの傍を離れようとしないのだから。


「…あら?」


そこまで考えてマチルダはふと思い出す。

ヘルメルと消えたあの時は、リズは取り巻きの誰も連れて行かなかった。確かにヘルメルと二人で消えたのだ。


「どうやって、二人になったのかしら」

「どういう事?」

「ヘルメル先生とローゼンハインさんが消えたあの時、確かにローゼンハインさんのお友達は誰も付いて行かなかったのよ」


ドワーフとゴブリンが同じ空間にいる場面を眺める事に夢中になっていたとしても、誰一人としてリズがその場から消えた事に気が付かないとは思えない。

であれば、リズが最初から誰も傍に置かなかったと考えた方がしっくりきた。


普段決して一人にならないリズが、どうしてあの時は一人でいたのだろう。


「最初からヘルメル先生と待ち合わせしてたとか?」

「何のために」

「それは…分からないけど」


ゾフィの考えは全く有り得ないとは言い切れない。だがその理由が分からない。

ヘルメルに呼び出されたのなら一人で来るように言われてもおかしくはないが、罰則や呼び出しを受けるような問題児ではない、むしろ品行方正、誰もが認める優等生であるリズが呼び出される理由とは何か。


「駄目ね、考えても全く分からないわ」

「同じく。王子先輩も言ってたじゃん。どれだけ考えても分からない事は今考える事じゃないって」


他に考える事があるのならそちらを優先。何かが解決すれば、自然と他の分からない事が分かるようになるための鍵を手に入れていると。


「考えても分からないなら、取り敢えず私らは普通に生活するのが一番だと思うよ」

「そうね…」


明日もまたいつもの日常を送らなければならない。何も知らない生徒たちは、瘴気騒ぎも落ち着き、破壊された学校の建物も大方直ったのだからもう何も無い、いつもの穏やかな学園生活が戻ってくると思っているのだから。


◆◆◆


ゾフィの言う通り、マチルダはいつも通りの日常を送る。視線はそっとリズの様子を伺っているのだが、リズはいつも通り取り巻きたちに囲まれて穏やかに微笑んでいるだけだ。


ヘルメルも普段通り授業を行い、放課後ちゃんと来るんだよと手を振った程度で、何もおかしなところはない。


「…穏やかなものだな」

「ええ、本当に」


中庭の片隅でランチタイムを楽しみながら、ロルフは逆に怖いんだがと眉根を寄せた。

クロヴィスが訝しがる理由もふわふわとしたもので、不確定要素が多すぎる。それでも従わなくてはならないのだからもどかしい。


「ルンバルドさんはどうでしょう」

「レーヴェが言うに、やっぱり忘却薬を飲まされてるみたいだ。それも、随分上等な」


ゾフィの嗅覚だけで判断していたが、目を覚ましたルンバルドは本当に記憶の一部を失っていたそうだ。

マチルダはまだルンバルドに会いに行けていないが、ゾフィは廊下でクロヴィスに出くわし「素晴らしい嗅覚だ」と褒められたと嬉しそうに言っていた。


「何で匂いを知っていたんだろうな?」

「作った事があるそうですよ。悪戯が見つかって、孤児院の院長に知らされると困るからと言っていました」

「…なかなかの問題児だな」


マチルダの友人なのだから、ただの優等生である筈がないのだ。その時作った忘却薬はしっかりと効果を発揮し、悪戯が見つかったところは綺麗さっぱり忘れられたそうだ。自慢げに胸を張っていたが、違法薬である事を忘れていないか心配になった。


「調合がとても複雑な上、籠める魔力量を間違えると悲惨な結果しか待っていないそうですから…誰がそんなものを作ったのか」

「ヘルメル先生だったりしてな」

「見られて困る何かを見られたから…ですか?」


見られて困る何か。それが何かは分からない。ルンバルドが興味を持ちそうなものは何となく分かるが、ヘルメルが見られて困るものは何だろう。


「赤だと叫んで倒れた事も気になるんだよな…」

「私の髪色でしょうか?」

「何故今更マチルダの髪色で大騒ぎするんだ?」


風に揺れるマチルダの髪に触れながら、ロルフは小さく唸って考える。

考えても分からない事は、今考えるべきではない。クロヴィスの言葉に慣れているロルフだが、ルンバルドのあの様子が気になって仕方が無いのだ。


「様子を見に行こうにも、またマチルダを見て倒れられでもしたら…」

「もう少し落ち着くまで待ちましょう。あまり興奮させては可哀想ですから」


もしかしたら残っていた記憶すら抜け落ちてしまうかもしれない。

好奇心旺盛で、調子の良いドワーフ。もさもふさとした髭を撫でてにんまり笑うルンバルドに会えるのはいつになるだろう。


もし会えないままドワーフたちが帰ってしまったらどうしよう。もう二度と会えないのではないだろうか。

そんな事を考えて少し寂しくなった事を察したのか、ロルフはそっとマチルダの頭を撫でて微笑んだ。


「大丈夫。ルンバルドなら帰る前にマチルダに会いたいって言うさ。それに、ランツェルさんは義理には煩いんだ。絶対会えるから」


慰めようとしてくれている気遣いは嬉しい。嬉しいのだが、今は人目もはばからずに頭を撫でられているという状況に心が追い付かない。

やめてくれと止めるべきなのか、それとも優しくしてくれるのを良い事にこのまま受け入れておくべきなのか分からず、そのまま大人しく撫でられておくことにする。


「他にも考える事は多いしな。そろそろ上学年が卒業する頃だし…」

「そういえばそんな時期でしたわね。パーティーがあるのでしょう?ドレスを作らなくては…」


女子生徒たちは皆ドレスをどうするかで大騒ぎだ。貴族や金持ち家庭出身の生徒ならばあまり金銭的に無理はないが、ゾフィのように自分で稼がなければならない生徒は頭を抱えるイベントでもある。


「マチルダはどこに頼むんだ?」

「マダムロベリタのところに…ゾフィはどうするのかしら」

「それなんだよぉ」

「ひっ」


中庭にいなかった筈のゾフィが、どんよりとした表情でマチルダとロルフの間から顔を出す。思わず小さな悲鳴が出てしまったが、ゾフィはうだうだと呻きながら芝生の上に転がった。


「何だよ卒業記念パーティーって…無駄金使わせるんじゃないよ全くもう」

「制服での参加も出来るぞ?というか、本来いはそういうものだ。男子生徒の半分は制服だしな」


ロルフは実家から衣装を作れと手紙が来ているようで、既に手配は済ませているらしい。コニーは最初から制服で参加するつもりなようで、あとどうするか決まっていないのはゾフィだけだ。


「ドレスって柄じゃないし、別に制服でも良いんだけどさ。スカートからパンツに変更してるから、そこだけどうにかしないと駄目だって」


結局お金がかかると頭を抱えるゾフィは、つい最近バイト代の殆どを実家である孤児院に帰る為に使ってしまっている。ついでだからと普段仕送りしているお金も少し余分に持って行ってしまったのだ。


財布の中はすっからかん。どうしようどうしようと唸るゾフィの頭をぽんぽんと撫でながら、マチルダはふといつだったかの髪の毛を整えてくれた時の事を思い出した。


「ゾフィ、ドレスは本当に着ないの?」

「いーのいーの。そこまでやるお金もないし」

「お金があったら?」

「そりゃ…一度くらい綺麗な格好してみたいかなぁとは思うけど」


あの時も、お金に余裕が出来たら可愛い服を着てみたいというような事を言っていた。本当は、他の女子生徒のように可愛らしい恰好をしてみたいのだろう。


「それより!生活が優先だし卒業パーティーまでに制服どうにかしないと!」

「そうねぇ、アルバイト頑張りましょうね」

「マディも一緒に行こうって誘いに来たんだ。さっき良さげな依頼書見つけたんだよね」


玄関ホールの依頼版を見たのだろう。ふんふんと興奮気味にマチルダに迫るゾフィは、もうすっかりいつもの日常を送る一生徒だ。

これが日常、これが普通。そう分かっていても、マチルダはふと周りにリズやヘルメルがいないかを気にかけてしまう。


「俺も一緒に行こうかな」

「よっしゃ。それなら中級依頼受けても良い?やっぱ初級と比べて稼げるんだよね」

「罰則が終わったらな。それから殿下にもお伺いしないと…」

「げえ…忘れてた」


げえと舌を出しておどけたゾフィは、聞いといて!と言い残して走り出す。まるで小動物のようなゾフィの背中があっという間に小さくなっていった。


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