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タイムリミットⅠ

「ノシュアちゃん、大丈夫!?」


 石の扉が開いた。

 薄暗い礼拝堂のなかが少し明るくなり、俺は振り向いた。


 真っ先に飛び込んできたのは、淡いライム色の光だ。光のなかで、ウェンディが顔を青くしてこちらを見ている。


「全然出てこないんだもの、返事くらいしなさいよ」

「ウェンディか……」


 俺はちょうど、服についていた砂埃をはたいていたところだった。その手をいったん止めて、俺はまわりをしきりにグルグル旋回し出す妖精に「大丈夫だよ」と応えて、落ち着かせた。


「うおっ、これはまた……なんということでしょう!」


 ぬっと、入口から顔をのぞかせた村長さんが叫んだ。その後ろで、祈祷師のおじいさんも「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。


 二人はおずおずと、なかへ入ってきた。俺はまず、村長さんに頭を垂れた。


「すみません、油断していました」

「ノシュア君。ああいや、君が無事ならば、なによりで……」


 言葉を詰まらせながら村長さんは、俺と、その背後にあるものを交互に見ていた。村長さんの後ろにくっついてきたおじいさんも、そのまま俺の脇を通り過ぎて、まじまじとソレを見つめる。


「あわわっ、まーたしてもコイツは……石になっちまったんか?」


 俺は振り向いて、石像を指でつつくおじいさんに、うんとうなずいて答えた。

 俺の背後、礼拝堂の中央に立っていたのは――盗賊フリックの石像であった。


 泉の洞窟で見た時とはまた別のポーズで、物言わぬ石は直立している。顔は横向きに、少し目を見開かせて……そして、誰かに指示を出すかのように、片方の腕を上げていた。


 その方向へ、俺たちは一斉に顔を向ける。


「…………」


 ジオだ。フリックの石像はツノの男ジオを指さしていた。


 その場にいた全員の視線を浴びても、彼は涼しい顔を……いや、どちらかというと、きょとんと目を瞬かせている。


「コイツめ! また悪さを働かせおってからに!」


 鎧を着た村長が、腕を前に身構える。反対に腰を抜かした祈祷師のおじいさんは、ずりずりと後ずさりをした。


 人を石に変える術を使う例の紅い小手は、ジオの体の脇に下ろされている。その腕には、破かれた麻の袋がくっついたままだった。

 

「まずい、まずいですぞ……」


 我々もまた石に変えられてしまう!

 と、おじいさんは背を向け、地面にうずくまる。おじいさんの言葉に、飛んでいたウェンディもすっと俺の肩に寄った。


「ノシュアちゃん……」

「…………」


 俺はそんなことよりも、ジオの足下に落ちた――例の剣だけを見ていた。


(うまいこと、暗がりに隠れているな)


 横目でちらっとウェンディの顔を見れば、彼女の視線はジオと村長さんの緊迫した対峙にのみ向けられている。


「ウェンディ、行こう」

「へっ?」


 そう言って俺はひとり、礼拝堂の入口へ足を進めた。「ち、ちょっと、待ちなさいよ!」と、ウェンディは声を上げて、慌てて後からついてくる。


「村長さん、すみません」


 すたすたと扉まで来たところで、俺は村長さんに声をかけた。


「後のことは、お願いしてもいいですか?」

「えっ? ノ、ノシュア君?」

「そいつのことは、放っておいてあげてください。大丈夫、もうこれ以上なにもしてきませんから」


 そうだよな?

 と、俺がジオに呼びかけると、彼はこくんとうなずいた。依然として、脇にぴたりと下ろされたままの紅い小手がなによりの証だ。


 フリックの石化は時間が経てば元に戻る。このまま静かな方がいいだろう。そんなことを俺が提案してみると、村長さんは難しい顔をしながらも「わかりました」と了承してくれた。


 俺はウェンディに、先に外に出るよう促した。最初、礼拝堂のなかにライム色の光を見たときはひやっとしたが、彼女は終始、床に落ちた村長さんの借り物の存在には気づかなかった。


(それでいい……)


 俺はもう一度、村長さんたちにこの場の後始末をお願いして、それからウェンディに続いて、外に出ようとした。

 去り際に、紫の瞳と視線を交わして――。



 * * *



「バッカねぇ」

 

 そんなウェンディの感想からはじまった。

 礼拝堂での後処理を村長さんたちにまかせて、俺たちはサンガ村へ戻る途中であった。


 村に通じる長い階段をのろのろ登っていく。一段一段上がるさなかに、俺はさっき礼拝堂のなかで起きたことをウェンディに話した。


 盗賊フリックに隙を突かれて、危うくピンチになりかけたことを。そして、それを助けてくれたのが、あのツノの男であると。


「村長さんたち、本当にあそこに残したままで大丈夫だったかしら?」


 紅い小手は麻の袋でくるまれていたが、とんがった爪先にあっけなく破かれてしまった。心配そうに礼拝堂の方を振り向くウェンディに「大丈夫だろう」と俺は言った。


「逃げる様子もないし……たぶん、もうこっちから変なことしなければ、あいつも人を石に変えるようなことはしてこないと思う」

「えーっ、そんなの当てずっぽうじゃない」


 でも――。

 と、最終的には俺の言ったことに、ウェンディも同意してくれた。


「まぁ、アタシも助けてもらったことだし」


 ウェンディも、俺が到着する前の泉の洞窟で起きたことをつらつら話しはじめた。フリックが石化した後で、閉じ込められていたビンのふたをジオに開けてもらったらしい。


「あいつに関しての下手な詮索はやめておこう。考えてもわからないし、本人に尋ねようにもトンチンカンな答えが返ってくるし……それに――」

「それに?」

「――俺たちにはもっと、別の問題のほうが重要だからさ」


 そう、妖精族を滅びから救わねば。

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