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ノシュアの取引Ⅱ

「ノ、ノシュア君!」

「夜分にどうもすみません」


 俺はすっと頭を下げて、扉の隙間から身を滑り込ませた。


「それと、驚かせてしまったことにも」


 石畳の床に落ちた鎧の胸当てを拾い上げて、俺は言う。胸当てはそのまま、村長さんが作業をしていた机の上に戻した。


 地下の小部屋には、大きな作業台が一つと、今、村長さんが座っている丸い椅子が置いてある。この部屋も物置として使われているのか、くるりと見渡せば、壁際には積まれた木箱やいくつもの道具袋が壁に掛けられていた。


 なかでも、俺の気を一番引いたのは鎧立てと武器立てである。木で作られた人型には鉄の腰当てや小手らが装着されていた。武器立てには――昼間に礼拝堂で借りた、あの剣が収められている。


(どれもよく手入れされているな)


 戦いと無縁に近い、のどかな山村には不釣り合いかもしれないが……作業台の上のランプに照らされて、金属の装備品たちは勇ましく銀色に照っている。


 鎧の方も、村長さんが礼拝堂で身につけていた装備だ。話を聞けば、村長さん自らの手でこれら武器と防具を管理しているのだという。


「それにしても、よくこの地下室の場所がわかりましたね」

「俺、眠れなくって部屋でぼーっとしていたんです。そしたら、ドアの外から足音が聞こえてきて……」


 なんだろう? と、俺がそっと部屋から出てみると、村長さんがひとりこっそり物置に入っていく姿を目にした。


「ああ、あと……息子君が石化事件の時に『地下室に隠れていた』とも言ってたんで」


 それでピンときたんです。

 と最後の情報をつけ足すと、村長さんは深くため息を吐いた。


「ハァ、あいつめ。まーた、地下を遊び場として使ってたな? ここには武器もあるし、危ないから入ってはダメだと、いつも口酸っぱく言っているのに……」


 ぼやきながら、村長さんは胸当ての手入れを器用に終わらせた。先に終わっていた兜と一緒に鎧立てに戻すと、お次は例の武器に取りかかろうと手を伸ばす。


「秘密の隠れ場所みたいで、かっこいいんですよ。俺にもワクワクする気持ちはよくわかります」

 

 少年の肩を持つように、俺は気さくに笑う。

 その間も、俺のアイスブルーの瞳は村長の手元にばかり追っていた。


「本当に立派な地下室ですね。床も、壁も石材で囲われて、かなり頑丈に造られている」

「私の母が子どもの時から、ここはすでにあったそうなんです。私らの家もどちらかというと、この地下室が先にあって、その上に新しく立て直したのです」


 そこから、村長さんの話がつらつらはじまった。


「私がまだ、息子と同じくらいの歳には、この地下の部屋にはもっとたくさんの武器防具がそろっていましてな。思うにここは昔、武器倉庫として使われていたんじゃないかと、私は思うんです」


 サンガ村は、その昔、戦に負けて逃げ延びた戦士たちが隠れ住んだ土地という話だ。もしかすると、自分たちの古い過去を、ぜんぶこの地下に封印していたのかもしれない。


「けれど、ほとんど売ってしまいまして」

「えっ、そうなんですか? もったいない」

「鉄は高く売れましてな。母の代の時、不作や家畜の病が流行った年が続きまして……売ったお金で食料など、村人たちの生活に必要なものをそろえたんです」

「それなら、よい判断をしましたね」

「ええ。ただ、やはり思い入れがあったんでしょう。この一式だけは手元にずっと残しておくよう、母に言われました」


 以来、私が母の――モラの代わりに、この剣と鎧を引き継いでいるのです。


 そう言って、村長さんはさび止めを塗り終えた剣を掲げた。両手で重そうに柄を握りしめて、ふんぬぅ、とうなる。

 銀色に光る刀身の表面はなめらかで、名前などは彫られてはいない。


(だが――)


 俺はすっと目を細めた。

 鍛冶屋や商人ではないけれど……剣の良し悪しは昔から嫌というほど教えられたから、目利きには自信がある。記憶のなかの光景と、目の前の剣の造形を重ねてみた。


(柄の装飾の細かさといい、紋章といい……)


 そう。それは、まぎれもなくあの――。


「サンガ村は小さな村です。場所も地形も、おおよそ便利とは言いがたい」


 俺の考えごとをよそに、村長さんの話は続く。


「それでも、私は村の代表者です。私はもっと、村人たちの暮らしをよくしてやりたい。これは、嘘偽りのない私の願いであって、祖先に対しての誓いであります」


 村の歴史から、話が切り替わる。去年に亡くなった村長さんの母親こと、モラおばあさんは村人からとても慕われていたらしい。村の年長者として、みなを見守っていたのだと。


 村長さんの声のトーンが落ちる。背中はしょぼくれ、反射する剣の刀身が浮かない顔を映していた。

 なるほど。と、俺は合点がいった。


「だから泉の水を名物にして、村の知名度を上げようと?」

「……我ながら、いいアイディアだと思ったんですがねぇ。ほかの村にはない、特産物といって思いつくものといえば、あの洞窟にある湧き水だけなので」

「でも、ちょっと強引すぎるというか……」


 泉のある洞窟へ向かう道に立てられた看板。もりもりに書き込まれた効能の数々のうさんくさいこと。

 俺が言葉を濁すと、村長もわかっていたのか重い息と重なった。


「そうですね、ちょっと強引過ぎましたな。私は焦っていたのかもしれません。みなに慕われていた母が亡くなって、いよいよ自分ひとりの力で……村を束ねていかねばならなかったので」


 ガタン。ずっと掲げられていた剣が、作業台の上に下ろされる。

 ふぅ、と村長さんが力を抜いた。重い剣を長く持ち上げていて少し疲れたか、しばらく呼吸と共に肩が上下していた。


 その後、ふふっと小さな笑い声を立てて、村長さんは俺の方へ顔を振り向かせた。


「こんな愚痴、若い人に言うもんじゃありませんね」

「いや、そんなことないですよ」


 力なく微笑む村長に、俺は言った。


「誰でもいいから、口に出したほうがいいです。悩みごとっていうのはね、そのほうが気持ちが楽になりますから。それに俺もわか――」


 言葉を止めて、俺は慌てて言い直す「――そ、想像つきますよ? 人を束ねなきゃいけない……そのっ、重さってのを!」


 ムコーの村では、泉の水を霊水と称して売った件もあり、サンガ村の村長の印象はよくない。けれど、少なくともここの村人たちは、村長さんの真意を理解してくれているようだ。


(この村の人たちはみんな、いい人だもんな)


 ウェンディに会いに、村長さんの家に次々来訪した人たちの顔を思い出して俺はうなずく。


 ただの旅人の個人的な見解に過ぎないが、そのことだけを伝えると、村長さんに「ありがとう」と言われた。

 鼻をすする音に、俺はちょっとだけ……自分の言った言葉に気恥ずかしさを覚えるのだった。

 コホンと咳払いして、無理やり話題を変える。


「泉は凍ってしまいましたが、これからどうするんですか?」

「ああ……湧き水が飲めないのは残念ですが、かえってよかったのかもしれませんねぇ……」


 幸い、生活水自体は、井戸で十分まかなえるという。


「ほかの村との商売は、なにか別の方法を見つけます。養蜂や、狩猟の方法もありますから……ああでも」

「でも、なんです?」

「これまでの信用を回復させるのがまず先ですなぁ。私には前科がありますから、まず最初にムコー村の村長に謝罪して、なにか友好の証となるものを贈らなければ……」


 しかし、なにを贈ろうか?

 と村長さんは首をひねった。泉の水は論外だし、動物の毛皮はすぐには用意できないし、食料は……これからやってくる冬を思うと、簡単には手放せない。


「まぁ、なんとか村人たちと話し合ってどうにかしましょう」

「…………」

「ノシュア君は、今後どうされるつもりで?」

「俺はさすらいの冒険者ですから」


 旅を続けるつもりです。

 と、答えた。


「ただ、その前に野暮用がありますが」

「野暮用?」

「じつは村長さんに話があるんです――ウェンディ抜きで」

 

 村長さんは目をぱちくりさせた。「はぁ、なんでしょう?」と間延びした声で尋ねるも、俺の目が剣にじっと注がれているのに気づいて、彼自身も己の手元に目を落とす。


「その剣、俺に譲ってくれませんか?」


 ある人物の、鼻に突きつけてやりたいので。

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