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迷子のドワーフ

この学園の生徒は兎角暇らしい。

休日だというのに何処かに出掛けるわけでもなく、勉学に励むわけでもなく、ドワーフとゴブリンが同じ場所にいる珍しい光景を見たいからと工事現場に群がっている。

生徒に混じり、教員までもが群がるその場所に、マチルダとゾフィは並んで立っていた。


「や、多すぎない?」

「予想以上だわ…」


普段目立つマチルダでも紛れてどこにいるのか分からなくなる程の人だかり。これならルンバルドに近付く事も出来るだろうが、肝心のルンバルドが見当たらない。


背丈の小さいドワーフ族が人間たちに紛れてしまうのは仕方ない事なのだが、どれだけ探してみても見つからない。

代わりに見つけたのは、取り巻きに囲まれているリズの姿だった。あまり興味が無いような表情で見ているのだが、周りを囲む鳥薪たちは興味津々といった表情を隠そうともしない。


「お嬢様でも見に来るんだね、こういうの」「連れて来られたのかもしれないわよ」

「ふうん…あっ、ゴブリンだ!」


人だかりが出来ている事に不快そうな顔をした三人のゴブリンたちが、仕事をする為に現れる。

散れと怒っているゴブリンもいるが、興味深そうに観察しているだけの生徒の群れが敵意を持っていない事は分かっているようで、威嚇する以外は何もしなかった。


「やあどうも」

「ああ、どうも」


ドワーフとゴブリンのリーダー同士が、ややぎこちない挨拶を交わす。それを見ている生徒たちは、やはり不仲なのだと囁き合った。


仕事についての話をしているだけの人間ではない種族を眺めていて何が楽しいのだろう。

冷めきった感情でそれを見ているマチルダは、視線だけを忙しなく動かしてルンバルドを探し続けた。


だが、どれだけ探してもルンバルドは見つからない。

何故、どうして。どこにいる。


早くしなければ、ドワーフたちは学園からいなくなってしまう。普段ドワーフ族が暮らしている集落は、学園からかなり離れているはずだ。

学園を抜け出して迎える距離ではないし、明日から暫くヘルメルの手伝いの為に時間を使わなければならない。


「いた?」

「いないわ。どうしましょう…」


身長の低いゾフィは人込みの中で何度もぴょんぴょんと跳ねているが、マチルダと同じようにルンバルドを見つけられないようだ。


「あ、ねえマディ見て。あのお嬢様どっか行くみたい」

「ローゼンハインさんは今どうでも良いわよ。それよりルンバルドさんを探さないと…」

「でもヘルメル先生と一緒…」


リズが誰と何をして過ごしていようがどうでも良いが、その相手がヘルメルならば話は別だ。監視しろと言われた対象が生徒と二人でどこかへ消えるのなら、何をするのかを確認し、クロヴィスに報告しなければならないだろう。こんな時に限ってロルフの姿も見えない。


手にしている革袋をゾフィに預けても良いのだが、中に入っているのは卵の殻。小さな体のゾフィでは、人込みに押しつぶされて粉々になってしまうかもしれない。


「お嬢様も何かやったのかな」


マチルダがヘルメルからベッドを抜け出した罰則を出された話を聞いているゾフィは、ニヤニヤと笑いながらリズとヘルメルが歩いて行く姿を指差した。


マチルダのような問題児なら兎も角、リズは誰が見ても優等生だ。問題行動など一度もなく、成績も優秀で美しい公爵家のお嬢様。

正に完璧な御令嬢なのだ。


「まさか…有り得ないわよ」

「だよねー。マディじゃあるまいし」


どういう意味だと睨むより先に、足元からルディがそっと顔を出す。

出番はまだかと伺っているようだが、肝心のルンバルドが見つからないのであればルディにお遣いを頼む事も出来ない。


どうしたものかと悩みながらルディの頭を撫でると、ドワーフの一人がルンバルドは何処だと怒鳴り声を上げた。


仲間のドワーフたちもようやくルンバルドがいない事に気付いたようで、周囲をキョロキョロと見まわしながらルンバルドの名を呼ぶ。

生徒たちも周囲を見回し、迷子のドワーフを探しているのだが、誰も見つけられないようだ。


「またあいつは…」

「どうせまた珍しいもんでも探しに行ってるんだろう。そのうち戻る」


ドワーフたちはルンバルドが居なくなることには慣れているようで、いつもの事だと大して心配もしていないようだ。


「探しに行ってみましょう。もしかしたら、何か道具を作る為の材料を集めに行っているのかもしれないわ」

「はー…ルンバルドさんも問題児だったか」


どうしてマチルダの周りは問題児だらけなのだと呆れたゾフィは、自分も問題児である事を棚に上げたらしい。

人込みから離れた二人は、学園のあちこちを探し回る事にした。


ルンバルドが興味を持つとすれば、魔法生物が飼育されている飼育場だろう。

学園には貴重な魔法道具も保管されているが、それは学園の地下に保管されており、厳重に魔法がかけられ守られている。

魔法を使う事の出来ないドワーフが突破できるような警備では無かった。


「飼育場に行ってみよう。まさか植物園にはいないだろうし」

「そうね、そうしましょう」


そうとなればすぐさま行動すべき。

小さく頷いた二人は、小走りで飼育場へと向かい始めた。


◆◆◆


普段ヘルメルが管理している飼育場は、生徒たちにとっては授業を行うだけの場所。

魔法生物に興味のある生徒は、放課後に世話の手伝いをしに来ることもあるようだが、マチルダもゾフィもわざわざ来ることは無かった。


「狙うならモバンズとか?毛皮が高く売れる」

「毛皮を剥ぐなら死んでしまうわ。わざわざ材料を集める為に学園の飼育場に忍び込んで命を奪うような事をするかしら?」


虹色に輝く兎のような生き物なのだが、とても臆病で普段は地面に深い穴を掘って隠れて暮らしている。

地面を掘って逃げられないように地中に結界魔法を張っているという話を聞いた事があるのだが、それが本当の話なのかは知らない。


モバンズと書かれた木札が掛けられた木枠の中を覗いてみるのだが、小さな生き物どころかルンバルドの姿も見えなかった。


「いないみたい。もっと奥かしら?」

「えー…この先って危険生物指定受けてる生き物ばっかりだよ?魔法も使えないドワーフがわざわざ行くかな…」


火を吐く獅子、鋼鉄の棘を持つヤマアラシ。その他にも生徒だけで近付く事を許されないような危険な生き物が飼育されているのだ。


マチルダですら近寄ろうと思わない場所に、ルンバルドが一人で行くとは思えない。

これ以上探しても飼育場にはいないだろうと判断し、次の場所を探しに行こうとしたマチルダは、足元に転がる物に気が付いた。


「これ…」

「何それ?」

「ルンバルドさんの物よ。宝物だって言っていたのに…」


拾い上げたそれは、金色に輝く小さな手鏡だった。鏡の部分は割れてしまって何も嵌っていないが、手の中に収まるそれは、確かにルンバルドが見せてくれた宝物の手鏡だ。


「ここに落ちてるって事は、ルンバルドさんここに来たんじゃないの?」

「そうよね…でも、どこへ行ったのかしら」


周囲を見回してみても、不思議な生き物がいるだけでドワーフはいない。

ルディを呼び出し手鏡の匂いを嗅がせてみたのだが、ルンバルドの匂いが残っていないのか薄すぎるのか、ルディはか細く鳴きながら近くをうろうろするだけだった。


「困ったわね…」

「どうかしたかい?罰則は明日からの筈だけれど」

「…ごきげんよう、ヘルメル先生」


この男は人の背後から声を掛けるのが趣味なのだろうか。ぬるりと現れたヘルメルは、いつも通りニコニコと人好きのしそうな笑顔を浮かべている。


「先生、ドワーフ見ませんでした?」

「ドワーフ?生徒たちが集まっていた所にゴブリンも一緒にいたと思うけれど」

「友達のドワーフが迷子なんです」

「ふうん…?悪いけど、僕は見ていないよ。ここに来るようなドワーフなのかな?」


ヘルメルを警戒していないゾフィは、懐いている生徒の一人としてあれこれ聞いている。

何故探しているのか問われれば、友達だからお別れの挨拶をしたいのだと誤魔化してくれたが、ヘルメルはチラチラとマチルダに視線を向けて何か勘繰っているようだ。


「そういえば…その子は以前僕が捕まえて来た影食い狼だね。随分元気そうだ」

「ルディと名付けて可愛がっておりますわ」


影食い狼が人に懐くという話を聞いた事がないのか、ヘルメルは興味深そうにマチルダの足元に座っているルディを観察する。

捕まった時に何か酷い目に遭ったのか、ルディはヘルメルに低い唸り声をあげているのだが、噛み付くようなことは無かった。


「折角苦労して捕まえたのになあ…」

「何故、この子だけを捕まえたのですか?」

「影の中を移動する魔法が気になってね、研究したかったんだよ。その子だけ捕まえたのは、群れの中でいじめられていたっていうのも理由の一つだけれど、他の個体は全頭影に潜っちゃったんだ」


便利に使わせてもらっている影の中を移動する魔法。その魔法がどうにか人間も使えないかと研究する術師は多いが、そもそも影食い狼は捕獲する事が難しい。


ルディが群れで苛められていたという事には驚いたが、まだ説明を続けるヘルメル曰く、ルディは影に潜るのが下手だという事に更に驚いた。


「多分影の中を泳ぐのも下手な個体なんじゃないかな?影の中では呼吸が出来ないらしくてね。狼たちは地面に潜っても、少ししたら地面から出てきてまた潜るんだ」


まるで息継ぎをしているような動きをするのだとヘルメルは言った。

群れを観察していた時に気付いた事だが、ルディは他の個体に比べて潜っている時間がかなり短いようで、移動距離も短く速度も遅いらしい。


「群れで狩りをしても、この子だけ分け前が少なかったんだろうね。酷く痩せていたんだ。因みに授業で七日間くらい食べていないって言ったと思うけれど、あげても食べなかっただけだからね」


餌を与えず虐待しているのかと思っていたのだが、どうやら警戒して食べなかっただけのようだ。

食い意地が張っているのは、食べ損ねたら次いつ食べられるか分からない環境にいたせいなのだろう。


出来るだけ早く群れに戻してやろうと思っていたのだが、もしかしたらルディは群れに戻っても幸せではないのかもしれない。

マチルダの使い魔として可愛がられていた方が幸せなのだろうか。それとも、それはマチルダの勝手な考えで、苛められたとしても同じ種族の仲間と生きられた方が幸せなのだろうか。


「それで?その子にお友達の匂いを追ってもらう作戦は失敗したのかな?」

「匂いが残っていないようです」

「それじゃあ、ここには来ていないのかもしれないね。僕も探すのを手伝おうか?」

「いえ、二人で探します」


固い表情でヘルメルの申し出を断ると、マチルダはルディの頭を撫でてすぐさま背中を向ける。

一刻も早くヘルメルから離れたい。危険だと言われている男のテリトリーで、ルンバルドの手鏡が見つかった。だが持ち主の姿は見当たらない。


すぐにでもクロヴィスに報告すべきだと判断し、マチルダはゾフィの手を握って歩き出した。


「待ってよマディ!早すぎるって!」


足の長さを考えろと怒るゾフィの言葉はマチルダの耳には届かない。

一つ分かっているのは、新しい友人が仲間と共に学園から去る事が出来ないという事だけ。


長く伸ばした髭をゆったりと撫でるドワーフの姿を思い浮かべたマチルダは、ルディにルンバルドを探せと命令をして歩き続けた。


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