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不仲な家族

ガミガミと怒鳴るロルフは、ひたすら姉を責め続ける。

朝早くからマチルダを連れ出した事、それもロルフに何も言わずに行った事をとても怒っており、マチルダが怪我をしていないどころかエルマールから受け取った金貨入りの袋を持っている事で更に怒り狂った。


「怪我でもしたらどうするつもりですか!」

「するわけないでしょう、強いわよその子」


折角の昼食だというのに、怒り狂った弟のせいで未だ食事にありつけないナディアは苛々いと眉間に皺を寄せている。

使用人たちはどうすべきかと困っているのだが、呆れ顔のリカートが「支度を」と指示を出し、それに従った。


「あのう…ロルフ様、お姉様はお疲れですので」

「お姉様?!」

「ああ、帰り道にそう呼ぶように言ったのよ。素直で可愛いわ」


にこにこと微笑み、マチルダに隣に座るように手招きするナディアは機嫌が良い。

ギルドでルバトロンの捕獲代をたんまりと貰ったマチルダは、同じく機嫌の良いナディアから「お姉様って呼んでも良いわよ」と告げられたのだ。それをすんなりと受け入れ、それどころか歓迎してもらえたと大喜びで素直に「お姉様」と呼ぶ事にしたのだった。


「お腹が空いて死にそうだわ。お説教なら後にしてちょうだい」

「姉上!」


苛々と低く唸るロルフを前に、空腹に耐えきれなくなったナディアはさっさとフォークを手に食事を楽しんでいる。変身魔法を使うとお腹が空くのだと言っていたのだが、確かにその言葉の通り普段見ている朝食の量よりも遥かに多い量の食事が続々と運ばれてきていた。


テーブルに並べられては、すぐさまナディアが口に放って飲み込み、また口に放り込む。公爵家の令嬢らしくしようとしてはいるのだろうが、空腹という生物の本能には勝てないらしい。


せっせと食事を腹の中に詰め込む事に集中するナディアは、普段よりも粗暴に見えた。


「ああ…ひとまず食事だな。ぼさっとしてると全部無くなる」

「我が家は弱肉強食。マチルダも早めに慣れた方が良い」


妹に取られないようにそっと皿を引き寄せるリカートは、眉を八の字にしながらうっすらと微笑む。

そう言われて諦めたのか、ロルフは椅子を一脚引くとマチルダを座らせ、自分はその隣に陣取った。


せっせと甲斐甲斐しくマチルダの前に置かれた皿に料理を取り分け、運ばれてきたばかりの肉が乗せられた大皿を自分の前に引き寄せると、まだ不満な目をじろりと姉に向けて睨んだ。


「そう姉を睨むものじゃない。何か考えがあったんだろう。そうだろ、ナディア」

「別に深い事は何も。ただ、強いと聞いていたから、仕事に連れていったら楽しいかと思ったのよ」

「はい、とても!良い経験になりました」

「素直で可愛いわねぇ。また連れて行ってあげるわね」


にこにこと嬉しそうに微笑みながら肉を頬張るナディアは、すっかりマチルダがお気に入りのようだ。リカートは何も言うまいとばかりに黙々と食事を続けているが、マチルダがルバトロンを生け捕りにしたという話には目を見開いて驚いていた。


「凄いな」


ぽつりと呟いただけに留めたが、リカートはもぐもぐと美味しそうにロルフから取り分けてもらった肉を咀嚼しているマチルダをまじまじと観察する。


気難しいナディアが、ロルフを大切にしているという理由だけでここまでマチルダを気に入るとは思えない。

本当に嫁いでくる気なのなら、ある程度実戦で使い物になる必要がある。それを見たかっただけのつもりが、思ったよりも実力があった故に気に入ったのだろう。そう判断したリカートは、面倒くさいだろうからともう口を挟むことはしなかった。


「そういえば、お父様とお母様はおでかけ?」

「父上はまた城で仕事。母上は相変わらず社交に忙しいよ」

「ああ…いつもの日常だわね。平和で良いけれど」


この家族はあまり仲が良くないのだろう。会話を聞いているマチルダは、口を挟めないままナディアとリカートの会話を聞き続ける。

ロルフは興味が無いのか、それとも聞いても無駄だと思っているのか、マチルダの世話をしながら自分の胃袋に食事を詰め込み続けている。


「良いんじゃない、平和で」

「一応親なんだから…とはいえ、平和である事は事実だし、俺も過ごしやすくて良い」

「マチルダの前でする話では無いでしょう」


どんな顔をしていれば良いのか分からず、曖昧に視線を彷徨わせるマチルダを気遣い、ロルフは静かに兄と姉を諫めた。

ごめんねと小さく詫びたリカートとナディアは、何か楽しい話題に切り替えようと視線をうろつかせた。


「随分な物言いだな、我が子たちは」

「父上」


部屋の扉を開け放つと同時に、不満げな男の声が響いた。その声の主が誰なのか分かっている三人は眉間にうっすらと皺を寄せ、分かっていないマチルダだけがぱっと背後を振り向いた。


「公爵様」

「やあ、我が家の食事には満足しているかな?」

「はい、とても美味しいです」

「それは良かった。私も食事にしようかな」


流石に父親との食事を拒否する程子供ではないのか、三人の子供たちは無言のまま静かに食事を続ける。マチルダが反応してくれたのが嬉しいのか、遅れて入って来た公爵ことオスカーはにこにこと微笑みながら自席に付いた。


「聞いたよフロイデンタール嬢。ルバトロンを生け捕りにしたんだって?」

「ルッテンベルグ様が仰るには小さな個体だそうですが…」

「小さくても生け捕りに出来るのはとても素晴らしい事だ。誇って良いよ」


もしも我が子が同じ事をしたのなら、オスカーはもっと褒めてくれるのだろう。そう思ったのだが、実際の子供たちは何てことはなさそうな表情で、綺麗に食事を平らげた皿を前にデザートを待つ。

楽しそうにしているのはただ一人、オスカーだけという異様な空間。使用人はいつも通り静かなすまし顔で、用意していたらしい食事をせっせと主の元へと運び続けた。


「もう明日には帰ってしまうんだろう?残念だなあ、仕事に追われてなかなか君と会話を楽しむ時間も無かった」

「ああそうだ、父上。仕事は済んだのですか?」

「いや、まだ暫く王都に留まる必要がありそうだ。お前たちも残りなさい」

「私もですか?待機の間はギルドの仕事をしていても構いませんわね?」

「ああ、良いとも。だが、我が家の仕事が最優先だ」

「心得ております」


オスカーがどんな仕事をしているのかは知らないし、ラウエンシュタイン家の仕事がどんなものなのかも知らない。

ロルフに聞けば教えてくれるのだろうが、実家に帰りたくないと唸るような男に実家の事を聞くのは何となく憚られて聞けないままだった。


「マチルダもそのうち我が家の一員になるだろう?我が家はね、国の荒事担当なんだ。戦争ならば最前線に常にいる。そうじゃない時は、王宮術師でも対応出来ない魔法生物の駆除作業とかね」


もぐもぐと美味しそうに肉を頬張るオスカーは、既にマチルダを嫁として迎える気でいるようだ。ロルフが小さく咳払いをしたが、デザートを楽しみにしているマチルダを気にして席を立つことは無い。

だが、その話をすぐにやめてほしいという欝々とした何かはマチルダにも感じ取れた。


「まあ、嫁いで来た子を前線に出すような事は無いんだけれどね。でも君みたいな強い子なら大丈夫かな?」

「父上」

「何だいロルフ。フロイデンタール嬢は強いよ。前線に出しても問題ないどころか即戦力だ」


そう言い切ったオスカーの目が、ぎらぎらと輝いているように見える。しっかりと息子を見つめるその目は、父親が息子に向けるような目ではない。

狼が獲物に向ける目、そのもののように思えた。


「お前よりも強いんじゃないか、ロルフ?」

「ロルフ様は私よりも強いお方ですわ、公爵様。お強いからこそ、私はロルフ様に心を奪われたのです」


ロルフが貶される事が許せなかった。

許せないというたったそれだけの理由で、男爵家令嬢という身分よりも遥かに上の身分にいる男に食って掛かった。


ロルフはやめろとテーブルの下で小突いてくるが、向かい側に座っているナディアはうっすらと口元を緩ませて楽しそうだ。


「へえ?」

「前線に立つ事がロルフ様の妻になる条件だと仰せなのならば、喜んで立ちますわ」

「マチルダ、行こう。話なんかしなくて良い」

「条件?私が我が家に嫁ぐ女性に求めるのは、強さと子供を生む事だけだよ」

「では、望む通りに致しましょう。私の強さはご存知のようですから」


口元だけをにっこりと緩ませたマチルダは、エメラルドグリーンの瞳をしっかりとオスカーに向ける。絶対に目を逸らしてなるものか。もしも睨むだけで相手を攻撃出来る魔法があったなら、絶対にその魔法は使いこなせるようになってやろう。

そんな魔法が無い事を知っているから、今はただ睨むだけだとしても愛しい人を貶されているこの場所から逃げない事を選びたかった。


「ロルフ様は弱くなどありません」

「随分惚れ込んでいるじゃないか。男としてこれ程嬉しい事は無いな?」


にこにこと穏やかに微笑むオスカーは、のんびりとした声色でマチルダを笑う。息子が年頃の女性にこれ程愛されているのなら、親としては嬉しいものなのだろう。


だが、ロルフから聞くにオスカーはよくいる父親のように我が子を愛する父親ではない。

肉を食べ終えたオスカーは、食後のデザートを待ちながらそっと目を細めて手を組んだ。


「うん、やはり君にしよう」

「父上」

「良いじゃないか。元々私は王家の血筋に我が家の血を混ぜたくないんだから」


何を言っているのか分からないマチルダに、オスカーはふふふと小さく声を漏らして笑った。父が何を言っているのか分かっているらしいリカートは、それ以上言うなと視線を向けた。


「もう良い、行こうマチルダ」


今度こそ父の言葉を遮り、ロルフはマチルダの腕を掴んで立ち上がる。

折角これからデザートだというのに、残念ながらマチルダの口に入る事は無さそうだ。


王家の血筋にラウエンシュタイン家の血を入れたくないとはどういう事だろう。君にしようという言葉の意味も分からない。


眉尻を下げ振り返るマチルダに、オスカーはばいばいと小さく手を振って微笑んだ。


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