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男たちの無駄話

学生生活とやらに期待などしていなかった。魔法について学ぶなんて面倒以外の何物でもないし、将来自分の歩む道だって決まっている。友人を作る気も無ければ、クラスメイトと慣れ合うなんて御免だった。


だがどうだろう。入学して暫くの間はひっそりと生活出来ていたのだが、実戦魔法の授業で一人の女子生徒を蹴り飛ばしてから生活は一変した。


「私と結婚してくださいませ!」


キラキラとした目を此方に向けて、結婚の申し込みをしてきた優等生。入学してからずっと同じクラスにいるが、美人だなと思う程度で、言葉を交わした事すら無かった。その優等生が、地面にへたり込んだまま自分の手を握って結婚してくれとうっとりした顔で訴えるのだ。


正直ほんの少しだけぐらりと来た。

年頃の男ならば、とびきりの美人に迫られればぐらりとくるものだろう。きっと誰でもそういうものだ。

だがそれを素直に受け入れられる程、単純な人生を送れるわけでは無い。


変身魔法を使う家に生まれてしまった。国の為に力を使う事を条件に手に入れた公爵の地位。それを守る為、卒業後は国と実家に忠誠を誓わなければならない。その上、一族の他の人間とは違う異形の姿。それが万が一にも我が子に受け継がれてしまったら。それが恐ろしくて堪らない。そうなってほしくないから、子供を望まれたくない、望みたくないから結婚する気は一切ない。

それを許してくれない一族だから、近付けたくない。


だというのに、あの優等生は諦めが悪い。


「ロルフ様、どうして私を避けるのですか?」

「ロルフ様、今日も素敵な御髪ですわね!」

「ロルフ様、何かお好きなものはありませんか?私ロルフ様の事を知りたいのです」


毎日毎日飽きもせず、ロルフ様ロルフ様と付きまとう優等生。どれだけ冷たくしても逃げ回っても諦めない彼女に、惹かれていないと言えば嘘になるだろう。

公爵家の息子だからだとか、家の為だとか、そういう事を一切合切抜きにして純粋に好きだと訴えてくれる人を、心の底から嫌だと思う事が出来るだろうか。


「ほーんと、変わってるよなフロイデンタール」

「お前もな」


いつの頃からか付きまとうやつがもう一人。面白いからと傍に寄って来るようになった男子生徒なのだが、思っていたよりも一緒にいる時間は気に入っている。


「今日も追いかけられてんだろ」

「だから隠れてるんだろ。どっか行ってくれ」

「やだよ、お前の傍に居ればフロイデンタールに会えるし」

「直接本人の所に行けば良いだろう」

「お前が居ないと相手してくれねぇんだ」


追いかけまわしてくる優等生は、基本的に男子生徒と距離を取る。自分の容姿が優れている事を自覚しているし、貴族令嬢として育ったせいかあまり異性と距離を詰めてはならないと思っているのだ。

クラスメイトだろうと、男子生徒の名前を覚える事すらしない彼女が、ロルフにだけ異常な程距離を詰めるのだ。


「そういや、ラウエンシュタインがフロイデンタールを名前で呼ぶとこ見た事無いな」

「呼んでないからな」

「呼んでやれば良いのに」

「喜びそうだから嫌だ」


コソコソと空き教室に身を潜めている男子生徒たちの秘密の話。マチルダともフロイデンタールとも呼ばないのは、呼べば頬を興奮で染め上げて歓喜の声を上げて大喜びしそうだから。そういった理由であると知ったコニーは、肩を震わせて大笑いをし始めた。

流石に外に声が漏れないように吹き出す程度に留めてはいるが、許される状況ならば床に転がって大笑いしているところだろう。


「ていうかラウエンシュタインって長いわ。俺もロルフって呼ぼ」

「…やめろ」

「良いじゃん、友達だろ?」


いつから友達になったのだろう。じとりと嫌そうな顔をしているロルフに気付いていないのか、それとも気付かないふりをしているのか知らないが、コニーは漸く落ち付いた様子で昼食のサンドイッチに齧りついていた。


「フロイデンタールも長いんだよなー。マチルダちゃんとかマディとか呼ばせてくれないかな」

「聞いてみれば良い」

「いや絶対駄目だって言われるわ。ロルフならマチルダとマディどっちで呼ぶ?」


もぐもぐと美味しそうにサンドイッチを咀嚼しながらコニーは問う。ロルフももそもそとサンドイッチを頬張り考えると、ごくりと飲み込んで口を開いた。


「マチルダ」

「お呼びになりまして?」

「うわあああああ!!!」


背後から聞こえた聞きなれた声。

思わず叫びながら前方へ逃げたのだが、背後に忍び寄っていたマチルダはほんのりと頬を染めて何やらぶつぶつと呟いていた。


「な、な、何で…」

「索敵魔法ですわ!僭越ながらロルフ様のお背中に追跡用の印を付けておきましたの」

「何てことするんだ!」

「恋する乙女のしつこさを思い知りまして?」


ニコニコと嬉しそうに微笑んでいるマチルダは、床にへたり込んでいるロルフの前にしゃがみ込む。コニーもすぐ傍にいるのだが、全く眼中にないようだ。


「マチルダとお呼びいただけるのも嬉しいですが、マディと呼んでくださっても構いませんのに。いいえ、どうぞマディとお呼びくださいませ!」

「良い!呼ばない!良いから放っておいてくれ!」


ぎゃんぎゃんと喚き出したロルフの顔はほんのりと赤い。長い髪で殆ど隠れてはいるのだが、その隙間から覗く肌はしっかりと羞恥で染まっていた。

どうにかしてこの部屋から逃げようとしているのだが、入り口に近いのはマチルダの方だ。魔法で吹き飛ばせば話は早いのだが、流石に訓練でも無いのに女子生徒に向かって攻撃するのは気が進まない。


「なあロルフ、そろそろ諦めてデートくらいしてくれば良いんじゃないか?」

「まあ、素敵な提案ですわねケーニッツさん!」


たまには良い事を言うとでも言いたげに、マチルダはコニーに向かって笑みを浮かべる。

絶対に嫌だとぶんぶん首を横に振るロルフだったが、盛り上がっている二人はそんな様子を気にする事は無い。


「学園のすぐ傍にツキヨグサが群生してる場所があるんだ。二人で抜け出して行ってくれば?」

「あら、ツキヨグサが開くのは真夜中でしたわね。門限がありますし、見つかったら規則違反で叱られます」

「あれ、検知妨害系魔法使えなかった?」


頼むから余計な事を言うんじゃない。睨みつけるロルフの目に怯むことなく、コニーはへらへらと笑ってマチルダに提案する。

確かに検知妨害系魔法は便利な魔法だが、種類によっては高度魔法に分類されるものだ。入学して半年程の下学年の生徒が使える代物ではない筈なのだが、マチルダならば使えてもおかしくはない。


「目隠しの魔法なら使えますわ」

「さっすがー」

「使えるのか…」

「本当は耳塞ぎも使えるようになりたいのですけれど…難しくて」


いくつかある感知妨害系呪文の中で、比較的難易度の低い目隠しの魔法。一定時間他人から視認されなくなる魔法なのだが、やはりそれも下学年の生徒が使えるものでは無い。耳塞ぎの魔法は声や足音等、術者が立てる音を聞こえないようにする魔法なのだが、それは目隠しの魔法よりも難易度が高い。


「ロルフにもかけてやれば、二人で抜け出してちょっとだけ楽しんで来られるだろ。良いねぇ夜空のデート!正に青春!」


いい加減にしろとコニーの脇腹を突くが、コニーはへらへらと笑うだけだ。マチルダは既に期待に満ちた目を向けてきているし、どうやって逃げようか考えるよりも、承諾しておいてすっぽかした方が話は早そうだ。


「あー…明後日の夜なら」

「本当ですね?!お約束しておいて反故にするなんて騎士道精神に反するような事はいたしませんね?!」

「うっ」


図星だ。思わず漏れた声に、マチルダはうるうると目尻に涙を浮かべる。なんだか最低で酷い事をしている気分になってきたが、嫌だと言っているのに無理強いしてくるのはマチルダの方だ。そちらの方が酷いでは無いか。


「うわあ、ロルフさいてー。なあマチルダちゃん、俺も明後日の夜空いてるんだけど」

「気安く呼ばないでくださる?」


じろりとコニーを睨みつけたマチルダは、ふいとそっぽを向いて不機嫌そうだ。

なんて冷たい目をするのだろう。普段ロルフに見せる目とは全く違う、氷のように冷たい目。

いつもはあんなに情熱的で、蕩けた目を向けてくる人だというのに、自分ではない男ともなるとあんなにも凍り付きそうな程冷たい目を向ける。それを初めて知った。


「…せめて昼間にしてくれ」

「では今度の休日に。ツキヨグサは昼間でも美しいですし、魔法薬の材料に少しだけ摘み取りたいです」

「あ、待て!」


お約束ですわよーなんて言い残しながら、マチルダはさっさと廊下を走って行く。行きたくなんてないのに、ついぽろっと言ってしまった言葉。今からでも無かった事にしたいが、既にマチルダはその気でいるだろう。撤回されないように大急ぎで逃げていった彼女は、恐らく明日の昼休みは追いかけて来ないだろう。


「…ロルフさあ、結構フロイデンタールの事好きだろ」

「嫌いじゃないが、好きではない」

「あのな、夜じゃなくて昼間なら良いぞって言っちゃうのは、好きじゃないと無理だから」


じっと見つめてくるコニーの視線から逃れるように、ロルフはふいと視線を逸らす。

好きだとか嫌いだとか、そんな事を考えるだけの余裕がある事は良い事なのだろう。だが、先日父に懇願したばかりなのだ。マチルダに関わらないでくれと。


異形の野獣に惚れてどうするのだろう。

異形の野獣が、あの子を幸せに出来る筈がないのに。誰の事も幸せには出来ないのに。

もしも普通の男だったのならば、きっとマチルダ・フロイデンタールという女性を好きになれていただろうか。いや、もしそうならば、きっとマチルダよりも強いなんて事は有り得ないし、そうだとしたらマチルダは自分に惚れたりしない。


考えても無駄な事を考えながら、ロルフは手に持ったままのサンドイッチを口に押し込む。考えたくない。もしもを期待などしたくない。

ほんの少し好意を向けてもらえたから、たった一度だけ見せたあの姿を受け入れてもらえたからといって、全てを受け入れてもらえると期待してはいけない。肉親ですら受け入れられない事を、どうして赤の他人であるマチルダが受け入れてくれるのだろう。


「…どうせ、すぐに飽きる」


どうかそうでありますように。

燃え盛る赤い髪をした彼女に、これ以上惹かれてしまう前に。


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