好敵手
魔具を手に入れた生徒たちは、それぞれの武器を用いて戦う事に慣れるべく、毎日のように訓練に励んでいた。
「っだー!シャベルでどうやって戦うのさ!」
「もう戦う事を諦めた方が良いかもな。薬師志望なんだろ?」
「でも戦えなきゃ卒業だって危ういじゃんか!」
ぎゃんぎゃん文句を言うのはゾフィだけでは無い。魔具が武器に変化しなかった生徒全てが戦えないと文句を吐き続けていた。
「ロルフ様!私とも手合わせをお願いいたします!」
「嫌だ」
「ローゼンハインさんとは手合わせをしていたではありませんか!」
「あいつは慣れてる」
「私だって慣れる事が出来ますわ!」
どうにかしてロルフと戦いたいのだが、ロルフはそれを嫌がって逃げ惑う。一度鞭を構えて迫ってみたのだが、ロルフは困った顔をするだけで相手をしてくれる事は無かった。
リズとはやっていたのに。
どうして。どうして私は受け入れてくれないの。
不満と苛立ちでマチルダの眉間に皺が寄る。ロルフはいつも通りぼさぼさの髪の隙間からマチルダを見ているが、その目も普段通り、美しく輝いていた。
「暴れたいのなら、私がお相手いたしますわよ?」
「…結構です」
「まあ、私では力不足でしょうか」
ぱちくりと可愛らしく目を瞬かせるリズに、マチルダは苛々と小さく舌打ちをする。リズの取り巻きたちはクスクスと笑っているが、普段流しているその行為にさえ苛立ったマチルダは、リズへと向き直る。
「そこまでおっしゃるのなら…御相手願います」
「マディ、やめときなって」
「武器に慣れる必要があるもの。来月には実習もあるんだから」
落ち着けと宥めるゾフィをそっと押しのけ、マチルダはニコニコと微笑んでいるリズに向かって微笑みかける。指に嵌めていた指輪に魔力を注ぎ込み鞭を握ると、リズもまたレイピアを手に微笑んだ。
「そうこなくては」
「おい、なんか面白そうな事が始まるぞ」
生徒の誰かがそう言った。
どちらが勝つか予想し始めた生徒たちを気にするでもなく、二人は静かに武器を構えたまま相手を睨みつける。
「武器を手放したら負けですよ」
「ええ、承知しました」
了承したマチルダの言葉に満足したのか、リズが先に仕掛けて来た。
どうしたって鞭を武器にするとなると、懐に飛び込まれては動きにくい。反射的に防御魔法を発動させ、腕を振るえばリズは後方へ吹き飛ばされた。
「ローゼンハイン様!」
取り巻きの一人が声を上げた。吹き飛ばされた本人は何てこと無さそうな顔をしているのに、取り巻きたちはそうもいかないようだ。
麗しき公爵令嬢に傷でもついたらどうするつもりだと怒り狂っているが、先に仕掛けて来たのはリズだし、そもそも相手をすると言いだしたのもリズだ。文句を言われる筋合いは無い。
「鞭の扱いには慣れまして?」
にっこりと微笑んだリズは、レイピアに魔力を纏わせる。ごぽごぽと音をさせながら質量を増した水の渦が、マチルダ目掛けて放たれた。
「っ…!」
防御魔法では防ぎきれない質量。恐らくリズの魔具と、得意魔法である水魔法の相性が良かったのだろう。今まで見ていたリズの水魔法とは比べ物にならない威力に、今度はマチルダが吹き飛ばされる番だった。
ぐっしょりと濡れた服が体に纏わりつく感触が不快だ。ぽたぽたと髪から落ちる雫。長い髪が濡れていると重たくて煩わしい。ふるふると頭を振って顔に張り付いてしまった髪を払うと、手にした鞭に魔力を注ぎ込んだ。
マチルダが得意としている炎の魔法は、リズが得意とする水魔法相手では不利だ。だが、不利だとしても力でごり押しする事が出来ないわけでは無い。生み出された水全てを蒸発させるだけの火力をぶつけられれば此方の勝ち。それが出来るだけの能力はあるつもりだ。
「マディ!程々にしなよ!」
加減をしないマチルダの暴れっぷりを知っているゾフィは、既にマチルダから充分な距離を取っている。一応傍に待機しているレーベルクも生徒全員を守れるだけの防御魔法を使ってくれている事は分かっているし、もうここは思う存分暴れた方が話は早いだろう。
苛立ちをどうにかしたくて鞭で地面を叩いた。バチンと弾かれたような音が響き、僅かに火の粉がその場に散る。軽く魔力を流しているだけで火の子を散らす事が出来るのならば、炎魔法との相性は悪くない筈だ。
「集まりなさい粒子たち、全てを焼き尽くせ、炎の渦よ!」
「全てを押し流せ、万物の母たる美しき濁流よ!」
マチルダとリズが同時に叫ぶ。叫ぶと同時に己の武器を振れば、互いに唱えた詠唱通りに魔法が発動する。
肌を焦がすような熱と、全てを押し流す程の濁流がぶつかり合う。周囲を全て隠す程の水蒸気が辺りを埋め尽くし、何も見えなくなった。
仕留めるなら今。地面を蹴り、リズが立っていた場所目掛けて飛び込んだ。
「そう来ると思ったわ」
「ええ、同じ事を思っていたわ」
突っ込んでくるマチルダ目掛けてレイピアを構えていたリズ。それを予想していたマチルダは、両手で握っていた鞭をレイピアに絡みつけた。そのまま腕を振り下ろしレイピアの切っ先を逸らすと、素手でレイピアを握って思い切り引いた。
「なっ…」
マチルダの行動に目を見開いたリズは、己の手から武器が離れている事に気付くまでに一瞬の間があった。
地面に落とされたレイピアがガチャンと金属音を立てると、キラキラと光輝きリズの手首へと戻って行った。
「マディ!」
顔を真っ青にしたゾフィが、マチルダに向かって駆け寄ってくる。ズキズキと痛む掌を無視し、マチルダは鋭くリズを睨みつけ続けた。
気に入らない。入学当初から気に入らなかった。公爵令嬢であるというだけで、まるで自分がこの学園の女子生徒の頂点であるかのように振舞うリズが嫌いだった。
あまり関わる事が無いからと気にしないようにしていたのだが、ゾフィに酷い事を言った上、ロルフと仲が良い事が何よりも気に食わなかった。
「私の勝利という事で、宜しいですわね」
「言ってる場合じゃないって!凄い出血だよ!?」
自分のハンカチでマチルダの手を縛ってくれたゾフィが、構うなとマチルダの腕を引いた。まだやる気のマチルダは動こうとしなかったが、レーベンの「医務室へ」という言葉に漸く足を動かした。
その場に立ち尽くすリズの表情は、忌々しいとでも言うような、憎しみを籠めた顔をしていた。
◆◆◆
「痛いです!」
「当たり前だよ!」
医務室へ連れて行かれると、マチルダはざばざばと消毒用の魔法薬を手に掛けられていた。凄まじく沁みる代物だが、するすると治って行く傷を目にしていると、仕方ないと思うしかなかった。
「何であんな事したんだよ!レイピアは剣だって事分かってるよね!」
「もしあれが戦場だったなら、ああするのが一番だったでしょう?」
「魔具使えば良かったじゃないか!形質変化魔法使えるだろうに!」
ガミガミと怒り続けるゾフィに、マチルダは気まずそうな表情を浮かべる。
何があったのか何となく察した医務室の主である魔法医師は、ゾフィの言う通りだとマチルダに厳しい視線を向けた。
「もしも戦場で同じ事をすると言うのなら、私は君を魔術師とは認めないよ」
「何故ですか?」
「強さを過信してはいけない。何のための魔具だと思っているんだい?己の体をなるべく傷付けない為だ。慣れるまで魔具と対話しなさい。君の一生の友なのだから」
仕上げとばかりに匂いのキツイ薬を掛けられたマチルダは、指輪に戻っている自分の武器をじっと見つめる。
ふにゃふにゃと曲がって使いにくい。どうせなら剣になってくれれば良かったのに。魔力を通してみても、狙った所に攻撃を当てる事すら難しい。こんな武器を手に入れるとは思っていなかったせいか、暫く振るってみてもなかなか手に馴染んではくれない。
「対話…出来るかしら」
ぽつりと呟いた言葉に、ゾフィは小さく溜息を吐く。
「私もシャベルと対話しないとなあ」
腰から鎖でぶら下げたシャベルと指先で突いたゾフィと共に、問題児二人組は大きな溜息を吐いて項垂れるしかなかった。
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