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追加人員

行方不明の仲間が見つかって安心したのだろう。ドワーフたちは揃って医務室の床に転がって眠っている。

静かに眠ってくれれば良いのだが、ルンバルド以外の全員が高らかにいびきを掻いているのだからまあそれはそれは耳が痛い。


「ところで、レーリヒ嬢がこの場にいる事について詳しく聞かせてもらおうか?」


にっこりと微笑んだクロヴィスの視線が痛いが、色々白状してしまいましたと言うしかないマチルダはうろうろと視線を彷徨わせた。


「私が話せって言ったんです。隠し事と嘘は嫌だから、話さないならもう一緒にいられないって…それで、えっと、だからマディは話すしかなくて…」


しどろもどろになりながらマチルダを庇うゾフィに、クロヴィスは仕方ないねと小さく溜息を吐いた。

もうこれ以上誰かに話してはいけないよと優しく微笑んだことで、ゾフィは漸く肩の力を抜いてほっと息を吐いた。


「そこの、扉の向こうで聞き耳を立てている君も入っておいで」


誰がいるのだと視線を向けた先で、細く開かれた扉。その隙間から顔を覗かせたのはコニーだ。


大方一人だけ仲間外れにされているのが気に食わなかったのだろう。こっそりと話を聞いているつもりだったのだろうが、クロヴィスは最初から気付いていたようだ。


「君の顔は見覚えがある。ロルフの友人だな?」

「コニー・ケーニッツです。何でお前が此処にいるんだ」

「俺だけ仲間外れとか面白くないだろ」


ぶすっと拗ねたように唇を尖らせると、コニーはそっと部屋に滑り込む。眠っているドワーフたちを起こさないようそっと扉を閉めると、クロヴィスは扉に向けて手を翳した。


「ギーレ程じゃないが、これ以上客が増えないように結界を張っておかないと…さあて困ったな、思ったより大所帯になったぞ」


どうやって纏めようかと頭を掻き回し、クロヴィスはふうと細く息を吐く。

ヘルメルの件は話していないが、何か良くない事にルンバルドが巻き込まれた事はドワーフたちも気付いているだろう。


ロルフとマチルダ、そしていつものお供三人だけで何とかしようとしていた筈なのに、いつの間にか学生二人と数人のドワーフが追加されてしまっている。


ドワーフたちは兎も角、後から追加された生徒二人は戦闘に向いているわけではない。どう扱うべきか考えてはみるものの、どうにも良い案が浮かばないクロヴィスは、今話題に上がったばかりの忘却薬を手に入れたい気分だ。


「あー…ケーニッツ、それからレーリヒ嬢。君たちは巻き込めない。すぐに今までの話を忘れて授業に戻りなさい」

「それは無理です」


きっぱりと声を揃え、ゾフィとコニーは部屋から出る事を拒否した。

友人が何か良からぬ事に巻き込まれているのなら、それを放って知らぬふりをする事は出来ないと首を横に振り、それぞれマチルダとロルフの隣に立ってふんぞり返った。


「どんな駒でも使いこなせるのが王族かと」

「それとも、私らみたいな下賤の者は駒にすらなれない?」


喧嘩を売るんじゃないとロルフは諫めるが、小さな体で虚勢を張るゾフィが面白くて、マチルダは笑いを堪えるのに必死だ。ふるふると肩を震わせている事はきっとクロヴィスならば気が付いているだろう。


「では、君たちに何が出来るのかな?駒だと言うのなら、駒らしく働く為に秀でた何かがあるのだろう?」


スッと目を細め、クロヴィスは生意気にも逆らう平民二人に睨みを聞かせて言った。

逆らってみたは良いが王族が相手という事で若干怯んだようだが、ゾフィもコニーも引きはしない。


「薬草の知識と、魔法薬学の知識、技術なら誰にも負けません」

「すばしっこさと手癖の悪さなら」


ゾフィは兎も角、コニーの言葉に起きている者は揃ってぎょっと目を見開いた。

コニーが平民出身である事は知っているが、何故手癖の悪さを誇るのか意味が分からないのだ。本来ならばそんな事は誇るべきではない。


「言ってなかったっけ?俺、学園に来るまではスリやってたんだ。親がちゃらんぽらんでなー。生きるためってやつ?」


へらりと笑ったコニーは、右手に持った小さな包みをロルフに差し出した。それが自分の財布であると気付くと、ロルフは慌てて体のあちこちに触れて確認するが、やはり目の前でけらけらと笑っている友人が持っているのは正真正銘自分の財布である事を理解し、慌てて奪い返していた。


「いやー、この学園って呑気なやつらが多くてね。どいつもこいつも隙だらけ。獲物がいっぱいいるってのに手出し出来なくてもどかしいったら」


ニタニタと笑っているが、言っている事は質が悪い。恐らく学園に来てから一度も盗みはしていないのだろうが、隙あらばすぐに奪う事が出来るのだろう。


「スリはいつか見つかる。子供だから折檻で許されてた事でも、もう許される年齢じゃないだろ?どうしようか考えてたら赤紙様!神様からのプレゼントだと思うだろ?」


無事に学園を卒業すれば、その先の人生は安泰。今までちょっとしたミスをして逃げる時にしか使っていなかった魔法の正しい使い方を身に着け、絶対に手の届かない夢を掴める可能性がある。


「俺は貴族が嫌いだよ。何の苦労もせず、空腹も知らず、あったけー場所で眠れる事がどれだけ恵まれてる事か知らないんだ」


ヘーゼルの瞳に重たい影を落とし、コニーはにたりと唇を歪ませた。

大嫌いな貴族が友人だというのもおかしな話だ。それなりに親しいと思っていた男が貴族が嫌いだと言い放った事に少なからず傷付いたのか、ロルフは視線をコニーから外して俯いた。


「あ、でもロルフとフロイデンタールは別だぜ?貴族らしくねーもん」

「貴族が嫌いなら、私のような王族は嫌悪以外の感情は持たないだろうな」

「勿論。お前ら王族は食うに困った下々の者なんかゴミとしか思っちゃいない。挙句俺の友達を何に巻き込んでるんだ?」


ギラギラと敵意を孕んだ視線をクロヴィスに向けるコニーは、王族が相手である事を忘れているらしい。

首を刎ねたければ刎ねれば良い。どうせゴミを一つ捨てる程度の事なのだろう。そう噛み付いたコニーに、ロルフがやめろと言葉を挟むのは必然だった。


「では、再利用する価値のあるゴミ程度にはなってもらおうか。使いどころには困るが…その手癖の悪さを役に立てる日がくるかもしれないな?」


にんまりと満足げに笑うと、クロヴィスはコニーに向かって手を差し出した。

何を思って差し出されたのか分からず動かないコニーに焦れたのか、クロヴィスはにこにこと微笑みながらコニーの手をしっかりと握って軽く上下に振る。


「気に入った、よろしく頼むよ。コニーと呼んでも?ここまで堂々と俺に噛み付いた平民出身の生徒は君が初めてだ」


心底面白そうに声を上げて笑うクロヴィスにどう対応すれば良いのか分からず、助けを求めるような視線を向けたコニーの視線の先で、ロルフは知らんふりをするように視線を逸らす。


「それから、レーリヒ嬢の魔法薬学の噂はよく知っているよ。学年一の成績なのだろう?素晴らしい薬師になれるだろうな」


素直に褒められた事が嬉しいのか、ゾフィはぽっと頬を染めてもじもじと俯いた。

忘れられがちだが、クロヴィスは美形の王子様なのだ。そんな男に素晴らしいねと褒められて恥ずかしそうにしない女子生徒はマチルダくらいなものだろう。


「君にも手伝ってもらう事があるかもしれない。その時はよろしく頼むよ」

「あの…えっと、はい」

「さっきの威勢は何処に行ったんだ?まあ良い。頼むから、これ以上事情を知っている人間を増やさないでくれよ。ここでの会話は他言無用、良いね?」


人差し指を口元に持ってきて微笑むと、クロヴィスはじっとマチルダを見つめて動きを止めた。

足元の影から様子を伺っているルディに目を止めると、何かに使えると思ったのか再び目を細めてルディを指差した。


「そこの…影食い狼か。利用させてもらう」

「私の愛犬ですわ」


主に許可なく何か企むなと不満げなマチルダをよそに、クロヴィスはルディに向かって手招きをした。

ルディはどうしたら良い?とマチルダを見上げて動かない。それがまた気に入ったのか、クロヴィスは賢い子だとルディを褒めた。


「良いわ、行きなさいルディ」


そう言うと、ルディはずるりとマチルダの影から抜け出してクロヴィスの足元へ駆け寄った。ぱたぱたと尻尾を振り、ちょこんと座る姿は本当に犬そのものだ。


「随分人に慣れているな」

「生徒から人気でして」


時々マチルダの影を抜け出して学園内を散歩しているルディは、生徒たちからおやつを貰っているらしい。少し太ったなと思って眺めていたところ、いつも可愛がってくれる女子生徒に尻尾を振りながら駆け寄ったのだ。


授業に出された時からは考えられない程人間に慣れた。それどころか慣れすぎている。もう群れには戻せない。ヘルメルに仲間から殺される可能性があると言われた時から帰すつもりは無かったが、流石に人に慣れさせすぎてしまっただろうか。


「お遣いは出来るかな?」

「匂いを覚えさせ、この匂いの人物に届けなさいと命じればその通りに」


試しにやってみせようと、マチルダは胸元に仕舞っていた小さな手鏡をルディの鼻先に持って行った。

くんくんと何度か鼻をひくつかせると、ぱくりと鏡を咥えて影の中に潜っていく。


そして、手鏡の持ち主であるルンバルドの眠っているベッドのすぐ脇に現れ、どうぞとベッドの端に手鏡を置いて尻尾を振った。


ルンバルドもルディを可愛がってくれていた。ルディの唾液が欲しいと目をキラキラさせ、それだけでなく腹は減っていないかと食べていた肉を分け与え、可愛い奴だと撫でてくれた。そんなルンバルドにも懐いているルディは、早く遊んでとルンバルドの頬に鼻先を寄せた。


「ふむ、便利な芸だ」


感心しているクロヴィスは、おいでと再びルディに手招きをした。呼ばれたルディはちゃっちゃと爪の音をさせながらクロヴィスの足元に寄り、大人しく座って舌を出す。


良い子だねと頭を撫でられ千切れんばかりに尻尾を振るその姿は、もう野生を欠片も感じられない。

何だか恥ずかしいような気がして、マチルダは静かに頭を抱えて小さな溜息を吐いた。


「まずはルンバルドが目を覚ますのを待とう。話はそれからだ」


未だ眠り続ける元迷子のドワーフはどんな夢を見ているのだろう。どれだけの事を覚えているのだろう。

どうか、自分の事までは忘れていませんように。ベッドに置かれた小さな手鏡を、宝物だと目を輝かせながら見せてくれたあの日のルンバルドを思い出しながら、マチルダはぎゅっと拳を握りしめた。


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