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礼拝堂の囚われ人たちⅡ

「おい、食料を持ってきてやったぞ」


 村長が脇によけて、代わりに俺が石の扉へ話しかける。

 扉の向こうで、盗賊フリックはしばし口を止めたようだが、やがて「あっ!」と短い声を上げたのがわかった。


「その声……あの時のガキんちょか!」

「もっと扉から離れるんだ。じゃないと、開けてやれないよ」


 まぁ、腹減りで苦しんでもいいっていうんなら、話は別だけど。

 と、俺が冷たく言うと、中から下卑た笑いが聞こえてきた。


「へ、へへ……飯か。そいつは、ありがてぇな」

「…………」


 なにか企んでいる様子が、ひしひしと伝わってくる。俺は反射的に、片手を腰のベルトに伸ばした――が。


(あ、そうだった)


 忘れていた。護身用の剣がないのだ。

 持ってきていない……というか、あの泉の洞窟で使い物にならない状態にさせられたことを、今更ながら俺は思い出した。


(まいったな。さすがに、武器がないと心もとない……)


 俺がひとり渋い顔をしていると、横から村長さんが声をかけてくれた。


「ノシュア君、私が行こう。さっ、そのカゴやらを――」

「いや、大丈夫です。村長さんは万が一に備えて、外で待機しててください。まぁ、うまいことやってみます……」


 俺は半分ごまかすように笑ってみせた。

 一応は向こうも丸腰だし、簡単な手枷もつけられているらしい。下手な心配をしなくて平気だとは思うが。


 村長さんは了承して、俺に礼拝堂の鍵を渡してくれた。扉を開ける前に、俺はやっぱりもう一度だけ周囲を見まわしてみる。農作具や太い木の枝でもいい、なにか護身用になる道具はないものかと――。


「そうだ、念のためにこれを」

「?」


 なにやら柄の長いものを、村長さんは俺に差し出した。それは汚れのない白い布に丁寧に包まれていて、一見するとなんだかわからない。


 ただ受け取った瞬間、ずしりとした重みに思わずうめいた。

 包まれている布には、これまた丁重に紐で縛られている。俺は村長さんに促されるまま、その紐を解いた……。


「!」


 そして現れた物に、俺は大きく目を見張るのだった。


「これは我が一族に伝わる家宝なのです。私が今着ているこの鎧と一緒に、大事に大事に保管されてきました」

「…………」

「ふふっ、なかなかに立派な代物でしょう? 年代物だというのに汚れはもちろん、錆の一つもありません!」

「…………」

「これほどの名品は、きっと鍛冶屋をまわりにまわっても、そうそうお目にかかれるものでは――」

「…………」

「うん? どうしましたか、ノシュア君。急に黙り込んでしまって……」


 俺はただ呆然と見つめていた。

 今、手元にある――ソレを。


 遠くから「なに、ぼーっとしているのよ!」とウェンディの叱咤する声が聞こえて、俺はようやく我に返った。


「あ、すみません……その、立派な武器だったので、つい……」

「そうでしょうとも、そうでしょうとも!」


 村長さんは嬉しそうに言った。


「お若いのによい物を見る目をお持ちですな。もっとも、よく斬れる分、扱いには十分に気をつけてくださいね」

「それなら問題なく。才能は別として、一応、剣術の心得も持っていますから」


 そう言って、俺はその武器を握りしめた。

 石の扉の向こうにいるフリックに向かって、脅し文句を口にする。「こっちには武器があるんだ、怪我をしたくなかったらもっと扉から下がれ」と。


「ハンッ、わかったよ」


 悪態をつくフリックが「これでいいかよ」と返事をする。ずいぶんと声が遠くなったところで、俺は扉に鍵を突っ込んだ。


 ガチャリ。


 それから、ウェンディ、祈祷師のおじいさん、村長さんが見守るなか、俺は素早く礼拝堂へと入っていった。



 * * *


 

 背中向きに、重い扉をそっと閉めた。


(なかは、薄暗いんだな……)


 まず最初に、土の臭いがした。

 中へ入る時に踏み出した足の、靴裏がざらりと滑る。足下に目を落とせば、床は剥き出しの土で、木板も石畳も敷かれていなかった。


 石の壁には、窓の穴がいくつか開いている。どれも人の頭ほどの小さな窓のため、堂内に差し込む光も微量だ。

 中央の天上にも穴が開いているらしい。鳥よけの金網でもついているのか、格子の形をした光が、くっきり地面に落ちている。


 俺は天上の穴を見上げて思った。きっとここは、死者へ祈りを捧げる場所と同時に、遺体の火葬場も兼ねているのだろう、と。さしがね、天上の穴は煙突代わりか。


(あのおじいさんの言うとおり、ちょっと罰当たりかもな)


 それでも、頑丈な造りをしているだけあって、人を閉じ込めておくには最適の場所でもある。

 そんなことを考えながら、俺は正面向こうの壁際に座っている盗賊を見据えた。


「よぉ」

「…………」


 盗賊フリックは顔を上げて、へらりと笑う。


 その手にはロープの枷がつけられていた。左右の手首が、肩幅ほどの間隔で繋がれている。また、その繋ぎの中央の結び目から、今度は首にかかっているロープの輪と結ばれていた。

 食事など、軽く動かす分には不便のないような結び方だ。俺は警戒を怠らずに、慎重にやつとの距離を詰めていった。


「まさか。またてめぇとツラ合わせるたぁ、思わなかったぜ。あのあと、あいつ――ガンスの野郎はどうしたんだ?」


 盗賊からの質問に、俺は「さぁな」と淡々と応えた。「笛は壊した、きっと一人で下山したんじゃないのか?」と言うと、それだけでフリックは百を承知したように、苦々しく顔を歪めた。


「あんの野郎め! 今度会ったら、ただじゃおかねぇぞ」

 

 子分の敗北には、特に疑いを持たないらしい。丸々太ったのんびり顔を思い出して、俺もひそかにうなずいた。


「明日には、ムコー村から役人がやってくるそうだ。おまえらが言っていた、なんとか盗賊団の悪名がどれほどかは知らないけど……ま、盗みの処罰は確実だ。もう逃げられないぞ」

「けっ、別に逃げやしねぇよ」


 俺の言葉に、やつは吐き捨てるように言った。


「むしろ好都合だぜ。この村から出る足をご丁寧に用意してくれるだなんてよ。ただで荷馬車に乗れるなんて最高だな」

「悠長なやつだな。さっきまでは、あんなに情けなく『出してくれー、出してくれー!』ってうるさかったのに」


 俺の煽りに、フリックはなぜだか、さっと顔を青くした。「そ、それは……」となにか言いよどむやつを無視して、俺はさっさと食料を渡そうとした。


「ん?」


 ――ここで、俺は食料のパンが入ったカゴをまじまじと見た。

 パンは布きれに包まれていたのだが、二食分あった。同様に水の入った皮袋も、きちんと二つ用意されている。


「ただなぁ、逃げないから……その、別の場所にいれてくれよ。どこでもいいからさぁ」


 きょとんとしている俺をよそに、フリックはしゃべりはじめる。


「俺様は、こ、こいつと一緒なのが……まじ、勘弁だぜ」


 こいつ?


 おれはいぶかしむ顔のまま、二つ分の食料を床に置こうとした。そのことに、フリックが気づいたようで「やつは、向こうだよ」と顎をしゃくった。

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