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休息と報告とⅡ

――パタパタパタ。


 ドアの向こうから、また足音が聞こえてきた。

 と、思ったらドアをノックする音が立て続けに耳に入ったので、俺はどうぞと返事をした。


「どう、調子はよくなった?」


 開いたドアの隙間からひょっこり顔を出したのは、サンガ村の少年だ。

 俺が「おかげさまで」と言う前に、少年は俺とウェンディ、それから小テーブルの上の山盛りの木の実を見て、くすくすと笑う。


「ふふっ、よかった。すっかり元気になったみたいだね」

「え、あ……ははは」


 まだテーブルの上にほかの果物を積もうとするウェンディを制止しながら、俺は気恥ずかしげに返した。


 部屋に入ってきた少年に、俺は改めて礼を言った。

 結局、俺は石になった村人たちの助けになるようなことはできなかった。だのに、逆に俺の方が介抱されたり、部屋に泊めてくれたりと、お世話になりっぱなしなのだ。


 それから、もう一つ。


「ごめんな。君に頼まれていた泉の水……汲んでこれなくって」


 サンガ村の名物である万能霊水。悪しきを祓う力があると伝えられている、その泉の水を汲んできてくれと、あの時の少年は俺に頼んだのだ。


 きっと霊水の力ならば、石になった人々を元に戻せる。

 と、年端もいかない純粋な眼に希望を光らせて――。


「ううん、気にしないで。みんな無事に元に戻ったから、結果オーライだよ」

 

 少年はニコニコしながら言った。

 元より俺は、あの泉の水の効力なんて信じちゃいないが……少年の夢を壊さぬよう「そっか、ありがとな」とだけ答えた。


「霊水といえば、僕も朝早くに洞窟を見に行ったんだ。そしたらね、ものすごーいことになってたんだよ!」

「も、ものすごいことって?」

「なんと、霊水の湧く泉がね……凍っちゃってたの!」


 やや身を乗り出して、少年は興奮気味にしゃべる。


「辺り一面、真っ白けっけ。洞窟全体が冬の日のように空気やひゃっと冷たかったの。泉もカッチンコッチンに凍っちゃっててさ、大人がツルハシで削ろうとしたんだけれど、最終的にあきらめちゃってたよ」

「…………」


 かくして、サンガ村の名物は分厚い氷の下に封印された。

 少年もウェンディと同じように「ねぇ、あの場所でなにが起こったのさ、教えてったら」とねだったが、俺はやっぱり笑ってごまかした。

 となりにいる妖精が探るような視線を向けてくるが……うん、見なかったことにしよう。


 すると、またパタパタとドアの向こうから足音が聞こえた。

 少年は「そうだった」とつぶやき、ドアの方向へ振り向く。


「お兄ちゃんたちに、お客さんが来ているんだった」

「ああ、また――」


 言いかけたところで、ドアがノックされる。返事をすると、今度は小さな女の子を抱いた若いお母さんが入ってきた。


「こんにちは、おじゃまします」


 と、若いお母さんはぺこりと頭を下げる。片方の腕で三歳くらいの女の子を抱え、もう片方の腕にはカゴを提げていた。

 親子が顔を出した時点で、ウェンディはなにもかも了承したように、ふわり、またチェストのほうへ移動した。いそいそと、その辺に置いてあった千年樹の小枝を手に持って……なにやら胸を反らして偉そうなポーズと取る。

 

 部屋に入った親子は俺――ではなく、するりとウェンディのいるチェストに近づいた。


「妖精さん。これ、つまらないものですが……」


 お供え物です。

 そう言って、若いお母さんは持ってきたカゴをチェストの上に置いた。先程の述べたとおり、チェストの上にはすでにあふれんばかりの食料やらがごったに積まれている。


 それから「お祈りさせてくださいね」と、若いお母さんは子どもを抱き寄せて、軽く握った手を額に静かに目を閉じた。子どもも、最初はきょとんと母親を眺めていたが、やがて同じように手をぺちんと自分の額に当てて真似をする。


(いやはや、微笑ましい光景だこと)


 しかし、お祈りをする親子を前に、これまで以上にないツヤツヤした妖精ウェンディの顔を見ていると、俺は……俺は……。


 ええい、なにも言うまい。

 俺は黙って、自分の麦がゆをすすった。

 

「ウェンディってば、すっかり人気者だね」


 お祈りを邪魔しないよう、少年がこそっと言う。


「……そう、みたいだな」


 目覚めてから、もう何度目かになるこの奇妙な光景に、俺は脱力気味に答えた。


「えー……なんだっけ? 緑の光を――」

「緑の光をまといし、小さき人。かの者をあがめ奉りたまえ。さすれば家内安全、無病息災、幸運をイヤというほど……どっさり招かん」


 サンガ村の古い言い伝えだよ。

 と、少年は得意気に言った。


 俺が目覚めて一番驚いたのは、石化が解けていたこと。そして二番目に驚いたのが――妖精であるウェンディが、普通に人前に姿を見せていることであった。

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