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礼拝堂の囚われ人たちⅢ

 俺はばっと、右側を振り向いた。


「あっ!」


 この時になって、俺はようやくこの礼拝堂のなかに閉じ込められている人間が、もう一人いることを知った。盗賊ばかりに気が向いていたので、まるで気づかなかったのだ。


 壁の小さな窓穴から差し込む、光の帯。その向こうにある暗がりに、俺は黒い塊を見つけた。目をこらして、ようやくそれが黒いマントにくるまって座り込んでいる人だと察した。

 そして、その人物が――。


「おまえはッ……!」

「…………」


 ギョッとして、俺は身を引いた。

 あの時の……ツノの男、ジオがそこにいた。


 暗がりのなかで、やつはのそりと動いた。左右に軽く振った頭には、依然として奇妙な二つの突起が生えている。


 わずかな身じろぎにも俺は即座に反応した。手に持っていた食料を床に落とすと、村長さんから借りた武器を構える。


「おい、動くなッ!」


 すっと目を細くして、俺は暗がりのなかを観察した。

 黒いマントに隠れて見えにくかったが、首にかかるロープからして、あいつにもフリックと同様の拘束が施されているらしい。


 だが一番の問題は別にある。やつの強力な武器である――例の紅い小手はどうしたのだろう。

 俺は少し身を乗り出して確認した……こちらも大丈夫だ、左手には石化対策に麻の袋が被せられている。


(まさか、こいつも一緒に礼拝堂に入れられていたとは……)


 そりゃ、フリックが別の場所に移動してくれと、しきりに騒ぐわけだ。

 なにせ、この謎の男。サンガ村を襲った張本人で、人を石に変えるという怪しい秘術の使い手なのだから。


 いったん武器を下ろして、俺は元の位置へ戻る。その間も、やつの紫の瞳がじっと俺の顔へ向けられていた。

 暗がりだったから、という理由もあるが……その目に宿る感情の色が、俺にはいま一つ読めなかった。


 ジオはいやに静かであった。抵抗する様子も、警戒する様子も見せず、ただ影のなかにたたずんでいる。


(一体、こいつの目的はなんだったのやら……)


 泉の洞窟で相まみえた時の、やつが言った言葉が頭によぎる。たしか『力を……』なんとやらとか言っていた。


(さっぱり、わかんないな)


 石化の害も結果的になかったことだし、なにがしたかったのだろう。


 とにかく、俺はやつの視線を払うように背を向けた。足下に落ちた食料を一人分だけ拾うと、まずはフリックの元へ軽く投げて渡した。


「けっ、しけた量だぜ」

「文句があるなら食うなよ」

「おい、その残りの分も俺様に寄こせよ。あっちのやつ、なんにも口にしねぇからさぁ」


 フリックの要求はぷいと無視して、俺は残った食料を手に体の向きを変えた。片手だけで重い武器を持ち続けるのは少々酷であったが、警戒は解かずに俺はもう一人に近づいた。


「ほら、パンと水だ」

「…………」


 適度な距離まで詰めて、俺は食料を床に置いた。

 しかし、ジオは飯になど目もくれない。先ほどと同じように、じーっと俺の顔だけを見ている。


「な、なんだよ」

「…………」

「自慢の紅い手は使えないようだが、ちょっとでも怪しい動きをしてみろ。こっちには武器があるんだからな」


 そう言って、俺は武器を――一本のロングソードを両手で握りしめた。ちなみに抜き身ではない。あくまでも脅しのため、(さや)に収まったままだ。


 剣を前にしても、やつは顔色一つ変えやしない。なんにも言葉も交わすことなく、お互いの視線だけが交差する時間が流れた。


 先に痺れを切らしたのは当然、俺の方だった。もういい、この際ストレートに尋ねてみる。


「なぜ、サンガ村を襲った?」

「…………」


 やつは答えない。

 誰かの差し金か、それとも盗賊のように盗みを働くつもりだったのか。思い当たることをぜんぶ口に出してみるも、ツノの男はなにも言わない。


 俺の言ったことすべてに、首を振るだけだった。


「じゃあ、ほらなんだ……なんか言ってたよな、おまえ」


 あの洞窟で。と俺はおぼろげな記憶の情景を、なんとか思い出そうとうなりながら言った。


「力が……どうのこうの……」


 この時、ジオははじめて首を縦に振った。

 そして、低音の声が静かに響く。


「力は示された」

「はぁ?」

「我が名はジオ――明け星の観測者」

「それは前に聞いたっての」


 俺はあきれて、剣を下げた。


「言っておくけれど、俺はおまえの敵だからな。なにもなかったとはいえ、おまえのせいで村の人達は酷い目にあったんだ。俺の連れもな……」


 無論、妖精ウェンディのことだ。

 今は、すっかり元気に飛びまわっているが。おまけに彼女ときたら、村人達から崇められて、えらく調子にも乗っている。


(改めて考えると、これといった因縁が思い浮かばないような……)


 啖呵(たんか)を切った手前、格好がつかない。俺はがしがしと頭を掻いた――が、ふと剣を見て思い出した。


「そうだ、おまえには俺の剣を折られたんだっけ」

「…………」

「あ、これはちがうぞ。この剣は村長さんからの借り物で――」

「へぇ、そんな上物があの村にあったのかよ!」


 不意に、フリックが高い声を上げた。俺が怪訝な視線で振り向くと、やっぱりやつは盗賊らしく村長さんの剣に目を光らせていた。


「ずいぶんご立派な剣じゃねーの。俺がこの村の家という家を家捜(やさが)しした時にゃ、見当たらなかったのに……ちくしょうめ!」


 俺がジロリとにらみを利かせても、やつはへとも思わず、ひとり勝手に悔しげに歯を食いしばっている。


「……くくっ。でもま、やっぱりこんなしけた村でも金目のもんは、ちゃんとあったんだな」


 俺様の目に狂いはなかったぜ!

 と、いやらしい得意気な表情に、俺は心のなかで舌を出した。

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