礼拝堂の囚われ人たちⅣ
(減らず口を)
その時だ。
ドンドンッ! と、礼拝堂の石の扉が外から叩かれた。
「ノシュア君!」
村長さんの声だ。
「なかなか出てこないが……なにか問題でもありましたか?」
心配して、声をかけてくれたようだ。俺は「大丈夫です」と、重い扉の向こうにも聞こえるよう声を張り上げた。
「もう少しだけ時間をください。こいつ――ツノの彼に聞きたいことがあるので」
「わかった、どうかお気をつけて。我々は外で控えてますから、いつでも声を上げてくださいね」
そうして、また礼拝堂のなかはしんと静かになった。
「さてと――」
俺はもう一度だけ、ジオと向かい合う。
改めて外見から見直しても、ツノといい、怪しい紅い小手といい、頭から爪先まで黒ずくめの格好といい……謎の多い奇妙な男である。
「じゃあ、一つだけ」
一つだけ。最後の質問を俺はやつに尋ねた。
「おまえは、いったいどこからやってきたんだ?」
一番シンプルな問いを投げてみる。また無言か、適当にあしらわれるのがオチだと思っていた。
しかし、意外にあっさりとその口は開いたので、俺は驚いた。
「はるか遠い、終焉の日」
「……ますます、わからん」
俺はため息を吐いた。
もうこれ以上はなにも言えない。付き合うだけ無駄なような気がして、ここから引き下がる決心がついた。
「ごっそさん」
と、盗賊フリックが言った。
空の包みと皮袋を、地面に転がすように投げ返される。コロコロ転がるそれらが俺の足に止まったところで、再びフリックの口が開いた。
「そういや、俺様も聞きたかったんだ。てめぇの出身地を」
俺はまた、ジオの方へ振り返ろうとした。
しかし「ちがう、ちがう」とフリックが声で制す。
「そっちのツノ野郎じゃない。てめぇに聞いているんだ」
俺のことか。
「……べつに」
どこだっていいだろう。と、俺は素っ気なく返した。
結局、謎の男は謎のままだ。もとい、俺や妖精族の一件になんの関わりもないことはわかっていたことだったが。
(そろそろ、立ち去るか)
俺は足下に転がった包みと皮袋だけでも回収していこうと、身を屈ませた。
「惜しいなぁ。そろって、高値で売り飛ばせそうなのに」
ぴたり、床に伸ばしかけた手を俺は止めた。前に屈んだ姿勢のまま、アイスブルーの瞳だけを動かせば、値踏みするような視線とかち合う。
「知っているか、ガキんちょ。珍しい見た目の人間ってのも、買い手がつくんだぜ?」
もちろん、あのちびっこいのもな。
高笑いが響くなか、俺はおのずと剣から鞘を引き抜いた。
「そういえば、おまえにはウェンディの礼をしていなかったな」
抜いた鞘は、後ろへと放り捨てる。
村長さんの言っていたとおり、手入れの行き届いたきれいな刀身であった。赤茶色の錆の欠片も、まったく見当たらない。
ちょうど俺の立ち位置が礼拝堂の中央で――天井窓の真下だったから、落ちる日の光が刃を銀色に輝かせた。
それはもう、ギラギラと。
「ちょっと待ってくれよ」
鼻を鳴らし、盗賊は両方の手のひらをこちらに向ける。ニタニタと、挑発的な笑みはそのままにこう言った。
「ほんの冗談だって、なぁ?」
「冗談は嫌いだよ」
俺は剣を手に、小悪党へと近づく。
剣は重く、両手で柄をしかと握りしめた。俺の使っていた護身用の剣よりも刀身は長く、重量感も体感で倍近く感じる。
れっきとした、戦士用の剣なのだ。
まだ成人になりきれていない若造の俺が扱うにはまだ早い代物で――おかげで、一歩一歩の歩みにブレが生じていた。
だからこそ、この時、俺はもっと冷静になるべきであった。へらへら笑っているフリックの態度に、もっと疑いを向けるべきであったのだ。
「で、本当のとこはどうなんだよ。あん?」
フリックの挑発は続いた。
俺はやつの目の前まで進み、足を止める。
「その髪、目、肌……ツノ野郎やちびも大概だが……まず、てめぇみたいな見た目の人間にゃ出会ったことがねぇ。おまえこそ何者なんだよ、どこの辺境から来たんだ?」
「まったく答える義理はない……」
その口を黙らせるべく、俺は息を吸って大きく剣を振り上げた。
ほんの脅しのつもりだった。憎たらしい顔の脇に、一閃を叩き込んでやる算段であった。
「甘ぇよ、クソガキ!」
だが、その瞬間を盗賊は狙っていたのだ。
俺が振りかぶった際、片足が後退した隙をやつは見逃さなかった。重心を支えているもう片方の足めがけて、やつはあろうことか蹴りを入れたのだ。
「!」
床が剥き出しの土だった――ずるりと、靴裏が滑る。
わずかな滑りだったとしても、振り上げた剣の重さが致命的になった。体の重心を見失い、すべて後ろ向きに引っ張られてバランスを崩した。足はすでにふんばりが、効かない。
「オラッ!」
そのまま、フリックが立ち上がりざまに俺に体当たりを決めた。叫ぶ間もなく、俺の体は吹っ飛んだ。衝撃で手から剣の柄もすっぽり抜けてしまう。
ズザザザッ。
砂の擦れる音がいやに長く続いた。
砂埃が周囲に充満するのを、臭いで感じた。痛みにうめく俺は、地面に体を横向きに伏していた。その眼前に、やつの汚い靴が降り立つのが見えた。
「だから、ガキだってんだよ。けっ、すぐ熱くなりやがる」
まったくだ。
悔しいけれど、心のなかで賛同した。
「おい、てめぇ」
頭上でフリックの声が響く……ただし、その声の方向は下向きではなく、まったく別の方向に向けられていた。
「てめぇの足下に転がっている。その剣……そうだ、そいつをおれのところに持ってこい。得体の知れねぇやつは苦手だが……ま、ここから逃げたいなら、俺様と協力し――」