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終末の日の朝 女王様編Ⅰ

 そして、とうとう七日目の朝を迎えてしまったのです。


「まぁ、なんて清々しい朝なのでしょう」


 ここは妖精の里。

 女王の間であり、妖精たちの集会所にて、ワタクシはいつものとおり椅子に座していました。変わらぬ己の定位置から、うっとりした目で天上を見上げていましたの。


(ご覧なさい。この晴れ晴れとした空の青いこと……)


 雲一つない快晴の空から、朝の初々しい光が降り注いできます。

 ワタクシは思わず椅子から立ち上がって、ひとり、切り株の壇上の中央に立ちます。そして、ふわりと両腕を大きく広げました。


 季節の変わり目の空気が、お肌に涼しい。

 広げた腕で目いっぱい光を抱き留めて、ワタクシは静かにこの美味なる空気を吸い込みました。


 このまま柄にもなく、クルクルと踊りまわってしまいそう。空から吹いてきた風も、優しく背中を押しているようです。


 ざざっと、舞い散るのは――美しき青灰色の葉。


 見上げた先にあるのは、里を覆う天上の枝葉。そのすべての葉に、生命の色が失われている。

 ところどころに葉が抜け落ちて、枝の骨が剥き出しに。その隙間から差し込む光が、里の大地を明るく照らしているのです。


 まだら模様の芝も、いまや一つの色に馴染みました。

 青灰色の葉は恵みの雨のように、しとしと降り続け――我ら妖精族の終末を祝福します。


(このまま両手を上げていたら、衣装が汚れてしまうかもしれませんね。けれど……)


 誰も見ていないのだから。

 少しお行儀が悪くてもよろしいかしら?


 と、思った瞬間――間の悪いことに大扉の向こうから来訪者を告げるベルの音が鳴り響きました。


「…………」


 ワタクシは、つつましく腕を閉じた後、そそくさと椅子の上に戻りました。ティアラがずれてないか確認し、そばに杖もあることを見てから「どうぞ、いらっしゃい」と優しく声をかけます。


「おはようございます、女王様ッ!」


 扉の向こうからやって来たのは、四人の妖精です。

 お食事当番を示す料理帽とエプロンを身につけて、四人の妖精たちは大きなお盆をうんせと運びながら飛んできました。

 白の料理帽をかぶった妖精が、元気な声で言いました。


「女王様、朝のご飯をお届けにまいりました!」

「まぁ、ありがとう。いつもごくろうさまね」

「い、いえいえ! ぼくらの大切なお当番ですからっ!」


 白帽の妖精は、照れ照れして身をよじります。四人でお盆の端を持っているものですから、途端にバランスを崩しそうになって、残りの三人が文句を言ってきました。


 彼らの寸劇は置いておいて、ワタクシはそばにある杖を手に取って、軽く宙で一振り。すると、切り株の床から木のツルがするする伸びて、あっという間に即席のテーブルが出来上がりました。


 今朝もテーブルの上に、お盆が無事着地しました。四人の妖精はふーぅっと息を吐いて、ささっと横一列に並びます。


「こちらは、サラダになりまっす」


 赤帽の妖精が説明をはじめました。


「朝一番に収穫したナッパちゃんを、きれいなお水で洗って、ふんわり盛り付けまっした。産地直送、無農薬でっす」


 今度はとなりの緑帽の妖精が「こっちはスープれす」としゃべります。

 妖精たちは、みんな働き者ばかり。こうやって毎日丁寧に食事の説明をしてくれるほど、仕事熱心なのです。


「今年はお芋は不作れしたが、その代わりにキノコがたくさん取れたので、具だくさんスープにしましたれす」


「お飲み物は、湧き水を汲んできました! スースーする薬草も入れて、飲み口さわやかです!」


「こっちゃ、木の実のデザートですのん。冬眠前のリスから、しこたま奪い取ってきましたのん」


 大葉のフタを取ると、お盆の上は豪華な朝食が並びます。


 ワタクシが微笑めば、四人は顔を見合わせてはにかみました。どの子も本当に良い子たちばかりです――ええ、単純で、従順な、ワタクシのかわいい妖精たち。


「あのっ、それと女王様……!」

「おやつに、ケーキを作る予定ですなのん!」


 白帽の妖精が言いかけた言葉を、端っこにいた青帽の妖精が先走って口に出したものだから、またも妖精たちのケンカがはじまってしまいます。二人のケンカをよそに、赤帽と緑帽の妖精が交互に説明してくれました。


「女王様が元気になるよう、貯蔵したハチミツをたっぷり使いまっす!」

「すすす、すっごく大きなケーキを作るんれす!」


「お飾りにお花をきれいにあしらいまっす! 木の実や果物もいっぱいに!」

「オイラたち、ものすごーく頑張りますれすから!」


 小さな手をぶんぶん動かして、一生懸命に話す妖精たちのなんて微笑ましいこと。


「そう、それは楽しみですね」


 そう言って、ワタクシはお盆の上のフォークを手に取りました。

 みずみずしいサラダをつつこうとする瞬間、四人の妖精が――白帽と青帽は取っ組み合ったまま――期待に満ちた眼差しを向けてきます。


「――と、その前に」


 ふっと、ワタクシは優雅にフォークを置きました。


「お薬がまだでしたね」


 すっと振り返って、切り株の脇――ずっと隅っこに生えている茂みに隠れている、とある妖精へ声をかけました。


「ふふっ。隠れていないで、あなたもここへいらっしゃいなさいな」


 カール。

 と、その妖精の名を呼びました。


 草の茂みがぽうっと光ります。そこから、三角帽子をかぶった妖精カールがおずおずと飛んできました。

 その手には、とっても大事そうに……小さな木の器を抱えて。

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