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相棒

その日、生徒たちは皆浮足立っていた。

大人の魔術師として認められる記念すべき日。これから先の人生を共にする相棒との出会いの日。


「さて、皆集まったな」


学園の訓練場の片隅に集められた生徒たち。皆どことなく浮足立ったまま、皆じっと教員を見つめたまま動かない。

教員の傍らに置かれた銀色の塊をじっと見つめるその瞳は、興奮に染まっていた。


「本日はお前たちが心待ちにしていた時間だ。これからお前たちに魔具を与える」


その言葉に、誰かが小さく歓声を上げる。

魔具とは一人前の魔術師には無くてはならないもの。術者が魔力を注ぐと活性化する特殊な道具で、一人一人違う形へと姿を変える物。術者は死ぬまで一つの魔具を愛用し、術者が死ぬと同時に魔具は形を失い銀の塊へと戻る。


魔術師と魔具は一心同体。魔術師になる事が決まった魔術師の卵たちの憧れ。今からそれを手に入れる事が出来るのだ。


「魔具の塊はどれを選んでも性能に変わりはない。各自一つずつ手に取れ」


教員がパンパンと手を叩くと、生徒たちはわらわらと集まり塊を手にして元居た場所へ戻って行く。マチルダとゾフィも他の生徒と同じように塊を手にすると、元居た場所へと戻った。


両手に収まる程度の大きさの塊。ひやりと冷たいそれは、これからどんな姿になるのか分からない。誰もが期待と緊張に満ちた表情で手の中を見つめ続けた。


「では魔力を籠めろ」


その言葉に、生徒たちは恐る恐る塊に魔力を籠め始める。生徒の一人が真っ先に魔具を活性化させたらしく、どこかで小さく声が上がった。


「すげぇ!」

「剣か、良いじゃないか」


ちろりと視線を向けた先で、男子生徒が嬉しそうな表情を浮かべている。銀色の細身の剣を手にし、日の光を反射させて喜んでいた。

次々に姿を変える塊たち。剣の他にも、盾、槍、ペン、ペンダント…様々な姿に変わっては、持ち主たちを喜ばせていた。


「え、嘘でしょ…」

「どうかした?」

「何でシャベル?!」


ゾフィの手の中に収まる銀色の小さなシャベル。まるで園芸用のそれは、ゾフィの思う武器では無かったようだ。

魔具は基本的に武器へと姿を変える。だが、ペンダントやペンのように武器とは思えない姿に変わる者もいた。その中でも、ゾフィのようにシャベルに姿を変えるのは珍しいようで、教員も物珍し気な目を向けていた。


「これでどうやって戦うの…」

「…叩くとか、刺すとか」

「超近接武器じゃん!」


ぎゃんぎゃんと叫ぶゾフィを憐れむように、少し離れた所に立っていたリズは自分の手にした塊に魔力を籠めた。マチルダにもその様子が見えており、じっと観察していると、リズの手の中で塊は真っ青な光と共に姿を変えた。光が収まると、リズの手には銀色に輝くレイピアが握られている。


「綺麗…」


そう呟くリズの周りでは、取り巻きの女子生徒たちが素晴らしいですとはやし立てている。


「お、ロルフはナックルダスターか」

「ああ…魔法より打撃力で勝負しろって事だろうな」


リズのすぐ傍にいたロルフとコニーの会話。コニーは短剣を持っているが、ロルフの拳には鈍く光るナックルダスターが装備されていた。


「あら、ラウエンシュタイン家の方の殆どはナックルダスターをご使用されていますわよね?正しくラウエンシュタイン家の男子といった武器ですわ」

「そっちのレイピアもな」

「お互い実家の伝統を守りましたわね」


にっこりと微笑みながらロルフに声をかけたリズは、ちらりと視線をマチルダに向けた。何だか威嚇されているような面白くない視線だが、マチルダに直接何か言ってくるわけでは無いのだから、苛立つ事は無い筈。


だが、リズがロルフとの距離を詰めて話し掛けに行くのが面白くなかった。


「マディは?」

「ちょっと待ってちょうだい」


周りを観察している場合ではない。まだ魔具を活性化させていないのはマチルダだけだ。慌てて魔力を注ぎ込めば、手にしていた塊は他と同じように真っ青な光を放った。


眩しさに耐え切れず目を閉じた。目を閉じていても感じる眩しさが収まり、そっと目を開くと、そこにはくるくると巻かれた鞭があった。


「女王様かよ」


ぼそっと呟いたゾフィと共に、マチルダは鞭を見つめながら固まっていた。剣を扱う事には慣れ始めていたが、鞭は触った事が無い。どう扱えば良いのかも分からず、そもそも戦うには少々扱いが難しそうな武器を手にしてしまった。


「どう…しましょう」


二人揃って扱いに困る物が武器となってしまった。揃って溜息を吐けば、ロルフと話していたリズが此方を見て小さく笑った。


「ねえラウエンシュタインさん、後で私と手合わせしてくださらない?」

「君と?」

「ええ、ローゼンハイン家の女ですもの、強い方と戦うのは私も好きですのよ」


リズの言葉にぴくりと反応したマチルダは、ぎこちない動きでロルフとリズの方を見た。勝ち誇ったような、喧嘩を売る様な視線を此方に向けるリズと目が合ったような気がしたが、ロルフはリズのその表情には気が付いていないようだ。


「あー…構わないが」

「えっ」


ロルフの返事に、コニーが驚いたように声を漏らす。

ゾフィも小さく声を漏らしていたのだが、マチルダはきゅっと唇を噛み締めるだけだ。


「フロイデンタールにはあんなに冷たくしてたのに」

「リズ…あー、ローゼンハインは幼馴染でな。昔からやりあってるから…」

「ええ、慣れておりますの」


勝ち誇っていたのはそういう事か。納得いくと同時に、なんともいえない悔しさがマチルダの胸を重くする。

ランチを一緒にしてほしいというお願いはあんなにも嫌がって逃げ惑ったくせに。どうして手合わせをしてほしいというリズのお願いはあんなにもすんなりと受け入れるのだろう。


普段の実践魔法の成績は、リズよりもマチルダの方が上だ。魔具を手にした今後は変わるかもしれないが、少なくとも現時点ではマチルダの方が強いのに、殺しかねないと心配した相手よりも弱いであろうリズとの手合わせはすんなりと受け入れたロルフが信じられなかった。


「面白くなさそー…」

「そんな事無いわ。あのお二方が幼馴染だとは思わなかったけれど」

「まあお互い公爵家だもんねぇ。顔を合わせる機会だって色々あっただろうし」


昔馴染みなのだから、ある程度仲が良いのは当然だ。そう続けたゾフィは、そろそろ離れろとチラチラ視線を向けているのだが、向けられているロルフもリズも気付いていないらしい。


「よし、ではそれぞれ自分の魔具の扱いに慣れろ。魔力を纏わせるなり、振ってみるなり何でも良い」


もう少し何かアドバイスをしてくれるだとかそういう事は無いのかと言いたげな生徒たちの視線に、教員は小さく咳払いをする。

憧れていたのならば最低限の知識は持っていると思っているのだろうが、知識として知っているのと、経験はまた別の話だ。


「あー…まずは装備して、魔具へ魔力を流し込む。人それぞれ得意魔法があるように、魔具も補助するのが得意な魔法があるからな。それを探せ」

「レーベルク先生ぇ、シャベルってどうやって装備すれば良いですかあ」


間延びした声で、どうにも出来ないぞとシャベルをプラプラと揺らすゾフィに、レーベルクと呼ばれた教員は小さく唸る。


「後で一緒に考えよう」

「ありがとーございまーす」


つまりこの後居残り。ちょっとした反抗のつもりだったゾフィには、居残りは想定外だったようで、不満げに唇を尖らせた。


「では私の魔具をお手本にしようか。私の魔具は弓だ」


そう言うと、レーベルクは指輪を嵌めた手をひらりと顔の横へと持ち上げる。魔力を籠められた指輪は、青く発光すると大きな弓へと姿を変えた。


「矢は無い。己の魔力を矢として放つんだ」


銀色に輝く大きな弓。よく見る狩猟用の武骨なものではなく、装飾が施された美しい物だ。それを構えると、レーベルクは天へ向かって魔力で出来た矢を放つ。

雲にも届きそうな程高く遠く飛んで行った矢を見ながら、生徒たちは小さく感嘆の声を漏らす。


「私と同じように弓を手にした者も居るな。魔力を遠くへ飛ばす事を考えろ。また、道具を使えば更に強力な魔法を使えるようになるだろう」


慣れれば更に特殊な魔法を使えるようにもなる。そう言いながら、レーベルクはもう一度弓を構えた。

今度は生徒の間を縫った地面へ向けた照準。小さく何か呟くと、光り輝く魔法の矢は三つに分かれて地面を抉った。


「凄い…」


思わず漏れたゾフィの声。この学園で教員をしているという事は、レーベルクもまた、国の中で優秀な魔術師の一人なのだと再確認をした気分だった。


「因みに武器の状態から装身具へ変えられるようになるのが今日の授業だ。使いやすいように変化させるように」


普段は身に付けやすいように姿を変えておくのが常識。そういうものであると知識としては知っているが、いざ実際にやってみるとなるとなかなか難しいものだった。


「鞭ならば、このまま腰に装備していても宜しいでしょうか」

「構わないが、ホルダーから外し、構え直すというモーションの無駄が発生する。例えば指輪に変えておけば、魔力を注げばすぐさま手に握った状態で構えられるぞ」


既に装身具に変化している生徒は今日の授業でやる事は無い。むしろ、この先どう使って戦うかを考える方が苦労しそうだ。


「俺はピアスにしようかな」

「短剣なら手元にあった方が良いだろう」

「手に何か付いてるの落ち着かないんだよ」


コニーは手にしていた短剣に魔力を注ぎ込んだらしい。光の粒がコニーの左耳へ宿ると、銀と緑色の石が付いた小さなピアスへと姿を変えた。


「見事なもんだな」

「どーも。形質変化の魔法は得意なんだ。ロルフはどうする?」

「あー…バングルにでもするか」


そう言うと、ロルフもコニーと同じようにナックルダスターに魔力を籠めた。光の粒がロルフの左腕に集まると、黒い石が嵌った銀色のバングルが嵌った。


「しまった。これじゃ外れない」

「良いじゃないか、どうせ外すもんじゃないんだし」


ぐいぐいと手首からバングルを外そうと格闘するロルフに、コニーはけらけらと笑う。まるで手錠だと嫌そうな顔をしているが、ロルフの手首を飾るバングルはとても美しく見えた。


「ねー、どうやっても形変わらないんだけど!」

「魔力を籠めるだけみたいよ?」

「やってるって」


眉間に皺を寄せ、シャベルを握って格闘しているゾフィは、他の生徒と同じように魔具の姿を変える事が出来ないらしい。魔力を籠めている証拠にシャベルは淡く光っているのだが、形が変わる事は無かった。


「マディもやってみてよ」

「ええ、そうね」


手にした鞭に魔力を注ぐ。出来ればロルフと同じようなバングルになってほしかったのだが、そういえば以前どこかで見た指輪が素敵だったなと考えてしまったのが悪かった。


「あ」

「わあ…ごっつ」


マチルダの左手中指に輝くリング。リングと呼ぶには大振りすぎるそれは、まるで甲冑のようなごつごつとしたデザインだった。


「似合うじゃん」


ゾフィは面白そうに笑っているが、マチルダは不満だ。もっと可愛らしいデザインにしたかったのに、これでは猛獣遣いのようだ。


「どうですか?」

「似合うんじゃないか」


きゃいきゃいと嬉しそうな声。リズがロルフに手首を見せているが、そこには細身のチェーンブレスレットが輝いていた。


「くっ…」

「おーい、どしたのマディ」

「ロルフ様…何故あのようにお優しい言葉を…!」

「あー、はいはい、なんか安心するわ」


面白くない。心底面白くない。

一緒に料理をしただけで、他の女子生徒よりも近い距離にいられていると思うなんて愚かだった。

ロルフは公爵家の息子で、見た目も悪くないのだ。敵は多いに決まっているのに、アピールしている女子生徒が居なかった事や、ロルフ自身が女子生徒に興味を示さなかった事で安心しきっていた。


幼馴染同士ならば間違いなくマチルダよりもリズの方が距離は近い。なんとしてでもリズよりも距離を縮めなければ。わなわなと拳を握りしめるマチルダの指で、新しい相棒は鈍く光り輝いていた。


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