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興味ありませんわ!

マチルダは良くも悪くも目立つ生徒だった。

燃え盛る炎のような真っ赤な巻髪。整った美しい容姿に、成績も優秀。入学したばかりの頃は眉目秀麗成績優秀、誰もが認める優等生と評されていた。


「ロルフ様!お待ちになって!」

「もうランチは終わっただろうが!」


今日も響く賑やかな声。

一人の男子生徒に恋をしてから、マチルダは悪目立ちするようになった。

恋をした女は変わるとはよく言うが、あまりに変わりすぎてしまったマチルダは、男子生徒から交際を申し込まれる事は無くなっていた。あれ程多くの男子生徒を袖にしてきたというのに、毎日飽きもせずロルフだけを追いかけ続ける姿を見せられていては、どう足掻いても無駄であると思われたのだろう。


「公爵家の長男、大金持ちのボンボン、王宮術師内定もらってる先輩…嫁入りするには超優良物件から引く手数多だったのに勿体ないなあ」


ぽつりと呟くゾフィの前で、マチルダとロルフはぎゃあぎゃあと大騒ぎをし続ける。仲良く中庭でランチを楽しんでいたのだが、ロルフは食事を終えるとさっさとマチルダから離れようと立ち上がったのだ。


それをあっさりと捕まえ、地面に転がしたマチルダは事もあろうに自身の魔具である鞭を使って器用にくるくるとロルフを拘束したのだ。

ロルフが地面に転がった事を確認すると、マチルダはすぐさま魔具を指輪に戻したが、転ばされたロルフは非常に不機嫌そうだ。


「良いではありませんか、今日はとても良いお天気ですし、休憩時間が終わるまでのんびりいたしましょう」

「君のいない所でのんびりするさ」

「私を愛していると仰せでしたのに」

「言ってない!」


ぶすっとした表情で言い放ったマチルダに、ロルフは耳まで真っ赤にしながら噛みついた。


ツキヨグサを見に行ったあの日、ロルフは確かに「君に惹かれている」と言った。結婚は無理だとも言われたが、可能性が全く無いとは言えないとも。その微かな希望に縋りたいと思うのは、当たり前の事ではないだろうか。


「結婚はまだ先の話ですし、そこはのんびり考えましょう。恋愛結婚をされる方々は結婚の前にお付き合いをするのでしょう?でしたら私たちも!」


頬をほんのりと染め、マチルダはロルフに迫る。だが、迫られた側のロルフは諦めろと首を横に振るゾフィに助けを求める視線を向けた。残念ながら、ゾフィに助ける気は無いようだ。


「ねー、ラウエンシュタインさあ。そろそろ観念しても良いんじゃない?」

「断る。結婚する気が無いのに、無責任に交際なんか出来るか」

「まあ、真面目に私との未来を考えてくださっているのですね!素敵!」


振られている事を自覚しているのかしていないのか、マチルダは両手を頬に当ててうっとりと目を閉じる。

音声無しでこの表情だけを見れば絵になる光景なのだろうが、実際はただ片思いをこじらせかけているだけだ。


どれだけ振られようが、冷たくされようが、諦める気などマチルダには欠片も無い。

欲しいと思ったものは全て手に入れる。そうやって生きて来たのだから、これから先も変わらない。


「私は諦めませんよ。貴方様の妻になるまでは、地の果てまでも追いかけて妻にすると言わせてみせます」

「随分熱烈だな」


力強く拳を握りしめるマチルダの背後から、聞きなれない男の声がした。誰だと視線を向けた三人は、それが誰なのか理解した瞬間慌てて頭を下げる。


「ああ、楽にして。ここは身分など関係の無い場所なんだから」


そう言って笑う男は、マチルダたちの先輩。上学生の一人。この国の王子でもある男だった。


「クロヴィス殿下」

「あーあ。良いから。頭を上げるんだよロルフ」


ぽんぽんとロルフの頭を撫でたクロヴィスは、三人がゆっくりと頭を上げた事に満足そうに笑った。キラキラと日の光を反射するプラチナブロンドの髪。角度によっては銀色にも見えるその髪を背中でリボンで纏めている後ろ姿は、何度か学園内で見かけていた。


男爵家の娘が王子と会話をする機会など無い。まして、ゾフィのように孤児院出身の人間など、傍に寄る事すら有り得ない事。とても遠い場所にいる人だと思っていたのに、王子様自ら話し掛けにきた事に、マチルダは驚いていた。


「君がフロイデンタール嬢だね?噂は聞いているよ」

「ハーヒェム男爵家のマチルダ・フロイデンタールと申します、殿下」


スカートの裾をちょいと持ち上げ、にこやかに挨拶をするマチルダにクロヴィスはうんうんと小さく頷きながら微笑んだ。

クロヴィスがどういう男なのかは知らないが、今のところ穏やかな人という印象になった。


「君は…ごめんよ、名前を聞いても?」

「あ、えっと…ゾフィです」

「よろしくねゾフィ。どこの家の子かな?」


クロヴィスの問いに、ゾフィは視線をうろうろとさ迷わせる。

ゾフィは孤児院出身。家を持たないゾフィはファミリーネームを持たない。この学園に孤児はそれなりにいるが、ファミリーネームを持たない、家という後ろ盾のない人間はいじめの標的となりやすかった。その為、ゾフィを始め家を持たない者たちは自然と名乗る事を恐れていた。


「えっと…その、家は無くて…」

「孤児院出身って事かな」

「はい、そうです」


もごもごと口元を動かすゾフィに、マチルダはぽんぽんと背中を軽く叩く。一緒だから大丈夫よと元気づけてやりたかったのだが、今のゾフィは生まれて初めて国の頂点に座する一族の人間と会話をしているという現実に怯え、震えていた。


「孤児院の名前は?」

「レーリヒ園です」

「そうか!それならこの先ゾフィ・レーリヒと名乗ると良い。レーリヒ園は、君の家だろう?」


そう微笑むと、クロヴィスはゾフィに向かって手を差し出す。どうすれば良いのか分からずに困惑しているゾフィは動けずにいたが、クロヴィスはそっとゾフィの手を取り、しっかりと握手をした。


「改めて。この国の第三王子であるクロヴィス・ハノ・ロイヒェンだ」

「ゾフィ・レーリヒです」


嬉しそうにはにかむゾフィは、しっかりとクロヴィスの手を握り返した。


「孤児院出身の子供たちは、皆孤児院の名前を姓とすれば良いと思わないか?間違いなく、実家なのだから」


にこやかに話すクロヴィスに、マチルダはほのかな好感を抱く。

王家の人間はもっと気位が高く、付き合いにくいと思っていた。男爵家令嬢が王家の人間と関わる事等ほぼ無いに等しいせいか、勝手なイメージを抱いているだけなのだが、隣で俯いているロルフの様子を見るに、その印象は間違っていないのかもしれない。


「殿下、何かお話があったのでは」

「ああそうだった。フロイデンタール嬢がどんな子なのか気になってね」

「私ですか?」


きょとんとした表情をクロヴィスに向けると、紫色の瞳がマチルダのフォレストグリーンの瞳を射抜く。王家の証である紫色の瞳。その瞳はほんのりと光を抱いてはいるのだが、どろりとした何かも一緒に抱えているように見えた。


「変異性マンドレイクの駆除。そして影食い狼を服従させた。入学して半年程度の女子生徒がする事ではないからね。どんな子なのか気になったんだ」


確かにマチルダのした事は大騒ぎになっていた。変異性マンドレイクを一人で駆除するのは、熟練の術師であっても難しい。影食い狼を使い魔として契約するのは更に難しい。本来影食い狼は群れで生活している生き物。

群れが連携を取って襲ってくるというだけでも面倒なのに、影の中を自在に移動できるというのは非常に厄介だった。


使い魔として契約するには、互いの血液を交換する必要がある。体の何処かを傷付け、擦り付ける必要があるのだが、それを行う前に影の中に逃げられてしまうのだ。


「どうやったんだ?」

「鞭で縛り上げ、浮遊魔法で固定し、そのままちょいと」


しれっとした顔で言い放ったマチルダに、ロルフは「そんな事をしたのか」と呆れた顔を向けた。ゾフィも引いた顔をしているが、クロヴィスは腹を抱えて笑いだす。


「鞭って何かな?」

「私の魔具ですわ」


見せた方が早いだろうと、マチルダは指輪に魔力を籠めて鞭へと変化させる。パンと音をさせながら思い切り引いた鞭を、クロヴィスは面白いと笑いながらツンツンと指先で突く。


「良いね、噂に聞いていたよりも面白い子だ」

「噂、ですか?」

「ああ。成績優秀、容姿も美しい古くから続く男爵家の御令嬢が入学してきたと話題になっていたんだよ」


残念ながらその噂は事実とは少々異なる。入学したての頃は確かにその通りだった筈なのだが、今のマチルダはただの問題児である。


恋をした男子生徒を追いかけまわし、学園のルールを守らず自己判断で変異性マンドレイクを駆除。仕上げに希少生物である影食い狼を使い魔とした。


誰がどう見てもただの問題児だ。


「俺の周りには、お淑やかで面白みのない女性しかいなくてね。君のように少々賑やかな女性は面白く思うんだ」

「それは…光栄ですわ」


光栄と返して良い物か分からないが、そう返す事しか出来なかった。ぎこちなく微笑むマチルダの手を、クロヴィスが取る。

何事かと目を瞬かせると、クロヴィスはそっとマチルダの手の甲に唇を落として微笑む。


「君が欲しい」


その言葉に誰もが言葉を失った。

何を言っているのか分からなかったのだ。一国の王子が、問題児に向かって言う言葉ではないからだ。


「それは…」

「俺の妻にならないか?」


にこにこと微笑む麗しの王子様にいち早く反応したのはロルフだった。

パンと渇いた音を立てながらクロヴィスの手を叩き落とすと、そのままの勢いでマチルダの手を握る。ぐいとその手を引き、腕の中に抱え込むと、金色に輝く瞳でクロヴィスを鋭く睨みつけた。


「御戯れが過ぎます」

「何だよ…お前は彼女からの求婚を断っているんだろう?迷惑だと叫んでいる所を何度も見たぞ」

「男爵家の令嬢を妻にする王子など、聞いた事がございません」


低く唸るロルフに、クロヴィスはむっとした表情を向けた。この場でどうしろと言うのだと困り顔のゾフィはオロオロとする事しか出来ず、口を閉ざしたままうろうろと視線を彷徨わせる。


「迷惑だと断り逃げているのなら、彼女はお前の恋人でも婚約者でもない。ただの学友でしかないお前が、俺のする事に文句を言う資格は無いと思うんだが」

「彼女を困らせるだけです」

「それを判断するのはお前じゃない」


男たちの静かな口喧嘩に、ロルフの腕の中に収まるマチルダは小さく唸る。愛しい男の腕の中というのは居心地が良いが、バチバチと見えない火花が散っているこの嫌な雰囲気の中では台無しだ。


「彼女を女の嫉妬と妬みの渦に放り込むおつもりですか?」

「この子なら戦えるだろう?」

「あのう…私の意思を無視しないでくださいませ」


恐る恐る声を絞り出したマチルダは、そっとロルフの胸を押す。本当はいつまでも腕の中に収まっていたいのだが、流石にそうもいかない。またいつか、ゆっくりと二人きりになれた時に強請る事にした。


「殿下、私は私よりも強い殿方の元へ嫁ぎたいのです」

「その点は問題ないと思うよ。俺は君よりも強いから」


随分と自信があるようだ。ふふんと鼻を鳴らすクロヴィスは余裕ありげだが、マチルダを庇うように身構えているロルフはやめろと小さく首を振っていた。


「お前はよく知っているだろう、ロルフ?」

「ええ、存じております」

「ではフロイデンタール嬢に教えてやってくれないか。お前が何度地面に伏したかを」


にんまりと笑ったクロヴィスの視線に怯えているのか、ロルフはごくりと喉を鳴らす。

何だか気に食わないなと眉間に皺を寄せると、マチルダはぎゅっと拳を握りしめた。自信があるのは大いに結構。強いと自覚していて、強い男にしか興味が無いと言っているマチルダの事も知っている。だが、強いからといって、ロルフを見下すような言葉は許せそうになかった。


「お言葉ですが、殿下。私はロルフ様以外の殿方に興味ありませんの。どれだけ高貴なお方に請われようとも、ロルフ様以外の方に嫁ぐ気はございません」

「へえ?振られたのは初めての経験だ。ますます気に入った」

「私は貴方を好きにはなれません」

「おい!」


ロルフが止めにかかるが、火のついたマチルダは止まらない。つらつらと気に入らない、その目が嫌いだ。ロルフを馬鹿にするのなら自分の持てる全てを持ってお前を消し炭にしてやるといった事を、やんわりとオブラートに包む事すらせずに並べ立てた。


「相手は王族だぞ、分かってるのか!」


いい加減にしろと肩を掴んで止めにかかるロルフに、マチルダは唇を尖らせる。


「身分など関係の無い場所だと仰せになられたのは殿下ですわ」

「そうだとしても弁えるものだろう!」

「ああ、良い良い。毎日毎日俺を讃える人間に囲まれて飽き飽きしてるんだ。これくらい言われるのは新鮮で楽しいぞ」


けらけらと笑ったクロヴィスは、風にそよぐマチルダの髪を一房取った。つやつやと手入れの行き届いた髪の手触りを楽しんだかと思うと、ふいに唇を寄せて微笑んだ。


「うん、やっぱり君は面白いね」

「私に触れて良いのは、ロルフ・ラウエンシュタイン様だけですわ、殿下」


すっと細められた目。ロルフを見つめる時には熱に浮かされたようにキラキラと輝くフォレストグリーンの瞳は、クロヴィスを冷たく見上げる。

触れられていた髪をそっとクロヴィスの手から抜き取ると、指先で摘まんで目を閉じた。


「あっ」


小さく声を漏らしたのはゾフィだった。

目の前で友人が自分の髪を焼き切ったのだ。焦げ臭い嫌な臭いが周囲に漂う。ぽいと投げ捨てた髪が、風に吹かれて遠くへ運ばれていった。


「いくら学園内で身分は関係ないとはいえ…そこまでするか、君は」

「それ程不快という事ですわ」

「王家に嫁ぐというのは、世の女性たちの憧れだと思っていたんだがな」


やれやれと肩を竦めたクロヴィスは、紫色の瞳にじとりと影を落とす。身分など関係の無いと言われている学園内だが、流石に王家の人間相手にやりすぎただろうか。

だが、愛しい男を見下されて黙っている事は出来なかった。


「行きましょうロルフ様。そろそろお昼休みが終わってしまいます。ゾフィ、次の授業は何だったかしら?」

「え?!あ、えーと…歴史だった筈!」

「眠たくなるのよねぇ…そろそろ授業が始まる時間ですので失礼いたします、殿下。ごきげんよう」


もうお前と会話をする気は無いぞと牽制するような視線を向けながら、マチルダはロルフの腕に絡みつく。ゾフィにもおいでと手招きをして、ぽかんとしているクロヴィスには目もくれずに歩き出した。


折角楽しいランチタイムだったというのに、台無しにされてしまった事が不愉快だ。

眉間に深い皺を刻み込んだマチルダの両脇で、ロルフとゾフィは大きな溜息を吐きながら頭を抱えた。


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