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マチルダ・フロイデンタールと申します


鈍い衝撃と例える言葉は聞いた事があるけれど、実際に衝撃を体に受けると、鈍いどころの騒ぎでは無かった。

体のあちこちが千切れて飛んで行ってしまったのではないか?と思ってしまう程の衝撃。言葉では言い表せない程のそれは、細い体を天へと舞い上げた。


「勝負あり!」


高らかな宣言と共に、地面へと叩きつけられる衝撃。十八年生きてきて初めての衝撃。無様に漏れた呻き声に、勝利を讃えられる男は申し訳なさそうな顔をしながら駆け寄ってきた。


「すまない…怪我をしているんじゃないか?医務室へ…」


もごもごと詫びる男の声は低い。大柄と一言で表すには大きすぎる体をなるべく小さくしながら、彼はそっと手を差し伸べてくれた。


「う…」

「大丈夫か?加減が下手なんだ」


長く伸びた男の髪。その隙間から覗く金色に輝くその瞳には、無様に地面に転がったままの女が映されている。

差し出された手をそっと取り、痛みに顔を歪ませたまま起き上がる。動いてくれた事に安堵した男に向かって、女は叫んだ。


「私と結婚してくださいませ!」


マチルダ・フロイデンタール、十八の冬の事だった。


◆◆◆


マチルダ・フロイデンタールは優等生だった。子供の頃から優秀だと褒めそやされ、成長するにつれその美貌も持て囃された。


誰もが彼女は素晴らしい術者になると期待をしたし、マチルダ本人もまた、そうなるべきだと考えた。

品行方正であれ、文武両道、眉目秀麗を地で生きる人間になれ。幼い頃からそう言い聞かされて来たのも理由の一つであったが、マチルダ自身が「そうなりたい」と思いながら生きて来たのだ。


くるくると毛先の巻かれた癖毛。何をどうしているわけでもなく、長く伸ばした髪は不思議とロールを巻くようになった。燃えるように真っ赤な髪は、誰もが目を奪われる美しさ。


十八になり、王立魔法学校バーフェン学園に入学してからは、注目の的であり続けた。

自由な校風、出自よりも本人の成績と能力を重要視されるこの場所で、彼女は常にトップだったのだ。


「レディフロイデンタール!」


学園の中庭を歩いているだけで声をかけられるなんて日常茶飯事。食堂で昼食を楽しんでいる時でも、授業終わりに少しだけ居残っている時でも、マチルダに声を掛ける者は多い。


頼むから放っておいてくれと思っていても、絶対に顔には出さずににっこりと微笑む様に心掛けている。


「何かしら?」


ツンと吊り上がった目。キツイ印象を与えるこの顔では、無表情なり不愛想な態度を取ればすぐさま「意地が悪い」と言われてしまうからだ。


「お、俺とお付き合いしてくれませんか!」


顔を真っ赤にさせながら大声で叫ぶ男子生徒。確か隣のクラスのルーベルトとか言っただろうか。生徒たちが集まるこんな場所で何を言い出すのだ。小さく溜息を吐き、マチルダは男子生徒に真直ぐ向き直る。


「ごめんなさい、お断りします」


見た目は悪くない。背も高いし、体も引き締まっており他の女子生徒ならばすぐさま「よろしくお願いします」と返事をするのだろう。

だが、マチルダはそんな見た目だけの男に用はない。


「弱い殿方に興味ありませんの」


そう言い放ったマチルダに、周囲のギャラリーは「またいつものか」と憐れむような視線を男子生徒に向けた。

マチルダの返事が最初から分かっていたのか、男子生徒は胸元から真っ白な手袋を取り出してそっと投げる。


決闘の申し込み。


学園に入学してから半年足らずで何度目の手袋だろう。やれやれと溜息を吐いたマチルダは、仕方なさそうにその手袋を拾い上げた。


「いつでもどうぞ」

「俺が勝ったら…」

「ええ、私は貴方のものです」


お約束しましょう。

そう微笑んだマチルダに、男子生徒は一気に距離を詰める。バチバチと凄まじい音が鳴っている。両手から閃光が迸っているところを見るに、雷系の魔法なのだろう。


仮にも求愛している相手を丸焦げにしそうな勢いだが、この決闘を見ている誰もがマチルダの勝利を確信している。もう見ている時間も惜しいとばかりに、誰か救護室から先生を呼んで来いと声がした。


マチルダの周囲を風が囲む。制服のスカートが翻り、深いスリットから脚が露わになろうが構う事無く、マチルダは相手の動きから視線を逸らさない。


何故動かない。それ程相手にならないと思われているのか。そう悔し気な表情をしながら突っ込んでくる男子生徒に、マチルダはそっと手を差し出した。


パチンと小さな音が鳴る。マチルダが指を鳴らしたのだ。

刹那、男子生徒の体はふわりと宙を舞い、天高く放り出される。


藻掻く事すら出来ず舞い上がった体をどうする事も出来ないまま、地面に叩きつけられた男子生徒は白目を剥いたまま動かなかった。


「あらあら、ごめんなさいね。加減が苦手なの」


これでも苦手な風魔法を使ったのだけれど。

それは流石に口に出さなかったが、手で口元を隠しながら様子を伺うマチルダは余裕綽々、砂埃で汚れる事すら無かった。


「少しは相手してあげたら?」

「忙しいのよ。そう言うならゾフィが相手をしてあげたら?」

「やだよ、面倒臭い」


ギャラリーの中から出て来た友人、ゾフィ。クリーム色の不思議な色をした髪はくるくるとあちこちを向いており、ふわふわと可愛らしい印象の女子生徒だ。


魔力はあまり強くないが、魔法薬学の成績はマチルダと互角。親は何処で何をしているのかも分からないらしく孤児院にいたそうだが、マチルダを「普通の女の子」として扱ってくれる数少ない友人だ。


「あの人死んでないよね?」

「流石に殺してはいないと思うけれど…私に挑むってことは、こういう事も覚悟しての事でしょう?」


にっこりと悪びれもせずに微笑むマチルダは、正に悪役令嬢のようだ。


「もう少し優しくしてさしあげたら宜しいのに」

「挑んできたのはあちらですもの」


金色の髪をハーフアップで纏めている女子生徒。公爵家の御令嬢、成績も優秀。そして容姿端麗である事から、彼女はマチルダと比べられる事が多かった。

それが、彼女にとっては大いに不満なのである。


「本気で挑んでこられた相手に、本気で応えないのは失礼ではなくて?」

「私が本気で応えてしまっては、きっと彼は今頃神の元へと還っているでしょうね」


ふふふと小さく笑うと、マチルダはくるりと背を向けて歩き出す。これから用事を済ませてさっさと寮に帰るのだ。やる事は山のようにある。誰よりも強く、誰よりも美しい術者になる為には。


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